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氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~  作者: 雨宮羽那
第3章

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27・魔術師長、取り乱す


 エリゼ様は私の身体の採寸をあらかた終えると、満足げにメジャーを消し去った。


「それじゃあ……、デザインを考えていきましょうかね」


 言うやいなや、エリゼ様の指先から淡い光が生まれた。その中から、真っ白の布地が浮かび上がるようにして現れる。

 魔力に反応した布は、エリゼ様の指先の動きに従うようにして、私の目の前でゆらゆらと揺れていた。


「セレフィア様、まずはご希望をおうかがいします。雰囲気、モチーフ、丈……どんなものでもよいですわ。遠慮なく好みのものをおっしゃって」


「え、えっと」


 目の前で優しく揺れる布地に、自分の胸が高鳴っていくのを感じる。

 だが、オーダーメイドでドレスを仕立てるなんて初めての経験で、上手く言葉が出てこない。

 どうにか言葉にできたのは、我ながら曖昧な要望だった。


「……派手すぎないデザインだと、嬉しいです」


「そうですねぇ……。あなたは清楚な印象ですから、あたくしもそちらの方が似合うと思いますよ」


 エリゼ様はうんうんと頷きながら答えてくれた。

 受け止めてもらえて、ほっとしてしまう。


 (それと……もう一つお願いしてもいいかしら)


 口に出すのには恥ずかしさがあった。

 けれど、話しているうちに、どうしても譲れない要望が私の頭に浮かんでいたのだ。

 

「それから……シリウス様の隣に並んだときに、自信が持てるものだったらいいなと……」


「まぁ! 奥様ったら!」


 視線をあげられなくて俯きがちに私が告げると、それまで黙って部屋の隅で控えていたマーサがぽっと頬を染めて声を上げた。

 エリゼ様は目尻を下げ、優しそうな瞳を私へ向けている。

 

「ふふ、恋する乙女の顔だわぁ……。素敵ねぇ……」


 エリゼ様は優しく微笑んだまま、指先をひらりと動かした。

 すると布地が広がっていき、どんどんと形を変えていった。

 ウエストはきゅっと細く絞られ、裾はまるで花びらのようだ。柔らかな白い布地が、静かに重なっていく。

 その動きがあまりにも滑らかで、思わず見とれてしまった。


「すごい……」


「そう言っていただけて嬉しいですけれど、これはまだ仮の形ですよ。とりあえず一度、試着してみましょうか」


 エリゼ様はそう言うと、マーサの方へ視線を向けた。


「マーサさんといったかしら、お手伝いを頼んでも宜しくて?」


「はい! もちろんですわ、エリゼ様!」


 嬉しそうに返事をしたマーサが、私の方へと駆け寄ってくる。

 マーサとエリゼ様に手伝われながら布地をまとってみて、私は衝撃を受けてしまった。


 (すごい……見た目以上に軽いし、動きやすいわ)


 これだけの布地を使っているというのに、普通の服よりも軽く、肌触りもいい。

 

「まぁ……! とってもお似合いですわ、奥様!」


 マーサが感極まった様子で声をあげた。

 その声に顔をあげると、目の前にはエリゼ様の魔術によって鏡が現れていた。


 鏡の中には、純白のドレスを身にまとった、見慣れない花嫁が映っている。

 まるで、自分ではないみたいだ。


 (これ……本当に私?)


 初めて見る自分の姿に、自分でも戸惑ってしまう。

 同時に、今まで実感の薄かった結婚が、急に実感をともなってきた気分だ。


 (……私、本当に結婚するのね)


 恋を自覚したばかりだと言うのに、その相手との結婚が目前に控えているだなんて、なんだかおかしな話ではある。


「セレフィア様、いかがですか。お気に召しました?」


 エリゼ様の声に、現実へと引き戻される。

 私は慌てて何度も頷いた。


「……は、はい! ありがとうございます!」

 

