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3話 魅力的なお誘い

「よぅ、会いに来たぜ」

「はぁ、今日“も”会いに来たのね」


宣言通り、彼女――ハリーは私に会いに来てくれるようになった。

それもたまにではなく、毎日。

飽きもせず、私に会いに来ては色々な事を話してくる。

ここの店が旨かった、新しく建物が建つぞと、本当に色々な事を話すの。

その度に私は毎回、軽い返事を返す。

そう、良かったわね、なんて素っ気ない返事よ?

普通なら飽きるどころか怒ってもおかしくないのに、ハリーは何が楽しいのか笑いながら話すの。

正直、止めて欲しかった。

私に外の話をしないで、私に夢を持たせないで、と何度も思うのに私はそれを口にすることが出来ない。

楽しかったの。

私が知らない外の世界をハリーを通じて知ることが。

狭い箱庭以外にも世界は広がっていると、そう実感することが出来る。

ハリーとの密会は私の数少ない楽しみの1つとなりつつあった。


「おいおい、つれないぜ、そりゃあ。せっかく俺が会いに来てやってるんだぜ?もっと感謝しろよ」

「私は別にそんなこと望んでないわ。貴女が勝手にやっていることでしょう?」


私は素っ気ない態度を取る。

名前を知っているのに頑なに呼ばない。

これは私の一種の意地。

ハリーに心を揺り動かされているのを認めたくなくて、バレたくなくてそんな態度を取ってしまう。

もう遅いって分かっている筈なのに……。


「そうかよ。じゃあ、今日も話を聞いてくれるか?」

「駄目、と言ったところで貴女は止めないのでしょう?」

「当たり前だ。俺が何の為にここに来てると思っているんだよ」

「はぁ、なら無駄じゃない。私、無駄は嫌いよ」


そう口にしながらも、矛盾した行動を取る私。

無駄だと思うのなら関わるなと言えば良いだけの話。

自分で矛盾したことを言っていると気付きながらも見なかったことにして蓋をする。

そう、これは仕方のないこと。

私の誘拐を企てた黒幕を探すためだと嘯いて今日もまたハリーの話に耳を傾ける。


「今朝の出来事なんだがよ。近くの家で爆発が起こってな。その衝撃で目ぇ覚めちまった俺は怒鳴り込みに行った訳よ」

「心配からではないのね」

「んなこと日常茶飯事だからなぁ。一々心配している余裕ないっての」


改めて思うのだけれど、この世界はよほど治安が悪いのかしら?

ハリーの話には大抵、暴力沙汰や殺人未遂の物騒な話を聞くのだけれど。

それともハリーが特殊なだけ?

疑問に思いつつも、私は聞くことはしない。

無駄を嫌ってではない。

それで納得できたのは最初だけ。

今は自分でもよく分からない感情で聞くのが恐ろしかった。

言葉にできない感情にモヤモヤとした凝りを感じつつ、私は続きを聞く。


「行って気付いたんだが、そこは俺の知り合いの家だったんだよ。それで察した、これゃあまたやらかしたってな」

「そう」

「中に入れば案の定、煤まみれのアイツが床に転がっていた。髪をアフロにして、目を回してやがったよ」

「体が丈夫なのね」

「あぁ~、確かに。アイツ、研究バカなんだがよ。結構死ぬかけるような実験してるって言うのに五体満足で今も研究し続けてやがる」


それは素直に凄いと思った。

近隣に響く音となると強い爆発が起こったはず。

それでも軽症で済むなんてよほど体が頑丈としか言いようがない。

そんな思いをしてまで研究するその人に興味が湧いた。

どうして命を掛けられるの?

そんな事をして何がしたいの?

行き急ぐような、命を捨てるような行動を繰り返して何になると言うのか。

それ程までに果たしたい目的があるのだろうか。


「ねぇ、その人はどうして研究をするの?」


気が付けば口にしていた。

知ったところで意味なんてないのに、私は聞いていた。

ハリーは驚いたように目を開くとフッと笑う。


「さぁな。俺も分かんねぇよ。ただアイツが言うには“好きだからしている。それ以外に理由はない”だとさ。それで死ぬかけているって言うのに好きな気持ちは変わらずらしい」

「そう」


羨ましい。

私も何かに一生を捧げてみたい。

一生を掛けても良いと思える何かに出会えたらきっと、ずっと続くこの生活も苦しくない筈だから。


「………なぁ、俺と外に行かないか?」

「えっ」


今、なんて言ったの?

そう聞き返したいのに私の口からは掠れた声が漏れるばかり。

本当は聞こえていた、分かっていた。

ハリーは言ったのだ。


“俺と外に行かないか”


と、私の頭の中が真っ白になる。

今までも外に出たいと願い、諦めて来た。

何度願ったところで無駄なことだと思っていた、思い続けていた。

それが突如として目の前に夢を叶える切符が現れたのだ。

私はどうすれば良いの?どうしたいの?

