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第24話:魔王の威厳は「過剰在庫」です。――魔王城の経営監査と、不採算な終末論

 魔界の中心、天を衝くほどに禍々しくそびえ立つ魔王城。

 その最奥に位置する『玉座の間』は、濃密な魔力が霧のように立ち込め、壁面には幾千もの人族の髑髏が装飾として埋め込まれていた。それは見る者に死と絶望を想起させる、暴力の殿堂である。

 

 だが、その重苦しい静寂を破ったのは、軍靴の音ではなく、書類をめくる乾いた紙の音だった。


「……計測終了。入城から玉座まで、通路の無駄な曲折が計十二箇所。……さらに、この不気味な魔力の霧の維持に、毎時金貨三千枚相当の魔力を浪費。……エルゼ総裁。……この物件、控えめに申し上げても『維持費の塊』――欠陥住宅デッドストックですわ」


 エルゼ・ド・ヴァレンティーヌは、立ち並ぶ上級魔族や四天王たちの殺気を事務的に受け流しながら、バインダーに最後の一筆を走らせた。

 彼女の後ろでは、給仕見習いのルナが震える手で茶器のトレイを掲げ、生徒のテオが必死の形相で魔王城の「ひび割れた壁」や「煤けた装飾」を帳簿に記録している。


「……人間よ。……我が城を『欠陥』と断じたか。……その不遜、死をもって償わせてもよいのだがな」


 玉座に深く腰掛けた魔王ゼノが、低く地響きのような声を響かせた。

 彼の周囲から放たれる圧倒的な覇気。並の人間なら精神を崩壊させるその『威圧』に対し、エルゼは懐中時計をパチリと閉じて、冷徹に言い放った。


「魔王ゼノ。……その『威厳』、および『覇気』。……それらは全て、現在の経営状況を隠蔽するための『粉飾決算』の一部に過ぎませんわ。……テオ。……算定結果を述べなさい」


「は、はいっ! ……ええと、魔王城の魔力漏洩率、三〇パーセント! ……さらに軍事費が国家予算の九割を占め、下層魔族の餓死率は前年比で一五〇パーセント増! ……魔王様、この国、あと半年で内側から倒産(崩壊)します!」


 テオの声が、静まり返った玉座の間に響き渡った。

 魔族の幹部たちが「な、何を不敬な……!」と激昂しかけるが、エルゼはそれを手で制した。


「……黙りなさい。……数字は嘘をつきません。……魔王ゼノ。……あなたは人界を侵略し、恐怖で支配すると仰いました。……ですが、侵略にかかる戦費、および占領後の反乱分子を抑えるための治安維持費を計算しましたか? ……恐怖という資産は、一度でも反撃を受ければ暴落し、管理コストだけを爆増させる『不良債権』ですわ」


「……面白い。……ならば、貴様はどうしろと言うのだ」


「……『経営統合バイアウト』ですわ」


 エルゼは事務的に一通の『経営改善提案書』を魔王の膝元へ投げた。


「……あなたが『王』という不採算な肩書きを捨て、我が総商会の『魔界支店長』になるなら、私が十日でこの国の食糧問題を解決し、黒字化して差し上げます。……ただし。……その髑髏の壁や、不気味な玉座といった『過剰在庫』は、即刻処分リストラしていただきますが」


「……ククッ、ハハハハハ! ……我に『支店長』になれと言うか! ……この魔界のことわりを、貴様の瑣末な『数字』で塗り替えると!」


 魔王の笑い声に、城全体が激しく揺れた。

 だが、エルゼはその振動すらも「不必要な振動エネルギーのロス」としてバインダーに記録し、冷たく微笑んだ。


「……ことわりなど、利益の前では無意味です。……ルナ。……お茶を。……魔王様に、現実(黒字)の味を教えてあげなさい」


「……は、はい! ……魔王様、どうぞ……失礼いたします……」


 ルナは震えながらも、エルゼ直伝の「適正温度四十二度」に調整された、魔界の特産ハーブティーを魔王の前に差し出した。

 魔王は疑いながらもそのカップを手に取り、一口含んだ。


「…………。……ぬるい。……だが、魔力の巡りが……澱みなく加速する……」


「……無駄な熱量を削ぎ、吸収効率を最大化した『実務用』の一杯ですわ。……魔王ゼノ。……暴力で奪う時代は終わりました。……これからは、私が支配する『数字』という名の鎖の中で、平和に利益を上げ続けなさい。……お返事は、三日後の正午までにお願いしますわ。……一秒でも遅れれば、この国を丸ごと『差し押さえ』ますから」


 エルゼは優雅に一礼し、唖然とする魔族たちを尻目に、玉座の間を後にした。

 暴力の王が支配する城に、事務の女帝が放った一筋の「黒字ひかり」。

 魔界の歴史が、剣ではなく計算尺によって書き換えられようとしていた。


ーーー


 交渉の一時中断後。魔王城の客間に割り当てられた一室で、ルナは一人、メモ帳と格闘していた。

「……魔王様、近くで見ると……山みたいに大きかった。……でも、エルゼ様の隣にいると、不思議と死ぬ気がしないんだ」


 ルナは、エルゼから命じられた「城内の備品リストの作成」を続けながら、ふと窓から見える荒れ果てた城の庭園を見つめた。

 毒々しいいばらが絡みつき、放置された石像が転がるその場所。


「……あそこ、茨を刈って、あのはちみつパンの材料の麦を植えたら、もっとみんなが笑えるのに。……魔王様だって、お腹が空いてるから怖い顔をしてるだけかもしれないし……」


 ルナは、自分の小さなメモ帳の隅に、拙い絵で『魔王城・菜園計画』と書き込んだ。

 そこへ、視察から戻ったエルゼが、音もなく背後に立った。


「……ルナ。……その『庭園の再開発案』。……一ガルドの利益も生まない遊びなら、即刻没収シュレッダーですが」


「……ひゃっ!? え、エルゼ様! ……あ、あの、これは……!」


 ルナが慌ててメモを隠そうとするが、エルゼは事務的にそれを取り上げ、眼鏡の奥で鑑定した。


「…………。……土壌の魔力含有率を考慮すれば、成長の早い魔界野菜の栽培は合理的ですわね。……管理コストも低い。……及第点です、ルナ。……この案を、明日の魔王への『追加条件』に加えなさい」


「……え!? ……いいんですか!?」


「……利益が出るなら、私情を挟む理由はありません。……さあ、寝なさい。……明日も、忙しくなりますわよ」


 エルゼはメモを返し、事務的な(とても優しい)手つきでルナの布団を整えてやった。

 絶望の城の片隅で、少女が抱いた小さな「利益」の芽。

 それを育てるのは、冷徹な女帝の、誰よりも広い「投資」の心であった。


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