第27話 悪役だけど、ヒロインと仲良くしてもいいのかな(?)
帰宅して部屋に戻ると、僕はふかふかのベッドに大の字で倒れ込んだ。
頭の中をぐるぐる回るのは……帰り際に菜子ちゃんが放った言葉だ。
『わ、私も玲人様と……仲良くなりたいですっ』
僕と仲良くなりたい。
いわば、悪役にヒロインが仲良くしたいと言っているようなもので……。
「なんで?」
考えては……頭を捻る。
さっきからこの繰り返しである。
いや、仲良くなりたいって思ってくれること自体はすごく嬉しい。
悪役としても、ヒロインとは良好な関係を築きたい。
それが破滅フラグ回避に繋がってくるから。
僕としても、菜子ちゃんと仲良くなりたい。
一緒に過ごすことが楽しい友達になりたいと思っている。
でも菜子ちゃんの口から、僕と仲良くなりたいっていう発言が出たということは……僕への好感度が上がっているってことになる。
だけど、それが分からないのだ。
僕は菜子ちゃんの好感度がすぐ上がるような行動をしていないと思う。
恭子さんの場合は、雑巾掛けやトレーニング部屋で運動を始めたり。
冷たい態度や暴言を吐かないという当たり前の振る舞い方をしている。
その行動は、元の玲人よりもかなり差はあったようで……僕としても怪しまれないかヒヤヒヤしたものだ。
でも最近は、話しかけたら会話も続くようになったし、恭子さんの好感度は少しだけ上がっているのかなと思う。
一方で、菜子ちゃんの前では特に変わったことはしていない。
そもそも菜子ちゃんと過ごし始めてまだ2日しか経っていない。
初めて会った日も合わせればトータルで3日間。
そんな短期間で好感度を上げるのは難しいだろう。
だからこそ、僕が菜子ちゃんの好感度を上げたことに心当たりがないのだ。
「うーん、でもまあ、考えすぎるのもよくないかもね」
寝転がっていた身体を勢いよく起こす。
振り返りは大事だけど、考えすぎるとネガティブな方向にいってしまうからね。
ただでさえ、よく分からないことが多い悪役転生なんだ。
できるだけ、前向きにいこう!
じゃあ前向きに考えるとすれば……僕はこれから菜子ちゃんと仲良くなる。
そのために、菜子ちゃんに対してどういう風に距離を詰めていくか……。
……これまた難しいね。
そもそも僕は、元の世界でも女の子と仲良くなるような行動をあまり取ったことがないし。
うーん頭を捻り、考えていると……自室の扉がコンコンとノックされた。
「失礼します、玲人様。夕食の用意ができましたのでお持ちいたしました。入りますね」
現れたのは、菜子ちゃん。
今日も専属メイドの仕事をこなしてくれている。
白黒基調のメイド服姿であり、下は白色のニーソックスを履いている。
実に……眼福である。
いいよね。
菜子ちゃんの制服姿も似合っていて可愛かったけど……やっぱり同級生が裏ではメイド服を着て、仕えてくれているという、この背徳感みたいなのが……男としてグッとくるよね。
え? 恭子さんは違うのかって?
恭子さんのメイド服姿ももちろん素晴らしい。
美人がメイド服を着たらそりゃ無敵である。
ただ、恭子さんはどっちかというと……『坊ちゃま』呼びをするところに男として、グッとくるものがある。
だって、年上の美人さんが『坊ちゃま』って、少し子供扱いするように呼ぶんだよ? 最高じゃん。
高校生になってた今でも呼び方はそのままにしてもらいたい。
そんなことを考えている間に……菜子ちゃんがテーブルに料理を並べ終えていた。
僕はテーブルの前に座る。
今日の夕食のメニュー。
メインはお肉でサラダとスープ、ライスが付いている。
いつも通り栄養バランスが良く、それでいて見た目からすごく美味しそうだ。
お腹が空いてくる。
しかも、頼めばおかわりもある。
食べる前から僕はおかわりする気満々である。
こんな美味しい料理が毎日出されていたというのに……元の玲人は、食事を残しがちだったらしい。
それも、食事前にスナック菓子をたらふく食べてお腹に入らないというもの。
そういうの、良くないと思うな玲人くんよ。
何より、料理を作ってくれる人に対して1番失礼だと思う。
だから僕が最初におかわりを頼んだ時には……恭子さんだけではなく、メイドさんたち全員の間でちょっとした話題になっていたみたいだ。
作ってくれた人のためにも、料理を残さず食べることなんて当たり前だし、それに美味しいなら当然、おかわりしちゃうよね。
なんてことを振り返りながら、料理を眺めていた僕だったが……視線が止まった。
「これは……ショートケーキか」
デザートとして皿に乗っていたのは、ショートケーキだった。
単なる偶然ってわけではないだろう。
僕がショートケーキを指差すと、菜子ちゃんが少し恥ずかしそうに答えた。
「は、はい。その……玲人様が食べてくれると言っていたので……私が作りましたっ」
なんと、菜子ちゃんの手作りショートケーキ!
