【4】決戦前夜/作戦と告白
作戦会議の翌日から、私たちは水面下で動き始めた。
ミレイユさんは王宮内の女官たちから当日の目撃証言を集め、さらに記録係へ裏ルートで接触。数日間書斎にこもり、証言と記録を整理してくれていた。
ザビーネさんは魔導士の“グレーゾーン”を惜しみなく活用。魔力痕の追跡、王宮地下の物流経路、そして毒草の出所を管理する倉庫の使用記録まで押さえていた。
「完全に合法じゃないけど、まぁ証拠能力としては問題ないでしょ」
そう言って、青い魔力で封印された箱を私に見せてくれた。
クラリスさんは――副団長という肩書をすでに失っていたけれど、それでも彼女を信じる部下たちは残っていた。
彼らがもたらしたのは、王子ユリウスと宰相エドワルドが選定会議前に密会していた記録。王妃候補を囲う貴族名簿の写し、そして“公にはできない取引”の断片だった。
証拠、証人、記録。
すべてが、揃いつつある。
――明日、王妃選定会議で、すべてを女王陛下の前に。
その夜、私は眠れなかった。
冷たい空気を吸いたくて、ミレイユさんの屋敷の中庭へ出る。手入れはされていないけれど、月明かりがしっとりと降り注いで、美しかった。
そして、庭の中央に、見慣れた姿があった。
「……クラリスさん?」
銀色の髪が夜風に揺れていた。月光の下で、彼女はいつもより少しやわらかい表情をしていた。
「眠れなかった?」
「……はい。緊張してるのかも」
私は静かに彼女の隣に立った。風が吹くたび、髪が揺れ、影が揺れる。
「明日が終わったら、どうする?」
突然の問いに、私は少し驚いて彼女を見上げる。
「え……?」
クラリスは遠くを見つめたまま、静かに続けた。
「私はもう、騎士ではない。だから、貴女を守る理由が“任務”じゃなくなった」
「それは……」
「でも、貴女のそばにいたいと思う気持ちは、変わらない」
まただ。
この人は、いつも核心に触れてくる。
「……私、クラリスさんに守られてばかりで……すみません」
「謝らないで」
その言葉は静かだったけれど、わずかに震えていた。
「私は、貴女が笑ってくれるだけで、満たされる。……あのとき、王宮の片隅で泣いていた貴女にハンカチを差し出したときから、ずっと」
胸が、締めつけられた。
でも、今なら。
言葉にできる。
「……クラリスさん」
「うん?」
「私、変わったんです」
月が、ふたりをそっと照らす。
「逃げることしか考えてなかった私が、今は戦おうと思ってる。それは、クラリスさんがずっと隣にいてくれたから」
私はそっと、自分の指を彼女の指先に触れさせた。
「……私も、今は……クラリスさんと、いたいって思ってます」
言葉は小さくても、指先がしっかり伝えていた。
これが答え。
きっともう、伝わってる。
「……リセル」
名前を呼ばれるだけで、胸がいっぱいになる。
けれど――
「ちょっと。中庭でいちゃいちゃしないでくれる? ここ、私の家なんだけど」
ミレイユさんの声が、突然背後から飛んできた。振り返ると、腕を組んで立っている。表情は変わらないけれど、耳がほんのり赤い。
「……見てたの?」
「見たくて見たわけじゃないわ。勝手に視界に入ってきたの」
「ふふっ」
柱の影から、ザビーネさんがひょいと顔を出す。
「そう言うミレイユだって、昔は私の膝の上で――」
「それ以上言ったら、今すぐ火球ぶつけるわよ、ザビーネ!!」
魔導士と女官の険悪(?)なやりとりに、クラリスさんが小さく笑った。
「……仲間って、いいですね」
「うん」
私は、心の底からそう思った。
明日は、きっと長い一日になる。
でも、信じられる人たちと一緒なら、前を向ける。
――指先に、まだ、彼女のぬくもりが残っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、クラリスとリセル、それぞれの想いがようやく言葉になった、心の節目の回でした。
そして、ミレイユとザビーネの軽妙な掛け合いが、物語に少しだけ笑顔をもたらしてくれました。
次回、いよいよ選定会議本番。
告発と弾劾、そして物語のクライマックスが始まります。
物語も後半に入りますが、最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。
全8話構成、毎日19時投稿でお届けしています。
また次回、お会いしましょう。