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第10話 悪役転生じゃなければ、楽しめたのに(違う)

 屋敷に戻ると、僕たちは広いリビングに集まった。

 

 テーブルを挟んで座る僕の向かいには、クールな表情の恭子さんと、その隣には緊張気味な妹ちゃんいる。


 恭子さんの艶やかな銀髪とは対照的に、妹ちゃんは柔らかな亜麻色の髪。


 髪色は違うけれど、よく見ると顔つきはどこか似ているかも?


「改めて紹介いたします、坊ちゃま」

 

 おっと。始まるようだ。

 僕も気を引き締めねば。


「この子は、私の妹の二条菜子(なこ)と言います」


 恭子さんがきりっとした声で告げると、妹ちゃんが小さく会釈しながら口を開いた。


「に、二条菜子です。よろしくお願いします……!」


 へぇ、菜子ちゃんだって。可愛い名前だね。

 

「そうか、菜子か。僕の名前は羽澄玲人だ」

「あ、はい……知ってます。というか、昔会ったことがありますよね?」

「昔?」


 僕は首を傾げる。

 

 えっ、そうなの?


「羽澄家と二条家は、母親同士が大学時代からの付き合いがあって……それもあって、私たちは幼い頃に会っているです。覚えていませんか……?」


 えっ、そうだったの!?

  

 しかも、幼い頃に会っているってことは……僕と菜子ちゃんって、幼馴染ってこと!?


 なら、ますます僕って嫌われているじゃん!


 恭子さんの方にも、チラッと視線を向ける。


「菜子の言う通りでございます。私も坊ちゃまとは昔にお会いしております」

 

 恭子さんがクールな表情でそう返す。

 

 だよね。妹の菜子ちゃんが幼馴染なら、姉の恭子さんとも幼馴染だよね!

  

 ここにきて衝撃の事実。


 この姉妹……もしや、この世界においてのメインヒロインなのかな?

 幼馴染って大体、ヒロイン枠だよね?


 その2人に初手で嫌われているって……結構詰んでない?


「あの……玲人様?」


 菜子ちゃんが困惑した表情で僕を見る。


 おっといけないけない。

 表ではちゃんと悪役の雰囲気を演じなければ。


「そうなのか。実は、先週辺りに頭を強く打った影響で僕は記憶が曖昧になっていてね。昔のことは……覚えていないんだ。すまない」

「あ、いえ……」


 まあ、嫌いな奴に覚えられても嬉しくないよね。


 それからはお互いに無言が続いたが……次に口を開いたのは、恭子さんだった。


「それにしても、菜子。貴方、今日は行き方を確認するために友達と一緒に荘帝学園に行くって言ってなかった?」


 おっと、姉妹トークかな。

 なら、僕は紅茶でも啜っていよう。


「ああ、うん。そうだったんだけど……。その子から今朝、微熱気味って連絡がきて……。受験も近いし、無理させるのも悪いと思って、今日は家で安静にしてもらったの。だから私1人で来たんだ」

「そうだったのね」


 へぇー。そうなんだ。

 

 今は受験シーズンだし、たとえ微熱でも慎重になった方がいいよね。


 それにしても、菜子ちゃんは荘帝学園を受験するつもりなんだ。


「玲人様は推薦枠で荘帝学園に入学することが決まってますよね?」

「うむ、まあ、そうだな」


 僕は受験した覚えはないけど……。


『――男女共学校への入学だけは変更できませんよ?』


 恭子さんもそう言っていたし、元の玲人が推薦受験をして、先に受かったのだろう。

 

 えっ、玲人って頭いいの!?

 僕は、頭はあまり良くないからこれから勉強も頑張らないとなぁー。


「私は来週、一般受験なんです。だから今日は下見にきたけど……まさかナンパされるなんて、想定外でした」

「貴方はいつもナンパされるでしょう」

「そうかなぁー? でも、お姉ちゃんが来てくれなかったら、どうなっていたことやら……。お姉ちゃん、私が昨日送ったメールを見て荘帝学園に来てくれたんでしょ?」

「それは……」


 ん? メールって多分、恭子さんが初めに言った、菜子ちゃんが友達と一緒に荘帝学園に行くってやつかな?


 そういえば、恭子さん……。


『僕が通うことになっている学園に向かってほしい』

『っ! ……はい。分かりました。では向かいます』


 僕が学園に行きたい言ったあの時、返しに変な間があったのは、菜子ちゃんのメールのことがあったからか?


 もしかして、あとで1人で菜子ちゃんに会いに行くつもりだったのかな……。


「お姉ちゃん……?」

「すまない、菜子。恭子は僕のワガママで学園に向かってもらっていたんだ」

「そ、そうなんですか……。でも偶然だとしても、あの時来てくれて私は助かりました。ありがとうございます」


 菜子ちゃんは明るくそう言ってお礼を言った。


 でも、次の瞬間には……真剣な表情になっていた。


「玲人様……あの、お願いがあります」

「ん? 何だ?」

  

 なんだが重要なことを言われる予感がする。


「本当は、受験が終わってから言いに行こう思っていましたが……。こうして会えたのも何かの縁なのかもしれません。なので、今言わせてもらいます」


 菜子ちゃんとはひと呼吸した後……。


「私を、この屋敷のメイドとして雇っていただけませんか?」


 菜子ちゃんの言葉に僕だけでなく……恭子さんも目を見開いた。


 この流れは、ラノベあるあるの「助けられたから恩を返したい!」と思いがちだが……僕は勘違いしない。


 僕は悪役に転生したのだ。

 

