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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
騎士学一学期 短話編
91/362

実技試験

 安息日を一日挟んでから学期末試験が始まる。

 一日目は筆記。二日目は実技。実技は問題ない。筆記はちょっとだけおさらいが必要かな。入学前に三年分の教科書を流し読みしてあるし一年の前学期試験ていど問題はないはず。


 授業終わりに試験勉強どうする的な話をお嬢様とデブとで話し合ってるとクロード生徒会長がやってきた。

 お嬢様の前で膝を着いた。イケメンはこういう仕草も似あうんだよ。俺がやると今夜殺すやつの確認をしているような絵面になるけど!


「突然の訪問で申し訳ないが今日明日中にお時間をいただけないでしょうか。お茶を一杯ごちそうしたく」

「アレクシス会長の御頼みとあれば断る理由はありませんわ。用事という用事は入れておりませんの」

「感謝します。この後すぐにでもよろしいか?」

「ええ」


 お嬢様が手を差し出し、手にキスをしたクロードがエスコートを始める。

 次に俺を見たぞ。護衛中なんで言われなくてもついていくけど?


「君にも来てほしいんだ。急用でもなければ参加してほしいね」

「構わないけど」


 どうやらデブはお呼びではないらしい。デブ、帰っていいぞ。


 生徒会室に向かう途中でマリアを見かけた。生徒会の爽やかボブカットことバド先輩と一緒だ。なんだこの状況?


 生徒会室でお茶をごちそうになりながらその理由が判明した。


「模範生徒の会は言ってみれば学生を監視する組織だ。教師の目ではわからない問題を洗い出す学生の目を持つ組織というのが存在意義なのだが、俺達はそうは考えていない。学院側から理不尽に降される処罰から生徒を守るために存在すると考えているんだ」

「なるほど?」


 生徒会の存在意義についてはわかった。

 しかしそんな話をされる理由がワカラナイ。


「模範生徒の会の定員は定められていないが伝統的に各学年四人までの構成でね。男女二名ずつ、同性の中でも上級と下級貴族を一名ずつとしている」


 あ、これスカウトだ。

 ゲームだとこんな感じでマリアにスカウトが来るんだよ。生徒会のお手伝いっていうクエストを幾つか受けていると突然始まるんだ。


 学院の生徒会は選挙で決まるわけじゃない。模範生徒の会の会員が後進をスカウトしてくるんだ。


「生徒会はこれはと思った生徒にあれこれと仕事を頼んでいたんだけどね、これは言ってしまえば人物の見極めだ。新しい同志に相応しい能力と人品を備えているかをチェックしていたんだ。っていうと不愉快に思うかもしれないけどね」


 クロードが微笑む。この微笑みだけで女子を殺せそうな女殺しの微笑みだ。


「ロザリア様は家柄もよく飛び抜けた魔法戦闘能力をお持ちだ。今の時期ではそうでもないが二年になればわかる。実力なき者に同期生を率いる資格はない。どうか282期生を守り導く役目を引き受けてはくれないだろうか?」

「お断りいたします」


 華麗にお断り!

 おかしいな、ゲームだとお嬢様は生徒会に入ったはずなんだがおかしいぞ?


「理由を聞かせてくれるかい?」

「わたくしにはそのような評価を受けるに足りる実力がないのです。集団を率いる能力もなければ強さもない。このような体たらくで生徒会の役目をまっとうできるとは思えませんの」

