財布の人②
「で、話って何だよ?」
「あー、なんて言ったらいいのかなあ」
どうにも照れの入ってるマリアの気持ちを察するにヴァカンスに連れていってほしいのだろう。しかも俺に旅費を持ってほしいのだろう。そして自分からは言い出しにくいのだろう。
これがナシェカなら直球でおごれと言ってくる。あれに比べればマリアは恥を知っているな。
「わかってるわかってる」
「!!」
「ヴァカンスに連れてってほしいんだろ。おーけい、旅費は俺持ちだ。中央文明圏だろうが迷宮都市だろうがどこだって連れてってやるよ」
「ちがうし」
ちがうんかい。
がっくし項垂れたマリアがちょっぴり不機嫌そうにパンチを放ってきた。どんとこい。救世主の腹筋は乙女の拳を優しく受け止めるのだ。
ぽすぽすと脱力したボディブロウなのに的確に肝臓を狙ってくるのクソワロ。
「夏の予定は埋まってるんだぁ。アーサー君のお姉さんがリゾートに連れてってくれるって」
「ラストさんなら全然ある話だな」
「そうなの?」
「気前の良さにかけては天下一品のイイ女さ。加えて我がLM商会の重要な顧客でもある」
「前からの知り合いなの?」
「おう、一緒に戦争に繰り出したのも二度や三度じゃねえ大戦友さ」
「その表現初めて聞くなー」
「あの頃は俺もちっこくてね。ちょうどマリアの顎の下らへんの背丈で」
「想像もつかない!」
「よく首根っこ掴まれて振り回されてたよ」
「うそー」
「嘘じゃねえって。ふえええ、ふえええって泣いてたよ」
「絶対うそだー」
本当なんだよなあ。
出会いから語ろうと思ったけどよく考えたら出会いからして犯罪なのでラストさんを巻き込んでいいやら不明なのでやめておく。我が国の騎士団長と婚約した女との出会いが覗き現場での遭遇って話していいと思う? 絶対にダメだよ。しかもあの後刃傷沙汰やらかして投獄されてたし。
ラストさんとは友達だ。でもラストさんが慕っていたのはカトリで俺はおまけだ。
これはカトリの繋いでくれた縁なんだ。
「リリウスはさ、夏季休暇はどうするの?」
「まだ決めてもないんだよね。ほら、エストカント市から期末試験とかダンパの手伝いでバタバタしてたから」
「ラスト様に頼んでリゾートに来ちゃえば?」
「呑気に遊んでる暇があれば腕を磨きたいかな」
マリアが目を丸くして驚いた。なんでだ?
「まだ強くなる気なんだ」
「まだ足りないよ」
まだ足りない。シェーファを倒すにはまだ足りない。
やつの不滅の権能を打ち破るためには殺害の王のちからを使いこなす必要がある。
「エロ賢者やガレリアの三女神と戦えて次の段階のイメージはできた。必要な能力を得て技につなげてさらに強くなるためにも強い敵がほしい」
「ガイゼリックってそんなに手強かったの?」
「エロ賢者の分際でとんでもねえ強敵だったぜ。うちのクランの最上位クラスでも敵うかどうか怪しいっていう魔王級ウィザードだ。いやほんと、なんであんな奴が田舎の学院にいるかなー」
「それたぶんあっちも思ってるよ」
「かもな。というわけで夏はあちこち回って強いやつと戦ってくるよ。フェイも退屈しているだろうし一緒に高難度迷宮でも落としてくるかねえ」
「いいなー、楽しそう」
「それ乙女のセリフじゃないんよ、ベルゼルガーなんよ」
「せいっ!」
乙女の拳が救世主の腹筋を打つ。腹に本気でちからを入れたからマリアが拳を抑えてうずくまっている。
「イッタァ! ひ…人の腹を叩いた感触じゃない……」
「マクローエン家の腹筋は強いんだ。さてどんな理由でしょうか?」
「理由があるんだ」
「正解は痴情のもつれで刺されても死なないように鍛えているんだ」
「ひどい理由だね!」
「ちなみに親父殿の教えなんだ」
「ひどい父親だぁ」
そうなんだよ。
親父殿のやらかしなら幾らでもしゃべてるから楽しいぜ。あっちこっちに隠し子がいるから宝探しをしている気分になるという馬鹿話だ。あれだけのクソ野郎はそうそういねえぜ。
馬鹿話でひとしきり笑った後でマリアが思い出したように言った。
「リリウスはさ、どうして強くなりたいの?」
「意思を押し通すにはちからが必要だからだ。話し合いをするにも敵の剣を叩き落してからじゃないと話し合いもできないこの世界でちからだけが、勝者だけが夢を語ることができるからだ」
ただの女友達にはこんな話はしない。
本心を語るのはマリアがドルジアの聖女だからだ。
「助け出すと誓った女がいる。迎えにいくと約束した女がいる。使命のために身命を捧げるつもりだけどさ、この二つだけは何を放っても成し遂げると決めている」
ベティ、お前を必ず助け出す。絶対に助け出す。何があっても助け出す。
