(旧)山岳ラリー
(旧)←このマークが付いてる稿は以前の設定に基づいて書かれたものです。それがいつかっていうと2020年の五月とかなんですよね。驚きです。いま2023年ですよ?
三年経ってようやくここに追いつくという不可思議な現象が起きている。おのれ時の大神め……
以前の設定ってなんぞや?ってなると第一にアシェラが仲間になっていないというトンデモナイ敗北フラグですね。
第二にナシェカと殺害の王が接触していない。この世界線のナシェカは性別を偽ってリリウスで遊んでますね。それといつでも裏切ります。えらいこっちゃです。
第三にマリアから不信感を持たれている。えらいこっちゃです。
第四にロザリアがリリウスを手に入れたと確信して次の男に粉をかけてますね。なんでそういう心働きになるかっていうと友情の輪Aの極めて正常な反応です。えらいこっちゃです。
これら全てがアシェラが仲間になっていないと必然的に起きます。
彼女は正しく幸運の女神様なんですね。
入学から数日を経てなぜかマリア様から興味を持たれてしまった俺は痛感した。チンピラは所詮チンピラのポンコツだって事実だ。上手く立ち回って物事をコントロールしようなんておこがましいわ。ゲーム通りのどうしようもないチンピラに徹するべきなんだわ。
それからの俺は傍観者に徹した。授業はほどよくサボり、少しうざがられてもお嬢様にべったり張り付き、三馬鹿トリオで楽しくやったんだ。
そして五月を迎えた!
『山岳訓練のお知らせ』
五月五日から八日まで、ビルゲイブ連山にて山岳訓練を行います。
野戦行軍における必要な知識を学べる良い機会です、ここで頑張ってライバルを出し抜こう! なお一年生は全員参加のこと―――
一年生向けの連絡用掲示板に、イラスト付きででかでかと張られた山岳訓練のお知らせを読んで一言。
「全員参加なのにどこで差をつけろって言うの……?」
「もしゃもしゃ、リリウス君の発言並みに意味不めイタタタタ! 痛いよ!?」
「どーせ訓練の最後に山岳行軍ラリーでもやらせて上位入賞者に加点するんでしょー? まだまだ遠慮し合っててライバル心の足りない新入生どものケツ叩きにきてるわけだ」
ん、なんですデブとお嬢様のその目?
「どーしてその洞察力を普段から出せないのかしら?」
「リリウス君たまに頭いいんだよね……」
「うるさいよ」
だってゲーム通りだもん。
ゲームだと先生方のナイショ話をトイレで偶然盗み聞きしたチンピラが悪知恵働かせて、行軍路の立て札を逆向きにして自分らだけいい成績取ろうとするんだ。俺は本当に卑劣な男だぜ。
そして逆向きの立て札信じた連中が遭難して、魔物の群れに囲まれるけどどうにかこうにか頑張って撃退して朝を迎えるってシナリオだ。マリア様はここで活躍してクリストファーから興味を持たれるんだ。
山岳訓練前日の昼、学院から出る軍用車列にドナドナされた新入生組は一路北東のビルゲイブ連山へ。
連山の麓には軍用魔獣の生産牧場と騎兵訓練用の施設があるんだ。夕方に到着した俺らは普段は使われていない宿舎を掃除して、ワイワイ騒ぎながら就寝。
山岳訓練初日。三名から五名ほどの班に分かれて山の麓でフィールドワーク。まずは地図上に赤丸をつけられた泉へと行き戻ってくる、その最中に指定された五種類の薬草を採ってくるだけの簡単な奴だ。地図の読み方、図鑑をきちんと読む注意深さ、そういったものが問われているね。
「デブ、それ擬態した毒草だぞ」
「もしゃもしゃ、図鑑の通りだと思うんだけどなー、もしゃもしゃ」
「葉脈の形で見分けろよ。葉っぱや花の形をぼんやりとマネてるだけだから、本物と見比べれば一目瞭然だぞ。ほらこいつだ」
「ねえ、毒草触った手でポップコーン食べてるけど平気なの?」
「毒の強くない奴なんで平気ですよ」
「ふぅん、どんな毒なの?」
「食欲不振になる毒です」
「……それだけ?」
「ええ、巷じゃガリガリ草なんて呼ばれてますよ。むしろ毒が効いたほうが痩せてちょうどいいんじゃないですかね! ガハハ!」
お嬢様がマジの目をなされておられる!? 冗談でしたよ!?
