第21話 悪役だけど、主人公…君に決めた(?)
「羽澄、着いたぞ! この更衣室で体操服に着替えるように。じゃあアタシは女子の方についていないといけないのでなっ!」
そう言って、鬼木先生は足早に去っていった。
朝のホームルームでの僕の質問を掘り返されたくないのだろう。
「そんなに言いにくいことなのかなぁ。それとも、この世界に関しての何か大きな手掛かりだからなのか……」
そんなことを考えつつも、案内された『男子専用』のプレートが貼ってある更衣室へと足を踏み入れる。
「……」
「……」
「あっ……」
中には、すでに3人いて……でも、どこかオドオドした様子だった。
そして、男子は全員で8人のはずだけど……その中の3人は体調不良で欠席とのことだった。
4月は新生活の始まりで体調崩しがちだよね。
でも早く復活して学園に来てほしいものだ。
だって、少ない男子がさらに少なくなるのだから。
体操着になって出れば、先生たち数人の後ろをついていく。
男子は第一体育館、女子は第二体育館で行われるらしい。
敷地内に体育館が2つもあるなんて、凄いよねー。
それからの身体測定はスムーズに進んでいく。
身長、体重、視力、聴力……前世でもおなじみの項目である。
今日いる男子5人の身体計測はすぐに終わり……先生からは「体育館内で自由に過ごしていい」と言われた。
さらに、倉庫からボールを出して遊んでいいとの許可も出る。
心の中でガッツポーズ。
こういうのは、どこの世界でも嬉しいものだ。
遊ぶ前に、先にトイレでも済ませようと体育館の外に出た時だった。
正面入り口から鬼木先生が入ってきたのが見えて……。
「おお、羽澄! ちょうどいいタイミングで出てきたな。話をしよう。ちょっと付き合え」
「え? あ、はい……」
そう言われたら断るわけにはいかず……。
大人しく、鬼木先生についていくことにした。
向かった先は、職員室の横にある休憩室。
昨日もここに来たけれど、まさか2日連続で来ることになるとは思わなかった。
なんだが今後も来そうな予感がする。
「羽澄。別に説教というわけではない。だから緊張しなくていい。まあ、そうは言っても男のお前のことだ。緊張はするだろうが……とりあえず座れ」
「は、はい……」
そう言われて僕は椅子に腰を下ろす。
鬼木先生も向かい側に座る。
そして、鬼木先生が改まった様子で切り出した。
「羽澄、お前……どうやら事故で頭を打ったらしいな」
「えっ、どうしてそれを……」
僕は事故のことも、頭を打ったなんてことも鬼木先生には言っていないはずなのに……。
「実はな、昨日のお前の様子が少し気になって……それでお母様に直接話を聞いてみたんだ」
入学式初日、僕としては変な振る舞い方はしていないはずなのに……様子が気になったっていうのは、よく分からないけど……。
そういえば、母さんは昨日、とある電話に出てから「急に出かける用事ができたから」って慌てて出て行ったな。
あの電話の相手は鬼木先生だったのかな?
「お母様から聞いたところによると、羽澄は頭を強く打った影響で、記憶が曖昧らしいな」
おっと。僕は記憶が曖昧なことが担任の先生に知られたか。
まあ本当は記憶が曖昧どころか、この世界の羽澄玲人という人物の記憶がまったくないし、原作にも心当たりがない。
ただ、悪役ということだけは確実そうである。
なんてことを言えるはずもなく……僕は小さく頷くだけにする。
そんな僕を見て、鬼木先生は少し考え込むような表情をした後、急に真剣な顔つきになった。
「……そうか。本当に記憶が曖昧になっているんだな。なら、あの無自覚な言動にも納得がいくし、面接の時とだいぶ雰囲気が違うのも納得がいく……」
「先生?」
少し俯いてぶつぶつ言っていたので、思わず声を掛けた。
鬼木先生にそれをやられると何かやらかしてしまったのかと、ヒヤヒヤしてしまう。
鬼木先生はハッとした様子で顔を上げた。
「ああ、すまんな羽澄。それにしても、そういうことは自己紹介の時やアタシ個人に事前に言っておいても良かったんだぞ?」
「いや……記憶が曖昧だなんて言ったら周りに気を遣わせると思いましてね。それに、僕だけ特別扱いだなんて嫌ですから」
僕はそう返した。
無難な回答だと思う。
それに、今の僕は雑巾掛けや筋トレ。規則正しい生活をして元気だ。
元気なのに周りに心配されるっていうのは……なんだか罪悪感が出てくるよね。
「僕は大丈夫ですから。ご心配なく」
鬼木先生にそうハッキリと告げれば……彼女は何故か、目を大きく見開いていた。
僕の発言に驚いているみたいだ。
「男は特別扱いされるのが普通だと思うが……」
「? 先生?」
「ああ、いや……なんでもないんだ。今の羽澄が大丈夫と言っているなら、その言葉を信じよう。それより……本題に入るか」
僕の記憶が曖昧ってことが本題じゃなかったんだ。
鬼木先生がとひとつ咳払いをしてから……真剣な面持ちで僕を見つめた。
「今朝、羽澄が質問した件について……E組の男子が何故、羽澄しかいない理由を知りたいか?」
「ま、まあ……」
原作がそういう設定かもしれないけど……気になってしまったからには知りたいよね。
それに、この世界のことを知る有力情報かもしれないし。
「教えてもらえるんですか?」
「羽澄が知りたいのなら話すつもりだ。それに、校長先生にもこの件についての許可はもらっている。ただし、他言無用で頼むぞ?」
おお? もしかして鬼木先生……僕の質問に逃げていたわけでなく、校長先生に急ぎで許可を貰いにいっていたのか?