だからさ、デザートを作ってくれよな。
やべえ、思い出したらヨダレが出てきた! あがががが脳が震えるぅ。禁断症状が……
◇◇◇◇◇◇
アルコール中毒者みたいに小刻みに震え出したリリウスが走り去っていった。ヨダレも出ていた。
なんかやばいクスリをやってそうで怖いなあって思ったマリアが呆れた様子で踵を返す。こっちは演習場があるだけなので、ダンパ会場の方へと足を向けただけだ。
「そっかそっか、彼女いたのかあ……」
そりゃいるだろうとは思っていた。
あれでけっこうイイ男だし強い戦士だしお金持ちだ。そんな男を放っておくわけがない。
「そりゃあそうだよね~」
それはそうだ。当然だ。当たり前だと自分に言い聞かせる。
別に告ろうとかそんな感じじゃなかったし、単にヴァカンスに誘いに来ただけだし、別に期待とかしてなかったし……
ダンパ会場はもう目と鼻の先。林に敷かれたレンガの道の交差点でばったりと小銭皇子と出くわした。なんでかギョっとしている。
「何があった!」
「何がって何が?」
「何もなくて涙なんて流すわけがないだろ。何があった、言え、誰に泣かされた!」
何言ってんだろこいつ。
そう思って目尻を払ったら水の感触があった。あー、失敗したなーくらいは思った。
「いやいや、別に何もなかったって」
「言いにくい相手なのか?」
どういう心配なんだろうね。まったくお節介だなあと思っていたらベンチを指さされた。ここに座れだ。話を聞かせろだ。こういう時は放っておいてほしいのにお節介な男だよって呆れるマリアである。
「アーサー君ならハンカチを敷いてくれるよ」
「すまない!」
小銭皇子がポッケからハンカチを取り出す。同時に小銭が飛び出してちゃりんちゃりんいってて、小銭皇子の視線が小銭とマリアをいったりきたり……
ぐっと堪えてハンカチを敷く小銭皇子がものすごい形相で唇を噛み締めているのが面白くて噴き出してしまった。
「なぁに我慢してんのよらしくない。小銭拾いなよ」
「私だって時と場所くらいは弁える。今はマリアだ」
「小銭に勝ったか。あんまり嬉しくない勝利だなあ」
ベンチに座る。小銭皇子が隣に腰を下ろす。
そっちを見てないからわからないけど何となく困ってそうに思えた。
「じつはさ、財布を落としちゃったんだ」
「それは泣いても当然だな。わかった、一緒に探してやろう」
「じつは嘘なんだ」
「……心臓に悪い嘘だな」
本当に心臓に悪い嘘だと思ってそうで面白かったので噴き出してしまった。
すると小銭皇子が不機嫌になった。見てないからわからないけどきっとムスっとしている。
「じつはさ、フラレちゃったんだ」
「誰にだ?」
「怖い口調になるなよばぁか。今の雰囲気のあんたに名前を出したくないな」
「そうしてくれ、直後の自分の行動に自信が持てない」
「なんで怒ってんだよ。怒るのはこっちでしょ」
「怒ってるのか?」
「怒ってないよ。別に告ったわけじゃないし」
「???」
見なくてもわかる。恋愛むつかしいっていう顔をしているに決まってる。
情けない顔をして遠い目をしているに決まってる。
「弄ばれたわけじゃないし勝手に好きになっただけぇ。優しくされて勝手に盛り上がって勝手に高望みをして勝手にフラレタと思っただけ。そいつ好きな子がいるんだってさ」
「見る目のない男だ。そんな男とは付き合わなくて正解だ」
「何も知らないやつにそんなこと言われるのはイヤ」
「すまない……」
小銭男が黙り込んだ。
何を言ったらいいかわからないって感じで、でも何か言わないとって勝手にそわそわしているのがわかる。だって貧乏ゆすりをしているからだ。
「すまない。こういう時に何を言えばいいのかわからない」
「何も言わなくたっていいよ」
「そうなのか?」
「うん、こういう時は傍にいてくれるだけで嬉しいから」
「そうか」
傍にいてくれって言ったら本当にずっと居てくれそうだなって思った。
実際彼は何も言わずにずっと隣に座り続けていた。
「ありがと。もう落ち着いた。どっか行ってもいいんだよ」
「知るか、今夜はずっとここにいる」
「あたしももう行くけど?」
「そ…そうか……」
変なやつだなー、面白いやつだなーって言うと困ったふうな顔になった。
気分も切り替わったし感謝しなきゃねって思いながらマリアが女子寮を目指して歩いていく。ずぅっと歩いていく。
女子寮に入って二階の部屋へと歩いていく……
さすがに見過ごせなくなった。
「なんでついてくんの!?」
「え?」
「ここ女子寮だよ。出ていけ!」
「すっ、すまない!」
慌てて逃げていく小銭皇子の頭にナシェカが大事にしているぬいぐるみをぶん投げてやった。許せナシェカ!