「当然ではあるが俺達もフォローをするよ。昨年この話を持ち掛けられた時は俺もそのように考えたものだが―――」


 再度の説得の途中でお嬢様が首を振る。


「ごめんなさい。私的な鍛錬に集中したいのです」

「そうか、そういう理由なら諦める他にないね」


 クロードがこっちを向く。


「リリウスには他を圧倒する実力がある。S級冒険者という比類なき証明書まで付いている君を推さない手はない。生徒会に入会してほしい」

「わりぃ、たまに手伝うくらいならいいけど入会は勘弁してくれ」

「理由……」

「忙しいんだよ」


 クロードが天井を仰いで額に手をやる。文字通り頭が痛いんだろ。

 目星をつけていたやつらが三人中二人アウトだ。がっかりするのもわかる。


「じゃあ実技試験後のダンパの手伝いを頼むよ。司会やら受付やら何やらで手が足りないんだ」

「そのくらいならいいぜ」


 この流れは不味いと察したクロードがマリアの手をきゅっと握る。頼むから頷いてくれという必死さを感じる。何なら全力で口説き落とすつもりさえ見える。


「マリア、頼む、君しかいないんだ!」

「クロード会長にはお世話になってるし引き受けてもいいけど……」


 先に二人も断ったような案件だ。何か裏がありそうで怖いとか思ってそう。

 別にないよ。放課後は生徒会室に顔を出してクロードと仲良くなるだけの簡単なお仕事だよ。たぶんね。


「生徒会って何をやってるんですか?」

「基本的には各種イベントの計画や教員と生徒の間に立つ折衝役だね。イベントに関しては生徒会の外からも実行委員を募るのでそこまでの負担はないよ。全然忙しくないし楽しいよ。休日にはみんなで遊びに行ったりするしね。生徒会OBの方々が手土産を持ってきてくれるしレストランに連れていってくれたりするよ。それに人脈作りにも有利だ。生徒会のOBは騎士団の幹部や領主が多い。気に入られたら出世も早いし地方軍閥での武将の道も開けるよ」

「必死だな」

「リリウス、今だけは黙れ」


「へいへい。まあ断った俺が言うのも何だが生徒会も面白いぜ。なにしろ一年の女子の代表だ。普通に生きてたってまず経験できないプレミア感がある」

「そうそう、一年の女子で特に優秀だと認めれた証なんだよ。マリアなら俺も安心して推せると考えたから誘ったんだ」

「……リリウスが押し始めた瞬間にうさん臭さが発生したね」


 クロードの容赦なき左ストレートが俺の顔面に突き刺さり、蹴飛ばされて生徒会室から追い出された。

 フォローが詐欺の片棒担ぎに見えるとかマリアの中で俺の信用どうなってんの?


 生徒会室からはなおも熱烈な口説く文句が聞こえてくる。絶対に逃がさないという強い意志を感じる。


 俺はとりあえず天井に向かってしゃべりかけてみる。


「今期の生徒会メンバー候補の次点ってわかる?」

「順当にいけばクリストファー皇子、アーサー君、マリアが断ればナシェカ、エレン・オージュバルトになるだろうな」

「サンキュー」


 お礼の代わりに天井に向けてエストカント市で盗撮したナイトプールではしゃぐ女子三人の写真を見せてやる。


「これはッッ!」


 興奮したガイゼリックが隠形の術をミスって天井から落ちてきたんだわ。

 何となく居るような気はしていたが本当にいるとはな。こいつの隠形も神懸かってるなー。



◇◇◇◇◇◇


 期末テスト一日目の筆記が終わった。


 何故人は争うのだろう?という哲学的な問いかけをしたくなる今日この頃。地獄のような期末試験初日をどうにか乗り越えた連中が学生寮の談話室で死んでいる。

 大量殺人のような現場だ。あっちこっちから呻き声が聞こえてくるのでデスきょの儀式場かもしれない。


「ウェルキン、お前どうだった?」

「……!」


 一仕事やり終えた男児の顔で親指を掲げてみせたウェルキンがまた死んだようにがっくりと倒れた。どうしてこいつらは談話室でアピールしたがるんだろう?


