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side二条菜子①

 私、二条菜子はお母さんとお姉ちゃんと3人で暮らしている。

 

 だけど、数年前に家にはもう1人……。

 

 父親がいた。


 だけど、あの人が父親で良かったと思ったこと。

 心を許した時は1度たりともなかった。

 

 物心ついた頃から、自分の父親はなんでこんなにも無神経な人なんだろうと思っていた。


「あなた……また外に行くの? 外は危ないわ。ニュースでも痴女による被害が多くあるし……。それに、最近お金の使い方が荒すぎるわよ。恭子も菜子も学校に通っていてお金がいるの。あの子たちの将来のためにも、あなたも少しは考え——」

「うるせぇ! 俺の勝手だろッ」


 お母さんとあの人の言い合いをドアの隙間からお姉ちゃんとよく見ていた。


「菜子、大丈夫よ……」

「う、うん……お姉ちゃん……」


 怯える私の手をお姉ちゃんがずっと握ってくれていたことは、今でも鮮明に覚えている。

 

 お姉ちゃんも怖かっただろうに……私のことを妹だからといつも守ってくれた。


 お姉ちゃんの名前は、二条恭子。

 

 銀髪ロングの美人でクールな佇まい。

 クールビューティーという言葉がまさしく似合う。


 そんなお姉ちゃんは高校では女子生徒にも人気があった。

 噂では、お姉様と慕うファンクラブもあったとか……。


 もう、お姉ちゃんは私だけのお姉ちゃんなんだからね?


 お姉ちゃんはクールだけど、冷たいってわけではなく、人のことをよく見ているし、妹である私は特に可愛いがっているっていうのは伝わっている。

 

 お母さんも物腰柔らかで優しくて、小さなことでも褒めてくれる。

 そんなお母さんのことが大好きであり、人として尊敬している。


 2人とも、私にとって大切な人だ。


 対して……あの人はだらしない性格で、仕事もろくにせず、家事もせず、1人遊びに外出しては問題ばかり起こしていた。

 

 女遊びにギャンブル、酒タバコ……さらには喧嘩沙汰にまで発展することもあって、私たちも同行して相手方や警察に頭を下げに行ったこともあった。

 

 家にいる時も、ろくに私たちとは会話を交わさず、酒を飲み、食い散らし……機嫌が悪いとお母さんに暴言を吐いたりとやりたい放題。


 あの人が目立つこともあって、私たちの家庭事情は、近所の人たちや周りも広まっていたみたいけど……。


「男性なんてみんなそんなものよ」

「むしろ、家庭に男がいるだけで勝ち組よね〜」

「男は数が少なくて貴重なんだから。女側が色々としてあげないとね」


 同情や心配などの言葉は……ほとんどなかった。

 友達の中には心配してくれた子が2人ほどいた。

 

 この世界では、男女比に大きな偏りがあり、男性が圧倒的に少ない。


 私も学校では、クラスに男子は3人ほどしかいない。

 

 と言っても、男子が学校に来ることはほとんどなく……。

 最近ではリモート制度に切り替えている。

 なお、男子限定の制度である。


 男性が少ない故なのか……みんな、男性の振る舞いに文句はなく、甘くなる傾向がある。


 だけど、あの人の無神経な言動が許されていいはずがない。


「お前ら、男の俺がいるだけで感謝しろよ?」


 そんな言葉を平気で口にしていたあの人を、父親として見れるはずものない。


 これが家族の日常?

 違う、こんなのは家族じゃない。


 あの人が王様で、私たちはまるで都合のいい奴隷だ。


 そんな日常に……終止符を打つ出来事が起きた。


 お母さんがあの人との離婚を決断をしたのだ。


「……もう、限界よ。あなたとは離婚するわ。恭子も菜子も私が引き取る」


 お母さんの真剣な言葉を……あの人は鼻で笑っていた。


 離婚後。

 私たち3人は母方の祖母が所有していた古い一軒家で新しい生活を始めた。


 お金遣いの荒いあの人いなくなったことで、生活の負担が軽くなったとはいえ……生活が楽になったとは言えない。


 なんとか食べていける生活を維持している状況だったけど……あの人がなくなって、家の中の空気がなんだか軽くなった。

 

 それまであの人がいない時でも、家の中の空気はどんよりして……会話も弾まなかった。


 けれど今は、どんな時でもお母さんとお姉ちゃんと笑い合っていた。


「これからは私たち3人で幸せ過ごしましょう」

「ええ、母さん」

「うん、お母さん!」

 

 お母さんがそう言った時、私とお姉ちゃんは大きく頷いた。


 その1週間後。


 お母さんが勤め先の企業から強制解雇を受けた。


 聞けば、あの人の浮気相手の1人が母の勤務先の大手取引先の重役だったらしく……その重役の女性がいきなり会社に来て、「二条のせい」と急に取引を打ち切ると言い出したのだ。


