1話 ミッションスタート
なんか面白そうだなと思ったので始めてみました。
20××年、5月某日。
俺、ユーザーネーム「火威斗」は、魔王にとどめの一撃を放とうとしていた。
今、俺が遊んでいるVRゲーム「ジェノサイドハンターXX」の中での話である。
4月後半から開催されている、モンスター討伐系イベントの最終局面を、俺は遊んでいるのだ。
「よし、必殺スキルポイントが溜まった! 喰らえ、フェニックス・ボルケイノ!!」
アバターの俺が突き出した拳の先から、溶岩の固まりでできたようなフェニックスが飛び出す。
ありとあらゆるものを焼き尽くし溶かし尽くす、超高温の必殺技を展開し、魔王に食らわせる。
俺はこのゲームの中で、他のプレイヤーから「獄熱のカイト」というニックネームで呼ばれている。
いわゆる炎系スキル特化型のアバターを操ってゲームを遊んでいるのだ。
「ぎゃぁぁ! こ、この魔王である私が、こんな人間風情に……!」
と、魔王がエフェクトを放って消滅していく演出が目の前に広がる。
素材はなにを落とすんだろうな、などと考えながら俺は魔王討伐後のストーリーをぼんやりと眺めていた。
そのときだった。
ふと、突然に視界が真っ白になり、俺は見知らぬ空間に移動していたのだ。
「……クリア後の、特殊イベントかなにかか?」
現在、ジェノサイドハンターの中で行われているイベントの最終ボス。
その魔王を倒したことで、なにかしらの報酬がプレイヤーに与えられるのは、この手のゲームの常識から考えて間違いはない。
通常のイベントであれば、ゲーム内のロビー空間に戻って報酬を受け取ったり、新しいミッションが解放されたりするのだが……。
俺は攻略サイトの情報が更新される前に、ゲームにログインしてラストミッションに挑んだので、この後の展開を知らないのだ。
白い空間の中には、俺が座っているものを含めて、13個の椅子が円環状に並べられている。
その椅子にはそれぞれ一人ずつ、座る者がいる。
NPCなのかプレイヤーアバターなのかはわからない。
そして、俺たち13人が座っている円の中心に、一人の男が立っていた。
灰色の長衣をまとった男だ。
そいつは椅子に座る俺たちをぐるりと眺めて、言った。
「13人、やっと集まりました。イベントクリア、おめでとうございます。皆さまは、当イベント開始から数えて、最速でラストミッションをクリアした13人です」
へえ、と僕は少し誇らしい気持ちで声を漏らした。
どうやら周りに座っているのはNPCではないらしいな。
ジェノサイドハンターを遊んでいるプレイヤーは、全世界で1000万人以上はいたはずだ。
今回のイベントをガチで攻略していたプレイヤーが何人なのかはわからない。
それでも、イベントクリア、最速の上位13人というのは、それなりに嬉しく感じられた。
中心に立つ、灰色の男は続ける。
「トッププレイヤーの皆様には、特別報酬を用意しております」
そりゃ、そういうものもあるだろう。
もらえる物はもちろんもらっておく。
そこになんの不満もなかった。
「加えて、更なる高難易度ミッションへの参加挑戦権が与えられます。これは、この場にいる13人、限定のミッションになります。他のプレイヤーは参加することはできません」
説明を聞いて、俺の隣に座っている男が言った。
「へえ、限定ミッションか。そのミッションも、クリアしたらいい報酬があるのかい?」
「もちろんです。今までのイベントミッションとは比べ物にならない報酬を、用意させていただいています」
参加できない他のプレイヤーには申し訳ないけど、そう言われるとゲーマーの血は騒ぐという物だ。
「では、更なる高難度ミッションへの参加をご辞退される方は、この場で挙手をお願いします」
そう言われて手を挙げる奴は、もちろん一人もいなかった。
「全員のご参加、とても嬉しく思います。それではまず、先のイベントで魔王ボスを討伐した報酬を、皆様にお配りいたします」
男がそういうと、ふわーっとした光のエフェクトと共に、俺の目の前になにかが現れた。
それは女の子のアバターだった。
ファンタジーっぽいキャラクターデザイン。
背中に4枚の透明な羽根を持っている。