 これは……。


「ふむ、話を聞こう。その代わり、今の言葉はちゃんと言い直してもらおうかな。真の目的があるのだろう?」

「っ!」


 僕の言葉に菜子ちゃんはビクッと肩を震わせた。


 おそらく僕の勘は当たっているのだろう。


 菜子ちゃんは深く息を吐いてから……僕を真っ直ぐ見据えた。


「私が姉の代わりにメイドとして働きます。なので、姉を自由にしてください」

「な、菜子!」


 やっぱり、菜子ちゃんの狙いはそれか。


 そりゃ、大切なお姉さんが僕のようなセクハラ野郎のところにいるのは不安だよね。


 とはいえ、僕としては恭子さんに辞められては困る。


「僕が嫌だと言ったらどうするの?」

「それは……」

「まあ、そう簡単に引き下がる感じではないよね?」

「は、はい」


 菜子ちゃんが力強く頷く。

 うん、姉想いのいい子だよ!


「坊ちゃま。この子にはメイドなど務まりません。どうか、今の話は聞き流してくださ――」

「お姉ちゃんは邪魔しないで!」


 恭子さんが僕にそう言うが、菜子ちゃんが言葉を遮った。

 その勢いに恭子さんが一瞬たじろぐ。

 

 が……恭子さんは冷静さを取り戻し、険しい表情で菜子ちゃんを見つめた。


「菜子……」

「あ、その……ごめんなさい、お姉ちゃん。強い言葉を使って……。でも私、決めたから」


 菜子ちゃんが恭子さんと向き合い、見つめる。


「《《あの人》》が出て行ってからも、理不尽な苦労は続いた。お母さんもお姉ちゃんも一生懸命働いているのに……私だけ何もしていないなんておかしいよっ」

「菜子、それは違うわ。私もお母さんも自分の意思でやっているの。だから貴方だけは何も考えないでいいの。今まで通り楽しく過ごして……」

「自分の意思だとしても、お母さんとお姉ちゃんが苦労しているのは事実でしょ! それに、家が金銭的に厳しいっていうのも分かってる。私だって、家族の一員だよ? なのに、私だけ何もしていないで楽しくなんてできないよ!」

「菜子、そんなこと……」


 恭子さんが言い返そうとするが、続きは出てこない。

 

 ただ、静かに菜子ちゃんを見つめていた。


「……ふむ」


 僕は腕を組みながら、2人のやり取りを静かに見守っていた。


 いや……うん。なんか僕がここにいるのが申し訳なってくるよね。


 しかし、この姉妹……いや、二条家には何か事情があるね。

 それに、あの人っていうワードも気になるし。


 二条家の行方が、僕の破滅フラグとも関係していそうだ。


 ならば、ここは――


「――言い合いは終わったか?」

「「っ!」」


 僕が声を掛けると、2人はハッとしてこちらを向いた。


 二条家の過去に何があったのかは後で聞くとして……。

 たとえ、それを聞いたとしても僕のこの選択は変わらないだろう。


 ならば、先に言おう。


「今の話を聞いて、僕からも提案がある。恭子には引き続きメイド長を務めてもらうが……菜子には新たに僕の専属メイドとして働いてもらうのはどうだ?」

「「!!」」


 僕の言葉に、2人は同時に反応した。

 

 恭子さんは大学に行きながら、メイド長も僕の専属メイドもしている。

 思えば、負担が大きすぎるのだ。


「玲人様……いいんですか?」

「ああ。姉の負担を減らしたいという菜子の気持ちは理解した。それなら、君自身が恭子を支える形でこの屋敷で働くのが1番だ。恭子の代わりに僕の専属になってもらうことになるけど、いいな?」

「! はいっ」


 菜子ちゃんは僕の言葉に大きく頷いた。


 さて、次は……納得がいっていないであろう恭子さんだ。


「坊ちゃま……」

「恭子。僕は君たち姉妹のことをよくは知らないが……少なくとも、菜子が姉想いのは分かった。そして、彼女は姉のためを想うが故に、無茶をしそうな気がする。恭子が1番分かっているのでは?」

「それは……」

「なら、せめて目の届く範囲のところで働いてもらったほうがいいとは思わないか? だから僕は菜子に専属メイドをしてもらおうと思うのだが」

 

 恭子さんはしばらく口を閉じていたが……やがて静かに頷いた。


「……承知いたしました」

「これで決まりだな。この件については、母さんにも話を通しておく」


 僕は紅茶を飲み干し、立ち上がる。


「あとはゆっくり話し合ってくれ」

 

 去り際にそう残して、部屋を出た。


 廊下を歩きながら、ふぅと大きく息を吐く。


「いやー、緊張したー。でも、これが正しい選択だったのかなぁ」


 あの場は収まったとしても、結果的には、僕を嫌いな2人がメイドとして働くってことになったわけだからね。


 恭子さんと菜子ちゃんという美人姉妹がメイドをしてくれているという最高の展開。


 これが悪役転生じゃなかったら、もっと楽しめたのになぁー。




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