断罪の夜③
「ここにリリウス・マクローエンの罪を告発する。そして確たる証左もなく貶められたディルクルス・フラウ・ヴェートの名誉の回復を宣言する!」
デブが威勢よく宣言すると同時にディルクルス君が一歩前に出てきた。彼はいいやつだ。俺の楽しいオモチャだよ。
反応がよくてツッコミに敏感で面白いやつなんだけど距離感がホモっぽいんだよな。パーソナルスペースが不自然に近いんだよ。
一歩前に出てきたディルクルス君の下にかつての仲間達が集まってくる。ダンパに仲のいい女子を連れてきたノーマルでエリートな男子たちだ。
「ディルクルス、おまえ無実だったのか?」
「ホモなんかじゃなかった。そうなんだな!?」
「大事なところだぞ、おまえの口から聞かせてくれ。ディルクルス!」
熱量がすげえぜ。まるで青春学園ドラマだ。しかしディルクルス君は面を伏せたまま彼らを見ようともしない。
ディルクルス君がんばれ。
「……俺の言葉を聞かなかったのはお前達だろうが」
「すまない、だがあの時は!」
「お前のスキンシップは濃いから! だから俺達だって薄々そうなんじゃないかって!」
「違ったならあんなに必死になって否定しなくてもいいだろ。いつものおまえなら笑って受け流したはずじゃないか!」
「っく、貴族が名誉を貶められてどうして笑えると思った! 俺は俺の名誉を守るために! なのに話も聞かなかったのはお前らじゃないか!」
「!!」
「!?」
「じゃあディルクルス、お前は本当に……」
熱いドラマが繰り広げられている。俺もこういうの嫌いじゃないよ。男の友情って格好いいもんな。男は友と女と名誉のために死ぬべきなんだよ。友のために我が身を投げ出すべきなんだよ。
つまんねえ男は知らん。勝手に長生きしてろって感じだ。
ところで……
「なあデブよ、彼って本当にホモじゃなかったのか?」
「……」
「どうして視線を逸らす」
まぁデブが確認してあるならホモじゃなかったんだろ。
俺の勘も鈍ったもんだな。昔はゲイの的中率百パーセントだったんだが。
「とにかく僕らはリリウス・マクローエンの退学を要求する。この署名こそが彼を許せないと思う生徒の総意だ。クロード会長、お答えを!」
「決闘でお決めよ」
横やりならぬ横から嘴を挟んできたのはドロア学院長だ。何故かコッパゲ先生と並んで飲んでた怖いおばちゃん学院長がワインボトルをラッパ飲み。
うわぁい、ボトルが十本近く転がってるぞい。
「ガキが大人のマネして政治ごっことは世も末だねえ。貴族なら武をもって意見を通しな」
「しかしですね、リリウス君は……」
デブが抗弁するも鋭い睨みが飛んできて黙らされた。ドロアのおばちゃん怖いから俺でも黙るわ。
「おためごかしはよしなよバランジットの息子。あんたの親父はどんなに勝ち目のない相手でも逃げたりしなかったよ。あたしが相手でもね」
ドロア学院長の目は据わっている。たぶん飲みすぎが原因だ。
「人には役目があるものだ。農民は生み出す者だ、土地に根付いて田畑を耕し子を産み育てる。商人は金を儲ける。職人はものを作る。じゃあ貴族とは何だい?」
「……」
「……」
「……」
「どうした、あんたたちは自分が何者かさえ知らないボンクラなのかい?」
誰も答えない。下手な答えを言おうものなら叱責されるのは目に見えているからな。
俺も面白いから黙っとく。
「貴族は戦い奪う者だ。だから農民や職人や商人の上にいる。こいつらから毟り取る立場を武をもって保持してきたからだ。ちから無き者に貴族を名乗る資格はないと心得な」
ドロア学院長がブーツを鳴らしてこっちに来る。
迫力がありすぎだろ。さすがにビビるぜ。とか思ってたら肩を抱かれてしまった。
「この小僧は強いぞ。あたしだって本気でやっても勝てるかどうか分からない領域にある。こいつはあんたたちにとっての試練だ。こいつを倒せずして名誉もクソもあったもんじゃないよ」
「まさか俺を入学させた理由ってこれでしたか?」
「お行儀のよすぎるガキどもには一番利く手でね。ま、精々図太く立ちはだかってやんな」
デブたちが拳を構える。
おもしれー、幾多の神々を打ち破ってきたリリウスナックルに挑むつもりか。シャドーボクシングにも熱が入るぜ。
「さあ来い、リリウス・マクローエンは何者の挑戦も拒まない!」
「みんないくぞ、あいつを倒して俺達の自由を勝ち取るんだ!」
「うおおおお、ナシェカちゃんを誑かしたお前だけは許さない!」
「アメリを泣かせるお前だけは絶対に殺す!」
「やつを殺せぇえええ!」
直後に始まった大乱闘スマッシュブラザーズ大会は当然のように俺の勝利で終わるのだが、まあ期末試験の憂さ晴らしには丁度よかったな。
みんなもすっきりした感じで終われたからよし!
