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第15話 悪役だから先手必勝だよね!(違う)

「と、とりあえず……座りませんか?」

「……あ、ああ。そうだな」


 菜子ちゃんからのごもっともな意見に、僕はこくんと頷く。


 椅子を引き、菜子ちゃんの向かい側に腰を下ろした。

 

 座ったからとはいえ……会話が弾むわけでない。


「……」

「……」


 微妙に気まずい雰囲気が流れる。

 

 僕だって、この空気感をどうにかしたいけど……相手は菜子ちゃんだし、難しいかな。


 それは、菜子ちゃんからしても同じこと。


 姉の恭子さんと同様、菜子ちゃんもまた、僕のことが嫌い。もしくは苦手意識があるだろう。

 

 幼馴染の関係となれば、なおさら、羽澄玲人の悪い印象が根強いていると思うし。

 

 それに、サポート役として選ばれたと思ったら、その相手がよりによって……自分が嫌いな男。

 おまけに、明日からは僕の専属メイドになる。


 学園も、屋敷にいる時も。四六時中、嫌いな男と顔を合わせるハメになるなんて……。


 と、内心は思っているに違いない。


 そう考えると、僕の方も申し訳なくなってくるよね……。


 いやいや、ネガティブになってはいけないね!


 僕は悪役に転生した。

 嫌われ者なんて、当然のこと。

 そこで、いちいちメンタルがやられている場合ではない。


 それに、好感度はもう下がることはないはず。

 これからは、ぐんぐん上がっていくのみだ!

 

 菜子ちゃんの好感度も上げられるように頑張らないとね!


 と……菜子ちゃんと向き合う覚悟が決まったところで、僕は口を開く。


「菜子」

「は、はいっ!」


 僕に名前を呼ばれ、菜子ちゃんがびくんと大きく肩を震わせて顔を合わせた。

 

 菜子ちゃんは無言だけど、さっきから僕のことをチラチラと気にしているように見ていた。


 でも、その調子では菜子ちゃんから話を切り出すことも、続けることもないだろう。


 だから、先に言っておきたいことを告げることにする。


 母親である真紀さんの時と同じ……先手必勝だね!


「菜子……あまり無理をするなよ?」

「!!」


 僕がそう言えば、菜子ちゃんの瞳が大きく見開かれた。


 僕は菜子ちゃんをちょっと間だけど……それでも、見てきて思ったことがあった。


 菜子ちゃんは……ちょっと頑張りすぎだと思う。

 

 新入生代表に選ばれるということは、菜子ちゃんは頭がいいってことだ。


 恭子さんも優秀だし、菜子ちゃんも元々頭が良いのかもしれないけど……。


 陰で人一倍、勉強しているのかもしれない。

 そうだとしたら、その努力は学園に入ってからも続くだろう。

 

 加えて、学園ではサポート役。屋敷では専業メイドの仕事をすることになる。


 今からの話とはいえ、遊ぶ暇やプライベートな時間はあまり取れないだろうし、体調が心配になるぐらい頑張りすぎになるだろう。


「あの……私、全然無理なんかしてませんよ? ほらっ。この通り元気ですしっ」


 菜子ちゃんは明るいトーンで言ってみせるけど……。


「無理している人は大体、そう言いがちだ。というか、心配をかけまいと気を遣って言う。そこでも素直にならず、無理をする」

「……」

「そもそも、菜子がこのサポート役を受けたのだって、学費が免除になるとか、家族のためになるからとか、そういうのがあるからじゃないのか?」

「ゔっ……」


 菜子ちゃんは俯き、小さな声で呟く。

 

 どうやら、図星のようだ。

 

 姉の恭子さんはクールで凛々しい佇まいで感情があまり読み取れないが……菜子ちゃんは顔や仕草に出やすい分、分かりやすいな。


「……やっぱりか。屋敷に来た日のあのやり取りで薄々察してはいたが……菜子、やっぱり君は頑張りすぎる癖があるようだな。もし、君に倒れられたりでもしたら困る。それに、1番は恭子が心配するだろうし、叱られるだろう」


 うん、僕が恭子さんに叱られるに違いないね!

 

 それどころか、大切な妹が倒れるぐらい働かせたとして、好感度どころの話ではなくなる。

 

 下手したら復讐とか……ひぇ! 破滅フラグ直行だよ!!


