情報収集
ミホノと別れて町の役場がある通りへとやって来た。
こっちの通りは時間的な事もあるのかとても静かでピリッとした雰囲気が漂っていた。
その中、ちんたら歩くと5階建ての建物の前まで来た。この建物が町役場だ。
「すいません」
建物の中に入って俺のキッチンの何倍も長いカウンターの隅っこで役場の職員を呼んだ。
「はい?」
やって来たのは全身を黒のスーツに包んだ。ガタイのいいおじさんだった。
肩、胸、腕の筋肉が協調され、いかにも腕っ節が強いですよとアピールしている格好は町役場に来るお客さんを圧倒するには十分過ぎた。
「って、昨日の」
「あ~昨日うちに来てくれた」
どっかで見たことあるなって思ったんだよな~
「すいません、何度もお邪魔しちゃって」
「いえいえ、昨日はうちの職員も何名かお邪魔したようで……さっどうぞどうぞ、こちらへ」
おじさんは手で階段を指した。どうやら2階で話を聞いてくれるようだ。
「昨日は私もごちそうになりました。あれだけお料理が上手なら凄く儲かったでしょ?」
階段を上がる途中。おじさんは昨日俺が振る舞った料理の話を始めた。
「いや、うちは価格を低く設定してるんでお客さんの数ほど儲かってはいないですね」
「確かに、商店街でパンを1つ買えるぐらいの値段でしたね……何でまたそんな低価格で?」
良く聞かれるんだよな。でも、話せば長くなるからいつもちゃんと返せない……だから、
「お金に興味が無いのと俺の料理で皆が幸せな顔をしてくれたら嬉しいからですかね」
いつもこうやって答える。本音はただ旅がしたくてその資金を集めるための商売。けど、料理でお客さんが笑顔になってくれたらマジで嬉しいので全くの嘘を言っているわけでは無いのだ。
「素晴らしいですね。価格を設定すればそれだけたくさんの人の幸せな顔を見ることが出来るって訳ですか」
「まあ、そんな感じです」
雑談をしていると木製の扉の前でおじさんが立ち止まった。
「どうぞ、こちらへお入りください」
招かれ、中に入るとそこは2人掛けのソファーがローテーブルを挟んで2つ置かれただけの簡素な部屋だった。見るからに応接室だな。
「どうぞ、おかけください」
「で、では……」
こんな立派な所に通されるような案件じゃないんだよなって思いながら腰を下ろす。格好も半袖ハーパンだし……こうなるんだったらちゃんと服を着替えてくれば良かったぜ。
「で、ご用件はなんでしょうか?」
ニコニコと笑顔を浮かべながら聞いてきた。そんな笑顔に凄くどうでもいい質問をするのが申し訳無いと思ったがまあ、気にせず聞くか。
「俺達、次の目的地をンタンバラに決めたんです」
「ほう、それはまた大きな町ですね」
「俺の相棒が行きたいって言ったんでね」
俺も行きたかったし。
「ンタンバラには2人とも1回しか行ったことが無くて何も情報が無いので『どんなところなのか』とか『あの町の人はどんな料理が好きなのか』を聞きに来たんです。すいません、超どうでもいい質問で……」
「全然、気にしないでください。町の性質上周辺の町の情報は良く聞かれますので……」
全く嫌な顔をされなかった。そう言えばここが宿場町であることをすっかり忘れていた。
隣の商店街の通りをずっと真っ直ぐ行くと宿がたくさん出てくる。この町のメインの収入源でこの辺りの町では1番人気があると聞いた。
「少々お待ちください」
言うと、部屋の隅っこに歩き出し何冊か本を持ってきた。
よく部屋の中を見ると本がびっしりと埋めてある本棚が3包囲の壁にあることが分かった。パッと見、壁の柄に見えたからびっくりした。
「お待たせしました」
テーブルに置かれたのは3冊。1つはンタンの国土の情報が載っている本。2つ目はンタンバラの情報が載った雑誌。3つ目が道中の森の情報が載った本だ。
おじさんは2つ目の雑誌を開いて俺に見せてくれた。
「ンタンバラは知っているかと思いますが私たちが今いる『山岳国家ンタン』で1番大きな町です。町の半分を『夏の山』『冬の山』に属しているこの大陸でも数少ない四季が存在する町ですね」
