1話 囚われのお姫様
私は男女比10:0の世界に転生した。
理由なんて分からないわ。神様に会っていないもの。
おかしな世界、種が滅びていないのが不思議な世界に何の因果か私は女として産まれた。
ふふ、疑問に思う気持ちも分かるわ。
どうして男しかいないのに“出産”が存在するのかって。
この世界、本当に不思議なの。
男が女に性転換することで種を存続させるのよ。
なら最初から産まれるようにしなさいと思うのだけれど、神様の趣味かしら?
それが本当ならとんだ変態ね。
……女もちゃんと産まれるようにしてくれたら私が苦労することなんてなかったのに。
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
「ありがとう。そこに置いてくれるかしら?」
「承知致しました」
サラリとした黒髪のボブカットが似合う小柄
な女性の名はサリア、私専属のメイドよ。
とても可愛らしい見た目なのだけれど、これでも元男なの。
私が幼い頃には既にこの姿だったから、本来の見た目は分からないのだけれど、知っている者の話だと筋骨隆々だったそうよ。
1度見てみたいものね、その頃のサリアの姿を。
私は食事を摂る。
いつも通り美味しい味よ。
飽きが来ないようにと考えられた品々が私の舌を楽しませる。
それでいて栄養バランスも考えているというのだから我が家の料理人は凄いと思う。
この退屈な日々の中で、食事の時間は私の数少ない楽しみであった。
「ご馳走様。サリア、この後の予定を教えてくれるかしら?」
「はい。1時からは歴史の授業を、その後はダンスのレッスンを行う予定です」
「そう。食事の後に歴史の授業は辛いわね」
「取り止めましょうか?」
「いいえ、このまま受けるわ」
「承知致しました」
私の日常は予定でぎっしり埋まっている。
それこそ遊んでいる暇がない程にね。
これは貴族として生まれた私の義務であると同時に、私の暇潰しでもあった。
何故って?それは――。
「ねぇ、サリア」
「何でしょうか?」
「いつになったら私、外に出られるのかしら」
私の疑問にサリアは答えない。
安易なことを言って私に希望を持たせたくないの。
それを分かっていながら聞くなんて、もしかして私はとんでもない悪女かしら?
「なんて、冗談よ。冗談」
「お嬢様……」
サリアが悲しげに声を漏らす。
幼い頃から私のことを知るサリアは、それが決して冗談ではないことを知っている。
それでも、何も出来ない無力感に苛まれるサリアに、いつも私は申し訳ない気持ちを抱くの。
これは決してサリアが悪い訳ではない。
誰が悪いのか、そう聞かれると私も答えに窮する。
強いて言えば、私をこんな体にした神様かしら?
この男女比が偏ったこの世界にただ一人の産まれながらの女として生み出してしまった神様にこそ怒りをぶつけるべきだと私は思うの。
「サリアは悪くないわ。悪いのは全て神様よ」
「ふふ!なんですか、それ。でも、確かに神様が悪いのかも知れませんね。お嬢様をこんな体にした神様が」
サリアが笑った。
それだけで私の心は浮く。
幼い頃から私の面倒を見てくれた彼女には悲しい表情を浮かべて欲しくない。
この世界で心を許せる数少ない相手だもの。
出来るなら笑顔で過ごして欲しい。
それが私の身勝手な願い。
ついさっき、悲しませたくせによく綺麗事を言えたものよね?
思わず自虐してしまう。
「授業が始まるまで本を読みたいから席を外してくれるかしら?」
「承知致しました。では、時間になったら呼びに参ります」
「えぇ、お願いね」
食べ終えた食器を持って部屋を後にするサリア。
私はその背を見送ると窓辺近くに置かれた椅子に座る。
あれは嘘。
確かに私は本を読むけれど、今はそんな気分じゃない。
では何故、そんな嘘をついたのか?
それは――。
「サリア、ちゃんと食事を摂ってくれるかしら」
主人に付きっきりの使用人に食事を摂る時間は余りない。
それを昔、サリアに聞いたことがあった。
『ねぇ、サリアはいつご飯を食べているのぉ?』
『お嬢様が食べた後に私もちゃんと食べておりますよ』
その時のサリアはそう答えたが、私から離れる様子をあまり見たことがなかった。
それこそ私が寝る際や部屋の掃除をする時など、そういった例外を除いてサリアはずっと私の側にいたのだ。
その時はそうなんだ、ぐらいしか思わなかったのだけれど、成長してから思うと食べれる時間が少ないことに気付かされる。
食器を片付けた際に軽く食べているのだと思うのだけれど、それでも時間が少ないことには変わらない。
転生者なんだからそのぐらいすぐ気付きなさいよと、思うのだけれど仕方ないじゃない。
精神が幼い方に引っ張られて難しいことは考えられなかったんだから。
私は誰に対して向けたかも分からない言い訳をして、溜め息を吐く。
「気を許した相手だと子供っぽくなるのはどうにかしたいわね」
これも親に甘えられなかった弊害かしら?
私の両親は産まれた私が女だと知ると厳戒な警備の下、管理した。
なんでも泥棒から身を守るためだそうよ。
笑っちゃわない?彼等はそれを言い訳にして子育てを放棄したの。
守るためだ、仕方ないと嘯いてね。
彼等の真の狙いは私を王族に嫁がせること。
世にも珍しい私を王族に加えて、威を借りたいだけの小物。
ほんとアホらしい。
その為なら私の人権なんて無視よ?無視。
窓の外を見る。
雨が降っていた。
どしゃ降りだ。
ざぁざぁと音が鳴る。
曇天は太陽を隠し、地面に小さな池を作る。
まるで私の心のようだった。
檻の中に閉じ込められた私の心情を空が代わりに代弁しているかのようだった。
窓に体を預ける。
雨音がよりハッキリと、その冷たさまで伝わって来る。
でも、触れられない。
囚われの姫である私は檻の中で、魔王から救ってくれる勇者を待つの。
「あぁ、姫よ。貴女を助けに私が来ました――なんてね」
ありもしない夢に想いを馳せることを無駄だと想いながらも、私は一時の夢に浸る。
それが私の日常。