いや、でもよく考えればいいアイデアなのかも……
「…………」
「…………」
俺とお嬢様は見つめ合いコンタクト。かつてない心と心のつながりを感じる。
そして俺らはせっせと毒草を集め始めた。先生から渡された採集用のカゴが山盛りになるまで乱獲したった。
「もしゃもしゃ、それ毒だったんじゃないの?」
「よかったなデブ、今夜はお嬢様の手作り団子だぞ」
「楽しみにしててね!」
そんな感じで泉を経由して宿舎に帰還。
昼休みを挟んで午後は採集した薬草を使っての応急処置の講義。治癒魔法あんのにこんな原始的な医療に意味あんのかって感じだが、必要な時が来るか来ないかじゃなくて、できないのが許されないのが軍隊なんだ。三日目には負傷生徒わらわらで大活躍するけどな!
山岳訓練は一学年合同なんで他のクラスの奴もちらほら見かける。アーサー君はマリア様の班で女子四人に囲まれて楽しそうにやってるわ。負傷兵役やらされて、治療を名目にセクハラされてやがる……
なぜかベルトまで脱がされかけたアーサー君がこっちまで逃げてきたぜ。
「こんなのは無意味だ、アルテナの技を使えばいいじゃないか……」
「ハハハ、最終日にはさっそく使うからしっかり覚えておけよ!」
「僕らの最終日に何が起きるんだ!?」
午後の訓練も終了。二日目もこんな感じの授業だったぜ。その間には特別大した事件なんて起きなかった、デブが食中毒で倒れたくらいだ。原因はロザリア印の毒団子さ。
「ねえ、弱毒性ってゆったじゃない! ねえ毒弱い奴だからダイジョウブって言ったじゃないの!?」
毒々しい紫の泡噴いて倒れるデブを足元に、お嬢様が俺の胸ぐら掴んでガックンガックン揺らしての迫真ツッコミ。
「お嬢様はまだまだですね。俺はポンコツのチンピラですよ、話半分に聞いてくださいよ」
「ばかー! もうっ、これ本気でシャレにならない毒じゃない。先生ー! 先生―!?」
ちなみにデブは俺の解毒ポーションで事なきを得た。山岳訓練で魔物の大軍相手にするからさ、ポーション箱買いしてきたんだ!
二日目の訓練を終え、宿舎に戻ってみんなで長風呂。浴槽にきちんとお湯を張った風呂は最高だぜ。帝国で主流のサウナも好きなんだけど、たまには湯船に浸かりたいんだ。
風呂あがりの男子はほとんどが遊戯室に集まってカードで遊んでいるが、早くも階級社会ができあがっている。遊戯室の真ん中は上級貴族の連中が幅を利かせていて、俺ら下級貴族は隅っこでこそこそ遊んでる。
アーサー君はいない。たぶんお部屋で読書だわ。
「リリウス、有り金巻き上げてやるからこっちこいよ!」
お調子者のウェルキン君が威勢がいいぜ。卓を囲んでる他の連中は意気消沈、だいぶ毟り取られたらしい。馬鹿コンビの相方のベル君に尋ねてみる。
「イカサマ?」
「ただの馬鹿ヅキ。こいつ今日に限って不思議なほど運がいいんだ……」
「燃え尽きる前の流星かな?」
「不吉なことを言うんじゃない、まるで俺が明日にも死ぬみてーじゃねえか」
うん、お前明日魔物の大軍と朝まで戦い続けるよ。テキストだと死人は出なかったはずなんだが、ウェルキン君ただのモブだから心配だぜ。
カードの誘いは断り、俺はステルスコートを起動してこっそり出かける。
明日は三日目の山岳訓練最終日。生徒にはまだ告げられていないが山頂の砦までの行軍ラリーがあるんだ。ゲーム通りなら行軍中に立て札を逆にして他の連中の妨害をするんだが、念には念を入れて夜にうちに立て札に工作をする。
のぼり坂をさす真っ赤に塗られた矢印をくだり坂の方に向けてハイ完了。
でも心配だから女子が寝泊まりする宿舎にも寄っておこう。
マリア様は仲良しのナシェカ、エリンの四人組で老人みたいに過ごしてるぜ。リジーちゃんはいねえな、お風呂かな?