◇◇◇◇◇◇
大勢の男子がひっくり返っているダンパ会場の外で黒幕が語りだす。
黒幕ことデブは縄で縛って転がしている。今はいいわけを聞いてやってるところだ
「いやぁ、みんなけっこうなフラストレーションを溜めてたからね。ガス抜きが必要だったんだよ。ほら、夏休みの間も怒りを溜めたら明けに爆発しそうじゃん。僕も巻き込まれるのは嫌だし必要な措置だったんだよ」
デブのいいわけがこれである。
「お嬢様、判定をどうぞ」
「一応筋は通っているけどねえ」
判断材料が足りないようだ。もう少し尋問しよう。
どすどすとデブのお腹を蹴りながら尋問再開だ。
「事前に話を通さなかった理由だが納得できるものを出せるのかよ」
「二人とも腹芸ができないじゃん」
???
俺とお嬢様で顔を突き合わせる。二人でできるよねっていう顔してる。
「できるわよ」
「そのくらいはできる」
「何の根拠もない自信はいいんだけど事実としてできないよ。できていると思っているのなら周りがフォローしてるだけだからね」
うっ、意外に鋭いところを突くぜ。
人を騙すってのは案外難しい。簡単だと思っているやつは馬鹿だ。そいつが他人に呆れられていることを知らないだけなのさ。悲しいことに俺は妖怪サトラレだからな。……はじまりの救世主の権能のせいで必死になって誤魔化そうとすると相手に嘘だと伝わっちまうんだよ。
「それにね、リリウス君を本気で追放しようと思ったら彼らではなく確実な面子を集めるよ」
「だろうな。実際おまえにはそれを成功させる能力がある」
未来の話だ。ゲームの話だ。こいつはクリストファーと手を組ませると厄介なんだ。
やつの武力とデブの政治力が合わさると大抵のやつじゃ太刀打ちできない。その大抵のやつってのはお嬢様だ。
「? 褒められたの?」
「褒めてない。まぁいいや、お嬢様、判定をどうぞ」
「おやつ禁止三日」
「え~~~~!」
「超軽い罰じゃん。何が不満なんだよ」
「せめて半日にしてよ」
「ばっか、てめえ帰って寝るだけで済むじゃねーか!」
「痩せちゃう痩せちゃう。痩せるとモテちゃう」
くっ、デブを痩せさせるわけにはいかない。
デブがモテたら俺は怒りのあまり殺害の王になってしまう。
「お嬢様、デブも反省しているようですし半日でどうでしょう?」
「あんた今のバイアットの顔を見なさいよね。ものすごく悪い顔をしてるわよ」
振り返る。デブが泣きそうな顔をしている。
一度お嬢様の方に戻してから本気の速さで振り返る。デブがどや顔で舌を出している。
「お嬢様、太陽刑って知ってます?」
「なにそれ面白そう。やっちゃう?」
「やりましょう」
「それ最古の処刑方法とか言われてるやべーやつじゃん」
「博識だな。まさにそれだ」
デブをダンパ会場の屋根から吊るす。まぁ明日思い出せたら解いてやるよ。忘れてヴァカンスに行かないことを祈るんだな。
どうにか再開したダンパであるが参加者は激減している。踊ってるのは五組くらいで残りは会場の外で談笑している。完全におひらきのパターンだ。合コンなんかでいう別れる前の空気が漂っている。
ちなみに俺らは生徒会からこれ以上の手伝いは必要ないからまっすぐに寮に帰ってくれと厳重に言い含められている。
「せっかくだし一曲くらい踊ってから帰ります?」
「クロード会長が怒りだすわよ」
「一曲くらい平気ですって。姫、わたくしめにダンスの栄誉をお与えください」
「怒られたら守ってくれる?」
「ええ、何度だっておまも」
「おーい!」
いいところでマリアが来たじゃんよ。締まらねえなあ!
真っ暗な林道の向こうからマリアが小走りでやってくる。肩に眠ってるアーサー君を担いでるんだけど何があったの? 何もないから寝てるの?
殺人マシーンのアーサーくん(状態異常睡眠)が大人しく眠っている。マリアの人誑し能力はいつ見てもすげえな。
「おう、そっちは学院の見回りか?」
「うん。そっちはサボりぃ?」
「役立たずなんで追い出されたとこ」
「ダサすぎる!」
「うるせえ」
真っ向から来るから真っ向から対応せざるを得ない。誰もがマリアとは素の自分で向き合わなきゃいけない。いやまったく大した人徳だよ。
「え、ロザリア様まで追い出されたんですか? 大変ですねえ」
「そうでもないわよ。大変なんかじゃないわ」
「タフなんですねえ」
マリアがシミジミそう言った。俺がいると大騒動が起きるって思ってそうじゃん。何事も俺のせいってわけじゃねーんだぞ。
だから、次に飛び出した一言には、それなりに驚かされた。
「こいつを借りてもいいですか?」
「ほえ?」
「ねえちょこっと話があるんだ。いいかな?」
「いいけど」
「やった!」
喜ぶマリアの肩からアーサー君が落ちた。
夏休みの前に話かぁ。どう考えてもどこかに遊びに行くっていうお話だな。せっかくだしティトの最終試練にでも連れてってやるかな?




