山の食材
宿場町を出発してしばらく経った。
俺達は林道を外れ、険しい山道を進んでいた。
巨大なミートソース号は山道との相性が悪く常に俺の魔法を効かせていないとろくに進むことが出来ない。そのため、俺の体力は毎日マラソンの授業が終わってすぐのような状態になっていた。
「はあ、はあ。すげーしんどいな」
「あまりにもしんどいなら飛ぼうか?その方が早く町にも着くだろうし」
心配してくれるのはありがたいがここ数日ノンストップで走り続けるミホノにそんな負担をかけさせたくは無かった。
「いいや、大丈夫よ。すぐに回復するだろうしな。それに空なんて飛んだら折角の旅がつまらなくなる」
この疲労も旅の醍醐味だと思えば普通に楽しいから。楽しいから……
「分かった。私はこのまま進むからホントに疲れたら言ってね」
「了解~」
なんて、良い子なんだ。
そんな子に俺は荷台を引っ張らせてるとかどんだけクズなんだよ……
「止まってくれないか?」
「うん、わかった」
ミホノはゆっくりと速度を緩めて次第に足を止めた。
馬は車と同じで急には止まれない。もし止まった場合。馬にとっては生死を左右する骨折をしてしまう可能性があるのだ。
馬車が止まるのを確認すると俺はさっき見つけた木の麓を確認しに向かった。
「やっぱり、このキノコはレアな種類だ」
名前は確か「富士茸」、松茸よりも数倍香りが強く、風味も良いと聞く。スーパーやデパートで買ったら1株2から5万はくだらない。
よく見ると同じ種類のキノコが何個も出来ていた。これは大量収穫のチャンス。
早速荷台に戻り、袋を取ってきた。
その中にキノコを1つ、2つと入れていく。
「……ふう、結構採ったな」
結果袋一杯に収穫する事が出来た。比率で言えば、富士茸が3割、7割はたくさん植わっていた椎茸だ。これだけ広い山でこの辺りにしか植わってないとかマジレア過ぎ……
「たくさん採ったね~」
俺が収穫に夢中になっている間。ミホノは休憩といい、少し睡眠を取っていた。
俺が荷台の中でごそごそやっていたからか目を覚ますと前の扉から俺の姿を見ていたようだ。
「な、これだけあれば結構な量作れそうだな」
「何を作る予定なの?」
「シチューだよ」
「うわぁ、シチュー?やば、名前を聞いただけでよだれが出そう……」
どんだけ腹減ってるんだよ。
「折角だし、今日の夜は少し拝借して富士茸のシチューを作ろう」
「やった~めっちゃ嬉しいわ」
「取りあえず冷凍保存してくるから待ってて」
「了解!!」
食べ物の話になって一気にテンション上がったな。この調子だと夜までノンストップで走りそうだな。
2階の冷凍庫にキノコを保存し、ミホノの元へ戻ってきた。
「さっ行こう」
2箇所の扉をしっかりと閉めて出発した。
「この辺りでは何を採るの?」
そう言えばミホノには言ってなかったな。
「調べたんだが、結果現地に行って良さそうなものがあったら手当たり次第採っていこうってなったんだよ」
「なるほどね~だからさっきみたいに急に停めてって言ったんだ」
「その通り」
さすが、話が早くて助かる。
「でも、走るスピードは落とさなくて大丈夫だからな」
「はーい」
馬車のスピードは大体時速20キロから30キロだ。ミホノに頼んでもっと早く走れば60キロぐらいのスピードが出るのだが、旅はゆっくりやっているので今のスピードぐらいで十分だ。そして、このスピードならば森の中に生えてる植物やキノコを見つけるのは簡単なのだ。
この日はこの調子で進んでは止まりを繰り返して終了した。
晩ご飯は予定通りシチューで人間の姿に戻ったミホノが10人分の鍋で作ったシチューの半分を平らげた事に凄く驚いた。ホントに腹減ってたんだな。
それからしばらく日を跨いだある日。
「ガォォォォォ!!!」
いつも通りの速度で山道を移動をしていたら突然ミホノの体目がけて猛獣が飛んできた。
「危ない!!」
とっさに椅子から立ち上がった俺は猛獣が彼女に触れる前に短剣を抜いて、爪をはじいた。
俺の腰には短剣が2本しまえる短剣入れとちょっとした道具を入れられるポーチを身に付けている。
「ミホノはそのまま走ってゆっくり止まれ。俺はこいつを倒してから追いつく」
「了解!!気を付けてねオウカ」
「おう!」
可愛いヒロインの声援を受けちゃったら負けられないよな。
猛獣の正体は密林の王トラだった。でも、トラにしては色が茶色……トラ特有のボーダー柄があるからトラなんだろうが……何か嫌な予感がするな。
「ウガァア!!!」
トラは俺に考える暇を与えてくれないようだ。
正面から飛びかかってきたトラを素早くかわし、背後を取る。そのまま短剣をトラの後ろ足に目がけて振りかざした。
すると、トラの足から真っ赤な血が噴き出し地面に落下した。
足を負傷すれば多少スピードも鈍くなるはずだ。
そう思ったのだがなんとそのトラは顔色1つ変えずに俺の事を睨んでいた。
よく見ると吹き出していた血があっという間に止まり、次第に何事も無かったようにさっきと同じ4足で立っていた。
「なるほど。お前はは虫類の何かと混血してるな?」
