第19話:「暴力」を「警備」へ。――爆速騎士団の隣国進駐と、不採算な軍隊の解体
王立更生・復興総商会本部、緊急通信室。
魔導通信機が発する断続的な信号音と、オペレーターたちの緊迫した報告が飛び交う中、エルゼ・ド・ヴァレンティーヌは、届けられた隣国ヴォルガ帝國からの「公式救援要請」を事務的に一瞥した。
「……隣国の主戦派領地で大規模な暴動、および食糧略奪。アルベルト皇子より、治安維持の代行を求める緊急委任状……。ふむ。他国の内乱に我が国の血筋を流すのは、人件費と魔力消費の観点から見て、極めて不採算な案件ですわね」
エルゼは無表情にペンを回し、一度は受理を拒否しようとした。だが、通信の向こう側から届いた「追加条件」の項目に目が止まった瞬間、眼鏡の奥の瞳が黄金色の光を帯びた。
「……鎮圧後の当該領地における、十年間の一切の『徴税権』および『司法権』の完全譲渡。……シグリッド執行役員、聞きなさい。魅力的な投資物件が入りましたわ。……即刻、アイギス守護騎士団を出撃させ、隣国の不採算な混乱を『鎮圧(清算)』しなさい」
「……御意。……剣を抜く理由が『利益確定』とは、我が騎士団も随分と実務家になったものだな」
シグリッドは皮肉を口にしながらも、既に魔導強化脚の駆動音を響かせていた。
数時間後。ヴォルガ帝國の国境を越えたのは、かつての重苦しい蹄の音を響かせる軍勢ではなかった。
魔導の光を放ち、時速六十キロを超える速度で草原を滑るように疾走する、新生『爆速軽貨物兼・治安維持騎士団』。彼らは鎧の代わりに、総商会指定の「耐衝撃・高機動スーツ」を纏い、背中には剣ではなく、暴徒を傷つけずに無力化する「粘着拘束弾」と「催涙魔導具」を装備していた。
「……総裁の命令だ! 一人も殺すな! 死体は労働力にならんし、埋葬費用という名の『負債』しか生まない! ……野蛮な暴力ではなく、圧倒的な『管理』を見せてやれ!」
シグリッドの号令と共に、騎士たちが暴徒化した民衆の渦へと突っ込んだ。
略奪を行おうとしていた民衆は、突如として現れた「馬より速い人間」に驚愕した。
「な、なんだこいつらは!? レガリアの騎士か!? ……くるな、俺たちは腹が減ってるんだ! パンを奪うまでは――」
「……パンなら、これを持っていけ。……ただし、これを食べた者は『総商会暫定雇用名簿』に登録される。……明日からは、この奪い合った略奪品を元の場所へ戻す『運搬作業』で、その胃袋の借りを返してもらうぞ!」
騎士たちが走りながら、背中の配送ボックスから「レガリア産・保存パン」を次々と投げ与える。空腹という最大の暴動動機を、物理的な食糧供給によって瞬時に「黒字化(解消)」していく。
一方で、民衆を扇動し、この機に領地を私物化しようとしていた汚職貴族の私兵たちは、旧態依然とした重装騎兵を差し向けてきた。
「……時代遅れの鉄屑どもめ。……機動力の格差というものを、身をもって知るがいい」
シグリッドは強化脚をフル稼働させ、馬を凌駕する跳躍で敵の懐へ飛び込んだ。
隣国の騎士が槍を振るうよりも早く、シグリッドの拳が魔導の衝撃波を伴って鎧を叩き、内部の人間だけを気絶させる。
殺さない。ただ、事務的に「無効化(在庫整理)」するだけだ。
「……報告いたします、エルゼ総裁。……暴動発生地点の八割を制圧。……汚職貴族の私兵五百名を『不良在庫』として捕縛。……民衆には食糧を支給し、現在は『自発的な清掃活動(強制労働)』に従事させています」
魔導通信機を通じて、現場のシグリッドから報告が入る。
エルゼは隣国のアルベルト皇子と共に、総商会本部の大型モニター(投影魔術)でその光景を眺めていた。
「……見事な手際だ、エルゼ様。……我が国の軍隊が数ヶ月かけても解決できなかった混乱を、たった半日で、しかも死者を一人も出さずに収めるとは」
アルベルトは驚嘆を隠さず、だが冷静にその「価値」を見定めていた。
「……死者は資産の損失ですわ。……アルベルト殿下。……これで、貴国の主戦派領地は事実上、我が商会の『警備管理区域』となりました。……警備費用、および食糧の配送料は、来月の貴国予算から『自動天引き(オートデビット)』させていただきますので、契約通りにお願いしますわね」
エルゼは冷徹に言い放ち、バインダーに「隣国の軍事・警察権の掌握:完了」と記した。
現場では、給仕見習いのルナが、エルゼの命を受けて「被害状況の記録」を行っていた。
彼女は、かつて自分を縛り付けていた「暴力」が、シグリッドたちの整然とした「管理」によって、まるでゴミを掃くように片付けられていく様子を、震える手でノートに書き留めていた。
「……暴力じゃ、何も解決しない。……エルゼ様が仰った通り、数字と管理が、一番静かに世界を変えるんだ……」
ルナの横では、生徒のテオが、略奪された家畜や穀物の「返還リスト」を作成し、泣き喚く元貴族に事務的に署名を求めていた。
「……侯爵様。この牛は、元々領民の共有資産です。……不当な占有は、我が商会の規約に違反します。……サインを。……拒否されるなら、あなたの残りの全資産を『調査費用』として没収しますが?」
子供たちさえも、エルゼの「冷徹な合理性」を武器に、隣国の古い権威をバッサバッサと切り捨てていく。
ヴォルガ帝國の城門に掲げられた旗は、今や帝国の紋章よりも、総商会のロゴの方が、民衆にとっての「秩序の象徴」となっていた。
ーーー
任務を終えた深夜。隣国の仮設営所。
シグリッドは一人、月光の下で、泥のついた魔導強化脚を丁寧に磨いていた。
「……ふぅ。……剣で人を斬るより、盾で道を作り、荷物を配る方が、これほどまでに腹が減るとはな」
シグリッドは、エルゼから「現場への緊急補給」として送られてきた、最高級の肉料理の包みを開けた。
そこには、エルゼの筆跡で一枚のメモが添えられていた。
『筋肉の摩耗は、次回の任務における致命的な損失です。……完食し、八時間の休養を義務付けます』
「……フッ。……相変わらず、厳しい主だ」
シグリッドは、不器用な笑みを浮かべながら、その温かい肉を頬張った。
かつて戦場で血を流すことだけが誇りだった戦士は、今、国を守る「盾」が、いかにして利益を生み、民を笑顔にするかを知っている。
「……シグリッド様。……あ、あの、お疲れ様です!」
そこへ、視察を終えたルナが、おずおずとお茶を運んできた。
「……お前も、いい仕事をしていたな、ルナ。……総裁の背中を、よく見ておけ。……あれが、我々が守るべき『新しい正義(数字)』だ」
二人は、平和を取り戻した隣国の静かな夜空を見上げた。
そこには、エルゼが蒔いた秩序の光が、静かに、だが力強く瞬いていた。




