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第14話:『火力』を家庭の味方へ。――テレーザの魔導コンロ革命と、不採算な薪の終焉

 王立更生・復興総商会、戦略会議室。

 円卓を囲むのは、総裁エルゼ、執行役員のテレーザ、そして隣国連合から派遣された「薪輸出ギルド」の代表者たちであった。隣国の男たちは、冬の到来を前に、鼻の頭を赤くして不遜な笑みを浮かべていた。


「ヴァレンティーヌ総裁。……単刀直入に申し上げましょう。我が連合国からの原木の卸値、本日より五〇〇パーセント引き上げさせていただきます。……嫌なら、今年の冬は凍えて過ごすことになりますな。ガッハッハ!」


 男たちの下卑た笑い声が室内に響く。隣国は、レガリアがパンや酒を止めたことへの報復として、生活の根幹である「燃料」の価格吊り上げを仕掛けてきたのだ。

 だが、エルゼはぴくりとも動じず、手元の魔導計算機のキーを淡々と叩いた。


「五〇〇パーセント……。……熱効率の悪い固形燃料まきに対して、それだけの投資価値を見出すのは、算術の基本を忘れた者の妄想ですわ。……不合格です」


「な、なんだと!? 強がりを言っても、薪がなければ飯も炊けまい!」


「炊けます。……テレーザ執行役員、例の『新事業プロトタイプ』の進捗を」


 眠たげな目を擦りながら、魔術師団長のテレーザが、布に包まれた円盤状の鉄器――『家庭用・魔導熱源機コンロ』をテーブルに置いた。


「……これね、旧魔導師団の連中の『余った魔力』を、一定の熱量に変換して閉じ込めた魔石を使ってるんだよ。……火球一発の魔力で、一般家庭の一ヶ月分の煮炊きが賄える。……すすも出ないし、火力の調節も指一本。……薪を燃やすより、一〇〇倍クリーンで高効率だよ」


「ば、馬鹿な! 魔導師の魔力など、そんな家庭の道具に使うには高価すぎるはずだ!」


「……ええ、以前の我が国ならそうでした。ですが、私は不採算な攻撃魔導師を全員『エネルギー供給員バッテリー』として再雇用しました。……彼らの給与は『沸かした湯の量』と『焼いた肉の数』に比例する歩合制。……薪の輸入コストよりも、はるかに安価で安定した供給が可能です」


 エルゼは事務的にバインダーを閉じると、蒼白になった隣国商使たちに冷たく告げた。


「本日正午をもちまして、貴国からの薪の輸入を全面停止します。……山積みの在庫は、自分たちで燃やして温まるなり、腐らせるなり、ご自由に。……ゴミの処分費用までこちらが持つ義理はありませんわ」


 商使たちが腰を抜かして退室した後、エルゼは給仕見習いのルナを呼び寄せた。


「ルナ。……試作機で、スープを温めてみなさい」


「は、はい、エルゼ様! ……えいっ」


 ルナが震える指でコンロの魔法陣に触れると、パチリと青い火花が散り、一瞬で鍋から湯気が立ち上った。薪を割る苦労も、火をおこす手間も、目に染みる煙もない。


「……わぁ、早いです! 魔法みたいです、エルゼ様!」


「魔法です。……ですが、これは奇跡ではなく、ただの『エネルギーの最適化』です。……ルナ、調理時間の短縮は、女性の余剰時間を生み出し、それが新たな労働力(資産)として市場に還流します。……これは生活の向上ではなく、国家の『生産性向上』のための投資なのですわ」


 数日後。王都中の家庭に、安価なリース契約で「魔導コンロ」が普及し始めた。

 薪を買うために朝から行列に並ぶ必要がなくなった平民たちは、空いた時間で内職を始め、街全体の経済がさらに加速する。


 一方で、国境付近の倉庫には、売る宛てを失った山のような「薪」を抱え、隣国の商人たちが頭を抱えていた。


「ど、どうするんだ! 燃料は全く売れないし、保管しているだけで維持費が嵩む……!」


「……不採算な在庫ゴミの山にお困りのようですね」


 そこへ現れたのは、エルゼの命を受けた「未来開発院」の視察団を率いるシグリッドと、記録係のテオだった。


「ヴ、ヴァレンティーヌ総裁の使いか!? 頼む、言い値でいい! 薪を買ってくれ!」


「……燃料としては一ガルドの価値もありません。……ですが、テレーザが開発中の『再生紙パルプ』の原料としてなら、現在の市場価格の一〇分の一で引き取りましょうか? ……嫌なら、その山ごと燃やして冬を越すといい。……ただし、野焼きの煙による公害罪で追徴金を請求しますが」


 エルゼの無慈悲なカウンター・ビジネスに、隣国商人は泣きながら破格の安値で「紙の材料」を売り渡した。


「……テオ。今の商談で、商人が犯した経営上のミスを述べなさい」


「はい! ……代替技術イノベーションの台頭を予測せず、供給の独占に頼り、価格の柔軟性を失ったことです!」


「及第点です。……ルナ、淹れ直したお茶を持ってきなさい。……コンロで温めたお湯の味を、チェックします」


 深夜の執務室。エルゼは、給仕見習いのルナが淹れた、ようやく「計算通り」の温度になったハーブティーを一口啜った。

 隣国の「薪」という鎖は、エルゼの事務的な合理主義によって、粉々に砕け散ったのである。


ーーー


 深夜の執務室、開発完了後のテレーザは、エルゼの私物のソファで丸まって、泥のように眠っていた。

「……むにゃ、エルゼ様……もう、魔力……空っぽだよぉ……。コンロの出力調整……大変だったんだから……」


 そこへ、夜回りの視察を終えたエルゼが、ルナを伴って静かに入室した。

「……テレーザ。……またこんなところで資産(自分)の放置を。……劣化の原因になります」


 エルゼは事務的に呟きながらも、脱ぎ捨てられたテレーザのローブを拾い上げ、埃を払う。

「ルナ。……倉庫から、最高級の羊毛毛布(経費扱い)を持ってきなさい。……資産のメンテナンスは、所有者の義務ですから」


 エルゼは不器用な手つきで、テレーザの肩まで毛布を掛け直してやる。

 不意に、テレーザが寝言でエルゼの裾をギュッと掴んだ。エルゼは一瞬、眉を動かして固まるが、その手を振り解くことはしなかった。


「……五分だけですよ。……これ以上は、私の体温の『無断使用』として、利息を請求しますわ」


 エルゼは空いている方の手で、テレーザの寝癖のついた頭を、事務的に(とても優しく)一度だけ撫でた。

 窓の外では、魔導コンロの灯りで調理された夕食を囲む、平民たちの幸せな笑い声が風に乗って聞こえていた。


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