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男女比バグっているのに悪役転生だと思い込んでいる奴  作者: 陽波ゆうい
第二章 明らかに男女比バグった学園生活
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side二条菜子②

「坊ちゃま。この子を1人にしておくのは心配です。一度屋敷の方に戻っても良いでしょうか?」

「まあ、良いが……」


 お姉ちゃんの言葉に彼は戸惑いつつも、こくりと頷く。


「菜子、貴方は助手席に座りなさい」

「う、うん……」


 お姉ちゃんの提案により、私たちは移動することになった。


 高級車に揺られること数分後。

 着いたのは、息を呑むほどに豪華な屋敷だった。


 でも……ここに来るのは初めてじゃない。

 その記憶が段々と蘇ってきた。


 広いリビングへ案内されると、お姉ちゃんに自分の隣に座るよう促された。

 

 テーブルを挟んで向かい側に座るのは、お姉ちゃんには『坊ちゃま』と呼ばれている彼である。


「改めて紹介いたします、坊ちゃま」


 お姉ちゃんの声に私は背筋を伸ばす。


「この子は、私の妹の二条菜子こと言います」

「に、二条菜子です。よろしくお願いします……!」


 緊張で声が上擦った。

 もう半分は、相手が男の人だからである。


 彼の目が私に向けられている。


 少しの間の沈黙後。


「そうか、菜子か。僕の名前は羽澄玲人だ」

「あ、はい……知ってます。というか、昔会ったことがありますよね?」

「昔?」


 私がそう言うと……彼は「ん?」という疑問げな顔とともに、首を傾げたのだっだ。


「羽澄家と二条家は、母親同士が大学時代からの付き合いがあって……それもあって、私たちは幼い頃に会っているです。覚えていませんか……?」


 彼のお母さんとうちのお母さんは以前から交流があり……その縁もあって、私とお姉ちゃんはこの屋敷を訪れたこともあった。


「菜子の言う通りでございます。私も坊ちゃまとは昔にお会いしております」


 お姉ちゃんが補足するように言葉を足す。

 

 それでも彼は……疑問げな顔のまま、口元に手を添えていた。


「あの……玲人様?」

「そうなのか。実は、先週辺りに頭を強く打った影響で僕は記憶が曖昧になっていてね。昔のことは……覚えていないんだ。すまない」

「あ、いえ……」


 記憶が曖昧だなんて……。


 でも、それを聞いて……なんとなく納得した。

 

 昔と会った時とは少し雰囲気が違うような気がしたのだ。


 と言っても、彼と直接会話したのは数回しかない。


 何故なら私は……彼のことが苦手だったから。


 幼稚園年長ぐらいの頃。

 お母さんに連れられて、屋敷に初めて訪れ……私と同じ年齢の彼と出会った。

 

 最初は、どんな子なんだろうと思っていたけど。


「ふんっ、僕がこのおもちゃで遊びたいと言っているんだ。さっさとよこせ!」


 一緒に遊ぶことになった時。

 

 男の子は、私が自分で持ってきたおもちゃを奪い取るように引っ張ってきた。


 結局、強引に取られてしまい……私は尻餅をついてしまった。


「いたっ」

「菜子! 大丈夫っ」


 痛がる声を上げる私のところにお姉ちゃんはすぐさま駆けつけてくれた。

 

 でも、周りの大人は……。


「私がすぐに同じおもちゃを買いに行きます!」

「それだったら、もっといいおもちゃを買ってきた方がいいんじゃない?」


 私のことを心配する様子もないし、こちらにくる様子もない。


 その視線は全部……不機嫌そうに立つ男の子に向けられていた。


 当時は、周りの大人たちのその反応の意味がよく分からなかったけど……。


 その日ですでに、私は彼のことが苦手になっていた。

 それから会うたびに、私はお姉ちゃんの背中にずっと隠れていた。


 現実に思考を戻す。


 話は荘帝学園のことに移った。


「それにしても、菜子。貴方、今日は行き方を確認するために友達と一緒に荘帝学園に行くって言ってなかった?」

「ああ、うん。そうだったんだけど……。その子から今朝、微熱気味って連絡がきて……。受験も近いし、無理させるのも悪いと思って、今日は家で安静にしてもらったの。だから私1人で来たんだ」

「そうだったのね」

「玲人様は推薦枠で荘帝学園に入学することが決まってますよね?」

「うむ、まあ、そうだな」


 私の問いかけに、彼がしっかり頷く。


 記憶が曖昧と言っても、荘帝学園を受験した時のことは覚えているみたいだ。


 この世界では男性が少ない。

 だからこそ、男性は優遇されがちである。


 それは受験の時もあり……男性は基本、推薦枠である。

 

 試験内容は適性検査と面接のみ。

 もっと言えば、何も勉強しなくても確実に試験には受かるのだ。


 ズルいとは思わない。

 

 ただ、その特別扱いを……まるで当然のように受け入れて、偉そうに振る舞うことに繋がるのは……嫌だ。


「私は来週、一般受験なんです。だから今日は下見にきたけど……まさかナンパされるなんて、想定外でした」

「貴方はいつもナンパされるでしょう」

「そうかなぁー? でも、お姉ちゃんが来てくれなかったら、どうなっていたことやら……。お姉ちゃん、私が昨日送ったメールを見て荘帝学園に来てくれたんでしょ?」

「それは……」


 お姉ちゃんが言い淀む。

 どうしたんだろう?


