狂人-ロイ・ペスカトール
“イエメン-マアリブ”
「リッ..... リット... グリッド!」
「痛ッツ... 何だ...」
「何だじゃないわよ。 連絡が途絶えてから、八時間も経ってるんですけど。次に同じ事したら、あんたの刀にロックかけるわよ」
「グリッドの嫁候補って、なんでこんな奴らしか居ないんだろうなぁ。可哀想に」
「誰が嫁候補だ」
はぁ... リゼロア。相変わらずの強引さだな。それにしても、一緒にいるのはホークスか?
「ところでグリッド。あなた今どこにいるの?」
「あー。ちょっと待て。そこに看板があるから確認する... ま、マア... リブだってよ」
「マアリブ? そんなとこまでどうやって... 着地地点から百二十(km)も離れてるじゃない...」
「おいグリッド。お前まさか...」
私は、開き直るかのように返答した。
「あぁ。そうだ」
「あーあ。こいつどうします? ノーツマン夫人」
まだイジるか... 流石にそろそろリゼロアも...
「いちいち余計な事を言うなヒットレイ。締め上げるぞ」
「おぉ怖。お、俺任務あるし戻るわ... またな、グリッド」
「おう。またな」
ホークスは、俺とリゼロアを残して無線を切った。
「私もそろそろ仕事に戻るわ。グリッド。気をつけてね」
「あぁ」
リゼロアとの会話が終わると、どこからか声が聞こえてきた。
「別れの挨拶は済んだかなぁ?」
「誰だ」
振り向くと、そこには見覚えのない少年の姿があった。
少年は、ペストマスクを身に付け、コートを羽織っている。
「ヒヒッ。君に比べたら、名乗るほどの者ではないよ、極東音」
少年は、不気味に笑いながら徐々に近づいてきた。
「その笑い声。ペスカトールだな。通り名は... そうそう、狂人だったな」
「僕のことを知ってるのか。なら話は早い。僕が今から言うことをよく聞いてね」
狂人は、地面に映像を投影した。
「ここに写ってるの、お前だよね?」
そこには、半島に降下している最中の、私の様子が映し出されていた。
「もしそうだったらどうする」
「ヒヒッ。そんなの決まってるだろ。殺すんだ。僕の偵察領域に、侵入者が現れたとなれば、それだけで僕の評判は、大きく落ちる。僕のこと知ってるなら、なぜかわかるよね?」
「世界最強の四番隊隊長様が、世界的に有名な、負け犬戦犯に不覚を許した。ってとこか」
「そういうこと… というか、君がここにいる時点でもうアウトなんだわ」
次の瞬間、突然空中に、複数のペストマスクが現れた。
「はぁ... 弱者をいたぶる趣味はないんだけどね。こればかりは証拠を残せないから、ちょっと本気で行かせてもらうよ」
ペストマスクに、人型の胴体が形成されていった。
「死ぬ前に一つ聞かせてくれ」
「なんだ?」
狂人は、腕を組みながらそう言った。
「こいつらに自我はあるのか?」
「何を聞くのかと思ったらそんなことか。質問の答えはノーだ。こいつらは俺の意思で動く」
「つまり今、俺を認識しているのは、お前だけということだな」
「ヒヒッ。立会人は、いないということさ。さぁ... もういいだろ。アレスト...」
次の瞬間、人型が私の方に手を向け、その掌から電磁波を放った。
すかさず俺は地面に伏せた。
「え?... 君、もしかして僕の...」
――油断はいつだって大敵だぜ?
そう言って私は、奴に切りかかったが、上手く防がれ、刀身を当てることができなかった。
「弱者とか言ってた割には、随分しっかりと防御張ってんじゃねぇか...」
「お前ッ... 本当に極東音か!? おいアレス! 聞いてた話と違うぞ!」
狂人は後ろに退くと、空に向かってそう叫んだ。
「残念だったな。この地域からは、絶対に電波は届かん」
「く、クソが。お前。何をした...」
「俺の噂って、逃げ帰った以外に無いの?」
「な、ないね。あんたは世間じゃ最弱の男で通ってる。なのに... なんでそんな奴に僕の技が通用しないんだッ...」
「お前に一つだけ面白い事を教えてやろう」
「な、なんだ」
「アイクリウスって輩、知ってるか?」
「あ、あぁ、当たり前だ。お前らミネルヴァ陣営の最高戦力。今回の爆発事件の、犯人候補のうちの一人だ」
「そう。俺の後任者。結構有名なんだな」
狂人は息を漏らす様に言った。
「はっ... は、はぁ? 死ぬ間際になると頭までおかしくなるんだな... つまらないことを言ってないでさっさと...」
「世間では、俺の名はどう呼ばれてるんだ?」
「そんなこと今関係ないだろ...」
「いいから答えろ」
狂人は怯えるように答えた。
「きょ、キョクトーネだ。記録には殺戮者―グリッドと、そう記されている...」
「やっぱりな...」
「というかお前、僕の恩人のふりをするなんていい度胸だね。さっきまで動揺して何も出来なかったけど、流石にムカついて来たわ。殺していい? いや、許可なんていらないんだけどね!!!!」
背後から人型が襲い掛かって来た。そして次の瞬間。
「アレスト・ロック!」
人型達の掌から、先程よりも強い電磁波が放たれた。
――まぁ、当たれば強いだろうよ。
攻撃を躱し、背後のペストマスクを切り刻んだ。そして、ペスカトールに急接近し、刀の峰で、彼を押し倒した。
「結構強くなったもんだな。ロイ」
「なんで僕の名前を... いや、また言うんだろ。前任者だって。でもあの人は、どんな敵を前にしても逃げたりしない。それに名前だって... お前は一度も、ノーツマンと名乗ってないじゃないか」
「あぁ。そうだ。なぜだと思う」
ロイは私の目を見つめて言った。
「まさか...」
「俺はただのおじさんだ」
――せめて、お前達の前では、伝説の英雄なんかじゃなくて...
ロイは、自分の頭の中での回想に続きを加えるように言った。
「ただのおじさんでいたいんだ...」
「覚えてたな。偉いぜ」