第18話:『魔石』の代替品をゴミから生成。――テレーザの錬金術革命と、エネルギー支配
王立更生・復興総商会本部、地下第一魔導演算室。
そこは本来、国家の最高機密が眠る静謐な場所であるはずだったが、今はテレーザ魔術師団長が撒き散らした数式が書かれた羊皮紙と、空になった糖分補給用の菓子袋で埋め尽くされていた。
「……テレーザ執行役員。進捗を述べなさい。隣国連合からの魔力鉱石禁輸により、王都の備蓄エネルギーは残り百六十八時間――つまり、ちょうど一週間で底を突きます」
エルゼ・ド・ヴァレンティーヌは、足元のゴミ(数式の山)を事務的に避けながら、中央の作業台で頭を抱えるテレーザの前に立った。
「……無理だよぉ、エルゼ様……。鉱石がないなら、空気に溶けてる魔力を集めるしかないけど、それには巨大な吸引陣が必要だし、維持費だけで国が傾いちゃうよ……」
「不採用です。……コストのかかる資源調達など、経営の敗北ですわ。……いいですか、テレーザ。我が国には、すでに莫大な『エネルギーの塊』が放置されています。……それも、毎日休むことなく、国民が勝手に生産し続けているものが」
「……え? そんなのあったっけ?」
テレーザが不思議そうに首を傾げると、エルゼは背後に控えていた給仕見習いのルナに合図を送った。ルナは緊張で顔を強張らせながら、一つの汚れた「鉄の塊」を差し出した。それは、寿命が尽きて魔力が枯渇した、家庭用の古い魔導ランプの残骸だった。
「……ゴミ、ですか?」
「いいえ。……『魔力の残滓』という名の、未回収資産です。……テレーザ、あなたの理論なら、使い古された魔導具に残った微弱な魔力を抽出し、一箇所に圧縮して『再利用』することは可能でしょう?」
「……! ……あ、あはは! エルゼ様、それ最高にイカれてるよ! ……でも、確かに。……一つ一つはゴミでも、王都中の廃棄物を集めて凝縮すれば、純度の高い魔石に匹敵するエネルギーが取り出せる……かもしれない!」
「『かもしれない』ではありません。……一時間以内に理論を確定させ、実用化しなさい。……できなければ、今夜のあなたの夜食は『期限切れの保存食(廃棄物)』に格下げしますわよ」
エルゼの無慈悲な通告に、テレーザは悲鳴を上げながらペンを走らせた。
翌朝、王都の中央広場には、前代未聞の「公告」が掲げられた。
『本日より、家庭から出る「壊れた魔導具」「古い電池(魔石)」「魔力を含んだ排水」の廃棄を禁止する。これらを商会の回収所に持ち込んだ者には、重量に応じた「納税ポイント(現金同等物)」を支給する』
民衆は最初、戸惑った。ゴミを持って行けば金がもらえるなど、聞いたことがなかったからだ。だが、シグリッドの騎士団が爆速で王都中を回り、ゴミを回収し始めると、広場に設置されたテレーザ開発の『大規模魔力抽出炉』が唸りを上げた。
「……投入を開始しなさい」
エルゼの号令で、集められた大量の廃棄物が炉へと放り込まれる。
ガガガ、と嫌な音が響いた後、炉の出口から吐き出されたのは――。
隣国の最高級鉱石をも凌駕する、まばゆい輝きを放つ『循環型・合成魔石』であった。
「……理論値通りですわね。……テオ。この事業の『粗利益』を算出しなさい」
隅でノートを取っていた生徒のテオが、弾かれたように答える。
「は、はい! ……原材料費は『ゼロ(むしろ処分費の削減)』。……製造コストは魔導師の余剰魔力。……販売価格を市場の八割に設定しても、利益率は九十パーセントを超えます!」
「……よろしい。……これで我が国は、隣国の鉱石に依存しない『永久機関(経済圏)』を手に入れました」
その日の夕刻、レガリアが資源不足で泣きつくのを手ぐすね引いて待っていた隣国連合の鉱石商使たちが、総裁室に現れた。
「ガッハッハ! ヴァレンティーヌ総裁! そろそろ街の灯りが消える頃ですかな? ……今なら、通常の十倍の価格で鉱石を売ってあげても――」
「お帰りはあちらです、不採算な商売人の方々」
エルゼは事務的に指を指した。
「……貴国の高い鉱石は、もはや我が国では『廃棄物以下の価値』しかありません。……ご覧なさい、窓の外を。……我が国の街灯は、あなた方の施しなしで、以前よりも明るく輝いていますわ」
商使たちが窓の外を見ると、そこには見たこともないほど澄んだ青白い光を放つ街路灯が、王都を昼間のように照らしていた。
「……な、なんだあの魔力出力は……!? 禁輸しているはずなのに、なぜ……!」
「……秘密は教えませんが、一つだけ。……あなた方の抱えているその鉱石、今日中に売らなければ、ただの『光る石ころ』になりますわよ? ……レガリアの安価な合成魔石が明日から世界市場に流れますから。……在庫整理、お早めに」
エルゼの無慈悲な「市場破壊」の宣告に、商使たちは泡を吹いて倒れ込んだ。
深夜、静まり返ったエネルギー管理室。
エルゼは、給仕見習いのルナが淹れた、ようやく「完璧な数値」に到達したお茶を一口啜った。
「……ルナ。……『ゴミ』とは、活用の道を知らぬ無能が付けた名前に過ぎません。……この世に、価値のないものなど存在しないのです。……管理者の仕事は、それを見つけ出し、利益に変えること。……覚えておきなさい」
「……はい、エルゼ様! ……一生、忘れません!」
窓の外、ゴミから生まれた光が、新しいレガリアの夜を誇らしく照らし出していた。
ーーー
開発完了後、テレーザは魔術棟の床で、文字通りボロ布のように丸まって眠っていた。
「……むにゃ。……エルゼ様、ゴミから……ダイヤは作れないよぉ……もう、一ミリも動けない……」
そこへ、夜の視察を終えたエルゼが、静かな足音と共に現れた。
「……テレーザ。……またこんな場所で。……資産のメンテナンス不足は、次回の開発効率に著しい悪影響を及ぼします」
エルゼは事務的に呟きながらも、テレーザが蹴飛ばした計算用紙を丁寧に拾い、乱れたシーツのようなローブを整えた。
そして、おぼつかない手つきでテレーザを抱きかかえ、ソファへと移動させる。
「……ルナ。……最高級の『魔力回復アロマ(経費扱い)』を。……それと、彼女の枕元にこれを置いておきなさい」
エルゼがポケットから取り出したのは、糖分補給用の小さな「イチゴの飴玉」だった。
「……エルゼ様。……それ、ご自分の分じゃないんですか?」
「……予備の在庫です。……期限が切れる前に、最も消費効率の良い場所へ投下しただけですわ」
エルゼは顔を背けながら、眠り続けるテレーザの頬を、指先で一度だけ、事務的に(とても慈しむように)突ついた。
天才の寝顔と、主の不器用な優しさ。
明日にはまた、二人で不可能な数字を可能にするための、短い、けれど完璧な「充電」の時間であった。




