第13話 悪役ママの言うことは聞かなくても?(違う)
体育館らしき大きな建物が目に入る。
もう少しで着きそうだなー、緊張してきたなぁー、なんて思っていた時……。
「れーくん」
「ん?」
母さんが突然、足を止めた。
僕も釣られて足を止める。
同時に、メイドさんやボディーガードさんが僕と母さんから離れて、通路の端の方へ移動し……ズラッと一列に並んだ。
おお、すごいー。
めっちゃ綺麗に動きが揃ってるー。
でも、余計に目立っているー。
「れーくんに伝えたいことがあります」
母さんが真剣な表情で僕を見つめる。
え、何だろう?
入学式の直前に改まって言うなんて、きっと《《重要》》なことだよね?
ああ、もしかして……僕が変わったって話かな?
「れーくんは昔はワガママでセクハラしたり、冷たく当たったりしていたけど、今は優しいね!」とか。
「これからも優しくてかっこいいれーくんでいてね!」みたい感じかな?
ふむ、お母さんが喜んでくれるなら僕としても嬉しいものだ。
そんな妄想を巡らせていると……母さんが口を開いた。
「最近のれーくんはママに冷たくしないし、荒い言葉も使わないで、こうして目を合わせて会話してくれて……。さらには『ママ』って呼んでくれて……。ママはとっても嬉しいの」
「母さん……」
母さんの言葉……ひとつひとつに気持ちが籠っていて、本当に嬉しいっていうのが伝わる。
というか、元の玲人は女手一つで育ててくれた母さんに対して、ほんと冷たくしていたんだな。
全く……酷い奴だ!
悪役だよ、悪役!
そんな悪役に転生した僕の身にもなってほしい!
「でもね? ママはれーくんのママだから……ちゃんと言わないといけないの」
ん? 言わないといけないこと?
一体、何を――
「学園では……女の子に優しくしちゃダメよ?」
「……」
頭の中が完全に「?」で埋め尽くされる。
「だって、だって……最近のれーくんはどうにも無防備すぎるから、優しくなんてしたらもっとダメなのよ!」
混乱する僕をよそに、母さんは真剣な表情で畳みかけてきた。
「急に雑巾掛けを始めて、その時にお尻を突き上げたえっちな格好しているし! メイドちゃんたちと同じトレーニングルームで運動して、その時にちらちらと汗が滴る肌が見えてるし! それに最近は目が合った時に笑いかけてくれるって言うしぃ! ママ、恭子ちゃんから報告と……ど、動画を貰っているんだからね!」
感想と報告はともかく……動画ってなに?
あと、動画を要求したのって、絶対母さんからだよね?
動画って言葉の時に、頬と声のトーンが少し上がっていたし。
そもそも写真じゃなくて動画って時点で、絶対母さんが頼んだでしょ。
恭子さん、雇い主の母さんの頼みだから断れなかったんだろうなぁ。
嫌いな奴の動画を嫌々撮ったんだろうな……。
裏でそんなことをさせられていたのなら、雑巾掛け程度で恭子さんの好感度が上がるわけがないか。
「あんなに無防備な姿を屋敷だけじゃなくて、学園でも晒し出すなんて……ママは心配よ! 女を惑わす気満々じゃない!」
「女を惑わすって……そんなつもりないけど?」
雑巾掛けや運動しているのは身体を鍛え、破滅フラグ回避に備えるため。
それに悪役転生した主人公なら、必ずやっていることだ。
その過程でちょっとでも好感度上がればいいとは考えてはいたけど……。
結局、効果はなかったけどね。
にしても、女性を惑わすだなんて……そんな狙いはもちろんないし、僕ができるはずがない。
そういうのは、原作か主人公やイケメンの特権だ。
僕のような悪役は関係ないことだ。
「れーくんがそんなつもりなくても、実際そうなっているのっ!」
「……母さん? 少し過保護気味じゃないか?」
メイドさんたちやボディーガードさんの件も合わさって、さすがの僕も口に出した。
そんな僕の言葉を聞いても……母さんの真剣な雰囲気は変わらない。
「れーくんは気づいていないかもだけど……。れーくんの無防備は、今まで恭子ちゃんという優秀なメイドが傍にいたからこそ、なんとかなっていたの。それでも、ギリギリのギリギリギリだけど……」
歯軋りする勢いぐらいのギリギリじゃん。
「でも、そんな恭子ちゃんは学園にはいないのよ?」
「……まあ、確かに」
僕は頷く。
この言葉は、母さんの言う通りだと思う。
元の玲人も今の僕も恭子さんにはすごくお世話になっている。
そんな恭子さんは学園にいない。
頼れる存在がいない。
これからは1人で何とかしないといけない。
学園という本編に向けて、本腰を入れないといけないとね!
「だからね? 女の子に簡単に優しくしちゃダメなの」
だからといって……その言葉の意味が分からない。
優しくしたらいけないってことある?
ましてや、母親から言われるんだよ?
