7・友人は興味津々
翌朝。
ほとんど眠ることができなかった私は、まだ重たいまぶたを指で押さえながら魔術省へと向かっていた。
(昨日のあれって、夢じゃないわよね……)
契約結婚とはいえ、冷静孤高な氷狼の魔術師・シリウスにプロポーズされたなんて、いまだ現実味が薄い。
昨日、応接室でシリウス様との契約が成立したあと、今週末にバクスター家へ結婚の了承を得に行くことが決まった。
一応、義家族には「週末に来客がある」とだけ伝えたものの、返ってきたのは気のない返事だった。
アルフレッドだけが、何か言いたげに私の方を見ていたのが気になるが……。
それでも、あの家の人たちにとって私は、取るに足らない存在なのだろう。
あの反応では、当日一体どうなることやら。週末が怖い。
ぐるぐるとまとまらない思考のまま、事務室の扉を開くと――。
「セレフィアやっと来たぁー!」
「わぁ……っ!?」
アリスが椅子を蹴って飛び上がり、全速力で私の方へと飛びついてきた。
「ねぇ昨日の何アレ!? あのあとどうなったの!? 死ぬほど気になって寝れなかったんだけど!?」
「お、落ち着いて、アリス……!」
アリスは目をこれでもかと大きく見開き、私の肩を掴んでガクガクと揺さぶってくる。
(あー……しまったわ。アリスにあのあと何も話してなかった……)
アリスが混乱するのも無理はないだろう。
昨日のあの場には、彼女もいたのだから。
しかも昨日、そのまま事務室に戻ることなく帰ってしまった。
取り乱しているアリスの様子に、周囲の事情を知らない同僚たちから「何があったんだ?」とひそひそとささやきあう声が聞こえてくる。
「わ、わかった……! 話すからこっちにきて……!」
シリウス様と結婚すれば、どの道同僚たちには知られることになる。
だが、今の段階で知れ渡るのは流石に気恥ずかしい。
私はアリスの腕を掴むと、省内にある談話室へ向かうことにした。
◇◇◇◇◇◇
「それで!? あのあと何があったの!? というか、そもそも二人って付き合ってたわけ!? なんで教えてくれなかったの!?」
談話室に入るなり、アリスは身を乗り出して私へと詰め寄った。
「待って、アリス、順番に話すから! まず、私とシリウス様は付き合ってないわ!」
「へ……っ? 付き合ってないのに、セレフィアにプロポーズぅ……?」
私の言葉にアリスはもげそうな勢いで首を傾げ、ぽかんと口を開けたまま固まった。
彼女がさらに混乱を深めていることが手に取るようにわかる。
昨日の私も、今のアリスと同じような状態だったから。
「えっと、ね……」
私は言葉を選びながら、できる範囲でアリスへ説明した。
シリウス様から、契約結婚を持ちかけられたこと。
お互い事情のため、その提案を受け入れることにしたこと。
私の説明を聞き終えたアリスは、驚きとも呆れともつかない長い息を吐き出した。
「ははぁ……、こんなこと現実にあるんだねぇ……。まるでロマンス小説みたい……」
「確かにそうね……」
客観的に見れば、昨日の出来事は物語の一場面のようだ。
自分の身に起きたことだとは、まだどこか信じられない。
「で、でもすごいよ、セレフィア! たとえ契約でもあのシリウス様と結婚だなんて!」
「そう……?」
アリスの勢いに押され、思わず語尾が弱くなる。
「だってあの人、この国でいっちばん強い魔術師だよ!?」
アリスは興奮を押さえきれない様子のまま、私の両手を握りしめた。
私を見つめる瞳はきらきらと輝いていて、アリスがまるで自分のことのように喜んでくれていることが伝わってくる。
「怖いけどちょーイケメンだし、貴族のご令嬢方が声掛けまくってるって噂だよ! 全然なびいてくれないらしいけど! そのシリウス様に選ばれるって、やっぱりセレフィアはすごい!」
息継ぎもなしにアリスは言い切った。
畳み掛けるように言われた内容に、私は返事に困ってしまう。
「ていうか契約だとか何とか言ってるけど、シリウス様って実はセレフィアのことが好きなんじゃないの〜?」
「それはないわよ」
にやにやと笑うアリスの発言を、私は即座に否定した。
さすがにそれはあり得ない。
「えー、そうかなぁ……。セレフィアかわいいし優しいから、全然あり得ると思うけど」
私の否定を聞いても納得がいかないようで、アリスはぶつぶつと呟いている。
しかし、不意にぱっと顔を上げた。
「そういえば週末、ご両親に結婚の挨拶に行くんだっけ? セレフィアなら絶対上手くいくよ!」
「あ、ありがとう」
不思議だ。
アリスに自信満々に断言されると、上手くいくような気がしてきた。
「週明け、どうなったかまた聞かせて! 細かいところまで全部だよ!?」
「ふふ……。わかったわ」
アリスと話していると、不安も恐れも、溶けていくような気がする。
彼女の明るさは、私の救いだ。