 会社側はお母さんのことを守ることはせず……お母さんを切り捨てたことで会社の威厳を保ったという。


 お母さんの会社の人やあの人のことを恨むというよりも……その時の私はただただ絶望した。


 男の人って、みんなああなのかなって……落胆した。


 しばらく呆然自失の日々を過ごしていたお母さんだったけど……「2人のために頑張るわ」と再就職して、朝から晩まで働いてくれている。


 お姉ちゃんも学校の勉強を終えると、すぐにバイトに行き、家計を支えてくれた。

 

 中学生だった私は……お金を稼ぐ手段もなく、していたのは家事全般。


 そんな自分が無力で、悔しくて……。


「どうして私は、何もできないんだろう……」


 お母さんとお姉ちゃんは必死に働いて、疲れているはずなのに、私の前だといつも笑っていてくれて……。


「菜子は気にしなくていいのよ」

「そうよ。菜子だけは何も苦労せず、楽しく過ごして」


 お母さんとお姉ちゃんから優しい言葉を掛けられても……私は、胸が締め付けられる思いだった。


◆◆


「菜子。私は明日が早いから先に寝るわ。くれぐれも無理しすぎないようにね?」

「ありがとう、お姉ちゃん。おやすみ」


 高校受験が迫っていた私は、勉強漬けの毎日を送っていた。


 その反面、家族のために自分にできることは何かを考え続けていたが……お金が稼げないのなら、せめてお金の負担を減らしたと思った。


 だから、学費の安い高校を探していたけど……。


 ふと、学校での二者面談を思い出す。


「二条さんは成績優秀ですし、高専や県外の学校。ここら辺なら荘帝(そうてい)学園を受けてみるのはどう? それに壮帝学園は今年から共学化みたいよ〜」

  

 先生は最後に笑みを浮かべたけど……私は表情が強張った。


 共学化。

 ……つまり、男性がいるということ。


 あの人の影響もあって、私は男性に対して、すっかり苦手意識ができていた。

 

 お姉ちゃんもクールに振る舞っているけど、妹の私には分かる。

 お姉ちゃんも男の人が苦手だ。


 男の人を目の前にすると、無意識に目を逸らしたり、挙動不審になっていたり、話す声は少し震えるのは……自覚している。


 できれば極力関わりたくないけど……私は男性から言い寄られることが多かった。


 お母さん譲りの艶やか髪に整った容姿。

 同年代の女の子たちが数少ない男子に迫ることが多い中で……媚びる様子がないことからか、逆に私が声を掛けられた。


 女子に人気の先輩にナンパされたり、隣のクラスの穏やかと噂の男子に告白されたり。

 男性の先生からも言い寄られたこともあったけど……どれも後で厄介なことにならないよう、丁寧に断った。


 友達から勿体無い言われ、他のクラス子には妬まれたり。

 時には、先輩に呼び出されて「調子乗ってるんじゃない?」と言われたりもした。


 けれど、私が男子と仲良くなったり、ましてや会話を続けるなんて……無理なことだ。


 男性に対してどうにも苦手意識があるし……何より、そんな暇はない。


 私は何よりも、お母さんやお姉ちゃんの力になりたいのだ。


 それから担任の先生との2回目の二者面談があった。


 その時に思い切って、金銭的な問題で、できるだけ学費の負担が低いところに進学したいと伝えた。


 先生は少し驚いた様子だったものの、静かに頷いて……。


「……二条さんの気持ちは分かったわ。でもそれだったら、やっぱり荘帝学園に進学するのがいいと思うの」


 荘帝学園。


 私もその名前はよく知っているし、クラスの子も何人か希望していた。


 高い就職率と進学率を誇るここら辺では1番の名門高校で施設も新しく、サポートも充実していると聞く。


 お嬢様学校とまではいかないが……いい環境を提供している分、学費は私立高校以上に高いと聞く。


 お金が掛かる高校だ。

 当然、私が通っていいわけがなく……。


 でも、先生の話には続きがあった。

 

 荘帝学園は今年から共学化になる関係で……新たに受験枠が増えるとか。


 それは、男子の『サポート役』という、いわゆる推薦枠らしい。


 サポート役の仕事はまだ詳しくは分からないけど……そこに合格すればなんと、学費や交通費が無償など手厚いサポがあるらしい。

 

 けれど、男子のサポートをする。

 

 男子と関わることが必須条件であることが目に見えている。


 私は男子のことが苦手で、サポート役になったとしても上手くいくか分からない……。


 だけど私は……。


「先生、私……荘帝学園のサポート役枠を狙います」


 これなら家族のためになれると、即決したのだった。



◆◆


 受験まであと1週間を控えた頃。

 

 私は荘帝学園に向かっていた。

 道に迷って受験できないってことがあったら最悪だからだ。 


 当日はお母さんに送ってもらう予定だけど……自分の足でルートを確認しないとどこか安心できなかった。


 緩やかな坂を上がり切り、信号待ちしていた時だった。


 横から来た金髪の男性に突然、声をかけられた。


「ねえ、君。女の中でもかなり可愛いな。今から俺と一緒に遊ばない?」

「……」

 

 瞬間、顔が強張ってしまう。

 

