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観光地にだって行きますよ

 翌日。

 昨日の葛藤の結論は「気持ち早め」に決まった。

 と言うのも、ミホノに相談した所「のんびりしたらまた食料尽きちゃうでしょ」と少しキレ気味で言われたからだ。

 ここからは良さそうな食材があろうが魅力的な獲物が襲ってこようがスルーを決め込みひたすら目的地に向けて足を進める事に専念した。

 だが、専念する事よりも魅力的に感じるものにはさすがに足を止めざるを得ないのが旅人というものだ。

「中禅の滝……」

 珍しく自ら足を止めたミホノが見つめていたのは観光名所を表す緑色の看板だった。

「お、この近くなのか」

 中禅の滝。これは夏の山の中でも結構有名な観光名所で半径40キロにも及ぶ巨大な湖の上から落差2000メートルを越える巨大な滝が永遠と降り注いでいるのだ。

 その圧巻な光景を求め大陸中から観光客が絶えないとされている。

「折角だし行ってみるか?」

「いいの!?」

 良い食いつきだな。本当に行きたいらしい。

「良いよ。俺達の旅は別に急いでやってないからな」

 むしろ、ここしばらく移動しかしてなかったから退屈していた所だ。

「でも……食材が……」

 彼女としてはあの日宣言した事を破ってしまうことになるのが嫌らしい。

「大丈夫。ここには1日も滞在しないんだから。さほど鮮度は変わらんだろう」

 料理人としてけして褒められない事をいっているのは分かる。けど、今すぐにでも行きたいといったこみ上げてくる感情を止められるほど俺の理性は完璧では無い。

「じゃあ、行こうかな」

 ミホノも吹っ切れたようで、進行方向を湖へと向けた。

「楽しみだな」

「ね、たまには観光客っぽい事もしないとね」

 確かに、今のところ俺達の肩書きは行商人でしか無い。俺は行商人になった覚えはなのでこういった観光をしていないのはおかしいのだ。

「見えてきたんじゃ無いか?」

 しばらくちょっとした坂を登っていると4000メートル級の山の中腹から下に落ちるなにかが見えた。

「間違い無い、アレが中禅の滝だ」

「ほんと!ホントに大きいわね」

 湖に近づくに連れて水が流れる音が大きくなってきた。その音は騒音なんか屁でも無いぐらい大きな音。

「これ、近づけないんじゃ……」

 音を聞いて心配するミホノ。

「大丈夫だ。そのうち聞こえなくなる」

 言ってる間に音が聞こえなくなった。

「どういった理屈なの?」

「この辺りはあのバカでかい音が聞こえなくなるように『音を消す魔法』を宿らせた魔石をふんだんに使っているらしい。だから、魔石の中に入ったら外の音は全く聞こえなくなるんだとよ」

