第28話 悪役だけど、自分で頑張りたい(違う)
休日の朝。
起き抜けにトーレーニングルームで1時間ほど汗を流す。
部屋でシャワーを浴び終わり、上半身裸で濡れた髪を拭いている時……僕は前から思っていたことを呟く。
「ん〜〜、スマホが欲しいなぁ」
そう、僕は学生の必需品スマホを持っていないのだ。
前世でも、親からスマホを買ってもらったのは高校生になってからなので、今持っていなくてもおかしくはないのだが……。
「スマホは便利だし、何より情報の塊。それに……この部屋にはテレビも無いしなぁー」
僕は部屋をぐるりと見回す。
広々とした空間に、豪華な家具、趣味の良い装飾品、シャワー室、さらにはメイドさんまでいる。
揃いすぎていると言っても過言ではない。
しかし、この屋敷にはないものもあった。
それは……スマホとテレビ、パソコンといった情報機器だ。
屋敷には豪華なものが揃っているため、金銭的に買えないというわけじゃないはず。
もっと言えば、周りが揃いすぎているからこそ、スマホもテレビもパソコンもなくてもいい。
外のことなんて気にしなくてもいい。
それぐらいこの環境は快適すぎるのだ。
だが、テレビがなくとも……スマホは欲しい。
連絡手段としてはもちろん、この世界のことを知るための情報が欲しい。
と言っても、この世界はファンタジー世界ではなく、現代ラブコメが舞台っぽい。
外の景色も、学園生活も、たくさん女性がいるなーと思う以外は元の世界とさほど変わらない。
でもこの世界のことをちゃんと分かったわけではない。
確かな情報を掴まないとね。
「好感度を上げたり、ヒロインや主人公を意識するものいいけど……たまには冷静に情報収集といってみよう!」
そんなことを考えていると、ドアの向こうからノック音がした。
「玲人様。入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ」
「失礼いたします、玲人様。朝食の支度ができま……ふぇ」
部屋に入ってきたのは、菜子ちゃんだ。
今日もメイド服姿が似合っている。
「おはよう、菜子」
「……」
僕は柔らかな声色を掛けたものの……菜子ちゃんはドア付近で立ったまま動かなくなってしまった。
「ん? 菜子? どうした? 菜子っ」
少し大きな声を掛ければ、菜子ちゃんがハッと我に返った。
でも、顔を真っ赤に染めて僕から顔を逸らして……。
「れ、玲人様っ」
「ん?」
「な、なんで……上半身裸なんですかっ」
「? ああ、すまない。今シャワー上がりでな」
そうだった、そうだった。
僕、さっきから頭をタオルで拭きながら考え事していたばかりで……上半身に服を着てなかったよ。
「今着るからちょっと待ってな。えーと、Tシャツは……」
「……」
◆◆
朝食後。
僕の部屋には恭子さんが来ていた。
恭子さんの後ろには、菜子ちゃんが僕の顔をちらちらと伺っていた。
「坊ちゃま。ひとつ申し上げておきますが――」
恭子さんは深々とため息をつき、冷たい声で続けた。
「今後、シャワー上がりであのような格好を見かけた場合、トレーニングルームの使用は禁止といたします」
「そんなっ」
僕は思わず声を上げた。
僕が何をしたというのだ!
上半身裸だったけど、見苦しい身体ってわけじゃないはず!
ちゃんと鍛えているから引き締まった身体だよ!
トレーニングルームを禁止されたら僕は……悪役デブルートまっしぐらになってしまう!
それに、悪役といえば好感度を上げるために身体を鍛えるのは欠かせない。
今は効果がないけど……続けることに意味があると思う!
「坊ちゃま? いいですね?」
声に出していなくとも、僕の内心を見透かしたように恭子さんが圧をかけてくる。
僕は頷くしかなかった。
というか、菜子ちゃん……恭子さんに言ったんだね。
やっぱり僕のこと、まだ苦手なのかな?
「前々から思っておりましたが……坊ちゃまは無防備すぎます」
「そ、そうか?」
チラッと菜子ちゃんを見る。
「……」
菜子ちゃんは無言でこくんと頷いた。
ええ……僕、そんなに無防備なの?
無防備って……どういうこと?
「えと、以後気を付ける!」
「「……」」
ハッキリと告げたものの……恭子さんも菜子ちゃんも無言である。
うん、姉妹揃って信用されていないね!
これから好感度上げを頑張ろう!!
「恭子。話は変わるが母さんと連絡を取りたい」
「かしこまりしました。では、いつも通り私が要望を代わりに伝えましょうか」
「いや、僕が直接母さんに言いたいことがあるんだ。だからスマホを貸してほしい」
「かしこまりました」
恭子さんがスマホを少しいじってから僕に渡した。
見れば、母さんの連絡先の画面が出ていた。
赤色の電話マークを押してワンコール目……もう繋がった。
母さんの声が電話越しに響く。
『もしもーし。恭子ちゃん、れーくんに何かあったの?』
僕に何かあった前提なんだ。
元の玲人は母さんによっぽど心配を掛けていたようだな。
「いや、僕だよ母さん。忙しいところごめん。今大丈夫?」
『えっ、れ、れーくんっ!? じゃあ、まま、れーくんと通話してるのっ』
「まあ、そうだな」
母さんが明らかにウキウキしている様子だ。
でもこのままでは以前と同じように母さんのペースに飲まれてしまう。
悪いけど、今回は母さんのペースに合わせている場合ではない。
「母さん。僕、スマホが欲しいんだけど……」と、言おうとしたが……強引に口を閉じた。
いや……それはダメだな。
それじゃあ以前の玲人と同じことをしている。
親のお金で欲しいものを欲しいままに……。
僕はそうじゃない。
「母さん、僕さ――」
『うんうんっ。どうしたの、れーくんっ』
「アルバイトしたいんだけど……いいかな?」
『――』
その瞬間、電話越しの空気が変わった気がした。
母さんの反応が消え、無音が耳に届く。
「あれ? 電話切れた?」
顔を上げると恭子さんと菜子ちゃんが……驚愕した表情でこちらを見ている。
ん? 2人とも、どうしだんだろう?
でも今は母さんの方が優先だな。
「母さん? かーぁさん?」
『ハッ! うん、ままだよっ。電波が悪かったのかなっ。今、れーくんがとんでもないこと言った気がしたのっ。だから……もう一回言ってくれる?』
なるほど、電波の問題か。
それなら次はもっとはっきり言わないとね!
「欲しいものがあって、それを買うためにアルバイトをしたいんだけど、いいよね?」
『いや、良くないよ! 良くないわよっ。今からお家戻るから待っていて!』
「え、ちょっと母さん!?」
電話は一方的に切られた。
「母さん、こっちに来るみたいだ」
「坊ちゃま……」
「あはは……」
恭子さんは呆れ顔、菜子ちゃんは乾いた笑みを浮かべていた。
えと……僕、何かやらかした感じなの?




