43・幕間4(sideアルフレッド)
セレフィアを見かけた夜から、数日が経った。
バクスター家はもう後戻りができないほどの窮地に追い込まれていた。
アルフレッドは、リビングでいまだ言い争いを続ける両親を冷めた目で見ていた。
「今からでも国王陛下に掛け合いましょうよ! きっとまだ間に合うわ! 領地経営の立て直し案を提出して――」
「む、無理だ……! わしにはもう! 終わりだ……!」
「先祖代々の土地なんでしょう!? あなたの代で終わらせていいわけ!?」
おそらく、逃げ出した領民の誰かが王城へ報告したのだろう。
国王に領地の惨状が知られ、正式に領地返上を言い渡されたのは、アルフレッドがセレフィアを見かけた翌日のことだった。
むしろ、今までよく国王の目をごまかせていたことの方が不思議なくらいだ。
屋敷も土地もすべてが売りに出され、今日、買い手がついた。
残ったのは名ばかりの爵位だけ。
それでも両親は変わらなかった。
現実を受け入れられずにわめく母と、現実を諦めて酒に溺れている父。
どちらも無様だ。
「こうなったのは、元はと言えばあなたのせいでしょ!? ちゃんと考えなさいよ!」
「わしは知らん……!」
(ここまでくると、滑稽で笑えるな)
机の上には、屋敷を売って得た金が布袋に入れられたまま置かれている。
これがバクスター家に残された、最後の価値だ。
アルフレッドはゆっくりと手を伸ばすと、布袋を手に取った。
そのまま上着のポケットへ押し込む。
「アルフレッド! 何をしているの!」
背後からかけられた母の声が飛んできて、反射的にアルフレッドの肩がわずかに揺れる。
けれど、動揺をおくびにも出さずにアルフレッドは振り返った。
(お前らは無能だから、気づきやしないだろ)
「あんたも領地をどうするか考えなさい! 跡取りでしょう!」
「……うん、そうだね」
(今更遅いんだよ。無能どもが)
微笑みを浮かべながら、両親を嘲笑う。
領地をどうするか、なんて。
アルフレッドは散々考えてきた。
両親に取り入り、領地経営を手助けという形で補佐してきたが、上手くいかなかった。
セレフィアから給料を取り上げてまで、家計に回してきたというのに。
最終的な決定権は領主だった父にあり、母は浪費を繰り返し、結果この有様だ。
「俺、ちょっと外の空気を吸ってくるよ」
「早く戻ってきなさい! それどころじゃないんだからね!」
「……もう、俺には関係ないよ」
誰にも聞こえないような小声で呟いて、アルフレッドは屋敷から出た。
冷たい夜風がアルフレッドの頬を撫でる。
今から向かえば、乗り合い馬車の最終便には間に合うはずだ。
(もう俺は、ここには帰らない)
アルフレッドは歩きながら、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような虚しさだけがうずくまっていることに気づいた。
住み慣れた家を捨てても、家族を捨てても、何も感じない。
それなのに、数日前のあの夜に見たセレフィアの笑顔だけが焼き付いたままで、離れてくれなかった。
魔術師長と手を繋ぎ、頬を染めて笑っていたあの姿が。
(許さない)
アルフレッドは足を止め、夜空を見上げた。
そこにはただ、瞬きを繰り返す星がこちらを見下ろしている。
(俺に必要なのは、家でも爵位でも、まして両親でもない。セレフィアだけだ)
弱くて、頼りなくて、俺だけが守ってやれる存在。
俺のために使い潰され、不幸でいてくれる存在。
(俺が、不幸にしてあげないと)
やはり、結婚の挨拶とやらに来たあの日、魔術師長との結婚を許すべきではなかったのだ。
もっと強く引き止めておけばよかった。悔やんでも悔やみきれない。
あの魔術師長は何も分かっていない。
セレフィアが最も可愛いのは、不幸に身を浸している時だというのに。
(取り戻す。必ず)
セレフィアを自分の元へ取り戻す。
そのためには準備が必要だ。
(まずは場所が必要だな。今度は逃げられないように、誰にも邪魔されない場所を)
アルフレッドは計画を頭に思い浮かべながら歩き始める。
その足取りにはもう、迷いがなかった。