 解説をしていると目の前には海かよと突っ込みたくなるぐらいバカでかい湖が現れた。

 そして、

「えええええ」

 湖のど真ん中にとてつもない勢いで流れる巨大な滝がバカでかい水しぶきをあげていた。あまりにも激しすぎてこの辺り一帯が湿地のようだ。お陰で湿度も高い。

「これは圧巻だな」

 迫力満点な光景に俺達はタダタダ言葉を失うしか無かった。

 水しぶきが上がっている所には巨大な虹も架かっている。

「なんてキレイなの……」

「そうだな……」

 自然の雄大さに飲み込まれそうだ。何時間でも、いや何日でもみていられる。

「荷台を止めてじっくりと見よう」

「そうね」

 ここだと後続の人に迷惑だからな。

 湖の畔を移動していると荷馬車を停めるところが出てきた。

「ここに止めて良いの?」

「多分」

「てか、私たちお金持ってないけど大丈夫なの?」

「大丈夫だ。ここの施設は国が運営しているから基本無料だ」

 もちろん、売店で食べ物を買ったりする場合はお金が発生するが、俺達はそんな事をする必要が無いので安心だ。

「ならよかった」

 空いている駐車場を見つけ、ミートソース号を止めた。

 ミホノが人間の姿に変身し、帰ってきてから再度湖の畔ギリギリまで近づく。

「凄い涼しいね」

「そうだな」

 今日の気温は30度を超えていた。けど、この辺りは25度ぐらいに感じる。それも、あの水しぶきのお陰だ。

「ここには源泉掛け流しの温泉もあるらしいぞ」

「えっ!そうなの!!」

「ああ」

 観光地には必ずあると言っても過言では無いな。そうとは思わないミホノは心の底から喜んでいた。その姿がとても微笑ましい。

「ねっ、後で入りに行こうよ」

「おう、もちろんだ。折角だし今日の晩ご飯はほとりでBBQでもやるか」

「うわぁ~最高だね!!」

「ミホノ、よだれ」

「あぁ、ごめん」

 たかがBBQだぞ?って思ったけど観光地っていうバフが乗っかっていつもよりも何倍にも楽しみに感じるのは分かる気がする。

「あ~早く夜にならないかな~」

「それな、この世界の創造神にでもお願いしてみたらどうだ?」

「神様、お願いです。早く夜にしてください」

 湖に向けて手を合わせスリスリと掌をこすりつけていた。

 そんな可愛らしい姿を見たからか、創造神が俺達の要望に答えてくれた。


「やった!ホントに夜になったよ」

「いやいや、夜になってから同じとこに来ただけでしょ?」

 昼間やる事がなさ過ぎて部屋の中で一眠りしてたじゃん。ちなみに俺はバーベキューの準備をしてました。

「ぶー。オウカってこういうときに限ってつまらないよね……」

「悪かったな。肝心なときにつまらないやつで」

 そもそも、俺は1度も狙って笑いを取りにいったことは無い。

「ま、いいや。それよりも夜の滝もすごいキレイだね」

「そうだな」

 また、水面から放たれる照明が滝の水しぶきを輝かせているのがいいな。さすが、観光地の明かり。俺が嫌いになれない理由がこれだ。

「で、お風呂はどこで入れるの?」

「お前、いつの間にお風呂セットを持ってきたんだ?」

 ミホノの肩からは馬になるときのバッグが提げられていた。

「楽しみだったんだもん。もちろん、オウカの分も持ってきたよ」

 なんと、ミホノのバッグの影にもう1つ斜めがけのバッグが隠れていた。

「さ、お風呂行こ!どこで受け付けなの?」

「あそこの建物の中だよ……」

 こいつ、下手しなくても俺よりはしゃいでるんじゃ無いか?

 そんな事は誰がみても分かるので敢えて触れないでおこう。

 ミホノが俺の手を引っ張り、建物の中に入った。

「すいませーん。お風呂ってどこですか?」

「この廊下を真っ直ぐ行ったところだよ」

「分かりました。ありがとうございます」

 番台で案内をしてくれたおばあさんが俺達をみて微笑んでいたがなんだろうか?

 温泉への入り口は廊下を進んですぐの所にあった。

「ってあれ?なんか足りない気がするんだけど……」

「確かに、温泉には絶対に無くては無い赤と青の何かが……」

「えっ!」

 もしかして、この温泉。混浴なんじゃ……

 俺達の脳裏には嫌な予感が浮かび上がった。そして、こういうときの予感は大体当たる。

「そうですよ、ここの温泉は混浴。時間を指定すれば貸し切りにも出来ますよ。お題はもちろん要りません」

 いや、お題とかそう言う問題じゃ無い……

 なんで、大陸中でも有名な観光地の温泉が混浴なんだよ……普通男女別だろ!だから、このおばあさんは俺達をみて微笑んだのか『お二人はとても仲が良いんですね』的な笑みだろあれ。