そうか、あそこはちょうど中間だったか。
夏の山、冬の山というのはンタンの国土を南北で半分に分け、比較的暖かい地域を夏。寒い地域を冬としているのだ。今俺達がいるのは南部の夏で年中25度以上の気温を記録するエリアだ。
「大都市と言う事もありまして人口も大陸トップ5を誇ります」
「それは予想付きますね」
てことはいつもよりも材料は多めに用意した方が良いかもな。そして価格も下げる。
「産業も発展していて大企業の本拠地が結構あるって聞いたことがあります」
「さすがです」
おじさんは雑誌を捲り別のページを見せてきた。
「この通り、この町には主に鉱物系の会社が多く存在してます。特に魔石を発掘する会社はほとんどンタンバラに集結していて、毎日しのぎを削り合っているとかいないとか」
え、怖っ……急に行きたくなくなったな……
「でも、町役場の方々はとても心優しい方が多く、恐らくですけど出店に喜んで協力してくれると思いますよ」
「そうなんですね」
今まで、出店に関しては協力してくれない町の方が多かったからな。この町は協力してくれた方だけどホントにダメって言われた所では町からかなり離れた森の中で店をやった事もあったっけ。あの時は中々売れなくて無償でご飯を提供したな~そして、資金もそこを尽きしばらくパンだけの生活をしたな……もうあんなきつい思いはしたくない……
「料理に関してですが、私が知っているのは冷たい食べ物が好きってことぐらいですかね?何分、山で仕事をする人が多いため冷たい食べ物でリフレッシュしたい方が結構いるって聞きます」
「結構、知ってるじゃ無いですか」
好みを教えてくれただけでも十分過ぎる。後は俺が何を作るかを決めるだけだしな。
「後はンタンバラへの道中の情報も欲しいです」
「それならこちらに……」
おじさんは一旦雑誌を取り出し、3冊目のこの森の情報が載った本を手に取った。
「あなた方ならこの森がかなり危険だと言うことは知っていますよね?」
「はい、一応は」
伊達に旅商人をしてないのでね。
「では確認になっちゃうと思うのでサラッと注意事項を読み上げますね」
ちょうど適当なページを見つけたらしい。
「この森には特別な能力を持った動物がわんさか生息している。この森を個人で進む場合は最新の注意を払い、入念な準備を怠らないこと。また、それでも怖いと思う者は冒険者を雇うこと以上です」
ホントにサラッとだったな。でも、彼が言ったことに間違いは無い。そのために今こうして情報を集めているのだからな。
「特に、ここからンタンバラに行く場合町直前のエリアに『ゴリラクマ』というギルドの危険動物リストにも載っているな動物が生息しているので特にご注意ください」
ゴリラクマか。たしか全長5メートルを越える直立歩行可能なクマだったな。奴らは聴覚と嗅覚が発達しているから側を歩いただけですぐに襲ってくるとか。
「確か、奴らの肉は精肉業界でもかなり高値で取引されるぐらい美味って聞きますよね?」
「その通りです。彼らの肉はA5のブランド牛なんか比べものにならないくらい柔らかくて味も濃厚だと聞きます。それ故にデパートなどでは一切れ20万はくだらないですがね……」
すげーな。ほぼ俺達の全財産だ……買いでは到底手に入れることは出来なさそうだ。
「その他は特に問題なさそうですね。ここに到着出来た時点でかなり旅には慣れていると思いますし」
「そうですね、大丈夫です。すいませんわざわざ俺みたいな行商人に時間を取らせてしまって」
「いえいえ、これも私たちの仕事ですから。それに、あなた方にはもっと有名になって貰いたいですから。大陸中で人気になったらまたいらしてください。その時は町を挙げて歓迎致しますよ」
最後の最後で凄いビジネスチックになったな……
「有名になれたら考えますね……」
1階に降り、別れ際にそんな会話をして町役場を後にした。