は虫類の場合は尻尾を切られてもすぐに再生する。その再生の部分と彼ら特有の茶色のボディーを遺伝してしまったのだろう。
となると四肢を攻撃してもあまり意味はなさそうだな。
好きを突いて懐に周り、心臓をひと突きするなどの即死ダメージを与えないとダメだ。
俺はトラの猛攻を避けながら相手の隙を狙おうと短剣で軽くジャブを打っていた。
しかし、彼もこの森で多くの敵と戦ってきたのだろう。こちらに隙を与える事をしてくれなかった。
どうしたものか。ここは少しリズムを変えて、攻めてみるか。
トラが再度突撃したタイミングで彼の顔を蹴り上げた。すると、トラは蹴り上げた方向に飛び上がった。
これはチャンス。今までで無かった隙がようやく出来た。俺はすかさず短剣を彼の心臓目がけて突き刺した。
しかし、彼に短剣が触れる直前。トラはこれを狙ってたと言わんばかりに短剣を弾き飛ばし、空中で俺の事を捕まえた。
形勢は逆転。トラは今にでも俺の頭を食いちぎろうと口を名一杯開けた。
だが、甘い。相手に1番の油断が生じるのはトドメの一撃を加える瞬間。
俺に武術を教えてくれた先生がくれた言葉だ。
その言葉通り、捕まる直前に今まで使うのを見せていなかったもう1本の短剣に手を伸ばし、口を開けた瞬間にトラの前足を細かく切り刻んだ。
血が吹き出し、辺り一帯が真っ赤に染まった。
トラもこの事態は想定していなかったようで一瞬動揺した。
俺はその隙も逃さず、トドメの一撃を彼の心臓目がけてくらわせた。
すると、トラはしばらく暴れた後ピタッと動かなくなった。
絶命したのだ。
短剣をトラから抜き取るとそこからも血が噴き出した。
「ふう、疲れた……服も返り血でベトベトだ」
飛ばされた短剣も回収し、ようやくミホノの元へ戻った。
「えっ……大丈夫なの?」
全身を真っ赤に染めた俺の姿に一瞬青ざめたような表情をしたが、平然と歩いているのを見てホッとした表情を浮かべていた。
「もちろん。今からトラの肉を回収してくるからちょっと待ってて」
「りょ、了解……」
自分よりも食材を優先する俺にドン引きしたかな?俺も自分の行動に「何やってんのこいつ」って思ってるししょうが無いよな。
キッチリトラの肉を回収したら近くの川にでも行って体を洗おう。
トラの肉を冷凍庫にぶち込むと再出発した。
「何で、こういうときに川ないの……」
トラと戦って30分。俺達は体を洗える水場を求めてルートから外れた道を進んでいた。
時速50キロぐらいの速さで走るミホノ。お陰で液体だった血は完全に固まり今や皮膚の一部みたいに俺の体に付着していた。マジで早く見つかってくれ~割と気持ち悪くて変な感じなんだ~
俺の自我に気持ち悪いという感覚があることに意外性を感じているとようやく川が見つかった。
「良かった~見つかった~」
ホッと一安心のミホノは今日1番の安堵の表情を浮かべた。
「んじゃ、早速水浴びしてくるから」
「了解。私はここで待ってるね」
「ん、了解」
俺は椅子から降りて、ゆっくりと川へと向かった。
「うわっすっげー冷たい」
山の川はとても冷たい。ここが夏の山といえどいきなり全身で入ったら心臓がびっくりしそうだな。
と言うわけで足から順々に水の冷たさに慣らしていこう。
川に両足を入れたタイミングで血まみれのズボンと長袖を脱いだ。
パンツ一丁になると足が付くかギリギリの深さまで進み全身を水に沈めた。川は水流があるためジッとそこで立っているだけで自然と汚れが落ちていく。固まっていた血液もとっくに無くなりいつも通りの焦げ茶色の肌が露出した。
チャポン。頭も水の中に浸かり、顔に突いた血も洗い流す。
「ぷはぁ。あー気持ち。夏の川って最高だよな~」
今日もかなり暑かったからな。川の水にさえ慣れてしまえば最高な水浴び場だ。
「ミホノも入れよ。気持ちいぞ」
大声でミホノがいる方に声をかける。
「わ、私はいいから今はオウカ1人で楽しんで」
彼女からも大声が帰ってきた。そうか、なら良いか。
しばらく1人で川を楽しんだら汚れた服を洗って荷台に戻ってきた。
「ちょ!なんでパンツ一丁なの!!」
俺の気配を感じたのか、荷台後方を覗くように見て来たミホノは目を瞑りながら顔だけを背けた。
「あ、ワリい」
水の気持ちよさで俺がパンイチだったことを忘れていた。
「すぐに着替えるからちょっと待ってて」
「大至急お願い」
圧を含んだ声に気持ち急ぎめで洋服を着替えた。
洗濯した服は2階に干してきた。
「お待たせ~」
「大丈夫?血は付いてない?」
「恐らくな。あれだけ長く水に浸かってたら落ちてるだろう」
川の流れもかなり早かったしな。
「それじゃ出発するね」
「おう、宜しく」
「大分道から外れちゃったから道案内宜しくね」
「了解だブラザー」
「何よそれ」
「なんか頭の中に降りてきたんだよ」
そんな事より早くナビしろよって話だ。
俺は荷台に放り投げておいた地図とコンパスを持ってミホノに進行方向の指示を送った。
ンタンバラまで後3000キロ俺達の旅はまだまだ始まったばっかりだ。