オウカの想い
翌日。
今日は自然に目が覚めた。
朝日が窓から差し込む前だったらしく室内は真っ暗だった。
俺はミホノを起こさないように手探りでベッドから降りてキッチンの明かりを灯した。うん……光弱いな~
「そうだ、今日は昨日の残りがあったんだ」
いつも通りパンをこねようと思ったのだが冷蔵庫にしまったピザを見て昨晩の事を思い出した。
ミホノを寝かしてから作業でもしようかと思ったけど結局寝たんだった。
今日は明日の出発に向けて旅の装備を完璧にする作業が待っている。
時間が惜しいので早速朝食を作り始めた。
作ると言ってもフライパン等で昨日の残りを温める程度。こんなのすぐに終わる。
「おはよ……」
火に料理を掛けるのも早かったため、ミホノの目覚めもいつもより2時間ほど早かった。
「おう、おはよ。調子はどう?」
「最悪……」
顔色の悪さとセリフが二日酔いの症状を物語っていた。
「うっ……」
早速ベッドから飛び起きてシンクへと駆け込む。
この先はご想像の通り悲惨なものだった。ホントに豪快だった。
「もう少し寝るか?」
「ううん、大分楽になったから大丈夫」
シンクに近い側の丸椅子に座り、テーブルの上に置いてあった飲料水を手に取った。
「ぷはーお水美味しい」
分かる。お酒の後はただの水が1番上手いよな。
「朝飯は食べられそうか?」
「うん……むしろ全部出たからお腹空いてる……」
そりゃ、そうか。
俺は何事も無かったように2人分の朝食をテーブルの上に置いた。
本日のメニューは昨日のピザとサラダのみ。俺にしてはマジで手軽なメニューだ。
「今日は大分楽したね」
「まあ、昨日こだわったし、今日は朝から活動したかったからな」
俺だって料理よりも優先順位が高いものがあるのだ。
「ちゃっちゃと食べて早く作業を終わらせちまおう。じゃないと明日の出発に間に合わない」
「了解」
お互い黙々と食べ進めると、朝食はものの5分で終了した。
ご飯が食べ終わる頃には朝日も大分高く上っていた。
「今日も暑くなりそうね」
前後の扉を開けた俺達は、それぞれの扉から顔を出して、いつも通りカンカン照りな太陽に文句をぶつけた。
「ああ、作業日としては最悪だな」
「ねー早く終わらせて町にご飯でも食べに行きましょ」
「なんだ、まだお金残してたのか?」
「うん、今回は意外と買い足すものが少なかったのよ」
「服買ってたじゃん」
「1万ぐらい残っちゃったのよ」
「そうか、なら食べに行くか」
この町との送別の意味もこめてな。
「そうと来たら日が暮れるまでには準備を終わらせなくちゃな」
「当然!頑張るよ~」
両手で握り拳を作ったミホノ。彼女のやる気を見たら俺も頑張らなくちゃと気合いを入れるしか無い。
早速2手に別れて作業を行った。
ミホノは2階でコムギの収穫。俺は外で装備品の創作だ。
俺はミホノが買ってきた魔石や鉱石、薬草などを持って
ベッドや机が置いてある側にやって来た。
こっち側には床下収納にアクセスできる扉が付いており、そこから金槌や研石など加工に必要な道具が揃っている。
「さて、何から作ろうかな……」
一旦部屋に戻って装備を入れている箱を取ってこよう。
「えーっと、取りあえず短剣の予備を作るか」
鉄鉱石を自家製の製鉄炉にぶち込んで鉄が出来るのを待つ。
その間に木材やら石材やらをトントン、カンカン、キリキリしてナイフの柄を作っていく。
「たまには飛び道具でも使ってみるか」
ナイフは毎回作っているので正直飽きた。対して飛び道具はあまり使わないので作ることも無かったのだ。
「獲物にゴリラクマもいることだし、遠くからも攻撃出来た方が何かと都合も良いだろう」
「えっ、あの指定危険種と戦うつもりなの?」
そこへ、コムギを腕一杯に抱えたミホノがやって来た。
「ああ、昨日。町役場のおっさんとゴリラクマの話になってな色々あって今回のメイン食材にすることにした」
ちなみにゲットする予定の数は2体だ。これだけあれば、ンタンバラでも1日は持つだろう。
