男爵家の魔物
諸事情により感想の返信はしておりません。申し訳ありません。
「今日も休みか……」
呟いた言葉が白い息となって寒空に溶ける。
ジンジャー子爵家のロイドは、婚約者であるカリン男爵家のメロディアが最近学園に来ていないことを心配していた。
ロイド達が住むノースタッド王国の冬は寒い。
とはいえ地理的な関係で雪は滅多に降らず、大陸最北の国のように極寒というわけでもないため、冬が来たからといって家に閉じこもる生活にはならない。
それなのに本格的な冬が到来してから、メロディアは段々と学園を休みがちになり、ここ数日はパッタリと姿を見せなくなった。
しかも先日は、下位貴族が年に数回しか参加できない王城での夜会まで欠席したのだ。
金銭的余裕がなければ夜会を欠席するのも致し方ないが、男爵家とはいえメロディアの家はかなり裕福な部類に入る。
それなのにメロディアばかりかカリン男爵家は家族全員で夜会を欠席した。
そういえば最近は、男爵も夫人の姿もとんと見かけない。
だからこそロイドは婚約者の身を案じたのだ。
領地が隣同士であったため結ばれた婚約であるが、ロイドは昔からメロディア一筋である。
彼女の長い水色の髪はサラサラでずっと触っていたいし、レモン色の瞳で見つめてくる仕草はとても可愛い。
真面目過ぎてちょっと融通が利かないところもあるが、基本は頑張り屋でしっかり者の優等生のメロディアと、本当は四六時中一緒にいたいと思っているが、結婚までの我慢だと思って節度ある付き合いをしてきた。
だってメロディアに嫌われたら、ロイドは号泣した後で生ける屍になる自信があるのだから。
しかし、そんな真面目なメロディアが学園へやってこないばかりか、夜会まで欠席しているのだ。
決して夜会でのエスコートを想像して「公明正大にメロディアの手や腰に触れる! ウッハー!」と毎晩悶えていた夢が、儚く散ったことを恨んでいるわけではない。
いや、欠席と聞いた時はちょっとだけ目からしょっぱい汗が出たけれども。
ともかくも心配したロイドがカリン男爵家へ連絡をしても「心配ない、問題ない」という返事ばかりで、訪問したいと願い出ても、のらりくらりと躱される始末。
そんな状況が続いたため、メロディアが心配で堪らない(ついでに婚約者不足で死にそうな)ロイドはアポなしで突撃するしかないと決意した。
婚約者とはいえ他家への事前連絡なしの訪問は、かなり失礼とされる。
ロイドは回れ右して帰りたくなる弱い心を、メロディアという鞭でひっぱたいて(想像すると癖になりそうだが)カリン男爵家の門に取り付けられた呼び出しボタンを押した。
「ごめんください」
ジリリリリリという呼び出し音と共に声を掛けるが、全く反応がない。
いつもなら庭師か使用人がすぐに応対に現れるはずなのに、男爵家はしんっと静まり返っていた。
「ごめんください!」
再度ボタンを押し、声を張り上げるが、一向に返事がない。
「ただの屍のようだ……って違う!」
一人ツッコミを入れつつも、これはやはり何かあったと焦りだすロイドの背に、吃驚したような声が掛かった。
「え? ロイド様? ……どうして?」
声の主に、ロイドは勢いよく振り返る。
そこには会いたくて堪らなかったメロディアの姿があった。
「メロディア! 良かった。無事だったんだ」
「? 食料品の買い出しに行っていただけですが?」
大仰に安堵したロイドに対しメロディアは困惑気味である。
何故ロイドがここにいるのか、まるで解っていないようだった。
「本日は訪問のご予定はなかったと思いますが……?」
困り顔で訊ねてきたメロディアに、ロイドがムッとする。
婚約者を心配して何が悪いというのか、それに訪問したいと打診しても断わったのはメロディアの方ではないか。
