7話 定められた運命
「元気そうで良かったよ」
「私は会いたくなかったわ」
憎悪を向ける先、男は―――ライリー王子は肩を竦める。
「悲しい事を言わないでおくれ、僕たちは夫婦になるのだから」
「誰が好き好んで貴方なんかと夫婦になると言うのかしら?」
私は望んでいないわ。
好きな人を殺した相手と誰が結婚したいと言うの。
王子と結婚するぐらいなら死んだ方がマシよ。
「相変わらずつれないね……うん。でも、そこが良いと思ってしまうのは末期かな?」
「そう。それよりこれ、外してくれないかしら?」
ジャラリと音が鳴る。
腕に取り付けられた手錠が音の発生源よ。
腕と腕とを鎖で繋ぎ、動きを阻害するの。
まるで奴隷よ。
私を幽閉するだけに飽き足らず、動きさえも縛るなんて私の人権は何処に行ったのかしら?
王子は苦笑して首を横に振る。
「無理な相談だ。また逃げられたら困るからね」
「逃げたいと思わせる貴方が悪いのではなくて?」
ハリーのようにずっと居たいと思わせる努力をしてから言いなさいよ。
貴方はただ、私を誰にも奪われないように閉じ込めるだけで何もしてないじゃない。
暗にそう告げれば、王子は怪しく笑う。
背筋がゾッとした。
とても嫌な予感がした。
まるで開けてはならないパンドラの箱を開けてしまったような、そんな気分。
得体も知れぬ恐怖から冷や汗を流し、身構える私に向けて王子は言う。
「うん。だから、その努力をすることにしたんだ。ノーアにとっても嬉しいことの筈だよ」
「貴方から貰う物はなんだろうと嬉しくないわ」
だから、その先を言わないで。
拒む私、王子はそれを見て更に笑みを深めた。
「聞くだけなら損はないから聞いておくれ」
「い、いやよ……!私は決して聞かないわ!!」
強まる予感。
必死に首を横に振り拒む。
なのに、王子は愉しげに笑い口を開こうとする。
やめて……!
聞くまいと耳を塞ごうとするのに手錠が邪魔をして塞げない。
何か、何かないの!?
周囲を見回し、必死に対策を考える。
そこでふと目につく枕。
これなら声を遮断できるかも知れない。
私は急いで近くにある枕へと顔を埋めようとして、ベットに押し付けられる。
漏れる呻き、上を見上げれば私を見下ろす王子の姿。
「ぁ……!」
か細い悲鳴が漏れる。
体格差のある男から見下ろされる恐怖によって。
それも何を仕出かすか分からない相手に覆われてあまりの恐怖に私は涙を流す。
ハリー、助けて。
私をこの男から助けてよ……。
恐怖とは別に心が切なさに襲われる。
キリリっと痛みが走り、私は顔を歪めた。
無理だって分かってるわ。
もうハリーはいないと、分かってるの。
だけれど、真っ先に浮かぶのはハリー、貴女の顔なのよ。
ハリーなら私を助けてくれるって、無条件で信じられるの。
止めどない涙が静かに流れる。
ハリーのことを考えて私は涙を流したの。
「ごめんよ。逃げようとするからつい、押し倒してしまった」
「な、ら………離れ……なさいよ……!」
いつまでも私に覆い被さらないで。
解放してよ。
私は貴方の人形じゃない、貴方の物じゃないわ。
「それは無理な相談。だって、離したらまた逃げようとするでしょ?」
だから、私を放さないと、そう言うの?
あまりにも身勝手な考え。
私の意思を無視した身勝手極りない考えよ。
キッと王子を睨み付ける。
「貴方はいつもそう!私の意思なんて無視して意思を押し付けてくる!!」
貴方なんかに目を付けられなければ私はもっと自由だった筈よ。
家からは出られなくても、茶会やパーティーを開催してもっと色んな人と出会えたはずなの。
それを貴方の身勝手な願いで禁じられた。
貴方以外の男が目に入らないように、より徹底した監理の下に私は支配され続けた。
もう、うんざりなのよ。
私の人生は貴方の物でも、誰の物ではないわ。
私の人生は私の物よ。
身勝手な願いに左右されて良い物じゃない。
「変わったね、ノーア……より美しさが増してとても良いよ。これも全て“ハリー”のお陰かな?」
「ッ!?」
王子から出る筈のない名。
驚きから目を見開く私を見て、王子はしてやったりと笑みを浮かべる。
「ねぇ、ノーア。もし、ハリーが生きているとしたら君はどうする?」
「ハ、リーが………生きている?」
思いもよらない発言。
死んだと思っていたのに、生きていると言うの?
心を襲う幾つもの思い。
ハリー、貴女の顔が見たいわ。
願いを叶えられて上げられなくてごめんなさい。
生きてて良かった。
安堵や焦がれ、謝罪など、様々な思いが心を駆け巡る。
先程とは異なる理由で涙が流れた。
「どうだい?とっても嬉しい話だろう?」
「これを話して貴方は何がしたいと言うの……」
「ノーアなら分かる筈だよ。僕が望んでいることをね」
あぁ、やっぱりこの男はクズだ。
人の想いを利用して縛りつけようとする。
けれど、そう、この男の予想通り、私は断ることが出来ない。
ハリーとまた会えるのなら、生きていてくれるのなら何だって良かった。
それがこの男と一生を添い遂げることだとしても、そのためなら甘んじて受け入れましょう。
「大好きよ、ライリー。私と夫婦になってください」
感情の籠らない声。
平淡な声で言ったと言うのに、王子は歓喜に震える。
「あぁ……!やっとだ!!やっと君からその言葉を引き出すことが出来た!!」
今すぐにでも結婚式を上げよう。
盛大に祝うのだと語る王子を私はつまらなさそうに見るだけ。
こんな事をして手に入れた物に何の価値があると言うの。
私には分からないわ。
この狂人の考えなんて理解したいとも思えなかった。
私の考えることはただ1つ。
早くハリー、貴女の顔を見たいわ。
頭上から覗く窓の外。
私の心境を映すように空は曇天であった。