「どうする?」

 ミホノが俺を見上げてきた。

 入りたくてうずうずしているが、入るか決め切れていないもどかしさが顔に出ている。

「折角来たんだし入るよ。でもな……」

 男の俺からしたら女の子と一緒に温泉に入れる事は大歓迎だ。

 しかし、

「俺は別に一緒に入っても良いが……」

「それは絶対に嫌!!もう、ここまで来ちゃったし、私1人で入ってくる!!番台のおばあさんには貸し切りにしてってお願いしておいて」

 そう言うと扉を開けて中に入ってしまった。

 何もそこまで嫌がらなくても良いだろ……

 俺は踵を返して番台の方に向かう。

「あれ?ご一緒に入らなかったんですか?」

「はい、今は彼女が1人で入っています。あの、貸し切りでお願い出来ますか?」

「分かりました」

「お願いします」

 いうと、建物から外に出た。

 今思い返せばミホノは俺の裸をみるのも自分の裸を見せるのも嫌っていたな。

 だから、川遊びをした時も一緒に入らなかったんだ。

 なんか、寂しいな……

 子供の時は一緒に川遊びとかしたんだけどな……さすがに風呂には入ってなかったけどな。

 しょうが無い、俺は1人寂しくBBQの準備でもしてよおっと。

 楽しかったはずの観光地が今この時だけはとても悲しく、寂しいものになってしまった。


***


 オウカの大きくてゆっくりな足音が遠くに消えていった。

 私は扉に付いている鍵をかけた。

 扉を入ってすぐにあるのはオーソドックスな脱衣所だった。

 大浴場のような大人数分のカゴは無いみたいだけど5人家族が同時に入れるくらいの広さはあった。

 カゴを1つ裏返して、その中に今着ている洋服を順に脱いでいった。

「タオルは誰もいないし要らないよね……」

 全部脱ぎ終わりすっぽんぽんになった。

 お風呂へと続くガラス張りの扉に私の体が写った。

「ふっ、相変わらず貧相な体ね」

 胸はほぼ平らだし、体は毎日数百キロ単位で走っているからガリガリ。とてもじゃないけど他の人にはみられたくないわね。

 扉を開けると中は半分外だった。体を洗う部分にだけ天井があり、温泉があるところには満点の星空が広がっていた。

 目の前には滝が見えるしホント絶景だ。

「あーあ、オウカと一緒にみたかったな……」

 つい、心の声が漏れた。

 シャワーの音が静かな浴室に響く。

 今頃彼は部屋に帰って寂しく料理の下ごしらえをしているのだろう。

 単純な彼だからこそ行動パターンを読むのも簡単だ。

 体を全部洗い終わり、湯船に浸かった。

 温かい……全身の疲れが一気にお湯の中にしみ出していく……

「あんな言い方無いよね……」

 夜空を見上げるとそれはもうキレイな星が見えた。いつもなら「キレイ!!」とかいって騒いでいるはずなのに今は寂しい心に染みていく。

 いつもそうだ。私は彼の事が心配心配とか言いながら自分の欲を満たしているだけ。

 今日だって、私のテンションが上がっていたことにも付き合ってくれたのにいざ自分が恥ずかしいと思ったら遠ざけてしまう。

「はあ……私は何でこんなふうになってしまったんだろう」

 もっと、彼のように寛大でちょっとしたことなら気にしない性格になりたい。

 いや、さすがにあそこまではなりたくない……だってダラダラ旅をして食料が尽きたからって怒った誰かさんの言うことを素直に聞いて丸2日何も食べずに黙々と獲物を狩り続けたんだよ。普通、「お前だって一緒に飯食ってただろ!せめて一緒に食料調達しろよ」って言うよね。私なら絶対言う。あの人が同じような事を言って来たら絶対に言うわ。

