008 1-2-5 悪役の“死”の魔術
『ずいぶんと悠長な事だ』
彼女の声ではない。もちろん石像のものでもない。
その声は、確かに彼女の体の奥底から聞こえていた。
『魔力の使い方がまるでなっていない。無様だな』
声が彼女を冷淡に侮辱する。
『……少し手伝ってやる。魔術とは何か、せいぜいその足りない頭に焼き付けておけ』
声がそう言うと、ラグルスの腕が石像に向けて持ち上がった。彼女ではない。
「『死よ、かの者の安寧よ』」
手のひらが石像に向けられた。口から彼女のものでない言葉が溢れる。
ラグルスの目の前に片手で握り込み隠せるほど小さな黒い球が現れた。
魔力が高まっていく。その高まりに反して黒球の大きさは変わらず、力が一点に収束する。
恐ろしいほどの魔力の流れ、そして形として現れた“死”そのものに圧倒され、石像も彼女も反応できない。
圧縮された力の塊が放たれる寸前、彼の腕は少しだけ下げられ手のひらの先は石像の足へと向けられた。
「『ひと時の救いを与えよ』」
放たれた黒球が石像の足をとらえた。
そして永遠にも感じられる一瞬が過ぎた後。
石像の足が破砕した。
それは黒い塵となり、空気に溶けるように消えていく。
どしん、と石像が倒れ込んでようやく彼女は我に返った。もう声は聞こえない。
体には先ほどの魔術の感覚がかすかに残っている。
彼女が石像を見ると、石像はその翼でもって今まさに飛び上がるところだった。
「……!」
聖物を守る役目を放棄するほどにあの魔術に恐怖したのだろうか。
彼女が跳躍し吹き抜けから神殿の上に出ると、石像はすでに十数メートル上を飛んでいる。
それを見た彼女は、口元に笑みを浮かべたのだった。
*****
【生きたい】悪役魔術師ラグルスになった女のスレ 2
580:1 ID:V1lLa1n+
こうしてラグルスくん(多分)の放った†死の概念†を扱ったつよつよ魔術に恐怖した石像は飛び上がって神殿から逃げたわけです
その行動が死亡フラグとも知らずに————
[動画ファイル]
581:名無しの転生者さん ID:rhYvCLnL
短剣符やめれ
583:名無しの転生者さん ID:qJfRGTx3
>>580
お前はいちいち茶化さないと死ぬのかw
585:名無しの転生者さん ID:5PZyVgBL
>>580
屋外逃亡はつよつよ魔術フラグだからな
588:名無しの転生者さん ID:RCUT9dEx
石像くん超火力でジュワッ!ってされてて草
今までの苦労が馬鹿みたいだな
591:名無しの転生者さん ID:Ldh7TgdZ
>>580
イッチこのとき脳内で処刑用BGM流してそう
584:名無しの転生者さん ID:265chUaK
しかしご本人登場か
胸が熱くなるな
590:名無しの転生者さん ID:Ldh7TgdZ
本人とは会話とかできるん?
593:1 ID:V1lLa1n+
>>590
人をボロクソにdisったあとは話しかけてもうんともすんとも言わない
なんだったんだ一体
594:名無しの転生者さん ID:ZaYM4VEH
>>>593
一応「魔術のお手本を見せるから参考にしてね♡」ってことなのでは
596:名無しの転生者さん ID:Mc9G8tiy
>>593
あれじゃね
クールなライバルキャラがなんかピンチの時に「今回限りだ」とか言って助けるやつ
597:名無しの転生者さん ID:qJfRGTx3
>>593
なんか冷徹な敵キャラが一時的に協力してくれるヤツ
599:名無しの転生者さん ID:RCUT9dEx
>>593
「次に会ったときは敵同士だ」とか言うやつ
600:1 ID:V1lLa1n+
>>599
次に会った時も何も同じ体の中に同居してるんですが……
あと聖物はハズレでした!残念!
