第16話 悪役だけど、自己紹介は普通にしたよ?(違う)
初めてのホームルームの時間が始まった。
「新入生の諸君。この度は、入学おめでとう。今年の荘帝学園は倍率がかなり高かったみたいだな。そんな倍率をくぐりぬけて、今ここにいる君たちを褒め称えよう。そして、アタシが1年E組の担任、鬼木晶だ」
教壇の上に立つのは、明るめの茶髪ロングに、白のTシャツに赤ジャージ姿のキリッとした目付きの美人な先生である。
格好自体は、前世ではよくいた角刈りに髭を生やした体育会系のむさくるしいオッサン先生と同じだけど……。
やっぱり、美人が着るとまた違う。
ジャージすら、お洒落に見えるね。
そんな鬼木先生は教室全体をぐるっと見回す。
その目は鋭く、どこか厳しそうな印象を受けるが……。
「これから1年間、お前たちを男女関係なくビシバシ指導するから覚悟しとけよ。よろしく!」
クラス中に響く力強い声に、ピンと背筋が伸びる。
僕だけではなく、クラスも女子たちも姿勢を正して、どこか緊張した面持ちである。
でも、頼れる姉御感もあるよね。
それから鬼木先生が荘帝学園のことを簡単にだが説明してくれた。
1年生のクラスはAからEの5つに分かれている。
が、成績順というわけではないらしい。
クラス分けの方法は一般的なもので、学力が平等になるよう調整されている。
要するに、どのクラスが優等生とか劣等生ということはない。
うんうん、良いね! 優劣をつけちゃうと同級生なのにギスギスするからね。平等なクラス分けが1番だ!
「まあ、成績だけじゃないからな。特にこの世の中はなぁ……」
鬼木先生がどこか苦労が見えるような雰囲気でそう呟いた。
世の中、頭よくてもコミュニケーション能力ないと上手くいかないっていうしね。
やっぱり、社会経験が長い先生の言うことには重みがあるなぁー。
「ああ、それと……アタシは、面倒くさいことが嫌いだ。揉めごとやいつまで経っても決まらないとか、定時に上がれないこととかなぁ。だから事前に決めておく」
鬼木先生はひと息ついてから、また口を開いた。
「席替えはしない。2人組を作る時には、席が隣のやつが固定だ。以上!」
「「「え〜〜〜〜〜っ!!!」」」
鬼木先生がそう言い切った瞬間、クラスの女子たちの不満の声が一斉に上がった。
「先生! 私たちがなんのためにこの学園に入ったと思っているんですか!」
「私たちから青春を奪うつもりですかっ」
「職権乱用してるんじゃないですかー!」
女子たちが猛抗議している。
確かに、席替えといえば学園生活の中でなひとつの楽しみでもある。
元の世界じゃ、「席替えはいつやりますか!」って、1ヶ月経つごとに聞きに行っていた男友達もいたし。
ペアでの学習だって、たまには仲の良い友達同士でやりたいだろう。
それらができないとなると……楽しみが減るよね。
だけど……。
「席替えがなくて、どうやって学園生活を楽しめばいいんですかぁ!」
「担任チェンジで!!」
「私、今から別クラスに移動できるか聞いてみるっ」
「こういう時ってあれやればいいんじゃない? クラス全員の署名集めて校長先生に出すやつ?」
そこまで……抗議する?
いや、楽しみが減るっていうのは分かるけど……学園生活初日から強面の担任の先生に猛抗議するほど?
「お前ら、静かにしろ。それとも入学早々……生徒指導室に連れて行かれたいのか?」
「「「「……」」」」」
鬼木先生の一喝により、女子たちは一瞬で静かになった。
うん……たぶん、今後もこういう展開があるんだろなぁと思った。
それにしても、席替えはなしか。
つまり――僕の隣の席の生徒も固定ってことになる。
僕はなんとなく隣の女の子に目を向けた。
座っているのは菜子ちゃんである。
僕のサポート役ということで、隣の席に配置されているのだろう。
僕の隣にずっと座るなんて……最悪。
なんて思っているのかな?
「席替えはないし……。ずっと玲人様の隣に……」
ほら、何かぽつりと呟いたよ。
まあ、気にしすぎるのも良くないね。
菜子ちゃんの好感度をどう上げるか、前向きなことだけを考えよう!
