(旧)丘上の決別
山岳訓練最終日の山岳ラリーは生徒の大半がリタイアするというアクシデントで中止となり、無事に到着した者への加点や夏季休暇中の補習のお話は立ち消えとなった。結果的に一番賢かったのは天幕を張って雨風を凌いでいた連中だってお話だ。
煙草呑みの谷底で夕方から夜明けまで戦ってた本日の勇者たちが麓の宿舎へと凱旋した。疲労困憊ながら誇りに満ちた顔つきしてるぜ、死線を潜り抜けて一皮むけた気になってる奴だな。
俺に言わせれば人間そう簡単に変わりはしない。今はテンションがハイになってるだけなんだ。
マリア様はぐーすか眠っているアーサー君をおんぶしてる。ヒーローとはいったい……
「普通逆じゃね?」
「何もしてない変態がアーサー様に文句つけんな!」
「そーだー、肉体労働班のくせに無事に到着してたとかナマイキだぞー!」
「その筋肉は見せ筋か!?」
女子のみなさまから非難の嵐だぜ。
マリア様はアーサー君の寝顔を見つめながら微笑を浮かべている。さすが聖女様だな。
「朝までみんなの治療をがんばってくれたの。だからゆっくり寝かせてあげたいんだ」
「そっか。頑張ったんだな」
お二人からラブの香りがしておられる。
心配はしたが死人ゼロでいい感じだな。クリストファーがものすごい目つきで睨みながら口パクで「はなしがある」とか言ってるが華麗にスルーする。
「話があるんだ」
「マリア様ならウエルカムさ」
みんなが学院への帰り支度を整えている頃、小高い丘の上にのぼった俺とマリア様がうーん!と手足を伸ばしている。抜けるような春空はじつに心地いい。昨夜の豪雨一転、絶好のピクニック日和りだ。
「なんであんなことをしたの?」
「あんなこと?」
トボケて見せるとマリア様の瞳には怒りが燃え盛った。
涙を湛えながら怒るその眼差しと向かい合うことは俺にはできなかった。
「トボケる気? アーサー様に言った言葉、置いていったポーション、クリス様を蹴落とした事、その全てがあんたがやったって言ってる。そらっとボケようなんて、あたしがそんなに馬鹿に見えた?」
「馬鹿だなんて思ったこともないよ」
「……なんであんなことをしたの? みんな必死だった、死に物狂いだった! 何度も死にかけたし何度も諦めそうになった。なんであんなひどいことができるの!?」
「加点が欲しかったのさ。俺は頭が悪くてね、みんなを出しぬくためにどうしても山岳ラリーでの上位入賞が欲しかったんだ」
「ふざけッ―――!」
ビンタが飛んでくる。避けはしない、思いっきり一発やってくれ。それでこの胸の罪悪感が消えるなら安い痛みだ。
……ビンタが止まる。風圧が俺の頬を撫でるだけだった。
「叩いてなんかやらない。あんたの罪悪感を軽くするようなマネ絶対にしてやるもんか!」
睨み上げる眼差しに宿った悪への怒りはまさしく聖女のものだ。
実力はまだ低くともたしかに救国の騎士の眼差しなんだ。いつか彼女に裁かれる、その日が来るまで何度この正義の目に射抜かれることだろう……
「俺はずっとキミを恐れていた。キミと敵対することを、キミと戦うことを、キミに倒されることをずっと前から恐れていたんだ」
「ああそう! そうね、そうなんだね、あんたは敵よ。この日この瞬間からあんたはあたしの敵になったの。精々恐れてなさい!」
怒り狂うほどに握りしめた拳を岩に叩きつけたマリア様が去っていった。
丘上に取り残された俺は抜けるような青空を見上げながら、やりきれない思いを空に叫んだ。
自覚する。胸に刻み直す。この先もこの程度で揺らぐ余裕があるわけじゃないから、今のうちにきちんと自覚し直す。俺は敵だ。キミの連れてくる新しい時代のうねりに立ちはだかる水関だ。
「……最後まで道化を演じてみせるさ」
俺は帝国最強の騎士マリア・アイアンハートと敵対する悪役令嬢の手下Aなのだ。




