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小さな町の静かな朝

「っん……」

 眩しい……

 重い瞼を開けると窓から朝日が入り込んできた。しかも、顔に直撃。目を覚ますには十分過ぎる仕打ちだ。

 手で日差しを隠しながら起き上がる。

 室内は真っ暗で日光が際だって明るく感じた。

 気温も適温で夏の朝らしい気持ちよさを感じた。

「ん~ん」

 右手に暖かい感触を感じた。

 見下ろすと銀髪ロングの美少女ーー俺の旅の相棒ミホノ・ミトが俺の手でほっぺたをスリスリとさすっていた。

 とても気持ちよさそうに寝ている。これを見ているだけで十分幸せに感じる。

「よし、飯でも作るか」

 ミホノには申し訳無いが手を返して貰うよ。起きないようにゆっくり手を離し、ゆっくりと立ち上がった。

 すぐ側に置いてある木製のサンダルに足を入れて、目の前の壁にずらっと連なっているキッチンへと向かった。

「もうすぐ切れそうだな」

 キッチン横に付いている照明の光が弱い。もう少しで魔石の魔力が切れるのだろう。後で買ってこなくちゃな。

 この明かりだけでは心許ないので部屋の前後にある扉2箇所を開けて光を入れた。

 これだけでも大分明るくなる。心地よい夏風が入ってきて気分も爽快だ。

「さて、今日は何を作るかな」

 冷蔵機能の要である氷の魔石も弱まっていた。こっちは大至急買ってくる必要がありそう。

「卵とベーコンか……」

 ある程度頭の中でメニューを決めた。

 一旦冷蔵庫から離れ、作業台へと移動した。

 作業台の上には昨日用意した小麦粉が置いてある。これにパンの材料となる砂糖、塩、ミルク等を適量入れてしっかりと混ぜ込む。

 しっかりと混ぜたらボウルから生地を取り出し、しっかりとこねる。この時の乳製品の良い匂いがたまらないんだよな~

 この作業もたくさんやって来たがこれがあるから辞められない。

 匂いを堪能してると生地が良い感じに滑らかになる。ここにバターを加えて再度練り込む。この工程が地味にうるさいからミホノが起きないか心配になる。

 チラチラ後ろを見ながらなるべく静かに生地を作業台に叩きつけた。

 キレイな球体に丸めてボウルに入れた。

 ここから生地が発酵するのを待つ。その間に、コンロの下に付いているオーブンのスイッチに火の魔法を注ぎ込む。

 オーブンを温めている間に部屋に着いているはしごを登った。

 2階にはコムギの農場がある。

 毎朝、彼らの生育状況を確認しては世話をするのが日課になっているのだ。

「収穫は明日だな」

 この品種は『2週間コムギ』と呼ばれるもので、文字通り植えてから2週間で成熟するのだ。これに俺が品種を改良して同じ土で永遠に同じ種類の作物が育つようにしたのでほぼ無限にコムギを手に入れる事が出来る。

「よし、こんなものだろう」

 オーブンに火を掛けてきたしそろそろ戻ろう。

 1階に戻る。ミホノはまだ寝ていた。俺が寝ていた所に侵入し、豪快に大の字になってな。

 あーあ、折角布団を掛け直したのにもう剥いじゃって……

 服もはだけて、白い肌のお腹が露出している。

 まあ、夏だし腹を壊すだけだから良いだろう。

 ミホノを放置して、キッチンに戻る。

 生地もこねたときよりも2倍に膨れ、オーブンも十分に温まっていた。

 ボウルから生地を取り出し、軽く手で押さえてガスを抜き、丸め直してあらかじめぬらしておいた布を被せて再度放置する。

 部屋の窓から外を眺める。ここからだとちょうど町が見える。木造の建物がずらっと並んでおり、町の奥には2000m級の山脈がそびえ立っていた。ここが山岳地帯であることを認識出来る。それにしても山の緑がキレイだな。後で山を眺めに外に出るのも悪くないな。

