断罪の夜
極北の帝国も七月に入ってからだいぶ暑くなってきたらしい。しかし最近は太陽のイルスローゼで暮らしていたから平均気温23度程度で暑いとか言われても全然ピンと来ない。日差しは強いから日なたにいればじんわりと汗を掻くが暑いとは感じねえんだ。
七月最後の日。午後の五時ともなればだいぶ暗くなっている。
俺はバド先輩と一緒にダンパ会場の入り口で受付をしているところだ。
「この時間のイルスローゼだとまだまだ明るいんだけどなー」
「そういえば活動領域は中央文明圏だったか。あっちの夏はどうだい、暑さとか」
「頭から湯気が出るくらいですよ」
「そこまでか。一度くらい遊び行ってみたかったけど急に行く気が失せたよ」
「賢明ですよ。これがジベールになると頭から水分が飛んでいくのを防ぐために逆に被りものをするんです。命の危険がある暑さなんですよ」
「ひえー、本気かよ」
「クロード会長もフェニキアまでは行っていたようですし今度詳しく聞いてみるといいですよ。俺の話がだいぶ温めだったとわかります」
「おーけいおーけい、聞いてるだけで涼しくなってきたからもういいよ」
「それは本当に涼しくなってきたんだと思いますよ」
涼やかな風が吹き始め、会場からヴィオラの音色が聞こえてくる。
学生寮のある方からドレスと夜会服に身を包んだ学生がやってくる。さあ仕事だ。
「あれ、セリード先輩カノジョいたんすか?」
「従妹のエスコートだよ」
「また美男美女の親戚ですねえ。羨ましいな」
「じゃあ代わってくれよ。みんな俺を置いてドライブしてるんだぜ」
って言ったセリード先輩がパートナーの美少女から靴を踏まれている。全然堪えない様子のセリード先輩がパートナーの腰を抱いてご入場。
受付をテキパキこなしていく。入場者にネクタイピンならぬBC賞投票権を渡すのも忘れない。
ドレスに着替えたナシェカがやってきた。パートナーは知らん男だ。
「ウェルキンのラストアタックは?」
「あいつも懲りないよねー」
くすりと笑っての一蹴である。悪い女だなあ。
「そっちはどうなんだよ。誰か誘った?」
「生憎ダンスに誘えるほど仲のいい女子はいなくてね」
「それ本気で言ってる? まぁいいか、熱烈に口説いてくれたら後で踊ってあげるよ」
「おいおいナシェカ、俺の前そういうことを言うかぁ?」
見た目はそこそこの軽薄そうな男子がそう自己主張をした。見覚えもないしたぶん上級生だ。
そして何故か俺に対抗意識を燃やして睨んできた。
面倒だから首を掴んでぶん投げておく。はい、一名様強制入場。
「つまんねー男に引っかかるくらいならウェルキンの相手をしてやれよ」
「引っかかってないってば。どっかの誰かは誘ってくれなかったし暇だから付き合ってあげただけ。つかウェルキンを推すじゃん」
「ばかだけど悪いやつではないからな」
「そこは同感だけどね。私みたいな闇の住人とは合わないタイプだよ」
「自分から闇の住人なんて言うかぁ?」
「それが闇の住人の代表格のセリフぅ? わかるでしょ、価値観が合わない、だから話が合わない、何に喜び何を尊ぶかさえもズレている。そんなのと付き合っても楽しくないの」
「ま、わかるけどよ」
長話をしていたら受付の列が混んできた。
「わりぃ、混んできたから話は後でな。休憩になったら誘いに行く」
「うん、待ってる」
やけにしおらしい態度と微笑を残してナシェカが去っていった。
受付再開。と思いきや次の上級生も知り合いだった。帝国で流行りのゴテゴテしたドレスではなくコサージュ一つを飾りとする素晴らしい色彩の青いドレスを着たシンディア先輩だ。バスケ部で筋肉フェチのシンディア先輩がニマニマしている。
「いまのカノジョぉ? いやぁリリウス君も隅に置けないねー」
「ただの女友達ですって」
「じゃあお友達も連れてバスケ部の見学に来なよ。汗を流すと仲良くなれるよー」
「今度ね、今度」
受付をテキパキ捌いていく。すっかり日が落ちて真っ暗になった頃だ、ウェルキンとベル君とD組の非モテ男子どもがタキシードでやってきた。当然であるが女子の影はない。
「なんだよ」
「何も言ってないだろ」
でも笑いが堪えきれねえんだ!