髪は緑色のロングストレートで、衣服は白のワンピースだった。
スカート丈が短く、太ももがムチッとしていい感じだ。
胸もそこそこ大きく、深い谷間が見え隠れしている。
「こんにちは、カイト。私はこれからあなたのサポートを務める『サーティーン』よ。よろしくね」
「はあ、よろしく」
おそらくNPCと思われるそのキャラクターに、俺は自己紹介された。
周りを見ると、どうやらほかのプレイヤーにも同じように、アシスタントキャラクターが配布されているようだ。
見た目はそれぞれ微妙に異なっている。
背の高さ、体格、髪の長さや色、服の色やスカート丈、そんなところが違う。
帽子をかぶったり、マフラーを見に着けたりしている者もいた。
羽を持ったワンピース姿の女の子、というところだけは共通しているようだ。
名前は単純に番号なんだろう。
灰色の男が説明を続ける。
「彼女たちサポートキャラクターは、一種のアイテムや装備品とお考えください。特殊な能力を有しておりますので、必ず皆様のプレイのお役にたちます」
「どんなことができるんだよ」
再び、俺の隣の男が口を開いた。
お喋りな奴らしい。
外見はいかにも「氷系キャラ」というような、白や水色で統一したデザインのアバターなんだけどな。
炎と灼熱をイメージしている俺のアバターとは正反対である。
ん。
氷系のアバターで、ジェノサイドハンターのトッププレイヤーと言えば……。
「あんたひょっとして『絶氷のレイ』か?」
攻略サイトの情報をチェックしていたので、俺は彼をなんとなく知っていた。
今までのイベントでも頻繁に上位入賞している、有名プレイヤーだ。
「そうだよ。まさか『獄熱』に名前を憶えてもらえてるなんて、光栄だな。ま、このイベントをクリアしたのは、俺の方が30秒くらい、早かったみたいだけどな」
レイはそう言って笑った。
俺が13番目の席を与えられているということは、俺はきっとこの中で一番遅く、イベントをクリアしたんだろう。
そんな俺とレイの世間話をよそに、灰色の男は質問への答えを話した。
「彼女たちサポートキャラクターは、その全員が皆様の得意としている必殺スキルを使うことができます。13人全員の必殺スキルを、13種類、すべてです」
「はあ?」
聞いて俺は耳を疑った。
そんなキャラクター、ゲームバランス崩壊要素でしかないだろう。
たとえば俺の持つ最強スキル「フェニックス・ボルケイノ」は、このゲームに実装されている、最強の炎系攻撃スキルである。
そして俺は攻略ガチ勢なのでもちろんプレイヤーレベルと、基礎ステータスも極めて高い自信がある。
俺以上の炎系スキルプレイヤーは、全世界のユーザー、1000万人の中に、一人もいないと断言できる。
俺の他の12人も、レイを含めて有名トッププレイヤーばかりだ。
各々が得意としていることは違うが、彼らの必殺スキルはきわめて強力な物ばかりのはずだ。
「それを、このワンピース着てる姉ちゃんが、一人で全部使えるってことか?」
レイも俺と同じように、驚きと疑問を持っているようだ。
その問いに対して、灰色の男はこう返した。
「その通りです。しかし、サポートキャラクターたちが使うスキルは、その威力が大幅にダウンしたものです。皆さまが使う10分の1の効果もありません」
なんだよ、驚かせやがって。
この可愛いサポートキャラクターは、一人で13種類のスキルを使うことができる。
しかしその威力はかなり抑えられている、ということだ。
簡単に言うと、中位のスキルを器用貧乏にまんべんなく使えるサポートキャラということか。
なにかひとつ、特化したものはないってことだな。
それはそれで便利というか、攻略の邪魔にはならない性能だろうと僕は思った。
「ではこのキャラクターとともに、皆さまは新しいイベントステージに挑戦する権利を得ました。これはボーナスイベントですので、プレイヤーロビーに戻られた場合や、ゲームからログアウトされた場合、イベント参加権を喪失します。参加する場合は、今が最初で最後のチャンスになります」
「ぶっ続け強制かよ。ま、俺はいいけど。暇だし」
お喋り担当のレイがそう言った。
他のプレイヤーも同じ考えのようだ。