「それなら良かった。よくお似合いですし、デザインの微調整だけで本縫いに入れそうだわぁ」


 私の返事を聞いたエリゼ様は、満足そうに頷きながら、布の端をつまんで微調整をしていた。


 裾の重なりを整えられるたびに布が揺れ、窓から差し込む陽の光を反射している。

 なんだかそわそわとして落ち着かない。


「……あら?」


 ふとなにかに気づいたのか、エリゼ様が手を止めて扉の方へと視線を向けた。

 その直後だった。

 こん、と控えめなノックの音が響き、客間の扉がゆっくりと開かれた。


「失礼」


 顔をのぞかせたのはシリウス様だった。

 きっと様子を見に来てくれたのだろう。


「ドレスの進捗はいかがで――」


 いつものように落ち着いた声音で言いかけて……シリウス様の視線が私をとらえた瞬間、言葉がぴたりと止まった。


 言葉だけではない。オッドアイは見開かれたままで、身体の動きも何もかもが固まってしまっている。


「あの、シリウス様……?」


 恐る恐る私がシリウス様へ声をかけた、その瞬間だった。


「はい……!?」


 途端、シリウス様が突然我に返ったように裏返った声を上げた。

 みるみるうちに、耳の先までシリウス様の顔が赤くなっていく。


 (え? 何? シリウス様どうしたの?)


 こんなシリウス様の姿なんて、見たことがない。

 私の知るシリウス様はいつだって淡々としている人だ。それでいて、優しい視線を向けてくれる人。

 

「シリウスさ――」


「し、試着が済んだのなら、さっさと着替えてきなさい……!」


 咄嗟に声をかけようとしたが、被せるように放たれたシリウス様の言葉に思わず思考が止まってしまった。

 

「え……」


 告げられた思いもよらない言葉に、吐息に近い声が漏れる。

 まさか、着替えてこいと言われるとは思わなかったのだ。


 (褒めてもらえると思っていたわけじゃないけど――……ううん、違うわ。私はどこかで期待していた)


 似合っていると、綺麗だと。

 少しくらいは言ってもらえるかもしれないと、心のどこかで期待をしていた。


 風船のように舞い上がっていた心が、一気にしぼんでいくのが自分でもわかる。


「あ、あなたのその姿に今の私は耐えることができないと、今気づきました。一旦頭を冷やしに戻ります。失礼」


 早口でそう言い残すと、シリウス様は私たちの方を見ようともせずに、足早に客間から出ていってしまった。


「お、奥様……」


 マーサが気遣わしげに私を呼ぶ。


「ご、ごめんなさい、大丈夫よ」

 

 どうにか笑顔を作ろうとするけれど、上手く形にならない。

 マーサはしばらく私を見つめていたが、やがて何かを決意したというように表情を引き締めた。


「……奥様。少しだけ、失礼いたします」


「マーサ?」


 呼び止める間もなくマーサがくるりと(きびす)を返し、私たちへ背を向ける。

 そのまま勢いよく、客間を飛び出していってしまった。

 

 バタンと扉が閉まる音がして、部屋に静けさが戻る。

 気づけば、エリゼ様がそっと私のそばに来ていた。私の背中を優しく撫でてくれる。


「……大丈夫ですよ、セレフィア様」


 エリゼ様の声は穏やかで柔らかい。

 けれど、一度感じた胸の痛みは簡単には消えてくれそうになかった。


 その時だ。

 廊下から、とんでもない叫び声が扉を突き抜けてきたのは。


「なにしでかしてんですか、旦那様のバカぁ!! この初恋拗らせ魔術師がぁ!!」


「なっ、仮にも主人に向かってどんな言葉遣いをしているのですか、あなたは!?」

 

「そんな場合じゃないから、言ってるんですよ!! なんなんですか、あの態度は! いつもはもう少しクールでスマートじゃないですか!? あれじゃあ奥様があんまりですよ!」


「おや、マーサ。旦那様がなにかやらかしましたか。首尾を詳しく」


「オリバーさん! 聞いてください! 実はですね!」


 廊下の向こうで、シリウス様の驚いた声と、マーサの怒鳴り声、それからオリバーの落ち着いた声が交互に響いている。

 徐々に声が遠のいていき、会話の内容の判別が難しくなるが、恐らく二人はシリウス様に向かって何かを言っているのだろう。……私のために。


 (シリウス様は……どうしてあんな言い方をしてきたの……?)


 シリウス様から言われた、「さっさと着替えてきなさい」という言葉が、ずっと私の頭の中を巡っている。

 

 (私が何か、失言してしまった? 「耐えることができない」って、見るに堪えないってこと? ドレスが似合ってなかった?)

 

 理由がわからない。

 胸が痛くて苦しくて、私は痛みをこらえるように胸元で手を握りしめる。


 先ほどまで私の心を踊らせていた純白のドレスが、今はただ、ひどく遠いもののように思えた。

 

 

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