 景色に見とれていると時間が来たようだ。

 布から取り出した生地の空気を抜きながら棒を使って平らにする。

 平らにした生地を折りたたみ、形を整えていく。

 良い感じに成形出来たら油を軽く振ったパンの型に生地を入れて再度発酵を行う。

 ここまで来たら後は焼くだけなので先に他のものを調理しよう。

 冷蔵庫から卵を4つ、イノシシ肉のベーコンを取り出した。

 コンロの上に置いてあるフライパン2つの片方にバターを放り込みコンロにも魔力を注ぐ。しばらくすると火が点き、フライパンに熱が伝導した。もう片方のコンロにも火を点けフライパンを温める。

 溶け始めたバターをフライパンの上で転がし、良い具合になったら卵を一気に4つフライパンに載せる。同時にもう片方のフライパンにベーコンを6枚ほど載せた。

 数分間焼き、卵が半熟になった具合で火を止めた。ベーコンも香ばしい匂いがしたので火を止めた。

 ちょうど良いタイミングで発酵も終わった。型一杯に膨れ上がっているのを確認して、型に蓋をし、熱々のオーブンの中に入れた。ここから30分ほど焼成する。

 ベーコンの匂いも良かったがそれを上回るパンの良い匂いが部屋中に充満した。ああ、ずっとこの中にいたい……

「ん~良い匂いがする……」

 おっと、ようやくお目覚めのようだ。

 体をムクッと起こすミホノは重そうな瞼をこすりながらキョロキョロしていた。

「おはよ、ミホノ」

「おはよ~オウカ」

 寝ぼけているのか、服がはだけていることに気づいていないようだ。胸元が無防備で谷間が見えそうだ……

「あ、見た?」

 俺がソワソワしているのを感じ、急いで服を直したミホノ。キリッとした目線を俺に向ける。

「見てないと言ったら嘘になるな……でもしょうが無いだろ。起き上がったらそうなってたんだから」

「オウカのエッチ……」

 俺の言い訳は通用しないようだ。ミホノは胸元を押さえながらベットから立ち上がった。

 向かった先は冷蔵庫。そこからビンのミルクを取り出し、冷蔵庫の隣にある食器入れから木製のマグカップ2つを持って、ベッドのすぐそばにある椅子に座った。

 そこには折りたたみ式のテーブルがあり、組み立てればダイニングテーブルぐらいの広さになる。

 テーブルに持ってきたものを置き、ミルクを注いだ。

「もうすぐ出来るの?朝ご飯」

「ああ」

 朝から不機嫌なミホノはミルクを飲みながら俺を見上げた。

 そんなに不機嫌になるかね?だったら、ベッドも別にした方が良いでしょ?寝てる間も多分だけどお互いの体触ってると思うよ?今朝だって俺の手でほっぺスリスリしてたでしょ?それと、髪の毛。ボサボサだからちゃんと解かした方が良いよ。

 なんて、内心思っているけど口には出せないよな。

 気を取り直して、キッチンに向き直る。

 食器入れから底の浅い木製の皿2つと底の厚い皿1つを取り出す。浅い方はまだ使わないから作業台に放置。深い方は今冷蔵庫から取り出した葉物の野菜をサラダにして載せるために使う。

