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第29話 悪役だけど、今回ばかりは譲れない(?) 

 数分後。

 慌ただしい足音が屋敷の廊下に響いた。

  

 母さんが帰ってき――


「れーくんっ! なんてことを言うの〜〜!!」

「ぐはっ」


 部屋の扉が開いたかと思うと、目の端にうっすら涙を浮かべた母さんが猛スピードで僕に抱きついてきた。


 勢いそのままに押し倒されそうになったが……そこは、日頃の筋トレの成果というもので。


 母さんの腰あたりに軽く手を回し、ぐっと踏ん張ったことで倒れることを回避。


 ひと呼吸置いてから、僕は母さんに声を掛ける。


「母さん? 帰ってくるなりどうしたのさ」

「えへへ〜、れーくんに抱きしめられちゃったっ。前までは抱きつこうとすると、大声を上げて嫌がられていたのに今は……えへへ〜」

「えと、母さん?」


 ついさっきまでは泣きそうな顔だった母さんだったが、今は頬を緩ませ、ニマニマと笑っている。


 緩くウェーブのかかった黒髪ロングにメリハリのある身体付きの母さんは、見た目的には20代前半にしか見えない。

 

 でも相手はあくまで、母親。

 しかも、悪役のママである。

   

 美人だとは思うけど、ドキッとはしていけないね。

   

「母さん、恭子と菜子もいるから落ち着いて」


 冷静な言葉とともに、僕は部屋の隅をちらりと見る。

 

 クールな表情の恭子さんと少し驚いた顔をしている菜子ちゃんが立っている。


「あら、2人ともお疲れ様〜。いつもれーくんのお世話してくれてありがとうね〜」

「こちらこそ、奥様には感謝しております。この度は、妹の菜子も雇ってくださりありがとうございます」

「あ、ありがとうございます……!」


 僕から離れた母さんが優雅に微笑むと、恭子さんと菜子ちゃんは頭を下げる。

 

 母さん、2人の前だと割とちゃんとしているみたいだね。

 まあ、しっかりしていないと示しがつかないというものか。


「それで母さん? 慌てて帰ってきた理由は? もしかして、さっき電話で話したことを直接聞きたかったとか?」

「うん、そうだね。もう一度……れーくんに聞いてもいいかな? れーくんはママに何を伝えようとしたのかな?」


 真剣な表情になった母さんが僕を見据える。


「実は欲しいものがあって、それを買うためにアルバイトしたいんだけど、いいよね?」


 静かな部屋に、僕の言葉がはっきりと響いた。


 今回は電波の問題もないし、一言一句、ちゃんと母さんに聞こえているはずだ。


「……」


 それなのに、母さんはまるで僕の言葉が理解できないかのように、ピシャリと固まった。


「れーくん……お熱、あるの?」

「ないよ。むしろ超健康だね」


 適度な運動、美味しいご飯、ぐっすり眠れる快適な空間。

 

 この環境で体調を崩す方が難しいよね。


 とはいえ、こうして面と向かってみると、母さんの様子がおかしかった理由が分かった。


 母さんは僕のこの発言に驚いているんだ。

 

 驚くのも無理はないか。

 今まで甘やかされ、わがまま放題だった息子が、いきなりアルバイトすると言い出したんだからね。

 頭の中が追いついていないみたいな感じかな。


「ちなみに、その欲しいものって何か聞いてもいい?」

「スマホだね。あると便利だから」


 すると、母さんは「なーんだ」とばかりに肩をすくめた。


「そうよね。れーくんも高校生だからスマホは必要よね。スマホぐらいママが買ってあげるわよ。……まあ、設定はちょっといじらせてはもらうけどね」


 母さんが最後にボソッと言ったことは聞こえなかったけど……。

 やはり母さんに頼めば買ってもらえるみたいだ。

 

 スマホは欲しい。

 母さんも買ってくれると言っている。


 元の世界だったら、ここで会話は終わるのだけど……。


 今はそうはいかない。


 僕は悪役に転生したんだ。


 今度は、当たり前の環境に甘えてばかりじゃいられない。


「いや、それじゃダメなんだ」

「……だめ?」


 母さんはピタッと動きを止め、まじまじと僕を見つめる。


「自分で働いて、お金を稼いで、それでスマホを買いたいんだ。それに、恭子と菜子を1番近くで見てきて、僕も母さんに甘えてばかりじゃダメだと思ったんだ」


 そう、自分で働いてスマホを買って少しでも自立したところを母さんに見せたいというものあるが……。


 何より、家族のためにメイドとして働いている恭子さんと菜子ちゃんを見てきているのだ。

 

 感化されるというものだ。


「れーくん……」


 母さんは目を見開いた後……ふっと柔らかに微笑んだ。


「れーくんがそう思ってくれてママは嬉しいわ」

「じゃ、じゃあ……!」

「でも、れーくんいい?」


 母さんはひと息つき、続ける。


「子供が親に甘えてばかりなのは当然です。ましてや、お金の心配なんてしなくてもいいのよ? ママはれーくんのためなら、なんだってしてあげられるんだから」


 叱るのではなく……すごく優しい目をしている母さん。


 いつもの過保護というわけではない。

 

 きっと、これが母さんの本心なのだろう。


 そういえば、前世の母さんもそうだったな。

 どんな時でも、僕のことを考えてくれていた。

 僕が心配する時なんてないくらい、いつも明るく振る舞っていた。


 けど……。


「母さんの気持ちはありがたいし、いつも感謝している。でも、僕だって言い分がある。いつまでも親に可愛がられているだけじゃダメなんだ。この与えられた環境に身を委ねているだけじゃダメなんだ。これからは母さんの力になれることをやりたい。その一歩になるかも分からないけど……アルバイトをさせてほしい」