俺は地面から立ち上がり、床下収納から製粉機を取り出してやった。
「聞いてないんだけど……」
スイッチを入れた製粉機の頭からコムギを順々に入れる。これをしばらく放置しておけば下の出口から小麦粉が出てくる仕組みだ。
「言おうと思ったら昨日は色々あって言えなかったんだよ」
特にミホノ爆飲み事件とかね。
「……そうだったのね」
コムギを全て入れ終えたミホノは荷台に寄りかかって地面を見ていた。
どうやら昨日の事は覚えているらしく、自分が行った行動を悔いているようだ。
「いいよ、昨日は俺が悪いんだし」
ミホノの気持ちを考えなかった俺が悪い。
「いや、私たちの命を守るための調べ物でしょ?それで遅れたならしょうが無いよ。私こそごめん。ワガママ言って」
言いながらさらに顔を下に向けた。
顔を覗こうにも長い銀髪が邪魔して中々見えない。きっと悲しそうな顔をしているのだろう。
雰囲気がすっごく重い……これから旅立とうとしている人達の雰囲気じゃ無いな。このまま旅立ったらそのまま分裂して別々の道を歩きだそうだ。それは死んでもごめんだ。
しゃーない。
作業に戻ろうと座りかけたがすぐに立ち上がり、彼女の目の前に立った。
「えっ?」
彼女の銀髪に手をかけ、顔を露出させる。
「やっぱり泣いてるじゃん」
彼女の瞳には涙が溢れ、頬に1滴流れた。
「そんなに気にするなって」
頬の涙を手で拭い、そのまま頭の上に乗せた。
「今回はお互い様って事でこの件は終わりにしよう。どっちも悪かった!以上だ!!」
ニコッと自分の中で1番優しい笑顔をしたつもりだ。これで涙が止まってくれると良いのだが……
「うん……分かった」
ミホノは自分の手で涙を拭い、とびっきりの笑顔を返してくれた。
よかった、取りあえずホッとしたよ。
「そしたら、俺の作業を手伝ってくれよ。思ったより凝っちゃって時間が掛かりそうなんだ」
「なんで、あんたはいつもそうなのよ。少しぐらい手を抜きなさいよね」
いつも通りお母さんのようなセリフを吐きながらミホノは俺の隣に腰を下ろした。
仲直りをしてから4,5時間が経った。
その間俺達は様々な道具、食料を作った。
主なものを上げると俺の武器である短剣の予備3,4本、体力や傷を応急処置するための回復薬を1L瓶に100本ほど、大きな獲物を狩るための罠を作るスコップを2つ作った。こんな感じだ。新しく作ろうとしていた飛び道具はミホノの「んなもん要らない」と言われたので潔く作るのを辞めました。どんな武器が出来るか楽しみにしていた方々には大変申し訳ないと思ってます。
後は、部屋の中の魔石を交換するだけだな。
「あれ?冷凍庫また作ったの?」
「ああ、今回は大物の肉も入れるから念のためな」
武器等の隣に置いてある一際大きな箱。これこそミホノが言った冷凍庫だ。
冷凍庫の中には昨日ミホノが買ってきた『絶対に溶けない氷』を細かく砕いて壁一面に貼り付けている。箱内の温度はマイナス20度ぐらい。食材を冷凍するのに適している。
これに魔石と呼ばれる魔力を込めた乾電池のようなものを4つほど取り付け、俺の魔法『重力を限りなく0にする』を付与して持ち運びやすくした。
「まあ、あるに越したことないからな」
「それはそうだけど……また、2階の更衣スペースが無くなったんじゃない?」
確かに、これと全く同じサイズの冷凍庫・冷蔵庫が1つずつある。2階の天井的にこれ以上積み上げることが出来ないから必然的に更衣スペースを削ることになるな。
「なんか徐々に私の着替える場所が奪われているのは気のせいかな?」
「いえ、完全に考えてなかっただけです」
作ってるときはマジで「もう一個増やすとか考えたやつ天才だろ」とか調子に乗ってたせいでそういった大切な事は考えていませんでした。
「作っちゃったものはしょうが無いから次から気を付けてね」
「はい……」
1回仲直りしたのに……一緒に生活するって難しいよな。
「取りあえず、作ったものをしまっちゃいましょう。じゃないとご飯屋さん満席になっちゃうわ」
「了解」