『玲人さんも甘いものが好きなんですか?』
『ああ。僕は甘いものも好きだし、基本なんでも好き嫌いなく食べるよ』
『そ、そうなんですね。も、もし良かったら……私がケーキを作ったら食べてくれますか?』
『ああ、うん。食べるけど』
『!! 本当ですかっ』
菜子ちゃんにそう言われて、僕は瞬時に学食での会話を思い出す。
確かに僕は言ったし、夜ご飯の時にデザートで出てきたが嬉しいなぁとも思っていた。
だけどまさか、即日実践とは……。
「玲人様? め、迷惑でしたか……?」
僕が考え事をしていた故に、固い表情になっていたのを、菜子ちゃんが勘違いしてしまった。
僕の馬鹿っ。こういう時には素直に嬉しいと言うべきだった。
「いや、迷惑じゃない。むしろ、菜子にワガママを言ってしまったと思っただけだ。もちろん、嬉しいよ」
「い、いえ! これは私が勝手にやったことなので……!」
いけないいけない。
菜子ちゃんに変に気を遣ってもらっているね。
「このショートケーキは最後にゆっくり食べさせてもらう。作ってくれてありがとうな、菜子」
「は、はいっ」
僕がそう言えば、菜子ちゃんは表情を明るくした。
さて、いつもの流れでは菜子ちゃんは食事を届けてくれたのでここで退散となる。
そう、僕はいつも自室で1人でご飯を食べていた。
最初の頃は、色々と情報を整理するためにも1人の時間があっていいなと思っていた。
この生活にも慣れて始めてきた今は……ここの広い部屋で1人で食べるのことに、どこか寂しさを感じていた。
元の玲人が部屋には極力誰にも入れず、1人で食べることを望んでいたとはいえ……僕としてはこれが普通ではなかったからこそ、余計にだ。
前世では、父さんと母さんがどんなに仕事で遅くなろうと3人揃って食事を取っていた。
お互いに今日の出来事を話し合いながら、温かいご飯を食べる……それが当たり前のことだと思っていた。
けど、この世界にきて同じ現代でも違ったんだなぁと思った。
こっちでは、母さんが僕のために一生懸命働いてくれる。
それ故に、家にいないことが多いし、一緒に食事などは当然取れない。
だからこそ、昼の食堂では、湊くんや静音ちゃん、菜子ちゃんの4人とご飯を食べたことは、なんだか久しぶりの感じで……特別なことなんてしていないはずなのに、楽しかった。
そう思い返していたからか……。
「なあ、菜子」
「はい? 何か他にご要望がありましたか、玲人様?」
菜子ちゃんを見て……僕は気づいた時には口を開いていた。
「一緒にご飯を食べないか?」
「……え」
次の瞬間には、菜子ちゃんが目を見開いた姿が視界に入って……。
僕ははたと気づく。
あ……やってしまったかな。
いくら菜子ちゃんが仲良くなりたいと言ってくれても、これは飛ばしすぎだ。
まだ苦手としている男の部屋で2人っきりで食事だなんて……菜子ちゃんからしてもハードルが高すぎるだろう。
もしかしたら今ので好感度が下がったかも……。
「す、すまないっ。今の発言は忘れてくれ。その、食堂で一緒に食べたからつい言ってしまったんだ」
僕は慌てて言葉を繕って……。いや、ここは頭も下げた方が……。
「……いいですよ」
「え」
僕の耳に菜子ちゃんの声が入ってきたものの、上手く聞き取れなかった。
今、菜子ちゃんはなんて……?
「私、玲人様と一緒に食べますよ」
菜子ちゃんははっきりとした口調で、僕をしっかり見て言った。
「ほ、本当か! けど菜子、無理をしてないか……?」
自分で言っておいて、心配になる。
「はい。無理はしていないですよ。私もお昼の食堂では楽しかったですから」
菜子ちゃんはふわりと笑みを浮かべて大きく頷いた。
やっぱり菜子ちゃんは……優しいなぁ。
それから菜子ちゃんは1度部屋を退出した後、自分の分の夕食を持って再び部屋に入った。
この部屋に帰ってこれたということは……恭子さんの許可も降りたのかな?
でも恭子さんには後から何か聞かれそうだよね。
絶対変なことはしないようにしよう。 菜子ちゃんにはセクハラでもしようものなら、僕は恭子さんにボコボコにされるだろうし。
まあ、セクハラなんてするつもりもないけどね!