「あうー、筋肉痛だー……ナシェカー、マッサージしろー」
マリア様が筋肉痛でジジイみてーな発言してる。
「ジジイか! 仕方ないから踏んでやんよ!」
「あうー、意外にいい腕してるじゃねえか、気持ちいいぜ?」
「だろ? 今なら友情価格でミートパイ三枚にしてやんよ」
「友情が何の仕事もしてねえ……ナシェカ、無料のマッサージに切り替えてー」
「ほほぅ、つまり最大パワーをお望みと?」
「イタタタタ!?」
「なぜに無料だとフルパワーなのか……」
「あははは! お金が無くなると思いやりもなくなるのであーる!」
「嘘でもいいから思いやりを友情の方に張りつけてくれんかね……」
まだ入学半月くらいなのにだいぶ仲良しになってるぜ。仲良し女子のお気楽空間を邪魔するのは悪い気がする。ポーションセットだけ置いてくか。
どすん!
「「「!?」」」
みなさん室内に突如出現した木箱にビビッてるぜ。
イスラム圏でこれやったら爆弾処理班呼ばれるわ。
「……え~~~っと、ポーション詰め合わせのプレゼント? みなさんで分けて明日は必ず携帯してください、仮面の貴公子パヤッパより?」
「リリウス君じゃん!」
「ここんとこ大人しくしてたのに、あいつ今度は何始めたわけ……」
「うはー、あいつ顔も変だけど行動も変だよねー」
マリア様がナチュラルに失礼です。世が世ならスプーンねじ込んでるところですよ!
そしてナシェカちゃんはなぜにポーションのにおい嗅いでるのか。
「ナシェカ?」
「ああ、うん、におい的に本物っぽい。冒険者ギルドの正規品のラベルあるし。うわっ、エクスポーションまである……まとめて四十八個とは気前いいわねー」
「お高いの?」
「大変大変大変大変――――!」
リジーちゃんが飛び込んできた。何を慌ててるのか、着替え途中の下着姿で現れたぜ。
「大変大変たい―――へんたいだー!」
「自己紹介かな?」
マリア様が的確につっこんだけど、リジーちゃんは慌てたままヘンテコな動きしてるわ。傍目にはどっちに抱き着こうか悩んでるふうにしか見えないけど。
「ちがうんだ! 本当に変態なんだ。脱衣場の外に目つきの悪い覗き魔が!」
「リリウス君だな」
「確実にリリウスだね」
「あいつも馬鹿だねー」
ちげー!?
俺じゃねえよ、俺じゃない目つきの悪い変態の仕業だ! なあそうだろ、言ってやってくれよリジーちゃん!
「そっ、そういえばリリウスに似てたかも!?」
嘘だろー!? ステルス解除!