だったら――
「女の子はね、優しくされたらすぐに――」
「じゃあさ、僕が母さんやメイドたちに優しくするのもダメってことになるけど……それでもいいの?」
母さんの言葉を遮ってしまったが、僕は冷静に告げる。
だって、母さんたちもその女の子……女性である。
「え……。れーくん……?」
「母さんの話の理屈から言えば、母さんもメイドたちも優しくしちゃいけない対象に含まれるよね?」
「「「!!」」」
母さんとメイドさんたちが揃って、驚愕のリアクションをした。
「……だ、ダメ! ママはれーくんのママだから特別なのっ! ママには今みたいに優しくしてっ!!」
母さんが必死な声のトーンで言う。
というか、目の端には薄らと涙が……。
その横では、母さんの気持ちに賛同するように、メイドさんたちが頭が取れそうなくらい首を縦に何度も振っていた。
ほら、やっぱりね?
優しくしないとダメだよ。
人間、優しいことは取り柄になるぐらい大事だからね!
まあ、彼女とか婚約者が「私だけに優しくして!」って言うのはわかるけど……。
「母さん。僕は相手に優しくしてほしいなら、まずは自分から優しく接するべきだと思う」
「うぅ……そうだけどぉ。でも、れーくんは大切な男の子でぇ……」
「母さん?」
「ううぅ……。れーくんに真顔で見つめられたらママは……。じゃ、じゃあ! せめて、気をつけてすこーし……少しだけ学園の女の子たちには優しくしてね?」
母さんは納得いっていなそうだが、とりあえずはそう言ってくれたのだった。
やっぱり悪役のママだから、悪役の息子を破滅フラグへと導くような発言をする設定になっているのかな?
じゃあ、女の子に優しくしちゃいけないって言うのは……聞かなくてもいいよね!
「でも、僕のことを心配してくれてありがとうね、母さん」
「う、うん……。えへへ、れーくんに感謝されちゃったっ」
母さんが頬を緩めた。
こうやって嬉しそうにしていると、こっちも嬉しくなるよね。
うん、やっぱり優しくしないとね!
◆◆
入学式が始まった。
校長先生と呼ばれた綺麗な女性が壇上に立ち、マイクを握って語り始める。
その話の中で……何故か、女子率が高かった理由を、僕は察した。
「我が荘帝学園は、昨年度から男女共学化へと移行いたしました」
ふむふむ、なるほど……。
だから敷地を歩いている時に、あまり男子を見かけなかったんだな!
「昨年度は男子生徒がゼロでしたが……今年はなんと、《《8人》》もの男子生徒に入学していただき、嬉しい限りです」
――8人。
「……たったの8人?」
思わず小声で呟いた。
でも、つい最近、男女共学化したらしいし……まだ知られていないのかな?
それに、ラノベや漫画の中だと男女共学化になったという設定はあるあるだ。
その中で、男女共学となったことで倍率が凄く上がっている〜的なことはあったけど……。
実際は、そんな学園に入るなんて勇気がいることだろう。
だって、男子が少ないのは分かりきっていることだし、男子が肩身の狭い思いをするのは目に見えている。
さらに、友達からは「お前、絶対女子狙いだろ〜」って揶揄われるに違いない。
よって、男子がこうして少ないわけ。
うん! 絶対コレだよ!
それに理由はどうあれ、男子校出身の僕としては、可愛い女の子たちに囲まれた学園生活は憧れだった。
そんなことを考えているうちに……校長先生の挨拶が終わっていた。
最初だけしかちゃんと聞いていなかったや。まあ、大丈夫でしょ。
続いて、『新入生代表の挨拶』という進行役の女性のアナウンス。
と……ここで僕は思うんだ。
悪役転生モノに限らず、学園ラブコメモノでも、物語の入学式の挨拶をする美少女は大抵、メインヒロインである。
つまーり!
ここで壇上に上がった人物こそが……関わるか、関わらないかによって、僕の運命を左右するという重要人物と言っても過言ではない。
でも最初は……様子見だよね。
学園生活の始まりの日から話しかける、話しかけられるなんてフラグになるにもほどがあるからね。
入学式の悪役転生主人公だって、どっしり構えているのだ。
僕もそのスタイルでいこう。
さあ、メインヒロインの1人はどういう子なんだろう――
「――新入生代表。《《二条菜子》》さん」
「はい!」
亜麻色の髪の女の子がハッキリとした返事とともに、立ち上がる。
二条菜子って……その子、僕知っているよね?
知っている名前が呼ばれて、知っている容姿の美少女が壇上へ上がっていく。
ええっと……。
メインヒロインを専属メイドにする選択をした僕って……大丈夫そう??
◇簡単な人物紹介◇
羽澄玲人(転生後)
黒髪黒目の容姿であり、悪役転生したと思い込んでいる奴。
しかし実際には……男女比がバグって、男が貴重とされる『貞操逆転世界』に転生した。
原作も破滅フラグもないが……貞操の危機はじわりじわりと迫りつつある。