とはいえ、数日振りに会えた婚約者とケンカはしたくない。
それに久しぶりに会ったメロディアは、いつもは綺麗に整えられている身嗜みが所々乱れ、髪もアホ毛(それも可愛いが)が見え、心なしかやつれた印象を受けた。
加えて先程彼女が言っていた「食料品の買い出しに行っていた」という言葉も引っかかる。
普通は使用人がすべきことを何故メロディアがしているのか、応対にも出てこない彼らは何をしているのか。
解らないことだらけで本当は質問攻めにしたかったが、ロイドはグッと堪えて笑顔を作った。
「メロディアがここ数日学園を休んだから心配だったんだ。それにカリン男爵家は王城での夜会も欠席していたし……。ねぇ、メロディア、何か困ったことがあるなら私に相談して? 絶対に君の力になるから」
ね? と念を押すようにメロディアへ訴えれば、レモン色の瞳に困惑の色が浮かび彷徨い始める。
ロイドを見て、屋敷を見て、自身の腕に抱いた食料品の入った荷物を見て、を繰り返す彼女は、明らかに何かを隠しているように見えた。
その時、ビュウッと強い北風が吹き、メロディアの水色の髪を巻き上げる。
ロイドも吹き抜けた風の寒さに身を竦ませたが、メロディアは急に落ち着きがなくなったようにソワソワと屋敷を見上げると瞳を潤ませた。
「実は………………我が家には魔物がおりますの……」
「え?」
婚約者の放った言葉を理解できずにロイドが呆ける中、メロディアは屋敷の方を気に掛けながら早口で言い募る。
「私達家族、いえ、使用人達でさえ、あの魔物からは逃れられないのですわ。それに……私はもうすぐ命を落とすやもしれません」
「な!?」
メロディアからの衝撃の告白にロイドが言葉を失う。
そんなロイドを見て眉尻を下げたメロディアは、手にした荷物をギュッと抱え直した。
「こうして使用人の代わりに買い出しに行ったりして、少しでも善行を積めば助かるかもしれませんけれど……」
悲しそうに微笑んだメロディアだったが、言われたロイドの方は悲しいのを通り越して絶望だ。
メロディアが死ぬかもしれない。
いや、むり。耐えられない。ロイドの方が先にショック死しそうである。
愛しい人からの突然の余命宣告に、膝から崩れ落ちそうになる体を根性で支えつつ、ロイドはガクガクブルブル震える声で理由を訊ねた。
理由をきけば、或いは彼女を助けられるかもしれない。
何か、何かメロディアを助ける糸口を……、その一心だった。
「メロディア、カリン男爵家にいる魔物とは一体何なんだ?」
他家の事情をあまり詮索するのは良いことではない。
けれど今はメロディアの命がかかっているのだ。
それに魔物がいるなど尋常ではない。しかも善行を積めば助けてくれる魔物となれば、高度な知能を持っていることになる。
ノースタッド王国に魔物はいることはいるが、鼠や兎に角が生えた小さい魔物で、たまに畑の野菜を失敬しにくる程度の害獣という認識であり、恐怖を覚える対象ではない。
勿論、知能も見た目と同様、鼠と兎並みに可愛いので罠をはるとすぐに捕まる。
けれどメロディアの様子から察するに、カリン男爵家はどうやら相当上位の魔物に牛耳られてしまったようだった。
魔物も上位になれば人語を話すと本で読んだことがある。
だが、それは大昔のおとぎ話の世界のことだと思っていた。
「魔物を倒せば君は助かるのか? それなら……」
屋敷を睨んだロイドに、メロディアは目に見えて青褪めた表情になる。
「あの魔物を倒すなど……そんなことは口にしないでくださいませ……すべてはミケイラの……いえ、もう戻らなくては……」
「待ってくれ! メロディア!」