なんと……僕は勘違いしていたようだ。
「すいませんでした、鬼木先生。ありがとうございます」
ここは、すぐさま謝罪と感謝を告げる。
うん、やっぱり鬼木先生っていい先生だね!
「お、おう……。まさか男にお礼を言われる日がくるとはな……」
鬼木先生の目は丸くなっていた。
頬もほんのり赤い気もしたけど……それは一瞬のことで。
「……こほんっ! ほ、本人を前にしてこういうことを話すのは躊躇いがあったが……まあ、記憶が曖昧になっているのなら、思い出す意味でもいいのかもしれないな。それに、お前に学園を退学されては困る。あの校長になんて言われるか……」
鬼木先生は最後らへんは独り言のようになりつつも……真面目な表情は変わらず。
「……じゃあ話すぞ。とはいえ、機密事項なところもあるから……大雑把になるがそれでもいいか?」
「は、はい」
大雑多でも、話してもらえるなら聞きたいよね。
僕が大きく頷いたのを見てから鬼木先生は一拍開けた後……ゆっくりと口を開く。
「実はな……男子のクラス分けは、その男子が女子に耐性があるか。相性なども考えて決めている」
「そうなんですか?」
女子との相性を考慮している……元の世界では聞いたことがないよね。
「男っていうのは数が少ないだろ? だからこそ、周りは常に警戒している。そんな男が学園生活で嫌な思いをして退学でもされたら……こっちとしては困るんだよ」
鬼木先生の言葉を僕は理解するようにゆっくりと振り返る。
ふむふむ……共学化にして、せっかく集まった数少ない男子に辞められたら困るってことかな。
「だからこそ、こちらも厳正なる話し合いを重ね……クラス分けをしている。例を上げるとすれば、女子に耐性のない男同士を同じクラスに配置するとかな」
ほうほう、なるほど。
いくら男子とはいえ、女子が苦手、接し慣れないっていう人もいるだろう。
はたまた、前世の僕みたいに男子校出身のやつもいるし。
そういう男子は1人だと心細いよね。
でも、その理屈からいくと僕は――
「羽澄。お前の場合はちょっと事情が違ってだなぁ」
「え?」
僕の場合は事情が違う?
その言葉に、僕は首を大きく傾げる。
一方で、鬼木先生は何やら顔を顰めながら……口を開くのだった。
「なんというかだな……面接試験の時だな。面接官の1人はアタシだったんだが……その時のお前の態度が中々でなぁ……」
鬼木先生がだいぶ言葉を選んで言ってくれているが……うん、僕はすぐに察した。
なんたって、元の玲人は悪役。
そんな悪役が面接の時だけ、大人しくしているなんてことはないだろう。
きっと、面接の時も普段通りの自分が出て……嫌な態度を取ったりしたのだろう。
「まあ、なんだ。お前は1人にした方がいいと思ったんだよ。そして、《《もう1人の男は》》逆に、性格も穏やかで女子に対しても温厚に接してくれると見越して、1人でも大丈夫と判断した」
ん? もう1人の男?
疑問に思ったが……冷静に考えたらそうだよ。
男子は全体で8人。
クラスは5つ。
各クラスに男子を配置しようとするも……そのうち、《《2クラス》》だけは男子が1人になる。
ということは、僕以外にも……もう1人。
同じ境遇の男子がいることになる。
「羽澄。お前の質問に対して、アタシが話せるとはここまでだ。あとは、受験の選考や機密情報につながってくるから明かせない」
「そうですか。ありがとうございます」
クラスで男子1人になっている理由は納得した。
つまり、僕は問題児扱いにされているということだ。
実に、悪役らしいよね。
そして……もう1人の人物も、実に……らしい。
「鬼木先生。最後に1つ質問していいですか?」
「ああ、なんだ?」
「――僕と同じでクラスに1人だけの……その男子の名前を教えてくれませんか?」
◆◆
体育館に戻る中……僕は今からやることを決めていた。
「よし……主人公と話してみようかな」
さっきの鬼木先生の話を聞いて僕は……クラスに男子が1人だけの人物こそが主人公だと思った。
だって、実にそれっぽいじゃないか。
主人公は8人の男子の中にいる。
だけど今日いる男子は5人。
主人公が学園を休むわけがないので……この5人の中に主人公がいる。
と言いつつも……僕としては1人に絞れていた。
いや、初日から……彼しかいないって思っていた。
クラスでただ1人。彼の名前も聞いたし、答え合わせはすぐできる。
体育館につけば……目星を受けていた男子の元に足を進めた。
「君だよね。会いたかったよ」
「え?」
声を掛けた男子は……驚いたように目をぱちくりとさせた。
金髪で刈り上げマッシュカットに、水色の澄んだ瞳の容姿をしている。
間違いなく――彼こそが、主人公だ。




