会話
地下都市に繋がる扉を開けると可愛らしいアンドロイドの女の子が礼儀よくお辞儀する。
「ようこそ」
私は預けていたジャケットを彼女からもらい受け馴染みにしている酒場に顔を出すことにした。
コンクリートを固めてできた四角い建物の四角い扉を開けると小さなベルの音が店内に鳴り渡る。
「いらっしゃい」
ロイズさんはステレオにお気に入りのCDを入れているところであった。
私の他にお客はいないが、いつものようにカウンターの一番奥の席に腰をかける私にロイズさんが声をかける。
「いつものやつありますよ」
「いや、今日は別のをスペシャルなやつをください……誕生日なんだ」
「かしこまりました」
ロイズさんは一礼する。肩までのびた黒髪は冷房の風に揺れながらステレオのボタンを押した。三百年前に流行したナンバーは現代人である私の心にも響くものがある。
差し出された特別なジントニックをなめながらスピーカーから流れてくる淡い女の人の声に耳を傾けていると不意にため息が漏れだした。
「なにかお悩みで?」
深いため息はグラスを拭いていたロイズさんの耳にも聞こえたようだ。
「この先の人生についてちょっと」
「もしよければお話きかせてください」
ステレオの音量を下げて私の前に立つ。人の話を聞くのが趣味だというロイズさんはこの都市で一番長い時間を生きているから知識が豊富でボキャブラリーも高い。だから今日も私はここにきたのだ。
「私、生きることがむいていないと思うのです。毎日、毎日同じ場所で同じ作業をして一日を終える。そんな退屈にもう限界なんです」
「そうですか、でもあなたが生きているだけで他の誰かの励みになっていると思いますよ」
「そうでしょうか」
「えぇ、あなたが生きることで幸せになれる人はたくさんいるのです」
「しかし、私はもっと面白い人生を送りたい。自分以外の誰かに認められ惜しまれながら人生の最後を迎えたいのです」
ロイズさんはやれやれと両手を上げると呆れた様子で背中を向けてしまった。
「残念ながらそれはできませんよ。与えられた寿命まで生き続けることこそ我々の罰なのですから」
「言ってみただけです、わかってますよ」
私はグラスを飲み干してうなだれた。それからこの身体にとって毒素となるアルコールをいくら摂取しても私の寿命はさほど変わらなかった。
135回目の誕生日を祝う気にもならず、健康的に作られた身体が恨めしくなったところで記憶がおぼろげになる。
刑期が終了するまであと123年。その間に23人の人間とマッチングし子孫を残さなければ、私は死ねない。