「れーくん……」


 母さんは時折、僕の言葉に頷いてくれていた。

 僕の意見を聞いてくれている。


 けど、その口からはアルバイトを認める……というのはとても出そうにないと思った。


 それだけ、母さんも譲れないのだろう。

 

 僕だって、今回ばかりは譲れない。


 かといって……次の言葉に迷う。

 

 どうやったら、母さんを説得できるか……。


「――奥様。私が意見を申し上げるのも僭越ですが……今回は坊ちゃまの言い分を聞いてあげてはどうでしょうか?」


 部屋が静まっていた中で……恭子さんの声が響いた。


「き、恭子……」


 まさか、恭子さんが僕の味方になるような発言をしてくれるなんて……。


 母さんも驚いたように目を丸くしていたが、すぐに表情が切り替わって。


「恭子ちゃんは、れーくんがアルバイトすることに賛成なの? たとえ……男の子だとしても」

「はい」

「そう……。じゃあ、菜子ちゃんもそう思うの?」

「わ、私は……」


 母さんから意見を求められた菜子ちゃんは、驚いたように肩をびくっとさせたものの、それは一瞬のことで。


「はい。私も姉と同様に、玲人様がアルバイトをすることに賛成です。最初こそは驚きましたが……理由を聞いて納得しました。それに、私……玲人様の気持ちが痛いほど分かるんです。私も甘えてばかりじゃなくて、お母さんの力になりたい。お姉ちゃんの力になりたい。だから今こうして、メイドとして働かせてもらって嬉しいんです」


 菜子ちゃんが、小さく拳を握りしめながら言った。


「子供だって甘えて終わりじゃないんです。家族に感謝しているからこそ、力になりたい。少しでも自立したいって思うんです」

「菜子ちゃん……」


 菜子ちゃんの言葉に、母さんはしばらく沈黙した後……ゆっくりと頷いた。


「分かったわ。れーくんのアルバイトを認めましょう」

「!! 本当!?」

「ええ。3人から……しかも子供たちからそう言われたら、認めざるをえないでしょう?」


 その言葉を聞き、僕は恭子さんと菜子ちゃんの方を向く。

 

 恭子さんは微笑を。菜子ちゃんはパァと明るい笑みを浮かべていた。

 2人とも、僕がアルバイトできることに喜んでくれているようだ。


 でも、次に母さんの方を向くと……母さんは意味ありげに微笑んだ。


「れーくんはアルバイトをしたいって言ったわよね?」

「? ああ、言ったね」

「でも、何日働くかまでは言っていないわよね?」

「あ……」


 確かに、言っていないね。

 1ヶ月とも、半年とも……どれぐらいアルバイトするかは言っていなね。


「だから、今日1日……いえ、半日だけのアルバイトを許可します!」


 母さんが決定事項とばかりにハッキリと言った。


「ええっ!? 半日アルバイトじゃスマホ買えなくない!?」

「そうね。だから、れーくんの半日分のアルバイト代は全額出すとして……残りの金額は私が出すわ。それでスマホを買いなさい」

「それって結局、母さんに出してもらってるんじゃ……」

「ふふっ、そうね。でも、何より大切なのは、れーくんが働くことを体験すること。半日働いて自分に向いていると思ったら、また欲しいものができた時に働けばいいのよ」


 母さんはそう言って、微笑みを僕に向けた。


 つまり……慌てる必要はないってことかな?


「わかったよ、母さん」


 そう言われては、僕としては言い返すことはできない。


 母さんというのは、どこまでいっても子供のことを考えてくれているようだ。


「……まあ、本音をいえば、れーくんが長期のアルバイトなんかすれば、肉食女子たちの獲物になるからだけどね」


 なんか母さんが呟いた気もしたが……まあ、いいっか。


「それじゃあ母さん。僕、アルバイト先を探すね」

「あっ、それについては問題ないわよ。ちょうどいいのがあるから」

「ちょうどいいの?」

  

 僕が首を傾げて言えば、母さんは大きく頷いた。


「れーくん、今から時間あるかしら?」

「あ、あるけど……」

  

 もしかして今日から働くとか?

   

 僕としては、早く働けるなら嬉しいけど……。 

 思い立ったらすぐ行動したい派だし。


「実はね、今日はママが関わっているお店の1つが、開店5周年を記念してイベントをやっているの。午後の部からは私も手伝いに行く予定なのだけれど……」


 そこまで言うと、母さんはじっと僕を見つめる。


「……れーくん、本当にアルバイトしてみたいの? お外に出て、働いてみたいの?」

「もちろん」

「ほんとにほんとにほんとぉ?」

「ああ、ほんとにほんとの本当だ」


 僕の真剣な眼差しを見て、母さんは少し考え込んだ後……ふっと微笑んだ。


 なるほど。つまり、そのお店で手伝いをするということか。


 思えば、母さんがどういうお店に投資しているか知らなかったし、これを機に母さんのあらたな一面と知れそうだ。


「じゃあ、れーくんはママと一緒に、そのお店に来てもらおうかな。そこで……《《看板息子》》になるかもねっ」

「看板息子?」


 その単語に、思わず首を傾げる。


 そういうのって……看板娘とかじゃないの?





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― 新着の感想 ―
流石にここまで気づかないのは無理があるんじゃないかな。 寮に入ってて学園から一切出てないとかならまぁ元女子高で男子を少数受け入れしたって話ならまだなくはないけど仮にも学園外に家があってそこから毎日車で…
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