第18話 専属メイド最後の日だけど何もない(違う)
その日の夕食後。
僕は自室のキングサイズのベッドに寝転がりながら、今日1日の出来事を振り返る中……ふと、頭に過ったことがそのまま独り言として出る。
「ふーむ……今日は恭子さんの専属メイド最後の日かぁ……」
そう。今日は僕と菜子ちゃんの入学であり……恭子さんが僕の専属メイドを務める最後の日でもあるのだ。
午後から出勤だった恭子さんは……。
『貴方と貴方には、こちらの仕事をしていただきます』
『奥様の対応は私が致しますので、皆さんは各仕事に取り組んでください』
『坊ちゃま。何か必要なものはございますか?』
メイド長としても、専属メイドとしてもいつも通り、淡々と仕事をこなしていた
それが明日からは、メイド長のみとなる。
とはいえ、屋敷のメイドさんたちを取り仕切るメイド長に専念するってことだ。
だから、花束を渡すのはなんか変だし、お世話になったお礼として、ケーキを買おうにもお店はもう開いていない。
感謝の手紙は……大袈裟だし、逆に怪しまれるか。
「何もしない方がいいのかなぁ……」
何より、僕は恭子さんの好感度を上げられていない。
まだ嫌われたままのはず。
そんな僕が下手に何かしたら、ただの迷惑行為になる可能性大だ。
とりあえず、何もしないのが無難か……。
そんな結論が出かけたときだった。
コンコン、と部屋の扉がノックされて……僕は身体を起こす。
その相手は、1人しかいない。
「どうぞー」
「失礼いたします、坊ちゃま」
ドアが開き、現れたのは恭子さん。
おなじみの黒と白を基調としたメイド服をきっちりと着こなし、変わらぬ冷静な表情である。
「坊ちゃま。食後の紅茶をお持ちしました。と……専属メイドとして最後のご挨拶に参りました」
恭子さんはベッドサイドにあるテーブルに紅茶を置くと、まっすぐ僕を見つめた。
「そうか」
僕もベッドから降りて、恭子さんと向き合う。
専属メイドとしてわざわざ最後の挨拶に来てくれるなんて、恭子さんはやっぱり真面目で責任感が強いよね。
「では坊ちゃま。最後の挨拶をさせていただきます」
「ああ」
「私は約1年間、坊ちゃまの専属メイドを務めました」
「そうだな」
えっ、そうなんだ。
1年間もこんなセクハラ野郎の元で……。
さぞ、苦労しただろうし、嫌な思いもしただろう。
大変だったに違いない。
「思えば色々なことがありました」
ほうほう。これは元の玲人について振り返る流れでは?
元の玲人のことを1番知っている恭子さんのことだ。
何か、新たに分かるかも。
「坊ちゃまは、私のことを『お前』や『おい』と乱暴に呼びつけていましたね」
「……っ!」
おい、玲人お前……なんてことを。
女性に……しかも、1番お世話になっている恭子さんをそんな乱雑に扱うなんて。
「また、自分の思い通りにいかないと、すぐに命令口調で怒鳴られたり」
なんで、人に当たることをするの!?
自分の思い通りにいかないことなんて、普通に生きていてもあることでしょ!
「罵倒や見下すような発言も日常茶飯事でした」
ほんと、何やってるのアイツ……。
知れば知るほど、性格まで完全な悪役だ。
もはや、人間としてどうなのって感じ。
「ですが最近は、坊ちゃまはそういった言動が一切なくなりました。私や周りのメイドたちをこき使うことも、罵声を浴びせることもありません」
当たり前です。
だって僕、元々は普通の高校生なんですから。
というか、それが普通です。
「それどころか、急に雑巾掛けを始めたり、身体を鍛え始めたりと、周りのメイドたちも驚いており……いえ、最近では視線に困っています。いいタイミングですし、雑巾掛けは本日限りで卒業してください」
ええ……雑巾掛けってダメだったの?
母さんも『お尻を突き上げたえっちな格好しているし』って、意味不明なことを言っていたし……もしかして、雑巾掛けは逆効果だった?
「あとは、私への口調も以前よりも優しくなり……正直、驚いております」
確かにこう比べると元の玲人と今の僕って、かなり違うね。
まあ、元の玲人の振る舞いが酷過ぎるのもあるけど。
僕は人として当然のことをしてるだけだし。
「……私は」
恭子さんは一息ついてから、何か言おうとしたが……少し言いにくそうな表情を浮かべていた。
「恭子?」
「……」
何かを考え込むように沈黙が続いた後……恭子さんは、口を開いた。
「私は……貴方のことを信じてもいいのでしょうか?」
「っ……」
その一言に、僕は息を飲む。
部屋には静寂が訪れた。
これは……恭子さんが僕の答えを待っているようだ。
外見が変わらぬ玲人だとしても、やっぱり中身は違うのだ。
時間を過ごせば自然と、その違いは出てくるわけで……。
恭子さんは……今の僕を信じてもいいのかってことを言っているのだろう。
破滅フラグ満載の悪役としては、早めに信用してもらいたい。
だって、その方が都合が良くなるから。
ただ僕自身としては、少し違っていて……。
僕はひと息吐いてから……真剣な気持ちを言葉に乗せた。
「信じるか、信じないかは僕ではなく恭子が判断することだ。ただ……君に信じてもらえるように動くのがこれからの僕だ」
「!」
恭子さんの瞳が驚いたように揺れた。
僕はちゃんと恭子さんたちと向き合って、それでいて好感度を上げていくつもりである。
それも、恭子さんに信頼してもらえるぐらい頑張らないとね!
「では、期待させていただきますね」
「!!」
僕は思わず、目を見開いて驚いた。
だって恭子さんの表情は、少し柔らかくなった気がしたから。
「坊ちゃま。明日からも学園があります。早くお休みになってください」
「あ、ああ」
「それでは私はこれで失礼いたします。明日からはメイド長としてよろしくお願いします」
恭子さんは礼儀正しく頭を垂れ、部屋を去っていった。
それにしても、信じてもいいかって聞くってことは……。
「少しは好感度上がっているのかなー。そうだったら嬉しいな」
そんなことを思いながら、僕は眠りについたのだった。
◇簡単な人物紹介◇
二条恭子
銀髪ロングに、切れ長の澄んだ青い瞳の美人。
大学生とメイド長を兼任している。
感情をあまり表には出さないタイプで、メイドとしても淡々と仕事をこなしているが……最近は、玲人の言動が気になっている模様。