「何だよ、メシ食いに来たっていいだろ!」
「何も言ってねえじゃんよ。男子六名ご入場~」
ダンスパーティーだからってパートナーが必要なわけではない。素晴らしい音楽に耳を傾けながら立食パーティーを楽しんだっていいんだ。会場の中央でダンスを楽しんでいる連中を無視すればいいだけだ。
忙しさの盛りがすぎて一段落を迎えた頃、バド先輩から指示がある。
「こっちはもういい。クロードに指示を仰いで足りないところの応援に回ってくれ」
「はい」
ダンスパーティーは盛況だ。踊り疲れたカップルは端っこに並べられた椅子に腰かけてしゃべっているし、料理を摘まんでいるだけのやつらもいる。
穏やかな旋律が流れ続ける。ダンスミュージックはこういうものだという認識から逸脱しない昔からある音楽は会話の邪魔をしない。何の驚きもない代わりに常に存在しても不快にはならない。こういうのも名人芸というのだろう。
会場の奥にクロードがいた。思念を飛ばしてあちこちと伝達をやりとりしている様子だ。お嬢様もその近くに待機していた。
「受付が空いたか。ちょうどいい、ロザリア様と会場の見回りをやってくれ」
「了解。何に気をつけたらいい?」
「揉め事の気配を感じ取ったら適切に判断してくれ。判断に困ったら俺に投げてくれ、場所さえ教えてくれれば急行する」
じつに簡単な仕事だ。俺の手刀が唸るぜ。
「彼はどうして素振りを始めたんだ?」
「会長、リリウスに頼んだらこうなるのです」
「お嬢様に頼むよりは危険度は低いですよ」
「……キミ達の顔についている口はひょっとして飾りか何かなのか?」
「でも暴力が一番早いし確実だぜ。ですよね?」
「そうよね、確実に鎮圧できるわ」
「鎮圧なんて頼んだ覚えはないのですがね」
ものすごい蛮族を見る目をするじゃんよ。でもお前もヴァルハラに行くことを至上の幸福として戦場で死ぬことを夢見るドルジア人だよね? だいじょうぶ、牙抜け落ちてない?
お嬢様と一緒に会場をぐるっと一周する。揉め事の気配を感じた瞬間に俺の手刀が振り下ろされ、お嬢様の炎鳥が炸裂する。
何故か俺達を取り押さえにきたやつらも焼く。
女子の前だからと強気なのか肩をいからせてこっちに来るやつにも手刀を振り下ろす。
「すごいことに気づきました。どうせ人間はすぐに争いを起こすのだから今のうちに全員気絶させればミッションコンプリートなのでは?」
「天才ね!」
「天才ではない!」
クロードに怒鳴られてしまったぜ。
「会場をよく見ろ、すっかり冷え切っているだろ! 君達が暴れたせいだ!」
「しかしクロード、俺達はお前の命令を忠実に実行しただけだ。ですよねお嬢様」
「ええ、落ち度はリリウスだけよ」
いま俺の振り返る速度は光速を超えていたぞ。
あまりにも見事な裏切り。俺じゃなかったら見逃していたぜ。
「でも会長の指示もよくなかったと思うの。事前の処理と言えばこうなるって想像できたはずよ」
「できるかああ!」
お、こういう時に絶対に謝らないお嬢様がビビってる。珍しい。
「想像できるか。問題を起こす前に殴り倒すなんて誰に想像できる!?」
怯えながらもそっとご自分を指さすお嬢様マジで可愛い。
自分だけは絶対に悪くないもんスタンスを崩さないぜ。
「だいたい想像できていたのならロザリア様が止めなければならなかったんだ。この惨状を見ろ、ダンスパーティーなのに誰も踊っていない。踊ってる奴らを! 君達が! 仕留めたからだ!」
