第19話 悪役だけど、たまにはやり返す(違う)
「――さま……? 起きてください。玲人様……? 朝食が冷めてしまいますよー……」
……んんぅ? 耳元で囁くような声がする……。
誰かが僕を起こそうとしているのだろうか……?
それとも夢……?
まぁいいや。心地よいし、もう少しこのまま……すやぁ……。
「菜子。耳元で囁いてどうするのよ」
「えーと、いきなり大声を出したら、玲人様がびっくりしちゃうかなって……」
「菜子は優しいわね。でも貴方は、坊ちゃまを寝かしつけているんじゃなくて、起こしにきているんでしょう?」
「そうだけど……」
「はぁ、全く……。菜子には専属メイドは早かったかしら?」
「むぅ、そんなことないよっ。これから頑張って慣れていくもんっ」
「そう。なら、早く覚えてもらうためにも、今日は手本として私が起こしましょうか。坊ちゃま。起きてください」
「すぅ……」
「坊ちゃま起きてください。さもなくば、下半身がどうなっても……いえ、もうやってしまいましょうか」
「っ!? 一体、何する気なの!?」
謎ワードが聞こえて、僕は思わず飛び跳ねるように起き上がった。
「おはようございます、坊ちゃま。本日は学園生活2日目です」
「あ、はい……おはようございます……」
なんとなく、敬語になってしまった。
目の前には、メイド長の恭子さんがいつもの凛とした表情で立っている。
そして、もう1人。
視線を横に流して……僕は目を見開いた。
何故なら……。
「お、おはようございます、玲人様っ」
少し上擦った声で頭を下げた菜子ちゃん。
その格好は……メイド服だった。
白黒を基調としたロングスカートを身に纏っていて、コスプレではなく、ちゃんとメイドとしてしっくりくる。
すごい似合っている。
恭子さんに代わり、今日から菜子ちゃんが専属メイドになるということは分かっていた。
でも、メイド服姿は……想像していなかったな。
他のメイドさんたち同様、全体的に肌の露出が控えめのメイド服。
けど、それがいい!
何より、美少女同級生が屋敷ではメイド服を着て、専属メイドとしているっていうシチュエーションは、男としてはグッとくるものがあるよね。
まあ、僕は悪役なので楽しんでいる場合ではないとは思うけど。
しかし、元の玲人はセクハラをしていたはずなのに……ミニスカや胸の辺りが開いているえっちなデザインのメイド服を着ることを強要はしていないみたいだな。
ずっと気になっていた。
まあ、生地面積が薄かったらそれはメイド服ではないしね。
元の玲人はメイド服にこだわりがあると見た。
「あ、あの玲人様」
「ん?」
そんなことを考えていたら……恭子さんの隣に並んでいた菜子ちゃんが一歩前に出て、僕を真っ直ぐ見つめた。
「改めてまして、私のことを専属メイドにしていただき、ありがとうございます。今日から精一杯、玲人様の専属メイドを務めさせていただきます。よ、よろしくお願いしますっ」
「ああ、よろしく。でも、僕が伝えたことは覚えているな?」
「は、はい。無理はしすぎませんっ」
菜子ちゃんのはっきりとした返しに、僕だけではなく、恭子さんもどこかほっとした様子になった。
とはいえ、菜子ちゃんは知らず知らずに無理をしそうだよね。
「恭子もよろしくな」
「はい」
メイド長として。そして、菜子ちゃんが無理をしすぎないように姉としてよろしくと……。
僕の意図は伝わったみたいで、恭子さんは大きく頷いたのだった。
それから朝食を取り、制服に着替えてから黒塗りの車に乗る。
母さんが僕のことは車で送迎するようにとメイドさんたちに伝えていたようだ。
相変わらず、過保護である。
荘帝学園……の、少し手前にある人気のない静かな路地で車は止まった。
僕と菜子ちゃんは人がいないことを確認してから車を降りる。
「私が一緒に車に乗って良かったんですか?」
菜子ちゃんがそう聞いてきた。
同じ屋敷出発なのに、1人だけ歩いて学園に行こうとしたところを僕が車で行こうと言ったのだ。
「当たり前だ」
「あ、ありがとう玲人様……ではなく。今からは玲人さんですね」
「ああ。頼むぞ、菜子」
「はい」
真剣な面持ちで頷く菜子ちゃんを見て、僕も気合を入れる。
学園生活のどこに破滅フラグに繋がるものがあるか分からないからね!
校門をくぐり、広々とした敷地を歩く。
昨日は母さんやメイド全員、ボディーガードの女性と大勢に囲まれながら歩いていたので、落ち着かなかったし、それどころじゃなかった。
周りの景色をよく見れていなかった。
通路の両端の木には桜が咲いた。
風に吹かれれば、花びらがひらひらと舞う。
うーん、実に学園生活がスタートしたって感じだ。
「わぁ、綺麗……」
ちらりと見た菜子ちゃんは、桜の花びらを見てパァと明るい表情になっていた。
うんうん、最初会った時の険しい表情よりもこっちの方がいいね。
「……」
「……」
僕と菜子ちゃんはお互いに話を持ちかけることなく、話すこともなく、ただ足を進めている。
というのも、菜子ちゃんはサポート役であるが初対面という設定だ。
初対面でべらべら話していたら、それはそれで関係性を疑われると思い、あまり会話をしないようにしている。
並んで歩いているとはいえ、適度な距離を保っている。
特に変なことをしているわけではないが……それでも、多くの女子生徒の注目を浴びている気がする。
「ほんとに男の子が入学したんだぁ」
「初めてこの学園に入学して良かったって思えたわ〜」
「あの子も結構いい……」
うん、がっつり目で追いかけられているね。
玄関口に着いても、相変わらず周りは女子生徒だらけだった。
「私、あの子が1番タイプかも〜」
「隣にいるのは、例のサポート役っていう女子かしら?」
「女の子の方もかなり可愛いんだけど……」
「これは初手からは話しかけるのはマズいわね……」
昨日よりも視線が多いのは……上級生もいるからだろう。
しかも、3年生と2年生には男子がいない。
元女子校だから男が少ないのは当然とはいえ……歩いているだけで、こんなにもちらちらと見られては……確かに、男の肩身が狭くなりそうだ。
だが、僕は肩身が狭くなっている場合ではない。
大量の視線を向けられとしても萎縮せず……むしろ、余裕あり気に。
「フッ」
僕は、目が合った女子生徒に微笑む。
「え……」
「嘘っ……」
「今、私に……」
そこにいた女子たちは、目を大きく見開いたり、口を半開きにしたり……とにかく驚きの表情を浮かべていた。
(この学園のみで)数少ない男の僕が、こんなことをするとは思っていなかったのだろう。
悪役だけど、たまにはこうしてやり返すのも1つの手だと思うんだ。
「あの、玲人様」
「ん?」
あっ、菜子ちゃん呼び方が戻っている。
教えた方がいいのかな?
「玲人様……その、あまり無理はしないでくださいね?」
「え?」
無理とは?
菜子ちゃんの言葉に、僕は大きく首を傾げるのだった。
◇簡単な人物紹介◇
二条菜子
ふわりとした亜麻色の髪に、青い瞳の美少女。
サポート役と専属メイドを兼任している。
素は天然で明るく、頑張り屋。
しかし、苦手意識のある男子の前では対応がぎこちなくなりがちである。
最近では、玲人のことが何やら気になっている様子。




