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003 一方その頃 聖剣の勇者、森を調べる

 彼女が聖物探索へと旅立った数日ほど後。ラグルスの拠点近く、森と街道との境界にて。

 柔らかな金髪に優しげな緑の瞳、腰には美しい装飾を施された白い剣をたずさえた青年——聖剣に導かれし勇者アーク・シェインナとその仲間たちがいた。

 彼らは彼女の魔術によって盛大にえぐれた地面を見て驚愕している。


「かなりの規模の高位魔術よ……悔しいけど、こんなことができる奴なんてアイツ以外には誰一人いないわ」


 そこに残された魔力痕を見て今回連れてきた仲間の1人、魔術師の女が顔を歪めツインテールを揺らしながら断言する。

 アイツとはもちろんあの悪名高い“禁忌の魔術師”ラグルス・ヴィア・ヴォロスのことである。


「こんな魔術を使うとは、奴はいったいここで何をしていたんだ……?」


 勇者アークがつぶやいた。

 "禁忌の魔術師"ラグルス・ヴィア・ヴォロス。

 奪った命の数に比例して力を得ると噂される禁術に手を出し、一夜にして国ひとつを滅ぼした男。

 少し前に仲間の助けや持ち前の幸運、その他多くの要因により辛くも勝利したものの取り逃した相手だ。

 その後音沙汰が無かったが近くに奴の拠点があるという噂を聞き、勇者アークは数人の仲間と共にこの森へと足を運んでいた。


 拠点であったらしき建物はすでにもぬけの殻で、何故か天井に少量の血痕があること以外は何の情報も得られなかった。

 せめて何か痕跡のひとつでもないかと周囲を探索しこの大規模な破壊行為の痕を見つけたのである。


「アイツの目的はわからないけど……きっとまた何か企んでいるんだわ」

「何を企んでても、オレたちで奴の計画を防いでやろうぜ!」


 魔術師の女が不安がり、剣士の男がやる気をみせる。

 

「そうだね。次こそは、彼を止めてみせる」


 勇者はそう言って腰の聖剣に目をやった。今度こそは、この聖剣で、彼を——。

 

 するとそこに仲間の商人がやってきた。


「勇者さま! 禁忌の魔術師に出会したという人物を見つけました!」



  *



 森を抜けてすぐの街、その商業ギルド。

 ギルド3階にある応接室で、勇者たちはラグルスに命を助けられたという子爵令嬢に話を聞いていた。

 そして令嬢に“禁忌の魔術師”ラグルス・ヴィア・ヴォロスの人となりを伝えたのだが。


「彼はわたくし達を助けて下さったのです! そのような方ではないと我が子爵家の名にかけて断言いたしますわ!!」


 応接室に令嬢の声が響く。

 かの子爵令嬢は憤慨していた。令嬢からしてみれば命の恩人、しかも惚れた相手を悪く言われたのだから当然のことだろう。

 令嬢の従者や護衛たちは流石にラグルス・ヴィア・ヴォロスの名を聞いて勇者たちに反論しようとはしなかったが、恋する令嬢を宥めることもできないようだ。


「お話はわかりましたが……今までの彼の行いを考えると、その」

「何か奴にされたとか奪われたとかねえのかよ?」


 令嬢に気を遣いながら話す勇者をさえぎり、短気な剣士が令嬢を問い詰める。

 あのラグルスが人助けなど彼にはとうてい信じられなかった。


「奪われたものならありますわ」

「何だと!?」


 ガタリと音を立て、剣士が思わず立ち上がる。

 

「それは…………わたくしの心ですわ……!」

「えぇ……?」

「冷たさを感じさせながらも奥底に情熱を伺わせるタンザナイトの瞳、口ではこちらを突き放しても行動に垣間見える優しさ……! 魔術の腕も、新雪のように輝く髪も、全てがわたくしの胸を締めつけるのです……!」


 令嬢の瞳は潤み、頬は紅潮し、いかにも恋する乙女といった様子だ。心を奪われたというのは本当のことだろう。

 ふわふわとしたピンクの髪にぱっちりした瞳がかわいらしい令嬢の、その蕩けた顔を見れば多くの男たちが夢中になるだろう。

 だがそんな令嬢が惚れたのはよりによってあの“禁忌の魔術師”である。

 勇者たちは困惑した。


「あの子爵家といえば、大陸中に支店のある商会の経営者よね?」

「爵位こそ子爵ですけど、そこらの高位貴族よりもよっぽど影響力があるって話です。彼女は子爵の一人娘でとても溺愛されているとか……」

「まさかただ無意味にあれほどの高位魔術を使ったわけもないでしょうし、いったい何を考えているのかしら」


 魔術師と商人が令嬢に聞こえないよう小声で話している。

 常に魔術という力で物事を解決してきたラグルスが、今度は(から)()で来たというのだろうか?

 令嬢を、ひいては子爵家の力を利用して一体何をする気でいるのか。


 ——例え何を企もうと、次こそは彼を討つ。

 

 無意識のうちに聖剣の柄に触れながら勇者は覚悟を決めた。


 そんな勇者の表情を見て、仲間たちは目線を交わす。

 仲間たちは皆勇者アークを慕っている。たとえ相手が悪党であろうとも、討った後は必ず思い悩んでしまう優しい彼を。

 そんな彼がラグルスを倒した後には、皆で彼に寄り添って支えよう。

 言葉にせず仲間たちは決意を新たにした。


 

 その決意が無駄になることを、今の彼らはまだ知らない。


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