「で…でも人がいなくなればこの世から争いが消えるもん」
「それ夜の魔王と同じセリフなんよ」
激高するクロードと徹頭徹尾謝らないお嬢様、そしてそんな二人を温かく包み込むように見守るリリウス君の構図である。
「リリウス、あんたもやらかした側でしょ!?」
「いつの間にか傍観者の立ち位置に移動するんじゃない!」
「しかし頭に血がのぼっていては話し合いになどなりませんよ」
「お前が言うなああ!」
やべえな、マジで怒ってるな。
正直悪ノリしすぎたという自覚はある。俺が真面目に働いてるのにダンスしてる連中に天罰を与えたかったのもあるし、お嬢様も喜んでくれたからな。
クリスマスにレストランやテーマパークで働いてるやつってじつは聖者か何かだろ。俺には絶対に無理だ。
「この度は本当に……」
「リリウス……」
「うちのお嬢様がやらかしてしまい……」
「ちょ―――裏切るつもり!?」
「しかし先に裏切ったのはお嬢様では?」
いつも通りのやりとりをしているとクロードのこめかみに青筋が立つ。そろそろ謝らないと不味い気もするが……
くっ、謝りたくない! リア充どもを成敗したくらいで謝りたくない。憤死してしまう。
生徒会のみなさんが困惑するくらい謝りたくない。
「あぁ本当に頭を下げるのが嫌なんだな……」
「どうしてそこまでして非を認めようとしないのか」
「気持ちはわかるけどな」
「バドってそういうとこあるよねー」
ここに突如襲来する集団があった。
デブだ。デブがなんか男子をぞろぞろ引き連れてやってきた。立食パーティーを食い荒らすイナゴの集団かな?
「僕バイアット・セルジリアはとある人物の罪をここに告発する! 僕らは断罪を求める!」
まさかの断罪イベントか。ちと早すぎる気もするがいつかはやらかすと思っていたぜデブ。
「お嬢様、俺の背後に隠れてください」
「どういうこと?」
「お守りします。何があっても俺だけはお嬢様の盾となります」
「だからどういうことなの?」
締まらねえなあ!
「デブは敵です。やつの目的はお嬢様の失脚であり最終的に自分の囲い者とすることです」
「信じられない。見損なったわバイアット! ところでカコイモノって何なの!?」
締まらねえなあ!
「この者の悪行数限りなく悪逆を極める。まずこの者は山中行軍の際に看板の向きを変えることで大勢の生徒を危険に晒し。あまつさえはクリストファー皇子殿下を谷底に突き落として殺害未遂を行い。とある人物による投資詐欺を看破していたにも関わらず見過ごした結果数名の生徒を危険に晒した」
「え、お嬢様そんなことしたんですか?」
「するわけないじゃない」
「さらには虚言によってとある生徒の品位を著しく貶めたまま何の説明もなく放置した。このような行いを看過することは絶対にできない!」
お嬢様を見る。お嬢様は何のことだかわからず首をブンブン振ってる。
だが言いがかりで追放するのは乙女ゲーなら当然だ。昨今はむしろ冤罪が主流だ。さすがだぜデブ、お前ほどの悪はそうそういねえ。
「デブよ冤罪をたっぷり用意してきたようだがお前は大きな過ちを犯しているぜ。お嬢様を害する者は誰であろうが許さない。無理を押し通したくばこの俺を倒してからにしろ!」
「これら罪の告発をもってリリウス・マクローエンの追放を要求する!」
……
……
……え、俺?




