兄とのお話
そんなわけで現在小5の私こと月雪京は兄の月雪一閃(中1)の部屋の前に立っています。
要するに兄に転生したことを話して見ようということです。自分のことを転生したっていうのを知ってる人が、1人くらいいた方が楽だからという理由。
それに両親に話して頭のおかしい子と思われるよりは、兄に話してそれを空想の話と誤魔化す方が楽。思いっきり楽!!
そしてこの兄、サブキャラとしてギャルゲーの中にいた。前言っていた珍しい男性キャラの一人というわけで。
記憶では月雪一閃は京と同じ系統の顔をしていた。爽やかクールイケメンといった感じの。もちろん現実でも変わりなく幼さはあるけれど、近所からもイケメンと評判だ。
下からドタバタと足音が聞こえる。
突然ですが、現在兄の部屋の前に立って五分経過しております。部屋の前にずっと立ってたら親が来そうだね。今一応夏休み入ってお母さんも家にいるしね!真昼間だしね!よしもうこれは勢いだ、変な目で見られる前に開けます!!
「お兄ちゃーん!」
「京。急にどうした?」
ドアを開けると、一閃はちょうどベッドに座っていて、私が入ってきた途端ぱっと顔が綻ばせた。この人なんでかわからないけどシスコン気味なんだよね。だから信じてくれると願って、私は小走りで近寄った。
「あのね、私ね、前世の記憶があるみたいなの!!」
きょとんとした顔をされた。よし、ここまでは予想通り!ここからどういう反応をするか。
「ぜんせって何だ?」
やばいなんか今、コントみたいにズコーッてこけそうになった。兄よ、今や中1でしょ?!そのくらい分かって欲しかった……!!
気を取り直してここは子供っぽく……
「そんなことも知らないの?お兄ちゃんってば馬鹿だよねー」
あ、やばい口が滑った。もうちょっと普通に取りなすつもりでやろうと思ったのに。
「……俺は馬鹿じゃない!!」
わー顔真っ赤になってる。うん、ここは適当に言いくるめよう。
「え、馬鹿じゃなかったらなんなの?」
あ、やばい口が滑ってつい本音が。兄はもう一周回ってポカーンってしてるよ。そりゃあ今まで妹にこんな態度とられたことないしね。記憶が戻ってから一応今までも猫被って頑張ってた。
だがそれも今日で終わりだ!!
信じてもらえなかったら無理だけど。
「おにーちゃーん!ごめんってば!馬鹿じゃないから戻ってきてー」
「はっ!俺は今まで何を…今さっき2回も京に馬鹿と言われた気がしたのは幻覚か…?」
「それ幻覚じゃなくて幻聴だよ。あと幻聴でもないよ」
あ、やらかした。幻聴のところでうん本当とか言っとけば良かった。これから言うと思ったらいつもより緊張して本音がだだ漏れだ。気引き締めないと。
あーもう兄ベッドで毛布にくるまっちゃってる。
「ほらお兄ちゃん!もう一回戻ってきてー!ごめんって言ったじゃん。それに前世も知らないお兄ちゃんも悪いよ!」
「そうか…俺も悪かった」
馬鹿だから無駄に素直でしょぼんとしてる。
こういうところは可愛いよね。今だったら声変わりもしてないし女装したらいけるんじゃないのか…?
いやそういう話じゃなくて……
「うん!じゃあ辞書で前世の意味調べよ!私の説明よりそっち見て覚えた方がいいよ」
「うん、そうだな」
棚にあった辞書を取り出して、一閃の隣に座った。そしてページをめくり中を覗き込むようにして見る。
「えーとなになに、この世に生まれ出る以前の世。なんか難しいな」
「うんでもそのまんまだよ。難しく考えすぎたらダメかも。つまりね、一回別の人生を過ごしたの。それでね、私その記憶があるの。信じてくれる?」
辞書から目を離し前を向いて、希望を持って言ってみる。けど急に言いすぎたかもしれない。もう少し丁寧にゆっくり言えばよかったかも。この人馬鹿だし。
「うん。信じるよ」
「え?本当?」
「俺、嘘つかないから。だってそれだったら最近おかしかったのにも説明つくし、それに俺に馬鹿なんて言わないだろ」
なんか現実逃避的な面も見えなくはないけど、信じてくれたなら良かった。たしかに意味は合ってる。あと様子がおかしいの気づいてたんだね……
これでもう兄の前では猫被らなくて済む!