 野菜を洗い、食べやすいサイズにカットし、順々皿に盛り付けていく。

 これでも、料理人なので見た目には結構気を遣う。

 レストランで出てくるような感じで盛り付けをすると。

「よし、完成」

 見た目は美味しそうだ。もちろん味も美味しいけどな。

「ほれ、そんな膨れるなって」

 サラダをミホノに手渡す。

「別に、怒ってないよ」

 いや、そう言うやつは大体怒ってるんだよ。今も眉毛が眉間に寄ってるだろ。

「なら、前菜としてサラダでも食ってろ。もう少しでパンが焼けるから」

「分かった」

 冷蔵庫から自家製のドレッシングと食器入れから金属製のフォークを取ってやった。

「ありがと……」

 こういうときはとことん優しくしてやるのがこいつとの付き合い方だ。後もう一押し優しくすれば機嫌も治るだろう。

 言ってる間にオーブンに取り付けてある砂時計が全て落ちきった。

 オーブンの扉を開けるとよりパンの良い香りが漂った。

「うわ~良い匂い~」

 ミホノが思わず感想を漏らすぐらいには良い匂いだ。

 型を作業台に載せ、中からパンを取り出した。小麦色に染まった表面。

「今日は厚めにする?」

「うん!厚めでよろ!!」

 完全に機嫌直ったな。パン、恐るべし…… いつもより気持ち厚めに包丁を入れるとキレイな白色のクラムが現れた。うん、良い色だ。

 熱々の食パンを皿に載せ、そこにベーコン、目玉焼きの順で盛り付ける。

「ほら、ベーコンエッグトースト」

「ありがと~」

 ミホノに手渡すと嬉しそうに笑顔を浮かべながら両手で受け取った。数分でここまで感情を変えるとかどれだけ感情豊かなんだよ。俺も負けてないけどな。

 早速パンにかじりつくミホノ。

「ん~美味し~焼きたてのパンって何でこんなに美味しいんだろう」

 お前こそ何でほぼ毎日食べているものに初めて食べたときのようなリアクション出来るのか不思議だよ。でも、分かる。焼きたてのおいしさに目覚めたから毎日手間を掛けてパンを焼いてるんだからな。

「オウカも早く食べなよ。パン冷めちゃうよ」

「はいはい」

 そう急かすなよ。って内心思ってるが、3時間ぐらい掛けて作ったからもう楽しみすぎていつの間にかパンを両手に持って椅子に座っていたわ。

「頂きまーす!」

 一口。焼きたてパンのサクサク感とコムギの香り、焼きたてだからこその熱い感触が一気に口の中に広がった。

 これだよこれ。この瞬間のためにコムギから育ててるんだよ。

「目玉焼きの半熟度も良い感じだね」

「それな」

 ベーコンの塩加減も相まってより卵の甘さが際立つ。

 美味しい。今思い浮かぶ言葉はこれしか無い。

「美味し~」

 ミホノもそれは同じらしい。

 その後、お互いに黙って食べ進めた。こんなの食べる事に集中しちゃうに決まってるだろ。

「オウカ~おかわり~!」

「自分で取ってこい」

 てか、もう食べ終わったのかよ。5分も経ってないぞ?

「分かったよ……」

 椅子から立ち上がったミホノはキッチンへと向かった。

「おい、切りすぎじゃ無いか?」

「え?何のこと?」

「え?じゃねーよ。さっきよりも明らかに分厚いだろ」

 それはもうケーキの厚さだろ。なんだ?フォークで切って食べるのか?

「良いじゃん。オウカが言ったんだよ『自分で取ってこい』って」

「ぐっ……」

「あ、ぐうの音が出た」

 クソっ……ミホノの方が一枚上手か……このままでは全部食われてしまう。

 少し勿体ないが口にパンを詰め込み、ミルクで流し込んだ。うん、ミルクとの相性もバッチリだな。

「え~待って」

 パンに半分切り目を入れたところで彼女の横に立った。

「ここは平等にいこうぜ」

 明らかに切り目はミホノの分の方が大きい。

「今、包丁を放せばその食パンにさらに手を加えてフレンチにしようと思ったけどな~」

「っ!」

 お、良い食いつき。パンに釘付けだった視線が俺に向いたよ。

「フレンチ……」

 フレンチトーストは前に出したことがある。その時大絶賛していた事を思い出しているようだ。

「お願いします……」

 よし、包丁を置いた。これは俺の勝ちのようだ。

「そんじゃもう少し待っててくれ今作るから」

 ミホノが椅子に着くのを確認し、キッチンに向き直る。

 冷蔵庫から卵、ミルク、砂糖、バターを取り出した。

「ほれ、出来るまでこっち食ってろ」

「やった!」

 フライパンに余っていた目玉焼き2個とベーコンを皿に載せて差し出す。

 ミホノは嬉しそうに受け取った。

「調味料は自分で選んで。俺は手が離せないから」

「はーい」

 すっげーテンション高いな。今なら何を言っても怒られない気がする。

 会話をしながら手を動かし、バター以外の材料をボウルに入れて卵液を作った。

 耳を切った食パンを用意し、皿に移した卵液の中に入れる。今日は豪快に分厚くいきますか!