ここは彼女の言うことに従いましょう。
俺は率先して荷物を元あった場所に戻した。
ミホノはその間にスペースの狭くなった更衣スペースで着替えをしていた。
「よし、全部片付けたな」
散らかした場所にはチリひとつ残っていない。
後はミホノの着替えを待つだけだ。
扉にある階段に腰を下ろし、待っていた。
空は既にオレンジ色に染まっており、今日が終わることを俺達地上の生物に告げていた。
町に目をやると徐々に明かりが灯り始め、昼間とは違った姿に変わっていた。
「町の光も捨てたもんじゃないな」
人工の光ってあまり好きじゃないが、こうも町以外が真っ暗だとイルミネーションのようにキレイに見えてしまう。
イルミネーション、好きなんだよな〜後、観光名所のライトアップもな。アレも観光客の心を奪うように上手く設計されてるよな~
「ねえ?」
なんて妄想していると扉が開いた。
少しだけ開くと、隙間からミホノが顔を出している。
「どうした?」
「貴方も着替えてよ。一緒に居る人がそんな虫取り少年みたいな格好してたら恥ずかしいわ……」
「え~」
確かに、昨日と全く同じ格好で今日1日外にいたからこんがり焼けてるけどね。
「え~じゃないわよ。そう言うと思ったからもう着替えも用意したの。ホラ、私が着替えさせてあげるからこっち来て」
「そこまでしてくれたんなら1人でやるよ」
結局着替えの何が面倒くさいかって服を選んで取り出す所だよな。
俺はその場で立ち上がり、ミホノと入れ違いで部屋の中に入った。
数分後。
「やれば出来るじゃない」
ミホノが用意してくれた洋服に着替えて扉を開けた。
上半身を白のTシャツ、下半身を黒のジーパンを身につけた。
俺を見上げる彼女のお嬢様っぷりからしたら、たいした事無い格好だが俺自身としてはかなりお洒落をしている方だ。
お洒落をしている自覚が出たお陰で髪も少々いじりました。
「良いじゃん。髪もよく似合ってるよ」
「どうも」
階段を降りた。すると、ミホノが俺の腕に手を回してきた。
エスコートしろって事ですか。良いですよ。貴方みたいなキレイな人をエスコートできる事が男として嬉しいですよ。
「ふふ、照れてる?」
「別に……」
街灯の無い道でそんな反応したら絶対に照れてることバレてるな……
しばらく歩いて商店街までやってきた。
太陽もとっくに沈んでいるはずなのだがここはとても明るくとても賑わっていた。
「どこで食べる?」
「そうだな……」
商店街の真ん中には飲食店がひしめきあっていてどこからもそそられる良い匂いが漂ってきた。
「イタリアン、フレンチ、和食にハンバーグか……どれも普通だな。ッ痛!」
足踏まれたんだが!?
「あまりそう言うことは道の真ん中で言わない方が良いわよ」
「だって……」
「目新しいものがなさ過ぎてつまらん」って言おうとしたがミホノの笑った目が怖かったので辞めました。
「オウカは黙ってて、私が決めるから」
「おう、任せた」
絶対にその方が良さそうだ。俺が選んだ場合多分どこにも入らず荷台に戻って自分で料理するって言いそうだしな。
「ここがいい!!ここにしよ!」
「了解」
しばらく悩んだ末ミホノが選んだのは和食専門店だった。和食って何で和食って言うんだろうな?この世界を作った人の生まれた場所ではそう呼ばれてたって聞いたことがあるけど俺達にとっちゃ不思議な言葉だよな。それはフレンチにもイタリアンにも言える。
「いらっしゃいませ~」
そんな事はどうでも良い。店内に入ると既にお客さんで一杯だった。
へえ、意外と繁盛してるんだな。
客層はどんなものなのか見てみると結構バラバラな事が分かった。そう言えばここは宿場町だったな。てことは大体の人がここに泊まっている人なのかもな。
「お決まりになりましたら、こちらのボタンでお呼びください」
「分かりました」
へえ、これを押したら店員さんが飛んでくるんだ。どんな魔法が使われてるんだろうな。
「押すなよ」
「押さないって」
お母さん、いちいち釘を刺さなくても大丈夫だからね?