 私は内心では早く立ち去りたいと思いつつも……後で面倒なことにならないように、できるだけ丁寧に接する。


「い、いえ……結構です。私、急いでいるので」

「いいじゃん。数少ない男から誘われるなんてラッキーだよ? お前らだってそう思うだろー?」


 金髪の男性は1人ではなった。

 

 周りにはすでに3人の女性がいた。


 そして、彼女たちは……男性の言葉に苦笑を浮かべなら頷いていた。


 よくある男の人の光景とはいえ……私は嫌な気持ちになった。


 それからも、男性の誘いはしつこく……どんなに丁寧に断っても諦めてくれない。

 そもそもこの人は、聞く耳を持たなかった。


「だ、だから私は貴方のモノにはなりません!」


 勇気を振り絞ってそう言ってみたものの……金髪の男性は全く引き下がらない。


「いやいや、今のうちに俺のモノになった方がいいって。俺って、数少ない男の中でも顔もいいし、家も金持ちだし、優しいし、将来、俺の嫁になる女は確実に勝ち組だぜ? だよな、お前ら?」

「貴方が男性だとしても、私には断る権利があります。なので、私は貴方の誘いは断ります」

「いやいや。まず、断るっていう選択肢があるのがおかしいって。数少ない男である俺が、お前のことを気に入ってるって言ってやってるんだぞ。なら喜んで即答しろよ。なんなら、泣いて感謝したっていいんだぜ」

「っ……! 貴方たち男性はいつもそうやって……」


 私はその言葉に……苛立ちを覚えた。


 あの人もそうだった。


 いつも……自分勝手な考え方。

 

 相手の気持ちなど考えない。

 相手がどんな表情か見てくれない。

 相手のことを知ろうともしない。


 どうして、もっと優しくなれないの。


 どうしてどうして……。


 家族も私も、こんなに苦しい思いをしないといけないの……。


 気持ちがどんどん落ちかけていった……その時だった。


「あのっ、ちょっといいですか?」

「あ? なんだお前」


 横から低くもどこか丁寧な声が聞こえた。


 金髪の男の人の視線が私から逸れたとの同時に……私もそちらの方を向く。

 

 そこにいたのは……私の同じ年ぐらいの黒髪の男の子だった。


 けど、私は彼よりも……その隣にいる人物を見て、思わず声を上げた。


「お、お姉ちゃん!」


 お姉ちゃんがいたのだった。


 なんで? と疑問を抱く前に私はお姉ちゃんに駆け寄っていた。


 お姉ちゃんの隣で、金髪の男性と黒髪の男子とのやり取りを見つめる。


 金髪の男性があからさまに不機嫌ににっていて、少し怖い雰囲気だったものの……黒髪の男の子は、それを受けても冷静な様子だった。


「こんなに可愛い女の子たちが周りにいるのに、ナンパなんて……良くないね。まずは、周りの彼女たちを大切にするべきなんじゃないか?」


 まるで当たり前のことをいうようにサラッとそう言ったのだった。


「……えっ。今、可愛いって言葉が……」

「嘘っ」

「私、人生で初めて男性からそんなこと言われたんだけど……」

「そんなことを言う男性がいるだなんて……」


 彼の言葉に周りにいる女性たちがざわめき始めた。

  

 私も目を見開いた驚く。


 私が今まで見てきた男子と……この人は違う。

 

 というか、普通の男子と違った。


「お、俺の自由だろう! 同じ男だとしても、お前には関係ないだろっ」

「君に自由があるなら、彼女にも自由があるだろう? 彼女が嫌と言っているのなら大人しく身を引くべきだ。しつこい男は余計に嫌われるよ」

「だ、だからお前には関係ないだろっ。大体、俺たち男だぞ! なんで女なんか庇うんだよっ」 

「人の迷惑になることをしていることに、男も女も関係ない! ましてや、男だからって許されていいわけがない!」

「っ……」

「これ以上、しつこく彼女に迫るつもりなら……僕が相手になる。けれど、今ここで君が引くなら、誰も傷つかずに済む。選ぶのは君だ、どうする?」

「っ……。チッ……行くぞお前ら」


 金髪の男性は不機嫌そうに舌打ちした後、女性たちを連れて早足で去っていった。


 私はただただ見つめるだけだったが……ハッと我に返る。


「あ、ありがとうお姉ちゃん! それに……」


 私はちらっと黒髪の男子のことを見る。

  

 そこで容姿をちゃんと見た。


 サラサラの黒髪にキリッとした瞳。

 程よく筋肉質な体つき。

 きっと、適度に運動して規則正しい生活を送っているのだろう。


 そんなことを考えている時、真剣な表情をしたお姉ちゃんと目が合った。


「ちゃんとお礼は言いなさい」

「あ、ありがとうございます!」

「坊ちゃま、私からもお礼申し上げます。この度は妹を助けていただき、ありがとうございます」

「ああ、うん……ん? 妹!?」


 男性は驚いている様子。

 

 そして私も……。


「え……この人があの坊ちゃま……」


 私は目を見開いた。


 私は『坊ちゃま』と呼ばれる男子に聞き覚えがあった。


 そして、胸の中にモヤモヤが広がる。


 だって……あの人の次に、苦手だと意識していあ男の子なのだから。


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