◇◇◇◇◇◇
台風一過のダンパ会場は閑散としている。メシも食ったし踊りも一通り終えた。あとは明日からの夏季休暇に備えてという空気になっている。
男女は別れを惜しんで寄り添いながらヴァカンスの予定について話し合い、何の予定もない男子達は男子寮へと帰る途上。ウェルキンは告白チャレンジ中だ。
屋根から吊るされていたバイアットであったがウェルキンに頼んで下ろしてもらった。
立食パーティーの残りにフォークを突き立てながら思うのは先ほどの出来事だ。
(あの目、珍しく本気で怒っていたな……)
リリウスは自分に対してはあんまり怒らない。寛容や親愛ではなく自分なら何をしでかしてもおかしくないと納得している節がある。
そして自分も彼の突飛な発言には慣れている。何しろ初めて会った時にはお前のことは生まれる前から嫌いだと言われている。
餌付けのつもりで異国の果実を分け与えた時には見直したと言われた。お前みたいな胸糞クズ野郎にもいいところの一つくらいはあったんだなって言われた。
バイアットはリリウスのことを情緒の不安定な変なやつで片づけてきたから気にも留めてこなかった。だが理由があるとしたら?
(ガーランド・バートランドは彼を高位の未来予知ホルダーだと考えている。これを前提に彼の言動を掘り起こせば見えてくるものがある。見直した? 出会って二日目のほんの数言しかしゃべってない相手に使う表現では明らかにない)
見直した。じゃあ彼は以前に何を見た?
彼の眼に映ったバイアット・セルジリアは何をやらかした?
(さっきもだ。実際お前には成功させる能力がある。実際だ、実際ってなると僕は実際にやって成功させたってことだ。囲い者という単語。僕からお嬢様を守ろうとする姿勢。そもそもの話だ、リリウス君はどうして帝国から出ていき、あれだけの強さを得て帰ってきた?)
答えはすでに出ているがあんまり認めたくないので、クロテッドクリームのたっぷり詰めたシュークリームをぱくりと食べる。このシュークリームなる手の汚れないお菓子は最近流行り出したものだ。
(僕がお嬢様を囲い者にする? 冗談にも程がある、僕のような木っ端貴族が見られる夢にしては大それている。僕にはそんなちからも度胸もない)
バイアット・セルジリアは名家セルジリア本家にこそ生まれているが末子にすぎない。一番上には父も認めるよくできた長男がいるし間にもたくさんの兄弟がいる。異母兄弟まで含めれば十人は上にいる。
そんなセルジリア本家にあってバイアットの強みは一つだけだ。バートランド公が掌中の珠のように可愛がる赤薔薇姫と同い年という部分だけだ。彼女の傍に居るだけでバイアットの価値は上がる。逆に言えば赤薔薇姫のお傍にいなくてはバイアットに価値はない。
次代のバートランド公爵の側近。それだけがバイアットの価値だ。
(僕の役割は順当に側近としての地位を固めて御家間の掛け橋になることだけだ。僕の遊興に対して気前よく支払われるお小遣いも言ってしまえば期待の表れにすぎない)
さすがの父も入り婿なんて夢は見てはいない。というか打診すらしていないはずだ。
次代のバートランド公爵に相応しい伴侶が誰なのかは知らないが、自分や赤モッチョはリストアップさえされていないはずだ。心を許せる側近が精々でありそれ以上の夢なんて見れるはずもない。
現状においてバイアットにロザリアとリリウスを裏切る理由がない。関係の決裂はむしろ現在の恩恵のすべてを失う悪行になりうる。……考え方が間違っているのかもしれない。
(落ち着け、前提が誤っているのかもしれない。お嬢様の失脚によって利を得るのは誰だ? それによって何が起きる? それとも何かが起きたからお嬢様が失脚するのか?)
考えても考えてもそこが分からない。
自分がどうして帝国の影の支配者とまで畏怖されるバートランド公爵の逆鱗に触れるのかが分からない。
(軽く聞いたらさらっと教えてくれないかなあ? リリウス君にも考えがあるんだろうけど事前に話してくれればこんな一騒動起こさなくてもよかったのに……)
おそらくは信用されていない。その程度だと考えていたが今回の仕掛けで一個だけ嫌な事実が判明した。
なんと自分はあの魔王級の超魔導師にして肉弾戦の鬼リリウス・マクローエンの敵の側にいるのだ。マジな話敵対したとして一秒も保たない自信がある。
(うーん、あの秘密主義だけはどうにかならないのかなあ。僕が警戒されているだけってのもあるんだろうけど打ち明けてくれれば、協力し合えれば僕も変な不安を抱えずに済むのにねえ)
バイアットは思った。
このままじゃ心労で痩せちゃうなあって。
本稿が一学期終了のエピソードとなります。
次回からは最新部分への投稿となります。結局ヴァカンスでラタトナリゾートに出かけたリリウス君たち三馬鹿プラスワンの珍道中もお見逃しなく。
それと最新版では影もなかったシャルロッテ様が自動的に復活しております。
良縁を求めていつも暴走しているシャルロッテ様の濃すぎる影が完全に隠れている。まさかステルスコートの仕業か?
最新版からの投稿となり物語は夏休み真っ最中。GW明けなのに夏休みです。松島のテンションも大変です。早く夏休みになーれ!