言葉の途中でハッとしたように口を噤み、メロディアは屋敷へ走り出す。
メロディアが触れただけで自動で開いた門は、彼女が通り過ぎるとロイドの目の前で無常にも閉ざされた。
「メロディア! メロディア!」
「ロイド様、心配してくださってありがとうございます。けれど、もう私のことはお気遣いなく……」
閉じてしまった門の隙間から手を伸ばし、婚約者の名前を連呼するロイドから逃げるように、メロディアは屋敷へ走り去る。
「私は諦めない……必ず、君を助けてみせる!」
そう呟いたロイドは、険しい眼差しでカリン男爵家を見上げた。
時は夕暮れ。
暮れ泥む空が、赤く暗く不気味にカリン男爵家の屋敷の影を伸ばす。
次第にその影が周囲の闇と重なってゆく様が、まるで魔物に浸食されていくように思えて、ロイドは眉を顰めた。
その晩。
ロイドはカリン男爵家の塀をよじ登っていた。
本当は騎士団へ応援を頼めばいいのだろうが、それでは上位魔物を招き入れた廉でカリン男爵家が取り潰しになってしまうかもしれない。
そうなったらメロディアと結婚できない。
メロディアが死んだらロイドも死ぬが、結婚できなくても死ぬ。だから一人で助けてみせる。
即決したロイドは単独での潜入を決めたのだった。
数ヶ月前に城下の商家から売り出された『吸盤フック』を両手に持ち、ロイドは外壁を這い上がる。
本来は洗面所などに取り付け、ブラシや小物を吊り下げて使用する便利グッズとして販売されたが、吸盤が強力過ぎたせいで、今のロイドのように壁をよじ登る道具として、泥棒や夜盗が利用するようになり、販売禁止になった代物だ。
実はこのフック、販売元の商家はカリン男爵家が営んでおり、以前にメロディアから試作品として貰っていたものを、大事に(メロディアから貰ったものなので)取っておいたのである。
ちなみに吸盤フックを発明したのはメロディアの妹ミケイラである。
メロディアとロイドの二歳年下であるミケイラは幼い頃は平凡な子であったが、一年位前から数々の発明品を世に送り出す才女として有名になっていた。
彼女の発明品はどれも便利で機能的だと、発売する商品は軒並み爆発的ヒットを飛ばしている。
指紋認証機能なるものが付いたメロディアが触っただけで開いた男爵家の門や、エスカレーターという名前の動く階段は王城でも使用されているほどの人気ぶりだ。
吸盤フックは庶民向けに販売した品の一つだったが、悪知恵が働く輩のせいで廃盤となってしまい、そのせいで一時期ミケイラは荒れたらしい。
夜な夜な部屋へ閉じこもって「絶対に販売禁止にならない魅力的な物を作って、第二の人生を謳歌してやるからな! 性悪説がなんぼのもんじゃい! 元社畜エスイーなめんな!」と意味不明な奇声をあげているのだと、妹を心配したメロディアに相談されたことは記憶に新しい。
普段はしっかり者のメロディアに上目遣いで相談されて、ロイドは有頂天になったものだ。
「めっちゃ可愛かった。自分、よく押し倒さなかった。はぁ~メロディア、可愛い」
愛しい婚約者の顔が浮かんで、ペッタン、ペッタンと壁をよじ登っていた(婚約者を救うという義務感からなのかもしれないが、この行為は犯罪である)ロイドの頬が緩む。
ついでにミケイラのことも思い出し、眉を寄せた。
もしかしたらミケイラが発明研究に没頭する過程で、何か得体のしれない魔物を召喚してしまったのかもしれない、と考えたのだ。
「まさか……? だが、しかし……」
冬の夜の寒さの中、漸く塀を乗り越え、ガラスカッター(同じくミケイラ考案、こちらも販売中止)で窓を壊して鍵を開け(ちなみにこれは既に立派な犯罪である)男爵邸へ潜り込むと、何やらジャラジャラという音が聞こえる。