「ちがう、俺じゃない!」
「「「「ぎゃ――――!?」」」」
「ちがうんだ、俺は覗きなんかしていない。信じてくれ!?」
無実を訴えるために夜の女子部屋に乱入したマヌケがいるってマジ? 俺は覗きはしてねえよ、でもさ、女子部屋に侵入した時点で犯罪者なんだ……
「確保ぉー!」
取り押さえられた俺は担任のビア樽みたいなパインツ先生に小一時間説教され、真っ暗な中庭で朝まで正座させられたぜ……
そして翌朝、首から『ぼくは女子部屋に突入したお馬鹿さんです』とかいう看板を吊るして正座寝する俺は起床した男子たちから失笑の的となるのであった。俺今回は悪いことしてないよね!?
早朝、男子部屋の連中が歯磨きしてる中庭は失笑の渦である。みんな俺を指差して笑ってやがる。
「ねえねえ天罰って言葉知ってる?」
「うるさいよデブ」
一昨日の毒団子をまだ根に持ってるな? いくら弱い毒っつったって山菜カゴ一杯の毒草盛られて無事なわけねーだろ。イケルイケルって調子乗ってどか食いしたお前も半分くらい悪いわ。
今度はウェルキン&ベルの馬鹿コンビがやってきた。
「おい、そーゆ―面白いイベントには俺も誘えよ」
「この醜態を見ながらよくそのセリフ吐けたな」
「ひと晩の正座くらいで女子と仲良くなれるならいくしかないだろ。なあ?」
「同感、次は誘ってよ」
馬鹿コンビが去っていったぜ。あいつらも必死だな。
「お前馬鹿だけど勇気あるなー!」
「根性だけは認めてやるよ」
「感動した」
非モテ同盟の連中が周りの目を気にしながらこっそりヒット&アウェイみたいに声かけてくるぜ。悪い連中じゃねえんだ。
「大胆な奴め、大人しく脱衣場の覗き程度で済ませておけばよいものを」
「覗き犯はお前かー!?」
非モテ同盟に二人目の犯罪者が!
これが後にエロの三大巨頭と呼ばれるガイゼリック君とのファーストコンタクトなのだが本気でどうでもいいので割愛。
クリストファーが遠くから含み笑いしてて気分は最悪。あとアーサー君顔洗いにこないわ。たぶん貫徹で本読んでるわ。
朝食の時間になるとようやくパインツ先生からのお許しが出た。
「先生も気持ちはわかる。わかるが世の中にはやっていいことと悪いことがあってだな……」
朝食の前にはお許しが出たにも関わらず超長い説教で朝食食べ逃したぜ。
そんなこんなで三日目の山岳訓練が始まる。
宿舎の前に整列した新入生一同はまた班を組まされ、地図やらコンパスの山岳行軍セットを渡された。
「各班にはこれから山頂の砦を目指してもらう。昨日までの訓練内容を思い出し、迷わずに歩けば夕方の前にはたどり着けるはずだ。なお着順で今期の成績に加点・失点があると心得よ、あんまりモタモタしていると夏季合宿強制参加だぞ」
悲鳴が嵐みたいに飛び交うぜ。
ヴァカンスシーズンに補習なんてみんなもやりたくないよね。
みんな一斉に地図を開いて山頂ルートを探し出したぜ。我らロザリア班も巻物みたいな地図を広げる。
ビルゲイブ連山は広大な地域に山が大小十七もある。比較的緩やかなルートを通りながら一番北側の北壁ビルゲイブの山頂を目指すわけだ。ゲームだとABCの三ルートから選んでねって感じだったが……
「とりあえずオルボー峠を直進すればいいよね?」
「もしゃもしゃ、そうだね、険しい道を避けつつ最短で行くしかないと思うな。もしゃもしゃ」
実質一ルートだけだわ。迂回路とか尾根歩き選択する必要ないよね? ゲーム作った奴馬鹿なの?
