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第2話:貴族の称号? 紙クズ以下の価値ですね。本日より皆様、ただの「納税義務者」です

 昨夜の「国家買収劇」から一夜明けた、グラン・レガリア王国の王都。

 普段なら優雅な朝食を楽しんでいるはずの貴族街に、突如として無慈悲な魔導拡声器の音声が鳴り響いた。


『おはようございます、元貴族の皆様。健やかな朝をお迎えでしょうか? 本日午前6時をもちまして、当国内における全貴族階級は撤廃されました。おめでとうございます、皆様は今日から自由な「平民」です』


 ベッドから転げ落ちた伯爵や、ティーカップを叩き割った侯爵たちが窓を開ける。

 そこには、エルゼ直属となった騎士団と、事務服に身を包んだ「八咫烏の天秤」のメンバーたちが、時計を片手に整列していた。


「な、なんだと!? 不当だ! 我が家は建国以来の……!」

「はい、建国以来の累積赤字ですね。把握しております」


 窓から身を乗り出した肥満体の男爵の前に、ふわリと浮遊魔法で現れたのはエルゼ・ド・ヴァレンティーヌ本人だった。彼女は手元のバインダーをパチリと叩く。


「ド・ポテト男爵。あなたの家、領民から吸い上げた税金をすべて輸入物のキャビアと愛人のドレス代に突っ込んでいますね? 現在の債務超過額は金貨3万枚。この家屋も、あなたが今着ているシルクのパジャマも、すべて私の所有物(差し押さえ対象)となりました」

「なっ……! パジャマまでか!?」

「はい。パンツの替えは2枚まで許可します。1時間以内に退去してください。1分過ぎるごとに滞納利息として指の骨を一箇所折りますが、よろしいですか?」

「ひ、ひぃぃっ! 今すぐ出る! 今すぐ脱ぐからぁ!」


 王都のあちこちで、似たような光景が繰り広げられた。

 豪華な馬車を差し押さえられ、リヤカーに家財道具を積んで追い出される公爵。

「私の肌には高級石鹸が必要なのよ!」と叫びながら、平民用の安売り固形石鹸を投げつけられる令嬢。

 彼らが集められたのは、昨日まで自分たちが着飾って歩いていた王宮前広場だった。


「エルゼ・ド・ヴァレンティーヌ! 貴様、こんな真似をしてタダで済むと思うなよ! 隣国の親戚に泣きついて、軍を出させてやる!」


 元侯爵の一人が、ボロボロになったマントを翻して叫ぶ。周囲の元貴族たちも「そうだそうだ!」と野次を飛ばした。

 エルゼは、広場に設置された特設デスクに座り、優雅にコーヒーを一口啜ってから口を開いた。


「お隣のヴォルガ帝國ですか? どうぞ、今すぐお手紙を。あ、でも切手代は自腹ですよ? 今の皆様の所持金……ええと、ポケットの中の小銭合わせても銅貨5枚くらいでしょうか。あ、それも没収対象でしたね。没収」

「な、なにぃっ!?」

「シグリッド騎士団長。反抗的な態度を示す者は、新しい職業訓練プログラム……『素手で荒れ地を開墾するコース』へ強制入会させてください。家柄を自慢する体力が余っているようですから」

「御意。喜んで引きずっていきましょう」


 シグリッドが剣の柄をカチリと鳴らすと、元貴族たちは一瞬で静まり返った。

 エルゼは冷徹な事務官の顔で、次々と「宣告」を続けていく。


「皆様が今まで『特権』だと思っていたものは、すべて平民の血税による『借金』の上に成り立っていました。今日からは、その借金を労働で返していただきます。……あ、そこの元伯嬢。泣いても化粧が崩れてブサイクになるだけですよ? あいにく私は、女の涙には1ガルドの価値も感じないタイプですので」


 バッサバッサと、歴史ある家柄がゴミ箱に放り込まれていく。

 その光景を遠巻きに見ていた平民たちは、最初こそ恐怖に震えていたが、エルゼが次の行動に移った瞬間に空気が変わった。


「さて、国民の皆様。今日からこの国は『王立更生・復興総商会』として再出発します。まずは、あそこの太った元貴族たちの隠し倉庫から出てきた金貨を、本日出勤した全平民に『設立記念特別ボーナス』として分配します!」


 ルナ(筆頭秘書)たちが、重そうな麻袋を次々と開封する。

 中から溢れ出すのは、貴族たちが不正に溜め込んでいた金貨の山だ。


「えっ……本当にくれるのか?」

「はい。ただし、条件があります。これを受け取った方は、明日から始まる『王都大清掃プロジェクト』および『インフラ整備事業』に、正当な賃金で参加していただきます。働けば食える。不正は許さない。それが私のルールです」


「「「エルゼ様万歳ッ!! 女帝陛下、万歳ーーッ!!」」」


 地響きのような歓声。

 昨日まで「冷酷な悪役令嬢」と蔑まれていたエルゼは、一晩で「慈悲深い(実利的な)救世主」へと昇格したのである。


 一方その頃、王都の地下深く――。


「ぎゃあああ! 臭い! 臭すぎる! 鼻が、僕の高貴な鼻がひん曲がるぅぅ!」


 腰までドブに浸かったカイル元王子が、半狂乱で叫んでいた。

 かつての金髪はヘドロで緑色に変色し、着ているボロ布は下水の水分を吸って重くのしかかっている。


「うるさいわね、この無能王子! あんたが叫ぶたびに飛沫が私の顔にかかるじゃない! 汚い! 不潔! 死ね!」

「なんだとリリアーヌ! 君こそ、さっきから鞭を振るうだけで全然働いてないじゃないか!」

「私は監視役よ! エルゼ様が言ったでしょ、あんたがサボったら私のパンも減るって! ほら、さっさとその特大のヘドロの塊をどかしなさいよ!」


 バシィィィッ! と、リリアーヌが容赦なく鞭を振るう。

 かつて「真実の愛」を誓い合った二人は、今や「パンの半分」を巡って骨肉の争いを繰り広げる、ただのドブ掃除コンビに成り下がっていた。


「あああ……僕の人生、どうしてこうなった……!」

「あんたがバカだからに決まってるでしょ! はい、次のヘドロ来たわよ! 気合入れなさい!」


 地上では、エルゼが新しい国造りのために、旧貴族の屋敷を学校や病院へ作り変える図面を広げていた。


「ルナ。次の工程は?」

「はい。次は、魔術師団による『全自動洗濯機』の試作発表会です」

「素晴らしい。家事の効率化は国力の底上げに直結しますからね。……さて、忙しくなりますよ」


 エルゼ・ド・ヴァレンティーヌ。

 彼女の辞書に「手加減」という文字はない。

 国を買い取った女帝の快進撃は、まだ始まったばかりだった。


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