「お姉ちゃんは……確かに、怒ってきそうですね……」


 菜子ちゃんは小さく頷く。

 

 やはり、菜子ちゃんに何かあったら恭子さんが僕に怒ってくるのか。

 お姉ちゃんを遂行してくるのか。

 

 逆に、菜子ちゃん何もなければ、恭子さんは何もしてこないということになる。

 

 こういうのは、僕から先に「無理はしないで」言っておくことで、フラグの予防線になるよね!


「菜子。頑張るなとは言わない。くれぐれも無理しすぎるなよ?」

「は、はいっ。気をつけます……!」


 うん、本当に気をつけてほしい。

 菜子ちゃんの体調が心配だし、僕の破滅フラグにも関わってくるからね。


「次に、2つ目だ」

「ふ、2つ目ですか……?」


 まだコイツ、言うことあるんだ……とか思っているんだろうけど、僕も破滅フラグが掛かっているからね。

 先に言わせてもらうよ!


「僕と菜子の関係は、学園では秘密にしようと思う」

「と言いますと……私が玲人様の専属メイドであることですか?」

「ああ、そうだ。僕たちの関係が周囲にバレれば……面倒臭いことになりそうだからな」


 そう、面倒臭いこと……。


 見ての通り、菜子ちゃんは美少女である。

 それに、恭子さんと話している時の菜子ちゃんは笑顔が多く、声も弾んでいた。


 普段の菜子ちゃんは、明るくて気さくな子なんだろう。


 そんな菜子ちゃんは、学園では人気者になること間違いないし!


 うんうん、実にヒロインっぽい。


 だからこそ、悪役である僕の専属メイドをしていることが知られれば……周りが騒いで面倒臭いことになりそうだ。


 男子は、僕の他に7人しかいないとはいえ、菜子ちゃんのような美少女を目の当たりにすれば、惹かれる奴もいるだろう。

 

 数少ない男子同士なのに、専属メイドのことがバレて、嫉妬や恨みを持たれるとか嫌だよ。


「そ、そうですよね! 私が玲人様の専属メイドと知られれば、周りもですし、玲人様が大変なことになりますよね……。分かりました!」

 

 菜子ちゃんは理解が早くて助かるなぁー。


「3つ目だ。これが最後になる」

「み、3つ目……」

「学園での僕の呼び方についてだ。『様付け』ではなく……君付けやさん付け、もしくは、呼び捨てにしてくれ」

「よ、呼び捨てなんておこがましいです……!」

「おお、そうか?」


 すごい勢いで言われたよ。


「じゃ、じゃあ……玲人さんでいいですか?」

「いいぞ。学園では『玲人さん』の呼び方で頼む。2つ目の話に繋がるが、その方が僕と菜子の関係性を疑われずに済むからな」

「分かりました」

「あとは、屋敷の時やこうして2人の時に話す分には、元の呼び方に戻しても構わない」

 

 僕の言葉に、菜子ちゃんは大きく頷いた。


 3つも言いたいこと、先に言っちゃった。 

 これも僕の学園生活が平穏になるようにするためである。


 本当は、あと2つぐらい言っておきたいことがあったけど……それまで言ってしまうと、さすがにくどいと思われてしまいそうだ。

 

 その時がきたら、言うとしよう。


「この3つが、僕が菜子に言っておきたかったことだ。悪いな。僕のワガママに付き合わせることになって」

「い、いえ! 大丈夫です……! それに、数少ない男性である玲人様の今言ったことは、《《理にかなっている》》と思いますから」


 菜子ちゃんもそう言ってくれていることだし、先に言っておいて良かったー。


「さて、僕ばかり話していてすまないな。菜子からは僕に何か言いたいことはあるか?」


 菜子ちゃんの話や要望とかあれば、聞かないとね。


 菜子ちゃんは、今から言うことを纏めているよな、数秒の沈黙の後……。


「あ、あの……玲人様」

「うむ」

「その……以前、お母さんが玲人様の元を直接訪ねたと聞きました」


 ほうほう、お母さんとの会話のことだね。

 そりゃ話した内容が気になるか。


「その時に、お母さんに言ったことって、ほんと――」


 菜子ちゃんが何か言いかけた……その時だった。

 

 休憩室の扉が数回ノックされて、ガララと勢いよく開かれた。


「羽澄君ごめんなさい! 電話が長引いてしまってっ」


 軽く息を切らしながら入ってきたのは、佐藤先生だった。


「ああ、いえ。問題ないです」

「そう……。二条さん。羽澄君への挨拶はできましたか?」

「は、はい。れい……んんっ。玲人さんに挨拶させて頂きましたっ」


 おっと、菜子ちゃん今、『玲人様』っつ言いかけたかな?