「じゃあ食べるか」
「はい。食べましょう」
僕と菜子ちゃんは向き合って座り、手を合わせて食べ始める。
あくまでメインは料理を食べること。
なので、お互いに会話は弾むわけでもないが……菜子ちゃんが一緒に食べてくれることで、いつもの夕食の時間よりも温かくてどこかほっとした時間になる。
「食堂の時も思いましたが、玲人様はよく食べますね」
「ああ、料理が美味しいからな。それに育ち盛りだからね」
運動していることもあり、最近は食欲もより増してきている。
身長とかも伸びるといいなー。
「そうなんですね。珍しいですね」
「? そうか?」
「はい。じゃあ私もたくさん食べます」
「良いことだな」
そんな何気ない会話を交わしつつ、今日のご飯も美味しくて、おかわりも綺麗に平らげた。
だけど、食事はまだ終わっていない。
まだデザートがあるのだ。
菜子ちゃんの作ってくれたショートケーキだ。
フォークを持ち、ショートケーキに刺す。
柔らかい。いい感じだ。
「……」
前から視線を感じでちらっと見れば……菜子ちゃんがこちらをじっとした目で僕を見つめていた。
どうやら僕がショートケーキを食べることが気になるようだ。
そりゃ、自分の作ったものだから相手の反応が気になるか。
見た目から美味しそうだから味も美味しいだろうと、僕はなんの心配もないんだけどね。
ひと口サイズに切って、食べてみると……。
「……美味い」
口に入れたのとほぼ同時に、僕の口からは言葉が漏れていた。
口の中に広がる甘さ。
甘ったるいとかではなく、程よい甘さである。
スポンジと生クリームの間に入っているいちごも甘くて美味しい。
小さめに切ってあるから口の中で生クリームといい感じに調和している。
これ……美味しすぎるよ。
菜子ちゃんはお菓子作りが趣味って言っていたけど、お店で出せるレベルだよ。
「お、お味はどうですか、玲人様……?」
2口目にいこうとした時、どこか不安そうな目をした菜子ちゃんにそんな問いかけをされた。
思わず、美味いって声が漏れたぐらいなんだけど……これは改めてちゃんと面と向かって言った方がいいよね。
「ああ、菜子が作ってくれたこのショートケーキ、すごい美味しいよ。僕が今まで食べたケーキ中でダントツ美味い」
「〜〜! 本当ですかっ」
「ああ、本当だ」
僕はそう言って、大口で頬張る。
そして、菜子ちゃんにグッと親指を立てて見せた。
「ありがとうございます、玲人様っ」
「こっちこそだ」
お礼をいうのはこっちの方なのに、菜子ちゃんは嬉しそうに笑って言うのだった。
うん、菜子ちゃんの笑顔いいね。
美少女の笑顔は破壊力がある。
僕は悪役だから気をもてているけど、モブとかだったらイチコロだった。
いちごだけに。
それに、僕が初めて見た菜子ちゃんの表情といえば……。
『だ、だから私は貴方のモノにはなりません!』
しつこいナンパに遭っていて、困り果てている表情だった。
あの時と比べて、やっぱり菜子ちゃんには笑顔の方が似合うと思った。
これからはその笑顔が増やせるように僕も頑張らないとね!
と……菜子ちゃんの過去のことを思い出したことで、僕には気になることができた。
「では、玲人様。失礼しますね」
「ああ、ありがとうな」
空になった食器をカートに乗せて菜子ちゃんが部屋を出る。
再び1人になったところで……僕の頭には、菜子ちゃんと初めて会ったあの日のこと。
ナンパ後、みんなで屋敷のリビングに集まった時の出来事が流れる。
『私を、この屋敷のメイドとして雇っていただけませんか?』
菜子ちゃんがいきなり、屋敷でメイドとして働きたいとお申し込んできたことも衝撃的だったけど……。
僕がもっと気になったのはその後のことだ。
『《《あの人》》が出て行ってからも、理不尽な苦労は続いた。お母さんもお姉ちゃんも一生懸命働いているのに……私だけ何もしていないなんておかしいよっ』
『菜子、それは違うわ。私もお母さんも自分の意思でやっているの。だから貴方だけは何も考えないでいいの。今まで通り楽しく過ごして……』
『自分の意思だとしても、お母さんとお姉ちゃんが苦労しているのは事実でしょ! それに、家が金銭的に厳しいっていうのも分かってる。私だって、家族の一員だよ? なのに、私だけ何もしていないで楽しくなんてできないよ!』
二条姉妹の会話が鮮明に蘇る。
恭子さんと菜子ちゃんがそんな言い合いをしていたことが僕は気になった。
恭子さんと菜子ちゃんにとって僕は、酷い振る舞いをしていた悪役であることは間違いないだろう。
だけどそれ以外に……二条家には何か他にある。
何か、事情がある。
苦労してきたのは間違いないだろう。
次に僕は2人の母親である真紀さんと対面した日の会話を思い出す。
あれは、真紀さんが帰る際に最後に掛けた言葉で……。
『お父様にもよろしくお伝えください』
今日は代表して母親である真紀さんが来てくれたけど、こんなに可愛い娘たちなんだ。
お父さんもさそがし心配しているだろう。
そう思って掛けた言葉だったけど……。
『お気遣いありがとうございます、玲人様。ですが、私は旦那とはもう離婚していますので……』
『あっ……そうだったんですね』
あの時は、真紀さんに変に気を遣わせてしまったと思った。
でも特に気にしなかったけど……。
旦那さんと離婚をした。
そこには何か、深い理由がありそうだ。
いずれにしろ、僕が菜子ちゃんと仲良くなる上で、僕と出会う前の菜子ちゃんの過去を。
二条家のことを知ることになるだろう。
それを知った時、僕はどういう態度を取ればいいか……。
「まあ、その父親がもし最低な男だった場合には……僕も黙ってはいられないよね」