 パンが十分に卵液を吸い取っている間にフライパンを用意する。水洗いしたフライパンを再びコンロに載せて、火を掛ける。熱が通ったらバターを乗せ、弱火で暖める。

 そこに十分に吸い取ったパンを入れて、蒸し焼きにする。

「いや~良い匂いがしますな~」

「そうだな」

 ミホノの言うとおり、部屋の中には乳製品の匂いと砂糖の甘い香りで充満しており、まるでお洒落なカフェのような雰囲気になっている。

「今度、フレンチトーストもメニューに加えてみるか」

「良いじゃん!オウカのデザート美味しいから絶対好評だと思う」

「そう?」

 なら、マジでやってみようかな。

 キッチンに立てかけてあるノートにフレンチトーストをメモした。

 このノートにはこれまで『移動食堂ミートソース』で出してきた料理が載っている。

 最近食事系ばっかりだったからたまにはデザート屋さんっぽくなっても良いかもしれないな。

 言っている間にフレンチトーストが完成した。

「よし、完成」

 蓋を開けるとより甘い匂いが漂う。

「うわ~最高なんだけど」

 喜んでくれてなによりだよ。

 食器入れから新しく皿を2つ持ってきて、それぞれにトーストを置いた。

「仕上げに、昨日貰ったイチゴジャムを掛ければ完成だ」

 2人分をテーブルに置いた。

 代わりに空っぽになった皿をシンクへと持って行く。

 朝ご飯で結構お皿使うよな俺達。

 そんな事は置いといて、早速食べましょう。

「頂きまーす!」

 2人同時にナイフで切り込みを入れた。

「フワフワしてる~」

 確かに、フワフワしすぎて力を入れなくても切れる。

 食感もフワフワしていて、気分もフワフワしそうだ。

 現にミホノはフワフワしていた。今が朝だというのに既にアルコールが入った時のように目がトロンとしていた。

「今日、何もしたくなくなっちゃった~」

 はい、ミホノさんの1日終了です。

「そうだな。俺もやる気何もしたくねー」

 すいません、俺も同罪です。

 全身から力が抜け、今すぐにでも眠りたいぐらいだ。

 でも、そんな事も言っていられない。

「あー取りあえず片付けるか」

 重い腰を上げた俺はあっという間に空になった皿を手に取り、シンクへと向かった。

「もういいか?」

「うん……オッケー」

 背もたれの無い椅子で良くそこまでだらけることが出来るな。

 ミホノから差し出された皿を受け取る。

 シンクの蛇口に水の魔法を送り、水を出す。

 自家製の洗剤をスポンジになじませ、皿をこする。

「私も手伝う」

 それをちょうど横にやって来たミホノに手渡しすると彼女は洗い流してシンク下の乾燥機に立て掛ける。乾燥機と言ってもただ自然乾燥をするまで放置をするだけだがな。

「動けないんじゃ無かったのか?」

「アレはただのボケよ……さすがに起きたてで何も出来なくなる分けないじゃ無い……」

「知ってた」

「ならもう触れないで」

 あからさまにそっぽを向いた。

「ボケ1つでそこまで恥ずかしがれるやつを俺が放っておくとでも?」

 彼女の顔を追う。予想通り、頬を赤くして唇を震わせていた。やば、クソ可愛い。

「あーもう。こんなことになるんだったらあんなボケするんじゃ無かった」

 開き直ったミホノは頬を赤くしながらシンクと向き合った。

 これはこのまま放置して楽しむのが1番美味しいな。

 試しに話を変えてみよう。

「ミホノは次いきたい町とかあるの?」

 この町にも5日ほど滞在したしそろそろ次の町に向かいたい。

 俺はどこへでもいきたいので基本彼女が行きたい町を目標地点として置いてきたのだ。

「唐突ね……」

 食器を流水で流しながら考え込む。

 俺的にはしばらく山岳地帯にいるからそろそろ海の方にいきたい気分ではあった。しかし、ここから海まで1万キロは掛かるため相当な長旅になってしまう。

 けど、その分やりたい旅がたくさん出来るって考えると捨てがたい案ではあるな……次の次は俺がいきたい町を目指そうかな?