その後、町の観光案内所でンタンバラの飲食店が何を提供しているかを聞いた。すると、町役場のおじさんとは真逆の「暖かい料理が好まれるかも」と言われたのだ。なんでも、冬の山は厳しい寒さらしく、暖かさを求めてやって来た人々がこぞって温かい料理を注文するらしい。
「なるほどな……温かいものと冷たいもの両方を出す……季節感なんて全く無いな」
同時に出すとかあまり考えない方がいいのかもな。
観光案内所を出た今。次の目的地に向かっている道中でブツブツと呟いていた。
それにしても、ンタンバラの人は普通の食事をしているようだな。飲食店のメニューを見せて貰ったがどこの家庭でも絶対出てくるような料理や飲食店の定番メニューしか出てこなかった。提供する側としたら新メニューを考えずに済むから良いとは言え少しつまらない。
やっぱり新天地に行ったら新しい事をやってみたいと思うのが普通だ。
「いらっしゃい」
「どうも」
やって来たのは商店街とオフィス街の間に位置する小さな本屋さんだ。この町には図書館と呼ばれるものがなく、調べ物をする場合はこの本屋さんで行う必要があるようだ。
この本屋さんでは本を購入する事はもちろん、貸しだしや店の中で勉強をする事も出来るらしい。むしろ、こっちの方が本屋と図書館のハイブリットで使い勝手が良さそうだ。
店内に入って2階に上がると例の勉強スペースが出てきた。
空いている席に座り、早速本を物色し始めた。
今日はこの町の休日に当たるらしくてこのようなお堅い施設には人っ子1人いないらしい。
俺にとってはこっちの方が都合が良い。
「よし」
大体、集まったな。
メインはこの森に生息する動物、植物の生態を記した本。これを元にンタンバラまでの道中で何を採取するかを決めるのだ。
「さっき、おっさんが言ってたゴリラクマはちょっと気になるよな」
タイミング的にもこの度で手に入れないと二度と触れあう機会がなさそうだ。
早速、ノートにメモだな。
「メインをゴリラクマにするとして……」
上質な肉を彩るのは色とりどりな野菜と腹を満たす主菜だ。
主菜はうちのコムギを使うとして、野菜は何にしようか。それもお肉に合うものがいいよな。
本を捲りちょうどいい食材が無いか調べる。こういうときって出てこないんだよな。で、どうでも良いときに出てくる。なんなんだろうなこれって、神様にもて遊ばれているのだろうか?
「最悪行き当たりばったりでも良いか。どうせ町に着くのは1ヶ月後とかだし」
結局、野菜に関しては移動しながら決める事にした。
「お客さん。申し訳無いんだけど後5分で閉店時間だ」
「あ、すいません」
気がついたら窓から差し込む光がオレンジ色になっていた。ホウキを手に持ったおじいさんに話しかけられてしまった。
「すぐに片付けますんで」
「ゆっくりで良いから、それと昨日は美味しかったよ」
お、昨日店に来てくれたのかな?
「ありがとうございます」
「特に何重にも巻かれたパンは上手かった。アレも手作りなのか?」
クロワッサンのことかな?
「そうですね、あの屋台で育てたコムギから生地を作って焼くのもあそこでやってます」
「へ~コムギから。それは凄いこだわりだな」
「ええ、やっぱり皆の腹を満たすものに1番こだわりたいなって思ったので」
あと、単純にコムギが自然界で取れにくいからな。自分で生育した方が何かと都合がいい。
「あ~食べ物の話をしてたら腹減ってきたよ。今日は店はやっていないのかい?」
「すいません。うちは材料を全部切らしたらやらないんですよ」
材料はほとんど自然界から採ってくる。そのため切れた時点で営業は終了しないといけないのだ。
「そうか……せめてパンだけでも食べたかったんだがな……」
こう残念そうにされるとホントに申し訳無くなる。サービスしてこのおじいさんにだけ売りたいもんな。
「ホントにごめんなさい。またこの町にも来ると思うのでその時まで楽しみにしていてください」
「そうだな。そうしておくよ」
本もちょうど片付いたし、そろそろ俺はおいとましますよ。
「今日はありがとうございました」
「いいえ、またいらっしゃい」
おじいさんの微笑ましい笑顔はこの日の誰の笑顔よりも輝いて見えた。