「というかこれ見てよ?」
「ん?」
ミホノが差し出してきたのは見開きで描かれたメニュー表だった。メニュー1つ1つに完成品の絵が描かれておりメニューの想像が簡単に付く。俺達もメニュー表に絵を取り入れてはいるがやはり上手ければ上手いほど完成品の想像が付きやすいよな……
俺は服に忍ばせてきたノートを取り出し、「絵の向上。必須」と記入した。
「何よそのメモ……」
「え?絵が上手いから完成品が想像しやすいねって事じゃ無いのか?」
「違うわよ。私が見せたかったのはこれ」
彼女が指差したのは商品の値段だった。
「あ、そっちね」
確かに、うちで提供してる料理よりも3倍は高い。
「普通はこれぐらいの値段で設定するのよ。利益を出すためにね」
ミホノのキリッとした目つきが俺の心をえぐった。
「でも、うちの店主と言ったらかたくなに低価格で料理を売ってギリギリの生活をしたがる。お金を持たない方が旅感が出るのも分かるし、低価格で売った方がお客さんがたくさん来てくれるのも分かるわ。けど、改めてこのお店を見てどう?席はほぼ満員よ」
3倍の値段でも料理が美味しければお客が来てくれる。彼女はそう言いたいんだろう。
「私もお金が欲しくて言ってる訳では無いのただ、ずっとこの生活をしていたら必ず金欠になって苦しい生活をせざるを得なくなる事は目に見えてるわ」
それは俺も重々承知しているし体験もしている。
「せめて、100円値上げしましょ?そうすれば……」
「俺は値上げはしないよ」
言葉を遮り口を開いた。
彼女は俺が心配なのだ。旅の途中死に物狂いで獲物を狩って傷を負いながら料理の材料を手に入れる事が。旅の準備の度に汗水垂らして自分たちの命を守る道具を作っている事を。そんな大変な思いをしてまで旅をして欲しくないって事をね。
「値段を上げない理由。君には言ってなかったね」
ミホノは勘の鋭い子だからもしかしたら気がついているかも知れない。けど、直接は言ってなかったから良い機会だ。
「俺はこの魅力的な大陸を隅から隅まで見たいんだ」
魅力的な自然、見知らぬ町や人、ちょっと危険だが凶暴な動物との出会いもまた魅力的だ。
「そんな旅には必ずしも自由が必要だ」
何年かかるか分からない旅。下手したらお爺ちゃんになるまで続くかも知れない。けど、死ぬまでそんな旅が出来たら恐らくこの大陸で1番自由で楽しい人生を送ることが出来る。
「自由を求めるにはお金は要らない。もし、ここで値上げをして少し贅沢な生活が出来たら俺達はこう思うはずだ『ああ、もう危ない目や疲れる生活をしなくて済む』とな。そして、旅を辞めて普通に町で料理屋を開いて過ごす。そんな未来が見える」
それは俺がやりたかった事ではない。
「今の生活がキツいのは俺だって分かっている。何度も死ぬ思いをしたしな。けど、それ以上に全てを成し遂げ辿り着いた町で嬉しそうに料理を食べるお客さんの顔がどれだけ幸せに感じるか。旅の途中の君との掛け合いがどれだけ楽しいか。俺はこの何者にも変えられない高揚感を感じられなくなるまで旅を続けたい!だから必要以上に値段を上げる必要は無い。これは旅を最大限に楽しむために掲げた事なんだ」
ミホノと旅を始めてようやく旅の目的を話した。あの時はとにかくミホノに付いてきて欲しかったから。あまり話していなかったのだ。
だから、俺の本心を聞いて「私はやっぱり帰るね」と言われてもなんの文句も無い。
真っ直ぐ俺をみつめる彼女は何度も首を縦に振って話を聞いてくれた。
まだ料理も頼んでいなくてお腹がペコペコのはずなのに。
「貴方の本心を聞けて良かったわ。確かに『旅を最大限に楽しむため』にはお金は邪魔よね。ごめん、私が間違ってたわ」
理解してくれて良かった。けど、俺の心配はそこでは無い。彼女は今後も俺に付いてきてくれるかだ。もし、ここで俺に付いてきてくれると言ったらこの先の人生ずっと厳しい思いをしなくちゃいけない。俺が彼女の立場だったらやりたくないと言ってしまうかも知れない。
「ようやく私も本気で旅に望めそうね」
「えっ?」
「私、実は貴方に誘われてから本当に旅を楽しめてなかったの。貴方とふざけ合いながら旅をするのは楽しかったけど、無理して頑張る貴方の姿を見ていたら『早く止めた方が良いんじゃないか』って何度も思ったわ」
やっぱり俺を心配してくれていたのか。
「けど、貴方が本気でこの旅を楽しもうとしてるって分かったら私も本気で付き合わないとって思ったのよ。正直貴方との旅の途中は疲れるし、神経をずっと張り詰めていないといけないからつらいって思う時もあるわ。だけど、それを乗り越えた時にやるお店は私もすっごく楽しくて幸せだから辞めたくない。それに貴方の料理を毎日食べられなくなるしね」
本気か……ってことは彼女もつらい時よりも楽しくて幸せな時の方が多いって事だ。
「だから、これからは貴方の意見に賛成するわ。値段設定も貴方に任せるし生き方も貴方に付いていくわ。ただしね?」
「ただしね?」
「お金の管理と行き先はこれからも私が決めるわ。貴方にお金を任せていたらそのうち売り上げたお金を100%キャッシュバックする可能性だってあるもの。それに、貴方に行き先を決められたら1年旅をしなくちゃいけなくなりそうだし。さすがにそんなに長いのは嫌」
「だよね……」
やば、今回ミホノがンタンバラにしなかったら最低でも2,3ヶ月はかかる海の方に以降としてたわ。ホント、ミホノに行き先を決めて貰って正解だった。
「早く注文しましょ?じゃないと私たち店員さんに追い出されてしまうわ」
ニコッと笑った彼女はメニューに目線を落とし嬉しそうに眺めていた。
そんな彼女の姿が可愛くてがちで惚れそうになった。いや、もう惚れているのかもしれない。