 食器を洗い終わり、再びテーブルで向かい合って座った。

「決まった。私、ンタンバラにいきたい」

 なるほど、海とは正反対の町を選んだか~まあ良いけどね。

 ンタンバラは今俺達がいる山岳国家ンタンで最大の都市である。

「私、小さい頃に行ったっきりいけてなくて、この機会だし行ってみたいなって思ったの」

 確かに、あそこはうちの村からだと5000キロ以上離れているからな。俺も小さいときにしか行ってないや。てか、その時も多分ミホノと一緒に行ったな。

「俺も1回しか行ったこと無いし、ンタンバラにするか」


 テーブルの端っこに差し込んで置いた地図を取り出し、机に広げた。

「俺達が今いるのはここだ」

 ンタンの中でも結構南にこの町の名前が刻まれていた。

「で、ンタンバラはここから北に4300キロ進んだ先にある」

「意外と遠いね」

 意外って、近所だと思ってたのか?

「この町が俺らの村から4000キロぐらいあるんだから遠いに決まってるだろ」

「そこまで言う必要ないじゃない……」

 ただ、地図を見て適当に言っただけか。まあ、なんでもいいんだけど。

「まあ、ミホノも言った通り、ンタンバラはかなり遠い。だから旅も最短で2週間は掛かるはずだ」

「分かってる。旅に出る前の準備をするんでしょ?」

 さすが、ここまで一緒に旅をしてきただけある。

 俺はただ、旅がしたくて行商人のような生活をしている。

 しかし、旅を始めて分かったが町と町の間は危険な事がいっぱいある。それ故に旅への備えは十分過ぎても足りないのだ。死んだら元も子もないのでね。

「今日は旅の準備をする事に全力を注ごうと思う。まずは買い出し、今回売り上げた収益を全部使ってミートソース号に足りない日用品だったり魔石を調達する。これはミホノに任せて良いかい?」

 俺達の旅のお金関係は全てミホノが行っているので彼女に買い出しを頼む方が何かと都合が良いのだ。それに、もしお金が余ったとき彼女自身のものに使えるしね。

 俺はお金に興味が無いので自分に欲しいものなど存在しない。まあ、強いて言うなら調理器具ぐらいかな。それも、自分で作るから要らないんだけどね。

「もちろん。てか、オウカにお金は似合わないよ」

「おっしゃるとおりです」

 そんな事は彼女も知っていた。

「俺はその間に町役場に行ってンタンバラについて聞き込みをしてくる。それを踏まえて材料を調達したいからね」

 俺は商品として提供するための材料には一切の妥協をしたくない。だから、次に行く町が決まる旅に次の町の情報を調べるのだ。

「あとは、道中の危険な箇所だな」

 むしろこれが1番重要だ。万が一凶暴な動物に襲われた時に対応出来るようにね。

「とまあ、今日やる事をざっくりと挙げたけど漏れは無いよな?」

「多分無いと思う。まあ、もしあったとしても私が付け足しておくから心配しないで」

「さすが、心強いぜ」

 さっきまでほっぺたが落ちそうなぐらいニコニコしていたとは思えないぐらいキリッと真剣な表情をしている。彼女もそれだけ旅への備えが大切な事だと理解しているのだ。

「おだててないで決まったならさっさと行きましょ。早く行かないと良い商品はすぐ売り切れちゃう」

「了解」

 ミホノの仕切りで椅子から立ち上がった。

 彼女を先頭に扉を開け、部屋の外に出た。


 部屋の外は町の外れにある殺風景な広場だった。そこには町が管理する馬車の荷台が規則正しく並べられている。俺達がここに来たとき取りあえずここに停めてくれと言われたので今もここで滞在しているのだ。

