第34話 悪役がお嬢様扱いするのは、破壊力高め(◎) ②
接客の流れとしては、自己紹介の次に注文を取ることになっている。
「じゃあ美香。次はメニューを頼んでくれると嬉しいな」
僕は爽やかな笑顔を作って声を掛けた。
「ねぇ、れーくん?」
「ん?」
母さんが僕をじっと見つめてきた。
メニューには一切目もくれずに、やけに真剣な眼差しで。
何か変なこと言ったっけ? と、首を傾げた時。
「おうちに帰るのはいつにする?」
「今働き始めたばかりだけど?」
えと……僕の働き方に何か問題でもあるのだろうか?
母さんは今はお客さんとして、ここにいるとはいえ……この店の責任者でもある。
つまりは、僕が働くことを強制的に辞めせることができる。
クビにできる立場にある。
最初は、見知った相手だから気楽でいいなって思ったけど……1番重要な相手かもしれない。
より、気合い入れていかないとね!
「ひとまず落ち着いて、母さ……んんっ。美香? 僕、まだ自己紹介しかしてたからね?」
「そ、そうよね! まだ自己紹介……。えっ、まだ自己紹介の段階? なのに、この破壊力……。ママ、さっき意識飛びかけたしよ? それにれーくん、妙に対応慣れしているし……。あと、何分持つかしら……」
「?」
母さんが何やらぶつぶつ言っていて、その内容が気にはなるけど……とりあえず、接客を続けよう。
じゃないと、目的であるお金を稼いでスマホを買うことができないからね!
「それで美香。注文は決まったかな?」
自然な流れで、メニュー表に母さんの視線を誘導する。
料理の種類はそこまで多くはないけど、オプションがたくさんある。
オプションの内容は、簡単にいえば、接客+αでしてもらいたいことだ。
まあこっちがメインだよね。
男装喫茶だし、食事より接客体験だ。
「れーくんの……いえ、レイ君のおすすめはどれかしら?」
母さんが少し上擦った声で聞いてきた。
おすすめ……ふむ。来たな、この返し。
こういう時の対応も星さんに教わっていた。
なので、僕は微笑みながら口を開く。
「僕のおすすめを教えてもいいけど……美香はさ、僕に『あーん』で食べさせてもらうならどれがいいかな?」
「あ、あーん!?」
母さんの肩がビクンと跳ねた。
最初から値段の高い商品をおねだりするのではなく……。
星さんが言うには、あえて刺激的な言い回しで一度、心を揺さぶるのがコツらしい。
例の1つとして、僕がさっき言った『あーん』とかだね。
こうすることで、お客さん側はつい意識しちゃうし……オムライスやパフェなど、値段が高いものに自然と誘導できると言う。
ついでに、「あーん」のオプションも付けてもらえる。
うむ、働くって奥が深いなー。
「えっと、どれを……」
母さんは目を泳がせながら、僕とメニューを交互に見ていた。
迷っているみたいだね。
時間を掛けるわけにはいかないから、次のステップにいこうかな。
「と言っても、これじゃあ美香の質問の返しになっていないよね。ごめんね、美香。意地悪しないで、僕のおすすめを教えるね」
そう言って、僕はメニュー表にある……パフェを指さした。
「僕のおすすめはこの特製パフェかな。美味しいし、何より……」
「な、何より?」
母さんが言葉の続きが気になると、注目したところで。
僕は、意味ありげな笑みを浮かべてから囁くように告げた。
「何より、パフェが1番……僕が美香にあーんできる回数が多くなると思わない?」
「っ!?」
パフェという食べ物は1口が自然と小さくなるもの。量もそれなりにはある。
全部あーん、で食べさせるってわけじゃないけど……あーんのしやすさとかも考えてパフェが1番適任なメニューだろう。
それに、値段も高いし。
このメニュー表の中だと2番目に高い。
ちなみに、1番高いのはハンバーグカレーだ。
この男装喫茶は料理の味にもこだわりがあり、どれも美味しいと評判。
中には食べ物目当てで来る人もいるとか。
接客も料理も両方いいって良いよね。
そりゃ5周年を迎えられるほどの人気店になるはずだよ。
そんなことを考えつつ、母さんに視線を落とせば……何やら真剣な顔をした。
「……パフェを頼めば、レイ君に『あーん』してもらえるってことね?」
「パフェとオプションの『あーん』を頼んでくれたら喜んでするよ」
