009 一方その頃 聖剣の勇者、山の異変を調べる
異教の神殿、その近くの街。
聖剣に導かれし勇者アーク・シェインナとその仲間たちは、街で聞き込みをしていた。
「そう、それで山からいきなり巨大な炎が……! もう天変地異が起こったのかと思ったわ!」
「あの山には異教の廃神殿があるって話だろ? 信心深いやつなんかは邪神復活の前触れだなんだって騒いじまってるよ」
「なるほど……お話いただき、ありがとうございます」
街で商店を営む夫婦に話を聞く。
二週間ほど前、異教の廃神殿があるという山から突然巨大な炎の柱が上がった。
さらにはその数日前からあの“禁忌の魔術師”ラグルス・ヴィア・ヴォロスの姿が目撃されていたというのだから、調査をしない選択肢はない。
異教の廃神殿。邪神に仕えるものたちがかつて人々を拉致し、生贄や人体実験の素体として扱った場所だ。
主神教の聖騎士たちにより事件が解決されて久しいその廃神殿にいったい彼は何の用があったというのだろう。
腰の聖剣に触れながら、勇者は考えた。
*
「ラグルス・ヴィア・ヴォロス……! 必ずこの手で奴を仕留めてやる……!」
「ええ。絶対にあたしたちであの男を倒すのよ」
ひととおり調査を終え、あまり成果を得られずに宿へと帰った夜。
仲間の1人である姫騎士の女が体の底から唸るような声で言う。
姫騎士は元々ラグルスが一夜で滅ぼしたという国の姫であった。親兄弟を、民たちを殺された姫騎士の憎悪は計り知れない。
姫騎士が復讐の炎を燃やしそれに魔術師の女が同調するのを眺めながら、勇者アークはラグルスの事を考えていた。
ラグルス・ヴィア・ヴォロス。多くの人々に、絶望と憎しみと悲しみを振りまいた男。
彼だけは絶対に生かしてはおけない。
*
そして日が昇り、勇者一行は山に入って調査をすることにした。
ふもとから見た山は静かでつい最近異変があったようには見えない。
特に問題も、あるいは手がかりもなく一行が探索していると、姫騎士が地面に何かが落ちているのを見つけた。
「これは……チェーン?」
それはちぎれてしまったチェーンの一部であった。
「いったいどうしてこんなものが?」
「このチェーン……見覚えがあるぞ……!」
姫騎士が声をあげる。
いわく、このチェーンは今回は不在だったため連れてこなかった学者の男の眼鏡についていたものだという。
「それは確かなのか?」
「この特徴的な装飾は他では見たことがない。間違いなくこれはあいつのものだ!」
断言する。そうとう自信があるようだ。
もしそれが本当なら、学者はこの山に来ていたということになる。
そして何か眼鏡のチェーンが破損するような事が起きたのだ。
「もし……もし、彼があのラグルスと遭遇していたとしたら…………?」
「! まさか、あいつはもう……?」
脳裏に最悪の事態が浮かぶ。もしもラグルスと遭遇し、戦闘になっていたら。
学者の男1人ではラグルスに到底かなわないだろう。
「弱気になっちゃダメよ! きっとアイツは生きているわ!」
「……そうだな。仲間の私たちが信じてやらなければ。あいつはそう簡単に死ぬような男じゃない」
「ああ。きっと彼は生きている……!」
仲間たちで励まし合う。
……だがもし、彼があのラグルスに殺されていたら。絶対に許さない。
勇者は聖剣の柄に触れながら、眉を吊り上げた。
*
とある小さな王国。その首都には、大陸一の蔵書量を誇る大図書館があった。
ここには通常の書物のみならず個人の日記や些細な記録など、およそ書き物と呼べるものであれば手当たり次第に収集されているのだ。
その大図書館の中で、学者の男は寝食を忘れ書を読みふける。
この大図書館は特殊な立ち位置にありあまり国の、あるいは組織の政治的影響を受けない。
そのため先入観なしにラグルスや彼のかかわった事件について調べられる資料があるかもしれないと考え、男はここに訪れていたのだ。
——ラグルス・ヴィア・ヴォロス。彼の事を、調べられるだけ調べてやる。
男はある種の使命感に燃えている。
眼鏡のチェーンが切れている事も気づかず、何もかもを、仲間たちへの連絡も忘れ、ひたすら調査に明け暮れた。