「それでは、参加できる方のみ、そのまま椅子に座ってお待ちください。やはり参加せずにログアウトする方は、一分以内にご退出をお願いします」
俺たち13人は、誰も席を立たず、1分が過ぎるのを待ち続けた。
世界で1000万人が遊んでいるゲームの、上位13人だけが参加できるイベントミッション。
その機会をわざわざ放り捨てようとする者は、この場には一人もいなかったのだ。
「全員のご参加を、嬉しく思います。それでは皆様を、イベントステージにご案内します」
灰色の男がそう言って、視界が真っ白な光に再び包まれた。
俺が次に立っていた場所は、木でできた小屋の中だった。
傍らには、先ほど配布された報酬キャラである「サーティーン」もいる。
少しの間、今いる場所の様子を観察したり調べたりして俺は過ごしたが。
「ミッションの内容は、いつアナウンスされるんだ……?」
そう、俺はゲーム内の謎の小屋に放り出されて、そこからなんの案内もゲーム運営側からされていないのだ。
このステージに放り出されて、俺たちは一体なにをするんだ。
ボスを倒すのか、どこかダンジョン的なものを探索するのか。
あるいは雑魚モンスターを大量に狩りまくって、討伐数の多いプレイヤーが勝ちなのか。
「コマンド」
俺はそう呟いて、ゲームのコントロールウィンドウを開く。
目の前に透明な板が出て、そこに様々なメニュー項目が表示されているが。
「イベント情報の案内が、ない……?」
それどころじゃない。
ログアウトボタンもなければ、プレイヤーロビーに戻るボタンもない。
「一度挑戦したら、ゲームオーバーになるまで抜けられない仕様なのかこれ」
俺は頭を抱える。
このイベントがどれだけ時間がかかるかわからない以上、途中で脱落しなければならないという可能性は、どうしてもある。
そもそも、現実では、今は何時何分だ?
メニュー画面からは、その表記すらも消えていた。
「参ったな。これなんかのバグじゃねえのか。ゲーム運営の進行が不親切すぎだろ」
せっかく手に入れた特殊イベントの参加権だが、どうも浮かれて喜んでばかりはいられないようだぞと俺は思った。
あれこれ考えながら、メニュー画面を確認する俺。
アイテムボックスまで開けなくなっている。
装備の変更もできないな。
魔王を倒したときに身に着けていた装備で固定されてしまっているようだ。
しいて変化があるとすれば、サーティーンがここにいることだった。
やれやれと頭を振った俺を、緑髪のサポートキャラが無言で見つめている。
「装備品扱いのNPCが細かいことにいちいち対応するわけはないだろうしな……」
見た目は良いし、騒いだりしないのでサーティーンがウザいわけではないのだが。
今、この状況において役に立たない、この薄着の羽根つきアバターを俺は少々、恨めしい思いで睨んだ。
そうしていると、サーティーンがいきなり、こう言ったのだ。
「そんな目で睨まないでよ。仲良くしましょ? そうでないと、生き残ってミッションをクリアできないわよ?」
若干の合成音声っぽさはあったが、極めて人間臭いイントネーションと抑揚でサーティンは反応した。
凄いな、AIとかそういうのなのだろうが、NPCでもここまで人間っぽくできるのか、と俺は感心した。
それなら、簡単な会話、意味のある受け答えをする機能が、こいつにもあるかもしれない。
ダメ元で聞いてみるか。
「そいつは悪かったよ。それで、今の状況はどうなってるんだ? このステージのクリア条件はなんなんだ?」
俺が軽く聞いたことに対して、にっこりと笑ってサーティーンが言った。
「第一実績解放。プレイヤーからの積極的なコミュニケーションを確認しました」
「は?」
「これより、イベント13番目の参加者である『火威斗』に対し、ミッション概要のアナウンスを行います」
なんだ、畜生。
俺たちプレイヤーが、この状況に対してサポートキャラクターに質問するということが、次に進むためのフラグや条件になってたのかよ……。
まだるっこしいことをしやがるな。
特殊イベントだからか、今までのゲームの進行と違うことばかりだった。
「13人の皆さまは、これから生き残りをかけて、お互いに戦い、殺し合っていただきます。最後まで生き残っていたプレイヤーが、勝者です」
