辺境の村にて、再び
※本作は「女官リセル、冤罪で死罪寸前!?助けてくれたのは無口な女騎士でした」のスピンオフとなっておりますが、
単独でもお楽しみいただけます。
「寒いし、道は悪いし……本当にここで合ってるのかしら」
馬車の窓から吹き込む冷気に身をすくめながら、私は思わず独りごちた。
道なき道を進むような感覚。轍は細く、見渡す限り雪混じりの林が広がる。こんな辺境に、王国の元副団長と元女官が身を寄せて暮らしているなんて、正直まだ信じられない。
「ミレイユ。ぶつぶつ言ってると、顔にしわが増えるよ?」
軽い声が隣から聞こえる。
「……ザビーネ、あんたはもう少し真面目に考えなさいよ。私たちが来るって伝えてから、どれだけ時間かかったと思ってるの?」
「こういうのもいい気分転換になるでしょ? 王都の喧騒も、女王陛下の書類の山も、ひととき忘れてさ」
肩をすくめて笑う彼女は、本当に相変わらずだった。
私は思わずため息を漏らし、指先でコートの裾をぎゅっと掴んだ。
やがて馬車は小さな石橋を越え、坂を下った先に、目指す村の姿が見えてきた。
小さな家々から煙が立ち上り、遠くで子どもたちの笑い声が風に乗って届いてくる。
「……着いたわね」
私がそう呟いたとき、馬車の扉が開いた。
「わあ! 誰か来たー!」
「火の玉のお姉さんだ!」
出迎える村の子どもたちが、私たちの前に駆け寄ってくる。そして、なぜか一斉にザビーネに向かって叫ぶのだ。
「火の玉出してー!」
「この前みたいな、ぴゅーってやつ見せてー!」
……この前?
「ちょ、ちょっと! ザビーネ、まさか以前にも勝手に魔法を……!」
私は慌てて彼女の袖を引っ張った。
「平和な村の中で魔法なんて、軽々しく見せないの! 特に火属性なんて、何かあったら――」
「見せるだけ、見せるだけ♪」
そう言って、ザビーネは笑顔で指先をくるりと回すと、小さな火花をぱちんと空に散らした。
子どもたちは歓声を上げて拍手する。
私は、深く深くため息をついた。
本当に、変わらない。十年前も今も、彼女は私の言うことなんて聞きゃしない。
それでも、こんな光景を見ていると、不思議と胸の奥があたたかくなるのだった。
⸻⸻⸻
村の人々は思っていたよりもずっと温かく、気さくだった。
「おお、王都の方かね? 遠いところをようこそ」
「道中、大変だったでしょう? こっちへどうぞ、案内するよ」
年配の女性が、私の手を優しく取って笑った。
その手のひらの温かみに、この土地の穏やかな時間がにじんでいる気がして、私の頬も自然と緩んでいた。
ザビーネが「ありがとう、ありがと〜」と手を振りながら隣を歩く。軽すぎるその態度に、何度か肘で小突いたけれど、彼女はまるで気にしていないようだった。
そして——
「ミレイユ様、ザビーネ様……ようこそ!」
声に顔を上げると、玄関先に立っていたリセルが満面の笑みで出迎えてくれた。
少しだけ日焼けした頬と、柔らかな表情。その後ろには、相変わらず背筋の伸びたクラリスが控えている。
「お久しぶりです、リセル。ずいぶん元気そうね」
「はいっ、いまは毎日が幸せで……!」
はにかむように笑う彼女の横で、クラリスが一礼する。
「遠路はるばる、来てくれて感謝する」
その声は変わらず澄んでいて、まっすぐだった。私は軽くうなずいて返した。
すると、ザビーネがにやりと笑って言う。
「うちのミレイユが“絶対顔を出すべき”って言うもんだから♪」
「言ってないってば!!」
私の声が、村の青空に響いた。
⸻⸻⸻
村の広場では、結婚式の準備が着々と進められていた。
色とりどりの花飾りやリボン、布が所狭しと並べられ、リセルを中心に村の女性たちが忙しく立ち回っている。
私とザビーネも例に漏れず、飾り付けを手伝うことになっていた。
「それ、もう少し高い位置の方がいいかしら?」
「あ、あれは逆さじゃ……」
そんなふうに指示を飛ばしながら、私は布を束ねた箱を覗き込み、飾りのリストと照らし合わせていた。
その時、ふいに後ろから声をかけられた。
「おふたりは、ご夫婦ですか?」
村の主婦らしき女性にそう尋ねられた瞬間、私は頭が真っ白になった。
「ち、違いますっ!」
反射的に叫ぶように否定した。その横で、ザビーネは口元に指をあて、くすりと笑った。
「どうでしょうね?」
やめてよ、そういうのは。もう少しで私の心臓が本当に爆発するところだった。
けれど、そのときふと気づいた。
村の人々は、誰一人として私たちの関係に奇異な視線を向けていない。
……ここは、そういう偏見のない場所なのかもしれない。
少しだけ、胸の奥が温かくなる。
「ミレイユ様、こちら手伝っていただけますか?」
リセルに呼ばれて、私は準備中のテント装飾へと足を運んだ。
手慣れた手つきでリボンや布を整えていくリセルに感心しながら、私は余っていた装飾箱を開け、中を整理しようとした。
そのときだった。
「……これ……」
手のひらに乗せた一冊の魔導書。
表紙は古び、角はすり減っているけれど、私はすぐに気づいた。その色、その装丁、その擦り切れた背表紙。
「見覚えが……ある」
私は思わず、指先でページをめくった。
紙の質感も、魔力を帯びた墨の香りも、すべてが懐かしい。
あの頃——あの、学園の日々が、否応なく胸に甦ってくる。
「懐かしいね」
背後から声がして、ザビーネが私の肩越しに本を覗き込んでいた。
「“懲罰”……じゃなかった、図書整理係。思い出すねぇ」
「……ほんと、あなたのこと、大嫌いだったわ、あの頃は」
「知ってる。でも君、憎まれ口を叩く顔、今と同じくらい可愛かった」
「その口、今すぐ閉じなさい」
思わず本で彼女の額を軽く叩いた。
……けれど、そのやりとりさえも、懐かしくて、胸に染みていく。
夕陽の赤が、飾り付け中のテントの布越しに揺れていた。
まるで時間そのものが、過去へと手を伸ばしているようだった。
私は本を胸に抱えたまま、目を閉じる。
——思い出す。あの夜、静かな図書室で、ふたりきりだったあの時間を——。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
本作は『女官リセル、冤罪で死罪寸前!?』のスピンオフとして、
サブキャラだったふたりの“その後”を描く物語です。
本編とは違って、静かな感情の揺れや、日常のひとときを丁寧に綴りました。
読後、少しでもあたたかな余韻が残っていたら幸いです。
・このスピンオフは完結済みです。
・毎日19時に投稿予定ですので、続きもぜひお楽しみに!
よければ感想や評価など、励みになりますのでよろしくお願いします。
次回作や別のカップリングでの物語も、ぜひお楽しみに!