「まあそれはそうだね。それでね私、前世で女子高校生だったの。だから一応精神年齢的にはあなたより上だから兄って呼ぶの気持ち悪くて、一閃って呼んでいい?」
「え?え?俺のかわいい妹完全に消えるの?」
すごい混乱してる。面白いなー。しかも的確にそこついてくるのすごいね。名前はこれ押せばいけるな。
「消えるわけではないよ。両方の記憶混在してるわけだし。名前で呼び合う兄妹もいるしいいよね?」
「え、あ、はい」
いけたー!!本当なんか気持ち悪かったんだよね。年下にお兄ちゃんって言うの。ほら心は高校生だからさ。
「それでね、前世の世界はここと世代とか変わらなくて文明とか大体一緒で、こっちが異世界なんだよ。なんのっていうとギャルゲーの世界なんだけどね。私下手したら攻略されちゃうんだよねー」
「ちょっとストップストップ!!!もう意味が分からない」
一閃は頭にはてなマーク浮かべるくらい困惑していた。流石に早く言いすぎたかな。たしかに予備知識とかなにもない状態だしゆっくり説明しないとダメか。面倒臭いな。
「あのさ、京。とりあえず前世が高校生ってどういうことだ?」
「あーそれはね、高校生までの記憶しかないから多分そのくらいで死んだんだと思う。突然死とかじゃないかな?」
「そっか、そうだよな。一回記憶の中とはいえ死んでるんだよな」
記憶を振り返ってみて、死んだときの記憶がないことに気づいた。なんでだろうと思ったけど、きっと死んだときの記憶なんてあったらいけないもので、それかいやで思い出したくないのかもしれない。それに、前世のことはもう区切りはついてる。どうやったってもうあの世界に戻れはしないから。
だから一閃くん、そんな落ち込まなくていいんですよ?
「はーいはいはい。別にもう死んだことについてはもう気にしてないから元気出して!」
「わ、わかった。悪かったな、変なこと言って。配慮?が足りなかった」
でもそんなこと言って私も悪いことしてるんだよね。私がいるから一閃の妹の京はほとんどなくなっちゃう。
「私もごめんね」
「ん?なんで京が謝るんだ?」
「そりゃあね、今さっきはかわいい妹は消えないって言ったけど実際は記憶があるだけで、ほとんどないに等しいよ」
だから、ごめんね。
ずっと、演技頑張れなくてごめんね。
頑張れてたらあなたのかわいい妹は完全とは言えなくとも、存在してたかもしれないのに。でも多分誰かに言わなきゃ私の心が壊れてたかもしれないから。“京”の性格は私とは全然違って、ずっと演技するの辛かったから。ごめん、わがままで。
顔を見るのが少し辛くて下を向いていたら、急に頭を撫でられた。
「ほーら京、下向くなよ。別にお前が悪いわけじゃないだろ?お前になんか言ったら戻るわけじゃないだろ?だから、別にいいんだよ。それに、俺もひどいこと言ったからこれでおあいこだ、いいだろ?」
あーなんかずるいなあ。さすがキャラ。馬鹿なのにちゃんと大事なとこだけ掬いとってる感じ。少しだけお兄ちゃんって呼びたくなる。これは"京"かな、"私"なのかな。そんなの、どっちでもいいか。
顔を上げてちゃんと答えよう。一から関係を築いていこう。満面の笑みを浮かべて。
「うん!ありがとう一閃。たまにならお兄ちゃんって呼んであげてもいいよ?」
「ほんとか!あーでも無理には言わなくてもいいぞ!」
付け足してにっと笑って言うことじゃないよね。予想してなかったけど、本当の意味で受け入れられて、すごい嬉しい。少しくらい壁が出来ると思ってた。本当に、噓みたい。
「あー!そろそろ夏休みの宿題始めないと母さんに怒られるんだった!!」
……分かってるのかな。この人。もしかしたら全部私の夢か錯覚か?でも今はとりあえずいいか。時間はたっぷりあるんだし、いくらでも話す機会はある。
「ね、一閃。勉強、私が教えてあげようか?」
「ほんとか!!でもお前小5なのに中1の勉強分かるの?」
…………本当に分かってるのかな。この人。今さっき話してた分の記憶全部無くしちゃったの?
「あーもういいよ、とりあえず宿題持ってきて」
一閃はジト目で見ながらもいそいそと小さなテーブルと宿題を持ってきた。
「はい。でもお前本当に解けるのか?」
「そりゃあ記憶にあるところは解けるよ。数学なら多分余裕だと思うから貸して」
宿題を奪ってさっさと解いて渡す。せっかくだから一番難しそうな問題解いてみたけど、やっぱり簡単だった。
「おー?おー!全部合ってる!お前天才じゃないのか!」
いや当たり前だからね?流石に高校生だったんだからこのくらい解けて当たり前だよ?
もうこれ分かってないのかもしれない。
騒ぐ一閃に突っ込む気すら失せた。
まあでもいいか。どうせなら天才目指してみても。楽しそうだし。
急にお母さんの声が聞こえた。
「京〜!!鈴木くんが来てるわよ〜!降りてらっしゃい!!」
え?鈴木くんって誰だっけ?