「お姉ちゃん……?」

「すまない、菜子。恭子は僕のワガママで学園に向かってもらっていたんだ」

「そ、そうなんですか……。でも偶然だとしても、あの時来てくれて私は助かりました。ありがとうございます」


 私は出来る限り明るい声でお礼を言う。

 

 それにしても……お姉ちゃんは本当に彼の元でメイドとして働いているんだ。

 

 しかも、廊下ですれ違ったメイドさんには「メイド長」と呼ばれていた。


 お姉ちゃんは私に対して、「給料のいいバイト先を紹介してもらって、そこから大学も近いから住み込みで働く」と言っていた。


 その時は何も質問せず「頑張って」とだけ返したけど……。


 私は全部、知っているのだ。


『お願い、恭子ちゃん。いえ……二条恭子さん。私の息子のれーくんのお世話をお願いできないかしら? つまり、うちでメイドとして働いてほしいの』


 今から1年ほど前。

 彼の母親である美香さんが家を訪れて、お姉ちゃんにそう頼んでいたこと。

 

『ねぇ、恭子……? 無理はしないで? ね?』


 隣にいるお母さんが心配そうにお姉ちゃんに声を掛けていたこと。


 そして、その一連の光景を……私は、ドアの隙間からこっそり覗いていた。

 

 私がその場所に呼ばれなかったのは……きっと、私がいたら反対すると思われたから。

 

 私にだけは、心配かけたくないと気遣ってくれたから。


 もしくは……姉の代わりに私が働くと申し出ると思われたから。


 私は……もう、何もできない自分じゃ嫌なのだ。


「玲人様……あの、お願いがあります」

「ん? 何だ?」

「本当は、受験が終わってから言いに行こう思っていましたが……。こうして会えたのも何かの縁なのかもしれません。なので、今言わせてもらいます」

「私を、この屋敷のメイドとして雇っていただけませんか?」


 私の言葉に彼は大きく目を見開いた。

 

 でも、すぐに冷静な表情で口を開いて。


「ふむ、話を聞こう。その代わり、今の言葉はちゃんと言い直してもらおうかな。真の目的があるのだろう?」

「っ!」


 まるで私の考えが分かっているような発言。


 驚きつつも……私は息を整えハッキリと告げる。


「私が姉の代わりにメイドとして働きます。なので、姉を自由にしてください」

「な、菜子!」

「僕が嫌だと言ったらどうするの?」

「それは……」

「まあ、そう簡単に引き下がる感じではないよね?」

「は、はい」


 私は、力強く頷く。


 私を見た彼が一瞬、フッと微笑を浮かべた気がした。

 

 それは馬鹿にしているというものではなくて……。

 

「坊ちゃま。この子にはメイドなど務まりません。どうか、今の話は聞き流してくださ――」

「お姉ちゃんは邪魔しないで!」

「菜子……」


 お姉ちゃんが驚いた表情で私を見る。


 思えば私は……お姉ちゃんに強い口調で発言したことは、1度たりともないのだ。


「あ、その……ごめんなさい、お姉ちゃん。強い言葉を使って……。でも私、決めたから。あの人が出て行ってからも、理不尽な苦労は続いた。お母さんもお姉ちゃんも一生懸命働いているのに……私だけ何もしていないなんておかしいよっ」

「菜子、それは違うわ。私もお母さんも自分の意思でやっているの。だから貴方だけは何も考えないでいいの。今まで通り楽しく過ごして……」

「自分の意思だとしても、お母さんとお姉ちゃんが苦労しているのは事実でしょ! それに、家が金銭的に厳しいっていうのも分かってる。私だって、家族の一員だよ? なのに、私だけ何もしていないで楽しくなんてできないよ!」

「菜子、そんなこと……」


 お姉ちゃんはまだ何か言いたげである。

 でも次の言葉は出ない。


「――言い合いは終わったか?」

「「っ!」」

  

 冷静ながらも、低い響く声が耳に届いた。

 その人物は……私の目の前にいる彼のもので……。


「今の話を聞いて、僕からも提案がある。恭子には引き続きメイド長を務めてもらうが……菜子には新たに僕の専属メイドとして働いてもらうのはどうだ?」

「「!!」」

「玲人様……いいんですか?」

「ああ。姉の負担を減らしたいという菜子の気持ちは理解した。それなら、君自身が恭子を支える形でこの屋敷で働くのが1番だ。恭子の代わりに僕の専属になってもらうことになるけど、いいな?」

「! はいっ」


 彼の言葉は私がウチに秘めていたものそのものだった。


 彼の許可出たものの、本来の雇い主は彼のお母さんだろう。

 

 でもこのまで言うってことは、その交渉に彼が協力してくれるということだ。


「坊ちゃま……」

「恭子。僕は君たち姉妹のことをよくは知らないが……少なくとも、菜子が姉想いのは分かった。そして、彼女は姉のためを想うが故に、無茶をしそうな気がする。恭子が1番分かっているのでは?」

「それは……」

「なら、せめて目の届く範囲のところで働いてもらったほうがいいとは思わないか? だから僕は菜子に専属メイドをしてもらおうと思うのだが」

「……承知いたしました」

「これで決まりだな。この件については、母さんにも話を通しておく」

  

 そうして、彼は……玲人様は去っていった。


 それからお姉ちゃんに家に送ってもらった。

 

 その会話の中で……玲人様のことをお姉ちゃんはこう言っていた。


「最近の彼が……よく分からないの。だって、昔からの知り合いだった私のことも、ただの駒のように扱っていたのに……今はなんであんなに……あんなに優しい言葉を掛けくれるようになったの……」


 お姉ちゃんもやっぱりあの時の彼とは違うってことは気づいているらしい。


「……そっか。やっぱりお姉ちゃんは苦労していたんだね。今度は私もいるから苦労なんてさせない。それと私は……玲人様が変わったって信じてみたいな」

「っ!」


 あの時はそんなことを言ったけど……私自身もまだ信じ切れてはいなかった。


 玲人様は……あの人とも、周りの男子とも違うと信じてもいいのだろうか?



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