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5話 一時の幸せ

「ごめんなさい」

「気にすんな。俺の方こそ悪いな、無理させちまって」

「いいえ、ハリーは悪くないわ。意地を張ってしまった私が悪いの」


私は今、ハリーにおぶられている。

理由は足の筋肉痛。

慣れない長距離に足が疲弊してしまったの。

ハリーに身を預けながら思い出すは昨日のこと。

長距離の歩きに疲れて座った時に感じた足の痺れ。

その時は疲れ過ぎただけ、寝れば治ると思って起きたらこれよ。

申し訳なさからハリーの服を掴む手に力が籠る。

逃亡を始めてから早数日、未だに追手は来ない。

その事実にホッと安堵すると同時、もっと遠くに逃げなければと思うの。

その為なら多少の無理もしなきゃと頑張った結果が逆に遠回りになってしまうなんて……。


「無理すんなよ。謝る必要もないし、求めてもいないからな。今はただゆっくり休め」

「ありがとう」


ハリーの優しさが心に染みる。

迷惑を掛けていると言うのに気遣えるなんて、やっぱり優しいと思うわ。

だからこそ、申し訳なさが強くなるのだけれど。

ハリーの肩に顔を埋める。

くすぐったそうに笑うハリー。

こんな状況にも関わらず、私はちょっとだけ嬉しさを感じていた。

ハリーの鼓動を、体温を、匂いを間近で感じられるこの状況に。

とても安らぐの。

ハリーを感じるだけで体と精神の疲れが取れて行く。

こんな気持ち初めてよ。

まったく、ハリーはとても罪深い人ね。

私、もうハリーが居ない人生なんて考えられなくなっているんだから。


「責任、取ってよね」

「うひゃ!?」

「あら?とても可愛い声ね、ハリー?」


ちょっとした意趣返しで囁いてみたのだけれど、予想もしない可愛らしい悲鳴に驚いてしまう。


「おまっ!?落としたらどうするんだよ!?良いのか!?落としても!?」

「ふふ、ごめんなさい。つい、悪戯してみたくなったのよ」


顔を真っ赤に染めて怒鳴るハリーはそう言いながらも未だにしっかりと私を抱えてくれている。

そこに優しさを感じるのだけれど、それを指摘したら下ろされてしまうかしら?

少しだけ興味を惹かれる案に蓋をする。

言ったところで認めないだろうし、今下ろされるのは困るもの。


「はぁ……今、逃亡中だって分かってんのかよ」

「分かっているわ。それで無茶をしてしまったもの」

「なら、もう少し大人しくしていろ。俺の気が休まらねぇ」


そう言って再び溜め息を吐くハリー。

未だ赤みの残るその顔を眺めて思うは一つ。

色気が凄まじいわ。

ただ横目に見ているだけだと言うのに、ハリーの放つ色気に私まで顔が赤くなってしまう。

それに、ピタリと顔をくっつけてしまったばかりに間近に感じるハリーの声。

落ち着きのあるその声が耳朶を打ち、背筋がゾクゾクとする。

色気の塊と言っても過言ではない。

これで恋人が居たためしがないと言うのだから世の中は不思議よ。

でも、良かった。

ハリーがまだ、誰の物ではないという事実に私はホッと安堵を吐くの。

こんな考えはいけないと思うけれど、ハリーを一人占めしたい独占欲が邪魔をする。

ハリーの色々な表情を私だけが知っていたと思ってしまうの。

サリアの言った通り、私はとても悪い子ね。

自嘲から笑ってしまう。

それがハリーの首筋を擽ってしまったみたいで、また可愛らしい悲鳴を上げて怒るハリー。

ごめんなさい、と謝りながらも私は笑う。

辛くも慣れない生活ではあるけれど、ハリーが居るだけで楽しかった。

私とハリーだけの思い出が増えて行く。

それが嬉しかった。

見たことのない景色、見たことのない動物。

色んな知らないをハリーと一緒に知ることが嬉しかった。

この生活が、ハリーと一緒に居られるこの生活がずっと続けば良いと願う。

ただそれだけなのに……。


「がっ!!」

「え?」


事件は夜に起こった。

今から寝ようかと思ったそのタイミング。

急に呻き声を発するハリー。

咄嗟に見れば、肩には矢が1本刺さっていた。

思わず漏れ出る呆然とした声。

突如として起こった出来事に理解が追い付かない。

どうして、血が流れているの?

どうして、矢が刺さっているの?

どうして、どうして、どうして。

幾度も巡る疑問。

けれど、次第に状況を理解して行く。


「―――っ!!ハリー!!!」


慌ててハリーに駆け寄れば肩を押さえながらも、背後を振り向き警戒していた。


「ちっ!追手だ!!逃げるぞ!!」

「で、でもっ!!怪我をしているじゃない!?」

「んなこと言っている状況じゃねぇ!!分かってんだろ!?」


正論に口を閉ざす。

ハリーの言う通り、怪我を気にしている状況ではないわ。

それでも心配なのよ。

もし、ハリーが死ぬなんてことになれば私は耐えられそうにないの。

言ったでしょう?

