【3】真相への追及
ミレイユ女官の家の小さな客間に、私たちは集まっていた。
暖炉の火がぱちぱちと燃え、木製のテーブルの上には、私が書いた事件の時系列メモが広げられている。
「毒草は《アラーニャ・バイン》。一部の貴族が薬用や儀式用に管理してるけど、下の者にはまず手に入らない。……つまり、内部犯行の可能性が高い」
ミレイユさんが冷静に読み上げる。さすがは宮廷に長く仕えるだけあって、落ち着いた判断が早い。
「……それにしても。リセルの荷物から見つかったっていうのが、どうにも引っかかるのよね」
「明らかに仕組まれていたように思えます」
私が言うと、クラリスさんがすぐに頷いた。
「間違いない。あれは“見せるため”に仕込まれた偽の証拠だ」
言葉が落ちると同時に、部屋の中央で空気がふっと巻き上がった。
「おっと、失礼。ちょっとした魔法干渉。違法とまではいかないけど……まぁ、ギリギリってところかしら?」
淡い紫の光が弾け、ひとりの人物が現れる。
「ザビーネ……!」
私が驚くより先に、ミレイユさんが鋭く声を上げた。
「また勝手に魔法で侵入したわね! 何度言えばわかるの、あなたって人は!」
銀髪を無造作にまとめ、ゆったりしたローブを纏った女性。とろんとした瞳に、どこか眠たげな笑み――この人がザビーネ魔導士。
「やだなぁ、ミレイユ。私だって、君の家の結界は尊重してるんだよ? ほら、警報が鳴らない程度の小細工で、ね?」
「それを“侵入”って言うのよ!」
クラリスさんが小さく目を見張る。私も、反応に困っていた。
「……あの、お二人って、もしかして」
「元同級生よ」
ミレイユさんが、苦々しく言い捨てる。
「そう。そして、かつて“ふたりで秘密の魔法図書室を作ろう”って誓い合った仲♡」
「そういう言い方やめてって言ってるでしょ!!」
……あのミレイユさんが声を荒らげるのは、ちょっと新鮮だった。
「さて、本題に戻ろうか」
ザビーネさんが手をひらひらと振る。
「私もちょっと調べてたんだけど、この件、どうも“ただの嫌がらせ”とか“婚約破棄”レベルじゃ済まなさそうね」
「どういうことですか?」
私の問いに、ザビーネさんは懐から一枚の文書を取り出した。青い封蝋が施され、王宮の決裁印がしっかり押されている。
「宰相エドワルドの印入り。《王妃候補の選定と貴族派閥整理案》。つまり――この茶会自体、“人間関係の整理”を目的とした政治工作だった」
私は思わず息を呑む。
「じゃあ、私は……その“整理”のための犠牲、ってこと……?」
「そう。“目立たないけど内部にいる”――罪を着せるには最適だったってことよ。あなた、普段から自己主張しないでしょ? だから選ばれたのよ」
背中を冷たい何かが這い上がる感覚に、私はぞっとした。
「つまり、宰相エドワルドと……王子も?」
「王子は半分、踊らされてる側ね。権威はあっても、判断は甘い。罪を自覚せずに加担してる、それもまた罪だけど」
「許せない……!」
クラリスさんが唸るように言った。その拳は、かすかに震えていた。
「……でも、どうするの? 情報は揃った。けれど、証拠をどう“公に”認めさせるかが問題よ」
ミレイユさんが机に手をつき、厳しい視線を向けてくる。
「証人、記録、毒の残留。これらを使うには、場が要る」
静寂が落ちる。その中で、私はぽつりと呟いた。
「――王妃選定会議。もうすぐ、開催ですよね?」
全員の視線が、私に集まった。
「だったら、そこで。正式な場で、女王陛下に直接証拠を渡して、判断を仰ぐのはどうでしょう」
沈黙。
「……それ、盲点だったわね」
ミレイユさんがぽつりと漏らす。
「王子も貴族たちも、会議には絶対に出席する。逃げ場はないわ」
「魔導士としての介入も、会議空間なら合法的に可能ね」
「証人の直接証言も、陛下の前なら無視されない」
皆の意見が次々と重なっていく。
「リセル、いい案だ」
クラリスさんが私の手にそっと触れた。手袋越しでも、そのぬくもりが伝わってくる。
私は、小さく頷いた。
――これで、終わらせる。
逃げないって決めたから。
守ってくれた人たちに、胸を張っていたいから。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
この章は、事件の核心と、仲間たちの団結が描かれる大事な回でした。
陰謀の裏にある「政治の意図」や「誰かを“生贄”にする空気」――
それにリセルが“ただの女官”としてではなく、自分の意志で切り込んでいく姿を描きたかった章です。
そして次回はいよいよ決戦編、【王宮・公開弾劾】へ。
本作は全8話、毎日19時投稿でお届けしています。
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よければ、次回もお付き合いください