 今日外に出たのが初めてなのでミートソース号の様子をサラッと確認する。

 外観はどこにでもある普通の木製荷台。それをちょっとだけ装飾して移動屋台のような感じにしている。

 他の荷台と違う所は荷台なのに2階がある所だろうか?隣に置いてある荷台と比べても明らかに背が高い。

「うん、問題ないかな。いたずらもされてなさそうだ」

 タイヤ、外装その他諸々をチェックし終わると荷台の壁に寄りかかって待っていたミホノの元へ戻ってきた。

「そ、じゃあ行こ」

 ミホノはいつの間にか着替えたロングスカートの裾を翻して歩き始めた。

 爽やかに吹く夏の風でトレードマークの銀髪が靡いている。

「私の格好変じゃないよね?」

「いつも通りお綺麗ですよ」

 彼女の隣に並ぶと両手を広げて服を見るように促してきた。

 薄いピンク色のロングスカートに白のトップスを合わせたとてもシンプルな格好。

 起きたまんまの半袖ハーパンの俺と比較する必要も無くキレイだった。

「キレイって言うな」

 ボスッ。俺の肩にキレイなパンチが入った。

「痛」

 割とジンジン来るやつだよこれ。

「言われたくないなら格好変とか聞くなよ」

「だって、これから町の人に会うのに変な格好じゃ恥ずかしいじゃん……」

「それ、俺の前で言う?」

 こっちは夏休みの少年みたいな格好なんだぞ?18歳の大人がだぞ?今日なんか日差しが大分強いからより虫取り少年みたいになりそうなんだぞ?

「なら、貴方も着替えてくればよかったでしょ?そんな訴えるような目でこっちを見ないでちょうだい」

「ぐっ……」

 それを言われたら何も言えない。

「だって、面倒くさかったんだもん」

「小学生かっ!」

 ペしッと良い突っ込みが頭に入りました。貴方、良い漫才師になれそうですね。

 それはさておき、面倒くさかったと言うのは本当だ。朝ご飯の後、割と着替えるタイミングがあったのにやらなかった事を考えると本当にめんどくさいのが勝ったようだ。

「朝ご飯を3時間掛けて作る人とは思えないよね。ホント、興味の無い事にはとことん興味を示さないんだから……」

 ホントよ。

「もう少しお洒落に気を遣った方が良いわよ?私たちもそれなりに知名度が付いてきたんだから」

「確かに、今回の出店も割と町の人達が歓迎してくれたし回数を重ねるごとに来店者も増えている気がするな」

「そ、現に売り上げも右肩上がりな事を考えると割とマジで有名人なのよ私たち」

「え、売り上げそんなに上がったの?」

「そうよ、この前と比べて2倍ぐらいは増えたわ。まあ、その分私たちは数を売っているんだけどね」

「俺はこの町の規模感を考えて材料を採取したつもりだったんだがな……次の町はもっと人も増えるし……」

お金とかマジで要らないからな~最低限必要なものを調達する分さえあればいい。

「よし、次の町では価格を下げよう。そう、1品10円ぐらいとか?」

「下げすぎでしょそれは!どんだけお金に興味無いの?」

「だって、大体自分で作れるし、食材も自然界から採ってくるからな……」

 それに、お金に縛られると自由に生きるなんて出来ないだろ?

「こっちとしてはもう少しお金があったらどれだけ良い品を買えるかって毎回頭を悩ませているのよ?今回だって、普通の飲食店ぐらいの値段で売っていれば加工済の装備をたくさん買えたのよ?」

「ごめんて」

 お金の話になるとすぐこれだ。分かるけど。手作りってのが旅している感覚を倍増させているって分からないのか?

「謝るぐらいならもう少し価格を上げて、せめて一律200円ぐらいにして。10円なんて魔石1個も買えないのよ?」

「わ、分かったよ……」

 さすがの俺も10円は冗談のつもりだったんだけどな……日頃の行いのせいで冗談に思ってくれなかったらしい。

「じゃ、私は商店街の方に行くから」

 気づいたら町の中にいた。この木造の建物の多いこの町はメインの通りが2つあり、右側が商店街。左側には町の運営を行う機関が揃っている。

 今日、俺は左側に用事があるのでここでミホノとはお別れだ。

「おう、夕方にはミートソース号に集合な」

「分かってる。そっちこそ調べ物に夢中で日付跨ぐとか馬鹿なことしないでよね」

「そんなに熱中しないよ」

「分からないでしょ?この前だって一向に帰ってこないなって思って町に戻ってきたら町の図書館で本を山積みにしていた事あったし」

「そんな事あったか?」

 俺には記憶が無いな。

「あったの!だからほどほどにしなさいよね?」

「分かったよ」

 ここまで言われるとお母さんと子供だな……小さい頃夕方に夕暮れまで遊びまくって母さんに叱られたっけ?

 手を振りながら商店街に向かうミホノを見ながら十年前の事を思い出していた。

 さて、俺もやるべき事をやりますか。


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