ハリーも私の大事な人だって。

大事な人が傷付いて平気な人はいないの。

けれど、状況がそうはさせない。

不安げな私の手をハリーは無理矢理掴んで立たせる。


「くっ!!逃げるぞ!!!」

「え、ええ!!」


走り出すハリーに手を引かれながら私も走る。

足の痛みなんて気にしていられない。

それこそ、ハリーの感じる痛みに比べたら些細なものよ。

暗い森の中を灯りも持たず突貫する。

少しでも追手から逃れる可能性を高めるために。

背後から矢の落ちる音がした。

ドスッと地面に突き刺さるそんな音。

背後をチラリと振り向けば、私の数センチ後ろに矢が刺さっているのが見てとれる。

思わずゾッとした。

後少し遅れていたらあの矢に射られていたかも知れない。

その事実に走る速度が上がる。

ハリーの速度に負けないように走る私を見て微かにハリーは笑う。


「その調子だ。このまま奴らとの距離を離すぞ」

「ええ」


声で居場所がバレないようにやり取りする私達。

背後からは今もなお、矢を射られるが、此方に届く様子はない。

その事実にホッと安堵しながら、距離を離すべく私達は走る。

走って、走って、走り続けて、気が付けば矢の音は止まっていた。

逃げ切れたのだと思う。

あれから随分と長い距離を走った私達は何処とも知れぬ森の中で疲れ果て、木に寄り掛かる。


「「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」」


2つの荒い息。

スゴく疲れたけれど、私達は生き延びた。

ハリーと一緒に生き延びたの。

その事実に歓喜をもって噛み締める。

まだ油断はできない状況だけれど、一先ずの安心を得ることができた。

ホッと安堵を吐くと同時、視界に入るは怪我をしたハリーの肩。

心配になって声を掛ける。


「ハリー、肩は大丈夫なの?」

「あぁ、なんとかな。逆に止血になって良いまであるぞ」


それは流石にない。

抜いた方が良いに決まってるわ。

けれど、下手に抜いて悪化したらどうしましょう。

私には応急措置できるだけの知識がない。

どうすれば良いか迷う私を見てハリーは笑う。


「この程度の怪我、屁でもねぇから安心しろ」


私の頭に手を伸ばし、乱雑に撫でるハリー。

元気付けようとしてくれるのは分かるのだけれど、その撫で方は止めてちょうだい。

髪がボサボサになるのよ。

たとえ、既に髪がボサボサだろうと気になるのは気になるの。

恨めしげにハリーを見上げる。


「もう少し丁寧に撫でなさいよ」

「おいおい、これでも俺ぁ、元気付けようとしたんだぜ?それに怪我人だぞ?もう少し気を使えっての」


肩を竦めるハリー。

気遣いを無駄にされたと言いたげね。

けれども、笑う口元がそんな事は思っていないことはバレバレよ。

これはあくまでも私を元気付けるためにハリーが言った冗談に過ぎない。

それを逆手に取る。

ハリーにバレないように私は笑う。


「分かったわ。私なりの気遣いを見せて上げるわ」

「は?冗談だぞ?」


驚くハリーを無視して正座した私は膝を叩く。


「ハリー、ここに頭を乗せてちょうだい」

「いや、なんで……」

「疲れてるでしょう?膝枕をして上げようと思って。私の膝、張りがあって枕として最適だと思うわよ?」

「んなことやってられる状況じゃないってのに……はぁ。少しだけだからな?」


折れたハリーは横向きで私の膝に頭を乗せる。

なるべく平らな場所を選んで座ったけれど、寝づらくないかしら?


「意外と気持ち良いな、膝枕ってのは」

「そう、なら良かったわ」


思わずホッと安堵を吐く。

これで寝づらいなんて言われたらショックだもの。

見下ろすハリーの横顔は美しかった。

いつもは吊り上がった目が、閉じられただけでとても優しい顔つきへと変化する。

こうして見ると、頼り甲斐があるようには見えないわね。

やっぱり、性格かしら?

ハリーの性格が頼り甲斐があると思わせるのかしら?

ハリーの頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。

サラサラとした髪が気持ち良くて、何度も撫でてしまう。


「そんなに撫でるのが好きか?」

「そう、かも知れないわ……ハリーの髪がとてもサラサラで病み付きになっちゃいそうよ」

「そうか……」


ハリーはそれ以上何も言わず、ただ成すがままに頭を撫でられる。

静かに過ぎ去る時の流れ、暗い森の中で私とハリーだけが存在している。

この時間が長く続けば良いのに。

思わず漏れ出る願い。

誰にも邪魔されず、私とハリーだけの時間が欲しいと願ってしまう。

今でも十分だと言うのに、人の欲望とは計り知れないものね。

こんなに欲深い女になってしまったのだとハリーに語り掛ける。

ハリーはそうかよ、悪かったな、て笑いながら言うの。

全然、悪いと思ってないじゃない。

悪い子にはお仕置きよ。

ハリーの頬を突っつく。

くすぐったそうに笑うハリー。

それが愛おしくて、気が付けば私は――――キスをしていた。

口ではないのが残念だけれど、驚くハリーの姿が見れた。

恥ずかしがるハリーの姿が見れた。

私は声を殺して笑う。

笑い声で追手にバレたくなかったの。

遥かな空を見上げて願うはただ一つ。


“どうかハリーとずっと一緒に居られますように”

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