第23話:「毒」も使いようでは「純利益」です。――給仕ルナの魔界鑑定と、エルゼの厳しい食育
魔界出張所、臨時鑑定室。
そこは、シグリッドの騎士団が周辺探索で回収してきた「未知の資源」という名の、得体の知れない物体で埋め尽くされていた。どろりとした極彩色の粘液を垂らすキノコ、心臓のように脈打つ紫色の果実、そして触れるだけで精神を汚染しそうなほど禍々しく光る薬草。
「……呪われている。……シグリッド、よくこんな不気味なものを持ち帰れたな」
魔術師団長のテレーザが、防護用の長い棒でキノコを突きながら顔を顰めた。だが、その横でバインダーを片手に、無表情でピンセットを操るエルゼ・ド・ヴァレンティーヌの瞳に、恐怖の文字は一分も存在しなかった。
「テレーザ。……見た目の不気味さは、広報と包装の工夫でいくらでも隠蔽可能です。……重要なのは、この物質が内包する魔力密度と、それがもたらす『市場価格』ですわ」
エルゼは事務的にキノコの断面をカットし、溢れ出した液体の揮発速度を計測した。
「……魔力含有率、王都産の最高級薬草の約八倍。……揮発成分には微弱な神経高揚効果あり。……適切に希釈すれば、魔導師の演算速度を強制的に引き上げる『超高効率・魔力増幅剤』として、莫大な利益を生みます」
「……でもエルゼ様、これ、普通に食べたら即死レベルの毒だよ?」
「ですから、『鑑定』と『精製』が必要なのですわ。……給仕見習いのルナ。前へ」
部屋の隅で、毒々しい素材の山に怯えていたルナが、弾かれたように背筋を伸ばした。
「は、はい! ……あ、あの、エルゼ様、何でしょうか……?」
「銀のスプーンを持ちなさい。……これから、この『試供品一号(果実)』の品質鑑定――すなわち、毒見を命じます」
ルナの顔から、一瞬で血の気が引いた。十四歳の少女に、魔界の未知なる毒物を啜れというのである。
「……エルゼ様、私……死ぬんですか……?」
「……不採用(却下)です。……私の『資産』を、こんな場所で劣化(死亡)させるなど、経営者としての名折れです。……テレーザ。解毒陣の出力は?」
「……準備万端だよ。……万が一の時は、胃袋ごと『時間逆行』させてあげるから、安心して」
テレーザの「安心できない」保証。だが、エルゼはルナの震える手を、冷たく、だが確かな力で包み込んだ。
「……ルナ。……数字は嘘をつきませんが、感覚はあなたにしか語れません。……あなたがこれを『美味しい(有益)』と感じるか、『不快(有害)』と感じるか。……その主観的なデータこそが、我が商会の新製品の『核』になるのです。……さあ、食べなさい。……私が、あなたの命を保証します」
「……っ。……信じます、エルゼ様!」
ルナは覚悟を決め、紫色の果肉を一口、口に含んだ。
一瞬、静寂が訪れる。ルナの瞳が大きく見開かれ、全身がビクリと震えた。
「……あ、熱いです! ……舌が痺れますが、後味が驚くほど甘くて……魔力が、胃の中から爆発するように広がります! ……頭の中が、急にクリアになって……帳簿の数字が、立体的に見えます……!」
「……心拍数上昇。瞳孔散大。魔導回路の活性化を確認。……ルナ、そのまま『九九の逆算』を述べなさい」
「……は、はい! 八十一、七十二、六十三……五十四、四十五……!」
ルナは、かつてない速度で算術を口にし始めた。エルゼはその反応を秒単位で記録し、バインダーをパタンと閉じた。
「……鑑定完了。……神経麻痺成分を魔力ブースターに転換する、新型栄養剤。……名称は『総裁の休息(仮)』。……市場価格、一本金貨三枚で売り出します。……隣国の魔導師たちなら、家を売ってでも買いに来るでしょうね」
エルゼは事務的に宣告し、テオに「原価計算と供給ラインの構築」を命じた。
そして、ふらふらになったルナの口に、今度は「安全性が確認された」別の青い果実のジャムを塗った焼きたてのパンを、無造作に差し込んだ。
「……毒見の対価です。……食べなさい」
「……ふぁ……美味しい……。……甘くて、優しくて……。……エルゼ様、私……生きてて良かったです……」
ルナは涙を零しながら、エルゼが事務的に用意した「最高のご褒美」を頬張った。
魔界の「毒」を、一瞬で「純利益」と「子供の笑顔」に変えてみせた女帝。その眼鏡の奥で、次なる巨大な市場――魔王城の買収に向けた計算が、加速していた。
ーーー
鑑定作業が終わり、魔界出張所の自室に戻った給仕見習いのルナ。
彼女は、エルゼから「メンテナンス(休養)」を命じられていたが、姿見の前で不自然なポーズをとっていた。
背筋をピンと伸ばし、不器用な手つきで想像上の眼鏡をクイと上げる。
「……ふぅ。……お静かに。……あなたの不採算な言い訳は、私の時給を一秒削る価値もありませんわ。……もっと、数字で語りなさい」
ルナは、エルゼの冷徹な、だが格好良い物真似に夢中になっていた。
救われたあの日から、彼女にとっての「大人」とは、エルゼ・ド・ヴァレンティーヌその人であった。彼女のようになりたい。彼女の隣で、同じように世界を買い叩きたい。
そんな背伸びをしながら、ルナは一人で「大人のお茶(苦いハーブティー)」を啜る練習をしていた。
「……ルナ。……その態度は、相手が私でなければ不敬罪で即日解雇だぞ」
開いていたドアから、忘れ物を取りに来たシグリッドが、呆れたような、だが少しだけ楽しげな顔で立っていた。
「……ひゃっ! し、シグリッド様!? い、いつから……!」
顔を真っ赤にして転げ落ちそうになるルナ。シグリッドは声を立てて笑い、ルナの頭を乱暴に、だが温かく撫で回した。
「……安心しろ。……お前のその『背伸び』は、総裁(あの方)への最高の投資になる。……数字だけじゃない、その執念を忘れるな。……早く、あいつを支える『本物の秘書』に成長しろよ」
「……はい! 絶対に、なります!」
ルナの休日は、恥ずかしさと、それ以上の強い決意に満ちていた。
魔界の夜空の下、少女の憧れは、一ガルドの誤差もない「未来の資産価値」として、静かに積み上がっていった。