「次にいくぞ。自己紹介の時間だ。これも面倒臭いことになりそうだから……羽澄。お前から自己紹介しろ」
「……え?」
鬼木先生が僕の名前を呼んだ気がした。
同時に、クラス全員の視線が集まっている気がする。
こういう時って、廊下側の1番端の生徒から順に自己紹介じゃないの?
「なんだ、羽澄。緊張しているのか? まあ初日だし、自己紹介はアタシが代わりにやってもいいぞ」
いやいや、そっちの方が逆にクラスから浮く原因になりそうだ。
「いや……自分でやります」
「そうか。じゃあ立って自己紹介をしてもらう。名前、趣味、1年間の目標ぐらいは言えよ」
ふむふむ。王道の自己紹介だね。
ここは悪役っぽく演じるより……普通にした方がいいね。
僕は席を立ち、ひと息吐いてから、口を開いた。
「名前は、羽澄玲人。趣味というか、最近、運動や筋トレをしてます。この1年の目標は、そうだなぁ……」
「「「「ごくり……」」」」
ん? なんだかより注目されているような?
そんなに注目されたとしても、僕が言うことは普通のことで……。
「みんなと仲良くなることだな。1年間よろしくね」
そう言って、最後にふわりと笑った。
うん、実に普通の自己紹介ができた。
問題なしだね!
あとは、クラスの女子に対して優しく接することを心がければ、悪役転生しても、普通の学園生活が送れるようになること間違いないし!
そう思いながら、僕は席に座ったけど……。
クラス内の反応は何か、違った。
「羽澄君ってもしかして……箱入り息子? だから世間知らずとか?」
「そういえば朝、たくさんのメイドとSP付けていたよね」
「今の自己紹介で私、彼のこと狙うって決めたわ」
「羽澄くんって、無自覚なのかなぁ〜」
女子たちがなんだか、ザワザワしているけどよく聞き取れないや。
「……あ? 話に聞いていたやつとは随分と違うじゃねーか……」
鬼木先生も僕のことを凝視して、眉間にシワを寄せた顔になっている。
えっ、なになに?
「れ、玲人さん。そういうことは迂闊に言わない方が……」
「え?」
隣の菜子ちゃんは小声で言ってきた。
迂闊にそういうことって……なんのこと?
思い当たる節がなく、僕は大きく首を傾げるのだった。
「ゴホンっ! 次っ! 羽澄の横にいくぞ!」
鬼木先生の言葉で、僕に集められた視線が逸れた気がした。
僕の横……つまり、菜子ちゃんである。
「は、はい」
菜子ちゃんはぴくっと肩を震わせた後……立ち上がり、軽く会釈をして口を開いた。
「私は、二条菜子と言います。趣味はお菓子作りです。1年間の目標は、このクラスで楽しい思い出を作ることですっ」
ふむふむ。菜子ちゃんも無難な挨拶だね。
だけど、これがいいよね。
僕もクラスで楽しい思い出を作るにした方が良かったかも。
「あとは……みんな察していると思いますが、私が羽澄玲人さんのサポート役になっています。なので……そこも含めてよろしくお願いします」
菜子ちゃんがそう言えば、女子たちが騒めき出した。
菜子ちゃん、偉い!
自己紹介の段階で僕のサポート役のことを言うなんて。
「やっぱり、あの子が男子のサポート役なんだ〜」
「新入生代表の挨拶をしていた時点で、そうなんじゃないかとは思っていたよね」
「でもあの羽澄くんのサポートって……」
「これからどうなるんだろー」
クラスの騒めきが増す中……鬼木先生は少しだけ笑いながら言った。
「いい心がけだな、二条。やはりお前にサポート役を頼んで良かった」
ということは、サポート役の選出に担任の鬼木先生も関わっているのかな?
それから自己紹介は進んでいく。
「アタシ、将来はいいお嫁さんになると思います!」
「子供は3人ぐらいは欲しいなって……」
「ん、わたしはこの教室に運命の人がいる。絶対、結ばれる」
でも途中から……1年間の目標が将来の目標になっている子が多い気がした。
しかも、僕とチラチラ目が合うような?
まあ、クラスの中で数少ない男子ってことで、自然と目がいくだけで……特に何もないよね!