「せめて、裸の付き合いぐらいは出来るようになりたいわね……」

 こんなみても何も価値の無い裸ぐらい男の人に見せたって問題ないわよ……オウカ以外の男性には死んでも見せたくないけど。

「これから何十年って一緒に旅をしていくのだもの。絶対混浴をする機会が巡ってくるはずだわ」

 それに……私も彼の裸を……みてみたいし……

「って!私なんて事を……」

 お湯から立ち上がり、頭を抱えた。

「そんなのハレンチよ……」

 変な事を考えていたら体が熱くなってきたわ。さっさと出ましょう。

 お湯から上がり、脱衣所に戻ってきた。

 バッグから下着類と新しい洋服を取り出し、順々に身に付けていく。

「服を着るとマシになるのよね~」

 オウカのTシャツを着た日からだぼっとしたTシャツにハマっちゃって今日も内緒で彼のTシャツを借りちゃった。

 下半身は普段は絶対に履かないミニスカートを履いた。

 ひらひらの裾から伸びる真っ白な脚は自分でも信じられないぐらい細い。よくこんな足であの荷台を引っ張っているよ。

 Tシャツをスカートのウエストの中に入れてくびれをアピール。

 最後にキレイにとかしたばかりの銀髪を可愛らしく高めの位置で結べばオッケー

「大分可愛いわね……」

 自分でもびっくりするくらい子供っぽく見える。

 でも、今日の私はこういった格好をしたかったのだ。普段とは違った姿を彼に見て貰うために。

 宿場町のお姉さんにイジられてから改めて彼の事をどう思っているのか結構考えた。

 考えて考えて考え尽くした後に出てきた言葉がやっぱり旅に出る前と全く同じ

「オウカの事が大好き」

 だったのだ。それ以来、旅の途中も彼の事を意識しちゃって常にアピール出来ないか考えちゃう。この前の料理だって、どの町でも必ず愛される料理を作れる天才に「私だって料理出来るんだ」と言わんばかりに料理を振る舞った。結局あの時は私が先に寝落ちしちゃって片付けを任せちゃったんだけど。まるで、自己満足に料理をしたがるお父さんみたいね。

「あら、もういいの?」

「はい、とても良いお湯でした」

「それはよかったわ。よかったら貴方の彼氏さんにも入って貰ってね」

「もちろんです」

 そんな、彼氏だなんて私たちはそんな関係じゃ無いですよ~

 機嫌がよくなり、無駄に手を振っておばあさんと別れた。

 建物の外に出ると来た時よりもより辺りが真っ暗になっていた。

 私、どんだけ長く入ってたんだろ……

 オウカを心配させてたらどうしよう。そんな気持ちになったからか、気持ち早歩きでミートソース号へと向かった。

「お帰り」

 部屋に帰るとオウカは作業台の上でお肉をさばいているところだった。

「ただいま」

「悪いな。今テーブルにBBQ用の肉を載せちゃってるんだ」

 テーブルをみると馬鹿でかいトレーの上に何十枚と薄く切られたお肉が載っていた。

「左から狼、イノシシ、トラ、それとさっき獲ってきた兔と鹿も追加しといたぞ」

「うわぁ……凄い……今なんて言った?」

「あっ……」

「オウカ?貴方また食材獲りにいったのね?」

 彼との距離を縮め、顔を見上げながら問い詰めた。

「行った……」

 全く、この男は……

「だって、お前が帰ってくるのが遅いから……」

 折角可愛くお洒落したって言うのにそんなのどうでもよくなっちゃたわ。

「遅かったからってもうこんなに夜も遅いのよ?万が一山の中で迷ったり、怪我でもしたらどうするの?」

 自分でも分かっている。彼の事を過剰に心配しちゃっていることをけど、私は大切な人に危ない思いをして欲しくないから……つい、強く言ってしまうの。

「道にはあの滝があるから迷わないけど……ごめんな。今後は夜に山に出かけるのは辞めるよ」

「出来ればそうして」

 彼は優しいから、自分が悪いと思ったらすぐに謝る。例えそれが私の方が重罪だったとしてもね。

 ああ、そうか。彼は私を大切にしてくれている。そんな思いが私のワガママな性格を生み出したのだと今改めて思った。

 今、ここで気づくことが出来てよかった。

 この性格を変えるために私は彼の性格に甘えない。

 けどね、

「そう言えば、温泉どうだった?」

「うん、とってもよかったよ。オウカも入ってきたら?」

「おう、BBQが終わったら入りに行くよ」

「そう、ならば……」

 私はトレーを持ち上げ、ニコッと笑った。

「早くBBQやりましょきっと楽しいわよ」

 こういうワガママは積極的にやっていった方が良いわよね。

 なんやかんやあったけど今日のBBQが人生で1番楽しかった!やっぱり観光地サイコー〜!


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