「あんた意見ある?」
「実質ワンルートですし特にないです。オルボー、ラシリンダ、ネプト、サルディア、クトリ回ってビルゲイブには左側から入山ですね」
「もしゃもしゃ、ネプト山入るより右手のオルヌー抜けた方が早くない?」
「等高線見ろよ、オルヌーみたいな険しい山に迷い込むと五倍程度の疲労を覚悟するはめになる。しかもこの地図作為的に等高線を削ってるな。オルヌー選ばせるための欺瞞情報だわ。入ると山頂行くか右回りの大きな迂回を強いられるぞ」
視線でパインツ先生に確認すると苦笑いされた。
地図が必ずしも正しいとは限らないって学ぶ授業でもあるらしい。実際の行軍では橋の落下やがけ崩れがあったりして、地図通りにいくほうが珍しいもんね。
「お前はやればできる子なんだよな……」
「そんな悔しそうに言わんでくださいよ」
とりあえずの方針を決めて出発する。まだ地図を広げて悩んでいる班もいるが、だいたいの連中はもう出発している。
緩やかに右傾斜する山林の道を団子何十兄弟みたいになって進んでいく。優秀そうな連中に寄生するズル賢い班もいるね。
昼を越える頃になると体力の差が出始めたのか、前後に見えていた班もだいぶ少なくなった。昼食休憩をとっていると小雨が降り始めた。
「あらら、強くならなければいいんだけどね」
「これはどしゃ降りになりますよ。はい、雨ガッパをどうぞ」
山岳訓練のポスター見た日にデブに買ってきてもらった雨ガッパを二人に配るとデブから疑惑の視線。
「もしゃもしゃ……リリウス君いつからどこまで読んでたの? もしゃもしゃ」
「山は天気が変わりやすいもんだ。いつだったかこの山でご来光見た時に学んだだろ」
自分で言ってて吐き気がしてきた。だいたい四年前の大みそかに氷雨ザーザーのビルゲイブでアンデッドの大軍と戦わされた悪夢が……
「あれはひどかったね……」
「バイアットってばゾンビに殺到されてたものね……」
「うまそうに見えたんでしょうね……」
悪夢を振り払って再出発。
雨は時を置くごとに強くなり、まだ日暮れ前だというのに夜のように暗い。霧も出てきた……
帝国は五月でも気温一桁なので雨中行軍はたいへんつらい。天幕を木々に吊るして雨宿りしている賢い連中もいたが、ほとんどが無理をして強行軍している。超わかる。みんながヴァカンスしてる時に補習なんて嫌すぎる。
先を歩いてた連中の足が緩み、俺らは自然と順位を繰り上げていった。今も班を一つ追い抜いて……
「ウェルキン君!?」
「おい! いま馬鹿のくせにけっこういい順位じゃんって言外に言ったろ!?」
馬鹿だけどお察し力は高いなこいつ……
「それもしかしてレインコートなの? 行軍セットにそんなん入ってたっけ……?」
「自費で買って持ち込んだ奴だ。学校は何でも用意しちゃくれねえぞ」
「リリウスお前……」
「まさか頭いいのか?」
失礼な連中だぜ。馬鹿コンビ班を追い抜いて最後の難関、クトリ峠に到着。昨夜俺が全力ダッシュで二時間かけて往復したポイントだ。
濃霧の向こうに影みたいなシルエットがいる。幾つかの班が俺が真逆に入れ替えた立て札を信じて地獄一丁目へと足を踏み入れてったぜ。
本当は右じゃなくて左に行って山頂を迂回するコースが正しい。地図とコンパス頼りに右に行くと八百メーターの断崖絶壁とぶち当たるんだ。ハゲ山なら一発でわかるけど奥深い山林の中だから騙されるのは仕方ないぜ。ゲームの俺はマジ卑劣な男だぜ……
ちょうど立て札を見ていたマリア様班が俺に向けて手を振ってる。
「遅いぞ変態!」
「馬鹿なんだから体力でアピールしろよ変態!」
「変態がんばれー!」
「慰謝料よこせー」
散々な言われ様だぜ。俺が怒ったフリをして大戦斧ブンブン振り回すと楽しそうな悲鳴あげながら逃げてった。
お嬢様はなぜに俺をそんな蔑んだ目で見るんですかねえ……
「完全にオモチャって認識されてるじゃない……」
「素晴らしい立ち位置じゃないですか。なにが不満なんです?」
「オモチャじゃ尊敬されないわよ……」
お嬢様がお求めの俺はいったいどんな貴公子なのだろう……
俺ただのチンピラですよ?