先に通ってきた使用人棟からも同じ音が聞こえたため、魔物が動くときに立てる音なのかもしれない、と緊張しながら応接室まで辿り着き、ロイドは聞き耳を立てた。
「ロンリーチイッパツピンフサンアンコウ!」
「ダブロントイトイタンヤオドラサン!」
室内からは聞き慣れない呪文が響くが、声はカリン男爵家の人々のものだ。
もしかしたら魔物と戦っているのかもしれない。
そこで初めてロイドは自分の無謀ぶりに気が付いた。
勢い込んで婚約者を助けに来たものの、実はロイドの戦闘力は高くない。いや、高くないのではなく、はっきり言ってめちゃくちゃ弱い。
ロイドには齢の離れた5歳の弟がいるが、その弟が剣稽古で兄に気を遣って何度かわざと負けてあげる位には激弱だった。
「鼠より強いよな? 兎くらいなら何とかなるかもしれないけど、猫なら絶対に勝てない……」
自分の弱さを思い出して逡巡するロイドの耳に、またジャラジャラと音がする。
音から察するに魔物はまだまだ元気いっぱいのようだ。
そこに「ポン」だの「なくな!」などの呪文が聞こえる。
「メロディアが泣いている? もしかしてピンチなのか?」
メロディアが泣いていたらと思うと矢も楯もたまらず、ロイドは自分が戦闘力皆無なのも忘れて勢いよく扉を開けた。
「助けにきたぞ! メロディア!」
応接室に鳴り響く声に、中にいたカリン男爵家の面々が驚いたように一斉に扉の方を見る。
だが室内に入ったロイドもまた驚愕に目を見開いた。
応接室は異様な光景だった。
厚めの布で周囲を覆った、膝の高さほどしかない低い四角いテーブル。
フカフカな絨毯の上に置かれたそのテーブルの四隅から、カリン男爵家の人々が足を突っ込んで床に座っているのである。
絨毯が敷かれているとはいえ床に座るなど、貴族として有り得ない非常識さにロイドがたじろぐ。
正面に座る男爵の顔には無精髭、右隣に座る男爵夫人は顔パック中、左隣のミケイラは長い髪を無造作に頭上高くひっつめ、手前のメロディアは水色の前髪をクジラの潮吹きのようにおでこの上で結んでいた。
しかも全員、渋いあずき色の芋ジャなる服(これもミケイラ考案で、動きやすいと農民にバカ売れしている)を着用している。
メロディアは、おでこ全開も可愛い。
ロイドはそう思ったものの、肝心の魔物の姿が見えないことにポカンと口を開いた。
「え? 魔物は?」
きっと壮絶な戦いになると覚悟して飛び込んできたのに、いくら目を凝らしても視界に入るのはどうでもいい情報だけ。
男爵の手には、またまたミケイラのヒット商品で、どこでもいつでも手軽に酒が飲めると人気のワンカップ。
顔パック中の男爵夫人が噛み千切っていたのは、ワンカップとセット売りのあたりめ。
メロディアとミケイラが口に運ぼうとしていたのは、アイスを餅で包んだ(ミケイラ以下略)丸いスイーツ。
そして、低めのテーブルの上には散らばった小さな四角い石達。
明らかに魔物と戦っているとはいえない状況に、ロイドは頭を抱えると同時に、沸々と怒りが湧いてきた。
「魔物だっていうから、死ぬかもしれないっていうから、私がどれだけ心配したか……。それなのにメロディアは、ただ家族と団らんしてただけなんて! 私のことを騙したんだな……酷いよ……」
ロイドの登場に、結んでいた前髪を気まずそうに外したメロディアへ吐き捨てるように言い募る。
ゴムをとっても、ピョンと跳ね上がる前髪を直そうと必死に撫でつけるメロディアに、やっぱり可愛いと早くも絆されそうになったロイドだったが、その腕をミケイラがガシっと掴んだ。
「まぁまぁ、魔物だって言うお姉様の言葉はあながち間違ってないから、入ってみなさいって」
床に座っている体勢だからか、ロイドの腕を引っ張るミケイラは全体重をかけてぶら下がってくるので振り払えない。
