029 1-4-3 ダンジョン“虹の洞窟”
多くの人々の活気でにぎやかな港を離れ、ぐるりと回り込むように歩くこと数時間。
彼女は令嬢から教えてもらったダンジョンの入り口、人気のない静かな入り江に到着していた。
周囲の魔力の流れへの感覚を研ぎ澄ませ、情報通りに鍵となる魔術を使いながら入り江を囲む岩を手探りする。
そして、岩の1つに触れた時。
「わあ……!」
視界が一瞬白色に染まったかと思えば、入り江に満ちる波はその姿を変えた。
この場所に流れ込んだ水が様々に、虹のようにほのかに色合いを変えているのだ。
静かに揺れる水面は虹色のやわらかな光を放ち、あたりの砂や岩に反射して七色の輝きを咲かせている。
波によって一瞬ごとに変わるその表情はまるで万華鏡のよう。
以前の人生で楽しんだ物語にでも出てきそうな光景に、彼女は歓声を上げた。
『おい、ここの水を採取しておけ。後で調べる』
『はいはい』
伝わる感情からすると、彼はなにやら苦い思いを抱いているようだった。彼女が自身のはしゃぐ様子を気に食わなかったのだろうか、と考えつつバッグから容器を取り出す。
訪れた場所に何かあればこうして採取を言いつけられることがある。
そこまで面倒でもないし、体を使っているレンタル料だと思って従っていた。
もちろん彼女だって好きで借りている訳ではないが。
『おそらく今の姿がこの場所の本来の光景だろう。正しい手順を踏まない限り見えないよう隠蔽されているようだ』
『へえ~。じゃあこの虹色なのが元々の水の色なんだ?』
『いや、水そのものの色ではなくここの地面に含まれた何かの力の影響を受けたんだろう。魔力……に近いと思うが詳細はわからない』
『ふむふむ、面白いなぁ』
会話できるようになってから行く先々で解説してくれるラグルスの話を聞きながら、彼女は採取を終える。
立ち上がってあたりを見ると、先ほどはなかったはずの洞窟が口を開けているのが見えた。
『ふむふむ。あっ、あの洞窟が入り口かな? さっきは無かったよね?』
『そうだろうな。気をつけろよ……貴様に言っても仕方がないかもしれないが』
そしてツアーガイド付きで観光している気分になりつつも、洞窟の内部へと足を踏み入れたのだった。
*****
【生きたい】悪役魔術師ラグルスになった女のスレ 10
28:1 ID:V1lLa1n+
うっすら虹色の光を放つ水をたたえる洞窟
なんだかファンタジー
[画像ファイル]
30:名無しの転生者さん ID:hEr0iNE/
ええやん
31:名無しの転生者さん ID:uqKO/6oH
>>28
綺麗~
めちゃくちゃファンタジーだな
33:名無しの転生者さん ID:NOyRit2T
>>28
虹色って言うからゲーミングな感じ想像してたら違った
もっとビカビカしてるのかと
34:名無しの転生者さん ID:4SYXSMAq
>>33
ゲーミングダンジョンは嫌すぎる
目悪くしそう
37:1 ID:V1lLa1n+
アリかナシか安価
>>40
38:名無しの転生者さん ID:4SYXSMAq
えっ?
39:名無しの転生者さん ID:KeCy8LvA
何の安価?
とりあえずナシで
40:名無しの転生者さん ID:Ldh7TgdZ
状況説明しちくり~
アリで
41:名無しの転生者さん ID:ga+SlRKR0
なしで
42:名無しの転生者さん ID:Samw2rAi
アリ
43:名無しの転生者さん ID:5PZyVgBL
何があったんだ?
ありで
44:名無しの転生者さん ID:ZaYM4VEH
梨
47:1 ID:V1lLa1n+
ありがと
聖女くんと探索します
[画像ファイル]
49:名無しの転生者さん ID:NOyRit2T
えっ聖女?
なんで?
50:名無しの転生者さん ID:wCqsy9zr
>>47
アリかナシかって聖女と行動するかだったの?
51:名無しの転生者さん ID:ZaYM4VEH
>>47
聖女って原作で勇者クンといい感じになってた人じゃん
53:名無しの転生者さん ID:KeCy8LvA
男女、探索、閉鎖空間。何も起きないはずがなく…
55:名無しの転生者さん ID:ga+SlRKR0
原作で勇者といい感じになってた聖女がイッチといい感じになると聞いてきました
56:名無しの転生者さん ID:NOyRit2T
NTRかな?
いいぞもっとやれ
58:名無しの転生者さん ID:KeCy8LvA
>>56
だがちょっと待ってほしい
聖女と勇者がまだくっついていない場合NTRではなくBSSなのではないか?
62:1 ID:V1lLa1n+
ちょくちょく私の恋愛フラグ待ち望んでるやつがいるのなんなの……
聖女くんはダンジョン内で迷ってたらしくてパーティ申請されただけで特に恋愛とかないから
64:名無しの転生者さん ID:9C5y+U4x
>>62
安心してくれ
恋愛してほしい民だけじゃなくてスレ主に恋愛してほしくない民もここにいるから
65:名無しの転生者さん ID:uqKO/6oH
>>64
それ安心要素か?