601:名無しの転生者さん ID:NOyRit2T
あらら~
604:名無しの転生者さん ID:fa1nEB/X
まあ次行こ次
605:1 ID:V1lLa1n+
さて、今から信徒たちの様子を見に行かないといけないんだけど……
行きたくない……気まずい……逃げたい……
608:名無しの転生者さん ID:5PZyVgBL
>>605
そういうのは時間あけるほどやりづらくなるから早く行け
609:名無しの転生者さん ID:Samw2rAi
>>605
きっと信徒たちも感謝してるでござるよ
611:名無しの転生者さん ID:NOyRit2T
まあ聖地とりもどせたし大丈夫っしょ
620:1 ID:V1lLa1n+
長おじ「ラグルス様!」
信徒「ご無事でしたか!」
大丈夫そう……?
623:名無しの転生者さん ID:NOyRit2T
やっぱり大丈夫じゃん
624:名無しの転生者さん ID:5PZyVgBL
>>620
よかったな
628:1 ID:V1lLa1n+
私「気にならないのか?……俺はラグルス・ヴィア・ヴォロスだぞ」
長おじ「……我らの神は、事実を否定するなと説いています。」
長おじ「確かに、禁忌の魔術師のお話はうかがっております。事実なら恐ろしいとも思います」
長おじ「しかし、その話が事実であれ、あなた様が我らに聖地を取り戻してくれた救世主であることもまた事実です」
信徒「我らがラグルス様に感謝しない理由はありません!」
ありがたい……けどこの人たち大丈夫か?
警戒心とか足りてなくね???
なんか感謝されて異教に伝わる宝物とかいうペンダントまでもらったんだけど
命を救ったとかいう伝説が伝わってるアイテムらしい
実際どのくらい効果があるかわかんないけど保険にって
632:名無しの転生者さん ID:RCUT9dEx
そこは普通に感動しとけよ
633:名無しの転生者さん ID:qJfRGTx3
>素直に感謝を受け取らせてくれない自動補正くん
こんなん言ってたのにお前もこのざまか
635:名無しの転生者さん ID:5PZyVgBL
>>628
お前も素直に感謝を受け取っとけ
638:1 ID:V1lLa1n+
まあ……うん……受け取っとく…………ちょっと照れるけど……
とりあえず眼鏡がまだスヤスヤ中のうちに信徒たちに挨拶して立ち去るわ
*****
眼鏡の男が目を覚ました時、すでに神殿のダンジョン化が治まりそこにラグルスの姿はなかった。
よほど長時間眠っていたのか、まるで靄が晴れたかのようにとても頭がすっきりとしている。
「目が覚めましたか、学者の方」
上体を起こした男に気づいたのか、信徒たちの長が話しかけてくる。
長は柔らかい口調で男の調子を聞いてくるものの、信徒たちのうち数人ほどが男に少し冷たい目を向けているような気がした。
「……奴はいったいどこに?」
「ラグルス様は、我らに聖地を取り戻してくださったあと、すでにこの地を発たれました」
どうやら男の意識がないうちに全て終わっていたらしい。
「あの方は、あなた様の治療も施してくださいました」
「あの男が……」
奴がそんなことをしたなどにわかには信じられない。しかし男の怪我のひどさを思えば、あの時治療ができたのはラグルスぐらいしか考えられなかった。
「学者の方。我らはラグルス様のことを詳しくは知りません。きっとあなた様の方がよく知っておられるのでしょう」
長が男の目をまっすぐに見つめる。
「あの方は、あなた様にとって極悪人なのかもしれません。ですがあなた様を治療し、我らを救ってくださった。その事実だけは、どうか事実として受け止めてはくれませんか」
「…………」
……"事実は事実として受け止める"。
ラグルスは戦闘中も信徒たちを気遣い、男を治療し、最後には彼らの聖地を取り戻した。男の妄想——ラグルスが自分たちをなぶり殺そうとしている——は誤り。
男はその事実を、受け止めなければならないと思った。
相変わらずラグルスの考えはわからないが……これから彼のことを確かめたい。
男はそう考え、神殿をあとにするのだった。