「は、放せ!」
「はいはい。お父様、ちょっとどいて~」
ロイドの抵抗などお構いなしに、ミケイラはちょうどワンカップを飲み干した父親を、半ば強制的にテーブルから追い出すと、空いた席へロイドを押し込めた。
「よせっ! ……私は床に座るなど無様な真似は……はぅっ!」
言いかけたロイドは途中で言葉を失った。
冬の夜の寒さに晒され、かじかんだ足元がじんわりと温められる。
壁をよじ登ってきた疲れが、暖かな熱でゆっくりとほぐされてゆく。
床に座っているということだけでも屈辱的なはずなのに、できれば……そう、できればゴロリと横になりたい。
無意識にテーブルに掛かっていた厚い布を引き寄せ、ロイドは油断するとすぐにでも横になろうとする体を叱咤し、閉じそうな瞼に力を入れた。
「なんだコレは……確かに魔物だ……ここにずっといたい……はっ、まさかメロディアが最近学園へ来ないのは……? もしかして夜会も……?」
ロイドの指摘に、気まずそうに目を逸らすカリン男爵家の面々。
しかしミケイラは勝ち誇ったような顔をした。
「これはねコタツって言うのよ! 吸盤フックやガラスカッターは性悪説を甘く見ていたせいで失敗したからリベンジするの。今度は発売禁止になんてさせないから! 真面目なお姉さまが虜になった位だもの、絶対売れるわ!」
「確かに人を堕落させる要素がてんこもりだな」
「でしょ? 前世知識万歳だわ~」
なんかまた意味の解らないことをミケイラが言い出したが、それよりもロイドが気になっているのはメロディアのことだ。
「ところでメロディア、君が死んでしまうと言ったのは何故だ? こんなに心地良いものなのに、このコタツというものには何か副作用でもあるのか?」
言ってから気づいたが、たとえ副作用があったとしても、今はまだコタツから出る決心がつかない。副作用は怖いがロイドはこの温もりを手放せるほど強メンタルではなかった。
「そ、それは……」
ロイドの問いかけに、まだ跳ね上がる前髪を撫でつけていたメロディアが口ごもる。
目を伏せてしまったメロディアに代わって大声を挙げたのはミケイラだった。
「あ~! お姉様、まだ私が言ったこと気にしてたの?」
「だって!」
拳を握って涙目になるメロディアに「あちゃ~」と天を仰ぐミケイラ。
そんな二人にロイドが眉を顰めた。
「何だ? ミケイラが何か言ったのか? メロディアを傷つけたのなら容赦しないぞ」
「何よ、容赦しないって。どんだけお姉様のこと好きなのよ」
「他家へ不法侵入する位は好きだが、何か文句あるか」
「犯罪者のくせに開き直りやがった! 吸盤フックとガラスカッターをドヤ顔で見せんな! あんたみたいなのがいるから発売中止になるんだよ!」
「メロディアに死ぬかもなんて言われてじっとしていられるか! 私の方がショック死するかと思ったわ!」
「だ~か~ら~、アレは負け惜しみっていうか、一種の伝説っていうか~」
口を尖らせ拗ねたような口調になったミケイラだったが、ロイドの眼力と縋るようなメロディアの涙目に盛大な溜息を吐き出す。
「お姉様がチュウレンであがったからよ」
「チュウレン?」
「そう、九連宝燈。滅多に出来ない役だから、九連であがると死ぬなんて噂があるの」
「チュウレンポウトウ? ヤク? なんだソレは?」
先程の呪文のように、やはり聞きなれない単語を言い出したミケイラに、ロイドは首を傾げる。
戦闘力はからっきしだが、ロイドは学力だけは高い方だ。
だが全く聞き覚えのない単語達に、困惑を浮かべる。
そんなロイドに助け船を出したのはメロディアだった。
「マージャンですわ。我が家では使用人達もみなコタツとマージャンにはまってしまっていますの」