「いまさらよね。さ、いきましょ」
罠ルートに進もうとするお嬢様の襟首掴んで左に誘導するとジロリと睨まれた。
「なぁにすんのよ。そっちはちがうでしょ」
「こっちでいいんですよ。昔ここ来た時こっちに曲がったじゃないですか」
「そういえば……」
ハッと表情を変えたお嬢様は思い出したご様子。思い出すまで信用しないってことは俺のポンコツさに気づき始めましたね? いい傾向です!
「え、立て札間違ってるの? けっこうな人数あっちに行っちゃったわよ?」
「先生方の小粋な罠でしょうね。これも訓練の一貫だと思って呼び戻したり立て札直すのはやめましょう」
「なんてことない登山メニューかと思ったら罠多いわねえ」
「もしゃもしゃ、それにしたってここの立て札入れ替えは致命的な気がするよ。騙されない方がおかしいポイントだもん。もしゃもしゃ」
鋭いなデブ。ここは相当注意深くても騙されるわ、一度来ているお嬢様も指摘されないと疑問を抱かないレベルだしね。だからわざわざ立て札置いてるんだ。
小一時間かけて左回りで山頂をぐるっと迂回してビルゲイブ山に入る。岩肌だらけのハゲ山の急斜面をひたすらに登り続け、夕方にはようやく山頂の砦に到着した。
思わずドラキュラ城かよ!ってつっこみたくなる切り立った崖に建つ、石造りの堅牢な砦の正門前には正騎士がいて、名簿片手に尋ねてきた。
「学院生ですね。お名前は?」
「ロザリア・バートランドですわ。こちらはリリウス・マクローエンとバイアット・セルジリア、わたくしの班員です」
「かっ、閣下の妹君であられましたか! 確認いたしました。山岳訓練はこれにて終了であります。お疲れ様であります!」
めっちゃビビってるね。気持ちはわかる。
「ありがとう。着順はどうですの?」
「一位到着であります。豪雨となり心配しておりましたがさすがはロザリア様ですね」
「霧も深くなっているわ。遭難対策は大丈夫かしら」
「教職員が後から歩いて回っております。例年一組か二組は迷子が出るものですが、滅多なことでは死者など出ません」
「そう。例年のことだし、心配することもないわよね」
お嬢様が来た道を振り返って心配しておられる。
でもじつはみんなが迷い込んだのは砦の断崖の下らへんなんだよね。つまりカメラ目線が九十度ズレてる。
おっ、坂道をのぼってくる班発見。クリストファー率いるA組上級貴族組だわ。騎士に到着の報告をしてるね……はぁ!?
「着順は?」
「二番であります。さすがは王子殿下ですね」
「なに、ロザリア嬢には及ばぬさ」
余裕ぶってスカしてやがるけどそんな呑気な場合じゃねえよ!?
山岳ラリー遭難組はクリストファーの指揮で団結して魔物を倒すんだぞ。お前がいないと下の連中どうなるかわからねえぞ!?
なんでだ? なんで立て札の罠に引っかからなかった?
「おい、どうして到着できた?」
「君のおかげさ。君はつまらないミスをする男ではない。自信満々で立て札と逆を行くからには理由があり、だから私は二位としてここに立っているわけだ。ありがとうよリリウス、君のおかげで無事に踏破できた。クククク……」
相変わらず笑い方怖いんじゃ。しかしやべー事態だな。つまりこいつの中で俺への信頼度高いから罠回避したって事? 最悪! 今回のミスはシャレにならない奴だぞ……
マリア様たち大丈夫かな……?