 とはいえ、今のぐらいだったら大丈夫だろう。


「……あら。下の名前で呼んでも大丈夫なの?」


 佐藤先生が驚いたように、僕と菜子ちゃんを交互に見る。


 佐藤先生のその反応が、僕は疑問だったが……気づいた。


 ああ、そっか。『様呼び』ばかりに気を取られていたけど……佐藤先生は僕たちのことを初対面だと思っている。

 いや、普通はそう思うだろう。

 

 なのに、いきなり下呼びになっているのは不思議に思うか。

 

 とはいえ、学園では名字。屋敷や2人っきりの時は下呼び+様呼びにすると……菜子ちゃんもややこしいだろう。


 だからここは……。


「菜子にはこれから僕のサポート役になってもらいますからね。早く仲を深めたと思いまして、お互いに下の名前で呼び合うことにしました。だよね、菜子?」

「は、はいっ。実はそうなんです、先生」


 菜子ちゃん乗っかってくれてありがとう!


 説明としてはおなしくないはず。

 なのに……。


「……」


 佐藤先生はぽかーんとした顔になっている。


「先生?」

「あ、ああ……ごめんなさいねっ。羽澄君みたいな男性が女の子に対して仲良くだなんて、珍しいことを言うものだから……」

「そんな珍しいですか?」

「ええ、とっても」


 へぇ、そうなんだー。


「さて、挨拶が終わったということで、サポート役の二条さんの紹介の時間はこれで終わりとなります。二条さんは先に教室に戻っていてください」

「は、はい。では、玲人さん。これからサポート役としてよろしくお願いします」

「ああ。こちらこそ、よろしく」


 菜子ちゃんは先生にも軽く頭を下げてから休憩室を出たのだった。


「羽澄君には、今からは自分のクラス。1年E組に向かってもらいます。今は休み時間なのでゆっくりでいいですよ」


 おお、やっとクラスに行くんだ。

 

 僕は再び、紙に目を通す。

 そこに、知りたい情報が全部書いてあるから。


 クラスの場所は2階。

 座席表のイラストがあって、1つだけ星印がついている。

 そこが僕の席ってことだろう。


「窓際の1番後ろの席……いい席だね」

 

 階段をひとつ上がって、1年生のフロアに到着。

 

 『1年E組』とプレートが書かれた教室を前にして……少し息を吐く。


「よし、行くぞ」


 スライドドアを開けて、教室の中に入る。


「「「!!!」」」」


 と……女子たちの視線が一斉に僕の方を向いた。


 陽キャっぽい派手目の子から本を読んでいる大人しそうな子までいる。

 

 でも……みんな可愛いね!


 そして、ほとんどの女子たちが自分の席についていたのだった。


 女子ばかりなのは当然だとして……休み時間というのに、誰も席を立ったり、他のクラスに遊びに行ったりしていないなんて珍しいよね。


「ねぇ、あれが……」

「本当に男の子がクラスにいるんだぁ……」


 ほぼ女子ばかりのクラスに数少ない男が入ったということで、注目を集めてしまっている。


 僕は平静を装いながら、自分の席である窓際の1番後ろに向かう。


 女子たちの視線を意識しないようしつつも……その声はつい、耳に入ってしまって。


「彼がうちのクラスの男子なんだぁ〜」

「私、結構タイプ〜」

「アンタは男だったら誰でもいいでしょっ」

「うんうん、悪くないかも」

「でも、やっぱり冷たそうだよね……」

「だって、男の子だもんね〜」


 ……なんだ、この品定めみたいな空気は?

 女子がたくさん集まるとこうなるの?


 席にたどり着き、椅子を引いて腰を下ろすと……周囲のざわつきがもっと大きくなった気がした。

 あと視線もめっちゃ感じる。


 ふぅ、と心の中で息をつきつつ、僕は視線を窓の外へと向ける。


 女子が多い分、やはり男子の肩身は狭くなりそうだけど……。


 うん、クラスの女の子とも仲良くしたいよね!


 それに……。


『母さん。僕は相手に優しくしてほしいなら、まずは自分から優しく接するべきだと思う』


 母さん対して、そう言った以上は……自分から優しく接してみようかな!




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 きっと、退っ引きならない所まで来ても、勘違いしたままに違いない……
優しくするなんてッッ…! やめろぉぉ! ———いや、それもいい。 強く生きろ… っっ
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