「PKイベントかよ」
しかも、トッププレイヤー同士の。
これは熾烈な戦いになりそうだなと、俺は少しテンションが上がった。
「当イベントでは、すべてのアイテムが使用禁止になっております。よって、アイテムボックスを開くことはできません。ミッション遂行に必要な事柄は、プレイヤーの皆様がお持ちのスキル、及びイベントステージ内に設置された各施設を利用してください」
それはさっき確認したことだった。
手持ちのアイテムが使えないというのは、各プレイヤーの間のイベント開始時点での格差をできるだけなくしたいということだろうな。
「最重要事項。イベントから脱落した場合、ゲーム中に死亡した場合は、オフラインでのプレイヤーご本人さまも、死亡します。現在、オフライン上の地球は、宇宙から到来した謎の勢力に支配されています」
「あ!?」
なにを言ってるんだ、この露出度高めのアバターは。
可愛いからってなにを言っても不愉快でなくなる、なんてことはないんだぞ。
「地球を支配した『彼ら』は、地球を解放する条件として、当社、当サービスの、当イベントの開催を希望しました。トッププレイヤーの皆様が死力を尽くし、本気で戦い、最後の一人になるまで殺し合う様子を『彼ら』はモニターしています。その最終結果に満足するなら『彼ら』は地球を去ると、確約しました」
「……っていう、設定の中で戦わされる、って話だよな?」
さすがに趣味の悪い冗談だと俺は思い、聞いた。
しかし、その問いにサーティーンは、相変わらずの笑顔で、くだけた口調に戻って、こう返した。
「そう思うのは自由よ。私は必要な案内をしただけ。さあ、地球を救うために、そしてあなたが生き残るために、頑張りましょう?」
正直、気持ちの整理がつかない。
こいつが言っていることの、どこからどこまでがゲームの話なのか、今の俺には判別する手段がない。
「俺が『自殺プレイ』をして、自分の意志でこのイベントから抜けたとしたら、どうなる?」
「カイトが死んでしまったら、私もお役御免で消えるだけ。それは、哀しく思うわね」
全くなんの役にも立たない答えだった。
クソ、今はゲームの運営に躍らされてやるか。
ゲームに参加した以上は、勝つためにプレイするのが当たり前だ。
イベントへの文句は、終わった後にぶちまけてやるとしよう。
「オーケイ、やってやろうじゃねえかよ。他の参加者を倒せばいいんだろ?」
「ええそうね。完全に体力を奪って、殺さなきゃ勝ちじゃないわよ。それ以外の決着手段はないから、そのつもりで」
殺伐としたことを言って、サーティーンは笑った。
さて、プレイヤー同士のサバイバルというのであれば、まずはなにをするべきか。
それは決まっている。
相手の情報を集める、知ることだ。
「よし、サーティーン、まず外に出るぞ」
「ええ。でもどうして?」
「お前、よわっちい威力に下げられてると言っても、参加プレイヤー全員の必殺スキルを使えるんだろ。それを俺の前で使って見せてくれ」
そう言ってドアを開け、外に出ようとした俺の背中に向かって、サーティーンは言った。
「その余裕はちょっとないかもしれないわね。こっちに向かって他のプレイヤーが一人、すごい速度で向かって来ているから」
「マジかよ、クソッ、のんびりしすぎたか。つーかお前、そんなことまでわかるんだな」
「一定距離まで近づいた、他のプレイヤーを大雑把に感知することができるの。もちろん、それは他の12体のサポーターも、同じく持っている能力だから条件は同じだけど」
そうだった、サーティーンのようなサポートAIは、参加者全員に配られているんだったな。
お互いの能力がわからない状態で、いきなり仕掛けてくる奴がいるというのは驚きだが。
さて、はじめて出くわす相手は、どんな奴だろうなと思い、俺は小屋を飛び出した。
負けたら死ぬ?
地球が宇宙人に支配されてる?
そんなことは、今は知ったことじゃない。
敵と戦い、勝つだけだ。
ミッションに課せられた条件を、クリアするだけだ。
それはどんなゲームでも同じことだ。
俺は自分に言い聞かせ、無意識に震える体をごまかすのだった。
感想などあればよろしくお願いします。