ここはトラブル回避でちゃんと説明。
あくまで、特製パフェ+オプションですることだからね。
「そ、そう……なら、これにする! 特性パフェにするわ!」
「特製パフェ1つとオプションは『あーん』だね。ありがとう、美香。僕も嬉しいよ」
微笑みを浮かべつつ、伝票にサラサラペンを走らせる。
じゃあ次にいこう。
「美香、飲み物もどうかな? ちなみに、飲み物とあるオプションを頼むと面白いことができてね」
「面白いこと?」
母さんが言葉の続きを待つように僕を見つめてくる。
一拍置いてから、僕は言葉を繋げる。
「うん。まず、メニュー表には飲み物があるよね」
「そうね」
母さんの視線をドリンクメニューへと誘導する。
「それで、オプションの中に『おしゃべり』っていうのがあるよね」
次にオプションの中から『おしゃべり』を指さした。
この『おしゃべり』のオプションとは、文字通りの意味で。
指名したキャストと10分間おしゃべりできるものだ。
これの魅力は、注文した時にしか会えないキャストと会えるだけではなく、誰にも邪魔されることなく、確実に10分はゆっくり話せるってところ。
その分、値段も高い。オプションの中だと2番目だ。
ちなみに、1番はチェキ写真。まあそうだよね。
「美香が、僕の分のドリンクも注文してくれて、なおかつ『おしゃべり』オプションもつけてくれたら……」
僕はふっと笑みを浮かべ、ほんの少しだけ顔を近づけて。
「もっと楽しく、2人でおしゃべりできると思わない?」
「っ……!」
会話し続けると喉乾くしね。
それに、飲み物があればそれだけで1つの話題にもなるし。
推しのキャストと同じ物を飲んでいるっていうのは、お嬢様側からしても嬉しいことなんじゃないかな?
なので……。
「せっかくだからお揃いの飲み物にする? って、まあ決めるのは美香だけど。もうパフェも頼んでいるし、また今度でも――」
「た、頼む! 絶対頼まないとっ。このクリームソーダを2つ。味はストロベリーでねっ」
やや食い気味な返しに驚きつつ、僕はペンを走らせる。
うん、いっぱい頼んでもらえたね。
「注文は以上になるかな? じゃあ僕は一旦、戻るね。またすぐ会えるからね、美香」
「う、うん。れーくん……」
少し寂しそうな表情になった母さん。
そうして僕は戻ってきて、注文内容を伝える。
キッチンの方から「はーい!」と返ってくるの。
それと、「おおっ」という驚きの声も混ざっていた。
「レイ君、凄いね。いきなり複数注文取ってくるなんて」
控えていた従業員の1人が感心したように声を掛けてくれる。
「無事、注文してもらえて良かったですよ。でも、相手はお嬢様とはいえ母さんでしたからね。きっと、親心でたくさん注文してくれたのかもしれませんね」
そう返すと、彼女は「あー」と納得したように笑った。
と……恭子さんと菜子ちゃんがこちらに近づいてきた。
「まずはお疲れ様です」
「お疲れ様ですっ」
「うん、ありがとう2人とも」
2人の様子からして、僕の接客の様子は見ていたっぽいね。
「相手が母さんだったのは驚いたけど……僕、中々やるでしょ?」
ちょっと自慢げに言う。
まあ、2人の方が接客上手なろうし、見た目もいいけどね。
「……」
「お姉ちゃん。やっぱり言った方がいいんじゃないかな? 玲人様がこのままの勢いでいったら、美香さんは……」
恭子さんはクールな表情で僕を見つめている。
その横で、菜子ちゃんが焦ったように耳打ちしてる。
「ひとまず、レイ様」
いつもの『坊ちゃま』呼びではなく、ニックネームの方に合わせてくれる恭子さん。
その切り替えの早さに、さすがだなと思っていたけど。
表情が少し険しくなった気がする。
そんな恭子さんの口から出た言葉は――
「あまり本気は出さない方がいいかと」
「え?」
なんで??
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これも皆さまの熱い応援のおかげです。ありがとうございます。
詳しい詳細はまた後日お知らせいたします。
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ゆっくりにはなりますが、こちらの更新も続けますので、WEB版も書籍版もよろしくお願いしますm(_ _)m