テーブルに転がる小さな四角い石達を指しながらメロディアが悲しく笑う。
「ですがまさか、そのせいで死ぬかもしれない運命になるなんて……」
「だから、ただの噂だから気にしないでってば! 九連なんてサマなしで初めて見たからビビッたのと、ハコテンになって悔しかったから負け惜しみで言っただけなの! 私だってお姉さまに死なれたら嫌だもの……大好きだから……」
顔を真っ赤にしながらそっぽを向いたミケイラ。
サマだのハコテンだの、また意味の解らない単語が出てきたが、普段ツンな妹の素直な告白にメロディアは目を見開くと嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ミケイラ……うん。私も貴女が大好きよ」
「そ、そういうところが天然で可愛……なんでもない! とにかくマージャンの役満ごときで死なないから安心して、ね?」
「うん、ミケイラがそう言ってくれるなら信じるわ。ありがとう」
「ぐうかわ……」
頬を染めながらミケイラの漏らした言葉に、ロイドも「ほんと、それな!」と盛大に相槌を打ちながら、メロディアの可愛らしく笑った顔に見惚れる。
ああ、本当に自分の婚約者が可愛い過ぎる。
死ぬと言われた時は絶望したが、冗談を真面目に信じちゃうところも、素直で可愛い。
そんな、ほっこり気分でメロディアを見つめていたロイドだったが、その肩を不意にポンポンと叩かれた。
「ところでロイド君、そろそろ私の席を返してもらえないかね?」
「えっ? あっ、はい」
後ろを見上げればワンカップを追加で持ってきた男爵が立っている。
にこやかではあるが、その目は「早く出ろ」と言ってるような気がして返事はしたものの、ロイドは正直コタツから出たくなかった。
嫌だ~、楽園を追放されるなんて~。
だが将来の義父を怒らせるわけにもいかない~。
私はどうしたらいいんだ~。
ぐるぐると思考が回り始めたロイドだったが、中々動こうとしない彼に男爵のにこやかだった顔が殺気を帯びてくる。
怖い。だが出たくない。
究極の二択を叩きつけられたロイド。
そんな彼にメロディアが声を掛けた。
「ロイド様、もしよろしければ私の隣に入りますか?」
「入る!」
シュパッ! バサッ! シュタッ!
返事をするなり、目にもとまらぬ早さでメロディアの隣へ移動したロイドに、ミケイラは引き攣った顔をしていたが、そんなことは些事である。
コタツの温もりと、隣に座るメロディアの柔らかさに、ロイドは完全に腑抜けと化した。
「ここが天国か……」
うっかり口にしてしまったロイドに、男爵夫人はコタツのことだと思って苦笑しているが、ミケイラは胡乱な眼差しを向けてくる。
それを一切無視して、ロイドが一足早い春を満喫していると、隣に座ったメロディアが、コタツの中でチョンチョンとロイドの手をつついてきた。
キョトンとするロイドに、メロディアが恥ずかしそうに、でも拗ねたようにちょっとだけ口を尖らせる。
男爵家には確かに魔物がいた。
コタツという人間を堕落させる温かな魔物と、内緒で手を繋ぎたいと可愛いおねだりをしてくるロイドにとっての魔物が。
メロディアの意図に気づいたロイドは、コタツの中で愛しい婚約者の手を握りしめながら、この魔物達には一生勝てる気がしないとばかりに、蕩けるような笑顔を見せた。
ちなみにこの後、ロイドは不法侵入を男爵夫人にこっぴどく叱られ(麻雀時は顔パック中だったので黙っていただけ)、ガラスカッターで切ってしまったガラスの弁償代として屋敷中の窓を防犯三重サッシ(ミケイラ以下略)に交換させられました。犯罪行為はダメです。
ご高覧くださりありがとうございました。