その手を掴むべきか迷う。

正直に言えば怖かった。

私の知る世界はこの檻の中だけ。

この檻の中でしか生きて来なかった私に、果たして外で生きて行くことなんて出来るのだろうか。

不安に揺れる瞳。

掴むべきか迷う私の手をハリーは掴む。


「何も、今すぐ答えを出してくれって訳じゃねぇ。これは1つの選択肢だ。ノーア、あんたがどうしても外に行きたくなったら俺が手を貸してやる。何も1人で生きて行く訳じゃない。俺が居るから安心しろ」


ハリーの言葉が私の胸にスッと入る。

心がポワポワとして、熱に浮かされたように顔が赤くなる。

パッとハリーの手から自らの手を引き抜き顔を覆う。

自分で自分の気持ちに戸惑う。

何この気持ち。私どうしたの。

なんでこんなに顔が赤くなるの。

言い知れぬ羞恥心。

心臓がバクバクと音を鳴らす。

それに伴って赤身を増す身体。

抑えが効かない。

ハリーの顔が見れない。

ただハリーに見られていると言うだけで我慢できそうにない。

気が付けば私は布団の中に身を隠していた。

ハリーから体を見られまいと必死に布団で体を覆う。

まるで蓑虫のようだ。

荒い息を吐きながらも少しずつ冷静になる。

何を隠れる必要が、恥ずかしがる必要があったの。

ただ言われただけでしょ?

私の不安を見抜いて俺も居てやるってそう言われただけよ?

それの何処に恥ずかしがる必要があるの?

冷静な部分ではそれは分かっている。

けれど、心が落ち着かない。

その言葉を聞いてからずっと。

今は1人になりたかった。

冷静になってからその返事をしたい。

そう願い出ればハリーは分かったと、気が向いた時に返事をくれと言って立ち去って行く。

それが悲しかった、寂しかった。

1人にしないでと、心が叫ぶ。

意味が分からない。

自分の心が分からなくなる。

矛盾した感情に心が掻き乱され涙を流す。


「ぅう!」


止めどなく流れる涙。

布団を濡らし、染みを作る。

ハリーと出会ってから私は何処かおかしくなった。

ただ生かされる人生に意味はないと、救いはないと思っていたのに。

ハリーと出会ってからは他の道もあるのではないかと、淡い希望を抱くようになった。

無駄なことは嫌いなのに、ハリーと居るだけで無駄なことをしてしまう。

こんなに心を乱されたのは初めてだった。

こんなに表情を変えたのも初めてだった。

色々な初めてをハリーが奪って行く。

もう、やめて!

これ以上私をおかしくしないで!!

怖くて恐くて仕方ない。

私が私でなくなって行くような気がして。

それがとても恐ろしかった。

震える体を抱き締める。

もう、これ以上ハリーに関わるのは止めましょう。

次来た時にもうここには来ないでと、あの誘いも断りましょう。

そうすればきっと、私は私で居られる。

なのに、なのに、どうして……!!


「いやぁ!ハリーと会えなくなるのが嫌なの!!」


私を見るあの顔が好き。

退屈な私を楽しませようと頑張るあの顔が。

私が少しでも反応すると笑ってくれるその顔が好き。

私のことを考え、悩むハリーのことが好きで好きで堪らないの!!

今になってやっと気付いた。

私は自分でも気付かない内にハリーに惹かれていた。

私の小さな世界に現れた侵入者。

最初はただそれだけ。

けれど、会って行く内に、ハリーの人柄を知る内に気が付けば私は惚れていた。

同性に惚れるなんてどうかしていると私も思う。

でも、これは理屈じゃない。

理屈では決して話はつかない。

そういうものだと私は結論付ける。

気が付けば震えは止まっていた。

涙と鼻水で布団は、ベットはグチョグチョ。

到底使える状態ではなかった。

きっと顔も酷いことになっている。

それが分かっているのに、私が浮かべるは嫌悪ではなく笑み。

スッキリしたとでも言いたげな爽やかな笑みだ。

答えは決まった。

私はハリーと一緒に外へと出る。

ずっと夢だった外に好きな人と一緒に行く。

待ち遠しかった。

早く明日になって欲しいと、そう願ったのは初めて。

また、ハリーに初めてを奪われてしまったわ。

それが可笑しくて笑う。


「アハハハ!」


こんなにも愉しげな笑みを浮かべたのはいつ振りだろうか。

笑いが止まらない。

可笑しくて可笑しくて仕方ない。


「はぁ~~、人生ってこんなにも良いものなのね」


久しく忘れていた感情。

人生が楽しいと思うその気持ち。

かつて知っていた筈のその感情を改めて知る。

心が踊る。

熱を忘れたように冷めた心が再び熱を取り戻す。

グチョグチョになったベットに倒れ込む。

今だけはこの不快感さえも愛おしい。

窓を見る。

月明かりがとても綺麗だった。

輝く星々に真ん丸なお月様。

世界が変われど、その光景だけは変わらない。

ただの偶然か、はたまた意図した物か、どちらでも良かった。

前世で見ていた光景がまた見られたのだから。


「世界ってこんなに明るかったのね」


当たり前の事実が嬉しくて堪らない。

嗅ぎ慣れた匂いを吸い込む。

とても新鮮だった。

こんな匂いだったかと、疑ってしまったほどだ。

あぁ、楽しい。

今が人生で最高の瞬間とさえ思える。

けれど、まだ上がある。

ハリーと一緒の生活という極上が。


「ふふ」


楽しみで仕方ない。

段々と意識が薄れる。

激しく動き過ぎたのだ。

疲れた体が休息を欲して眠りへと誘う。

私はそれにただ身を任せる。

心地好い気持ちのまま寝たらきっと良い夢が見られる筈だもの。


「おやすみなさい。ハリー」

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