第11話 悪役として、本当の物語が開幕する(違う)
恭子さんが引き続きメイド長に。
菜子ちゃんが新たに僕の専属メイドになる件は、二条家の家族会議ではちょっと引っかかったみたいで……。
翌日には、2人の母親である真紀さんという女性が屋敷を訪れた。
唇の下に小さなほくろがある美人さんで、その端正な顔立ちは恭子さんや菜子ちゃんに見事に受け継がれている。
二条家皆、美女と美人で凄い。
しかしながら、まさか母親が乗り込んでくるとは思わなかった。
真紀さんは……きっと、娘2人がメイドとして僕こと、羽澄玲人に仕えることに異議を唱えに来たのだろう。
母親なら2人が僕のことを嫌っていることは察しがつくだろうし、娘たちが嫌っている男のもとで働くとなれば、親としては心配するのは当然……。
しかし、僕としては恭子さんと菜子ちゃんにメイドとして傍にいてもらわないといけない。
何故なら2人はこの世界において、重要なキーパーソンだろう。
ましてや、ヒロインなのかもしれないのだから。
僕が聞き手側に回ってしまえば、長時間の対決になるだろう。
僕の破滅フラグにも関わってくるかもしれない。
なので……僕は、先手を打つことにする。
メイドさんに広いリビングに案内された真紀さんが、椅子に座ったの見てから……。
「どうか、2人のことを僕に託してください。酷い思いはさせません。幸せにします! どうか、お願いします!」
「!!」
僕は立ち上がり、深々と頭を下げた。
先手とは、シンプルイズベスト。
誠意を見せるのだ。
ただ、一対一の場面とあり……さすがの僕も緊張していた。
今、自分が言ったことが思い返せないぐらいには。
まあ、変なことは言っていないと思うし、大丈夫だろう!
「……玲人様。どうか顔を上げてください」
そんな柔らかな声色が聞こえて、顔を上げる。
真紀さんはひと呼吸、置いてから……。
「恭子も菜子も私の大切な娘です。2人を……どうか、どうか末長くよろしくお願いいたします!」
今度は真紀さんが立ち上がり、深々と頭を下げた。
それから顔を上げた真紀さんの目の端には……涙が浮かんでいた。
娘2人が嫌いな男の元に行くからね。
そりゃ、涙も出るだろう。
でも、ちゃんとOKの言質は取りましたからね!
発言は取り消せませんよ!
けど、末長くってなんだろう?
そんなに長い間、2人のことを僕に預けてもいいのだろうか?
何はともあれ、これで母親公認で2人は僕のメイドとなった。
そして、時は流れ……春を迎え。
荘帝学園入学、前日になった。
そのお昼過ぎのこと。
「おお……荘帝学園の制服、かっこいいじゃないか」
さっき届いたばかりの制服に袖を通し、大きな姿見に映った自分の姿を見て……僕は口元を緩めた。
黒色のブレザーに、その胸部分には王冠をモチーフにしたエンブレム。ストライプのネクタイに下は、青色を基調としたチェック柄のスラックス。
見た目は、前世の高校の制服と変わらないが……着心地は断然こっちの方がいい。
肌触りは優しいのに、身体にフィットする感じだ。
素材が高級なのか?
荘帝学園は格式高い学園なのかなぁ。
でもまあ……。
「似合っているじゃん、僕」
その制服を着こなしているのは、サラッとしたセンター分けの黒髪に健康的な体つき。
背筋が伸び、堂々と立っている少年だ。
好感度上げとしての効果はなかったものの……雑巾掛けやトレーニング部屋で適度な運動は今でも続けている。
そのおかげで、身体には程よく筋肉が付き、早寝早起きの健康的な生活をしていたので目の下のクマも消えた。
悪役あるある不健康デブまっしぐらルートは回避できたね!
鏡に映る自分を見て、少しは成長したと頷く。
今ではすっかり馴染み、使いこなしているこの身体。
僕はもう、羽澄玲人として生きるって決めたからな。
……たとえ、破滅フラグ満載の悪役だとしても。
でも、できればここがどんな世界でどういうシナリオになっているかだけでも早く知りたいなぁー。
だけど一向に、思い出す気配がない。
おかしいよね?
僕は、絶対に悪役転生したはずなのに……。
まあ、そのうち思い出すと信じよう!
「そういえば、学園での振る舞い方を決めてなかったなぁ」
恭子さんの好感度を上げることが最重要だけど、学園に通うとなれば、そこでの振る舞い方も重要になってくる。
とりあえず、破滅ルートにいかないようにするとして……周りとはどう接しようか。
そして……ヒロインと主人公を見つけたらどう関わるか。
「ふむ、考えることが多くなってきたなぁ」
と……コンコン、と自室の扉がノックされた。
「ん、入っていいよー」
そう返事をすると、扉が開いて……いつも通り、メイド姿でクールな表情の恭子さんが一礼してから入ってきた。
「失礼いたします、坊ちゃま。……もう制服を着ておられるのですね」
「まあね。ちゃんとサイズが合っているか確認したいし。どう? サイズ合ってる?」
「少し大きめな気もしますが、成長期のことを考えればちょうど良いかと」
「そうか」
恭子さんもそう言ってくれていることだし、見た目には問題なし!
ポジションは悪役で問題アリだけど!
「その……坊ちゃま」
「ん?」
恭子さんが何やら僕のことをジッと見ていて……。
あれ? やっぱり変なところあったとか?
「坊ちゃま。制服姿……とてもお似合いですよ」
「!!」
恭子さんが微笑を浮かべながら言い、僕は思わず、目を見開いた。
……恭子さんが褒めてくれた。
思えば、面と向かって褒められたのは初めてな気がする。
もしかして、少しは好感度が上がっていたり……。
「では私は、午後から休暇をいただいていますので」
次の瞬間には、恭子さんはキリリとした表情に戻った。
「あ、ああ。菜子にもよろしくな」
「はい。ではこれで失礼いたします」
恭子さんはそうして速やかに部屋を出た。
うん、やっぱり好感度は上がっていないね。
それに「似合っている」っていうのは、お世辞とかでよく使う言葉じゃないか。
勘違いしたら、いけないいけない。
でも、美人さんに褒めてもらえると……ちょっと嬉しくない?
ちなみに、恭子さんは明日の午前中も休暇を取っている。
何故なら、明日は……菜子ちゃんの入学式でもあるから。
菜子ちゃんは僕と同じ荘帝学園に進学することを決めたみたいだ。
さて、いよいよ明日から学園生活が始まる。
相変わらず、ここがどんな世界で、どんなシナリオかは分かっていないものの……今日は入学式前日。
多分、ここまでがプロローグ的なものだろう。
学園生活が本編ってところだ。
「よーし、やってやろうじゃないの! 破滅フラグなんて全部へし折って、楽しい学園生活にするぞー!」
姿見に映った制服姿の自分に、改めて大きく頷くのだった。
学園編スタートです。