67:名無しの転生者さん ID:Ldh7TgdZ
>>64
わかる
イッチにはそのままでいてほしい
70:名無しの転生者さん ID:5PZyVgBL
どっちにしろ1の好きにさせてやれよ
69:名無しの転生者さん ID:ZaYM4VEH
勇者の仲間と行動することについてラグルスくんはなんか言ってないの
73:1 ID:V1lLa1n+
>>69
ラグルスくんには「連れていくならいざという時に盾にでもすればいい」としか言われてない
勇者の仲間たちのこと特に好きでも嫌いでもなさそう
無関心ぽい
76:名無しの転生者さん ID:uqKO/6oH
>>73
無関心な相手に対して肉盾にすればええやん^^って言えるのやっぱ悪役だわ
77:名無しの転生者さん ID:9C5y+U4x
>>73
ちょっと引くわあ
78:名無しの転生者さん ID:Ldh7TgdZ
実際に肉盾にしたらイッチが心にダメージ負いそう
80:1 ID:V1lLa1n+
ラグルスくん、人コロコロしてヒャッハーするタイプではないけど別に人コロ嫌がってもなさそう
人コロは状況次第では選びうる手段のひとつ、みたいな感じがする
81:名無しの転生者さん ID:uqKO/6oH
>>80
積極的にはしないけど選択肢に殺人があるタイプか~
85:名無しの転生者さん ID:wCqsy9zr
>>80
ある程度コロコロ経験しちゃった人にはわりといる種類の人
*****
『ラグルスくんは躊躇とか、あんまりなさそうだよね』
『人殺しよりも目的を達成できない方が問題だからな。それにもう慣れた』
『相手が小さい子供でも?』
『……ああ。それより戦いに集中しろ、後ろだ』
今ちょっと間があったなと思いつつ、後ろを振り向きながら迫っている敵に拳を叩き込む。
毒々しい色合いの成人ほどあるカエルに似た魔物が爆ぜた。
魔物だった物体があたりに飛び散り、聖女がなんとも言えない顔をする。
同じ体にいても彼女よりラグルスの方がより敏感に魔力を感じ取っているようで、今のように彼の方が早く敵に気づくことがわりとあるのだ。
感覚器官が同じでも、元々その感覚に慣れている方が感じ取った情報を詳細に判断できるのかもしれない。
スレッドに感覚について情報を落として、スレ民たちの考察を眺めながら敵を倒してゆく。
会話が出来るようになってからしばらくは魔術を使うよう言ってきていたラグルスも、今では空中を泳ぐ巨大魚の魔物に拳を振り抜く彼女に何も言わなくなっていた。
あきらめを感じる。
「……あまり魔術をお使いにならないのですね」
「何か問題が?」
「いいえ。……以前と様子が違って見えたものですから」
聖女が支援しながら問うのに答えた。
原作では仲間の中で和やかな空気をまといよく会話していた聖女だが、今は口数が少ない。
ラグルスとは親しくもないし当然だろうな、と聖女の固く引き結んだ口元を見ながら彼女は考える。
さらに聖女は自分で回復できるため、彼女の回復魔術で変に好感度が上がりやすくなることもないだろう。
まかり間違っても以前の変人たちのように好かれることがなさそうでそこは安心できた。
彼女としては勇者の恋敵になるなどごめんだ。あの勇者の様子では殺されてしまう。
『悪役側から見る主人公の仲間ってなんか変わって見えるね。敵対してた人物から見るんだし原作と違って当たり前なんだけどさ』
『……ここは小説の中ではないからな。俺が相手だからというだけでなく、現実なのだから異なりもするだろう』
聖女の雰囲気の違いについてラグルスと話しながら、魚類や両生類に似た魔物を倒し進んでいく。
しばらく探索していると、ひらけた場所に出た。
広い空間と四方につながる通路から水が流れ込む。
この場所の真ん中で幅1メートル、直径5メートルほどのドーナツ状に虹の光が満たされている。
七色の水の中心には円柱型の台座があり、その上にはいかにも宝が入っていそうな装飾の箱。
うっすらと何かの力も感じるし、おそらくはあの中に聖物があるのだろう。
「ああ、ようやくたどり着けましたね……!」
どこか安堵した顔を見せて聖女が走り出す。
それに反応したラグルスが彼女に言う。
『おい、あいつを止めろ!』
『え』
戸惑いながらも彼女が追いかける。
聖女がぱしゃり、と浅い水に足を踏み入れた途端。
「きゃああ!?」
「!」
聖物を囲む水が強く光を放つ。聖女が悲鳴を上げた。
すぐに光は元の淡さに戻ったが、周囲からかなりの数の気配を感じる。
『ああ、どうやら聖女様のおかげでかなり楽しめそうだぞ。気を引き締めろよ』
『言い方ぁ……いや、言われてもしょうがないか……』
ラグルスの皮肉に返しながら通路の先を見れば、おびただしい影がうごめいている。
どうやら罠が発動したようだ。
「おい、来るぞ。無様に死にたくないならせいぜい励むんだな」
「! ご、ごめんなさい!」
同様する聖女に声をかけ、構える。
は、と我にかえった聖女も青い顔のまま一言謝罪し、ロッドを握りしめ自分たちを強化した。
彼女たちの前に数えきれないほどの魔物が押し寄せてくる。
こうして魔物たちの波との闘いが始まった。