 普段はトランプで遊んでるテーブルにはベル君がつっ伏している。部屋で休めばいいのに。


「だいじょうぶ?」

「もうダメかも……」

「なら部屋で休めばいいのに」

「女子からお誘いがあるかもしれないからね」

「???」


 どうやら一年男子寮では部屋にいると取り次いでもらえない慣習があるらしい。

 女子が玄関まで来て○○君を呼んでって男子に頼むじゃん。男子はこう思うわけよ。


『○○許せねえ! うぎぎぎ! くそっ、絶対に伝えないぞ絶対にだ!』


 こうなるからみんな談話室にいるんだそうな。ここに居れば女子が来ればすぐにわかるからね。


 明日の実技試験の後は夕方からダンスパーティーだ。ダンパにはパートナーが必要だ。つまりここにいるのはパートナーの決まっていない敗残者たちなのだ。


「普通に考えたらもっと何日も前に打診するだろ。今日誘いに来るわけなくね?」

「まだパートナーの決まってない子だっているかもしんないじゃん!」


 ベル君が迫真つっこみ。必死すぎる。

 学院の男女比率は男子の方に大幅に振り切れている。約五対一で男子が多い。つまり競争も五倍だ。


 もちろん上の学年にも女子はいるが、上の学年ってなるともう決まった相手がいそうなんだよな。


「どうして待ちの姿勢なんだよ。自分から誘いに行けばいいじゃん」

 って言った瞬間談話室中の男子が一斉に立ち上がった。


「リリウスやめろ」

「それは禁句だ、禁句なんだ」

「世の中には明らかにしてはいけないこともある。明らかになるまでは夢を見ていられるんだ……」


 悲しい敗残者たちを置いて談話室を立ち去る。

 はたして彼らは明日実技試験があることを覚えているのだろうか?



◇◇◇◇◇◇



 実技試験の朝がやってきた。中庭から聞こえてくるうるさい怒声に窓を開けば、なんと敗残者たちが元気を取り戻して素振りをしているではないか。

 どうやら昨日はあの後本当にお誘いがあったらしいな。そう安堵して中庭に降りてベル君に声をかけるが……


「ラストチャンスなんだ、実技試験で女子にアピールする!」

「もうとっくにゲームセットしてると思う」


 敗残者たちを置いてサウナに入るとウェルキンがでん!と構えていた。モテるモテないは置いておくにせよこいつのどっしりと構えているところは素晴らしいな。他の敗残者とは格が違う。

 タオルを頭に載せたウェルキンは覚悟を決めた男の目だ。つまりいつもと変わらん。


「いくんだな?」

「おう、オーケーを貰えるまで何度だって挑んでみせる!」


 誰でもいい敗残者どもと一人の女に狙いを定めた男では目つきがちがう。この潔い態度には好感が持てるね。


 サウナのドアが開く。ふらふらした足取りで青イエティが入ってきた。

 まさかとは思うがまた徹夜で読書をしたのだろうか、からの実技試験ごときのために体調を整えるわけがないな。


「アーサー君昨日の試験はどうだった?」

「問題はない」

「今日は実技試験だけどどう?」

「適当に切り抜けるよ」


 やる気がなさそうだなあ。


「サウナで寝ちゃダメだぞ」

「気をつける」


 言ってる傍から櫂をこぎだしたアーサー君が寝息をたてるまではすぐであった。

 よいこのみんなはサウナで寝ているアーサー君を起こそうとしちゃダメだぞ。狂戦士スイッチが入って撲殺されるからね。


 俺とウェルキンはサウナ石にこれでもかと水をぶっかけて最高に室温をぶちあげてからサウナを出た。こうでもしねえと目覚めないんだよ。


 実技試験は全学年合同で行われる。演習場に集まって履修する授業の試験に参加するのである。運動会っぽい空気だね。


 普段なら実技系科目は運動服というかジャージというか汚れたり破けても金銭的に痛手にはならない服でやるんだが、実技試験は制服の着用が義務化されている。騎士団のお偉いさんや出資している貴族が見物に来るからだ。

 観覧席をパッと見た感じ悪そうな連中が揃っている。偏見もある。貴族なんて多かれ少なかれ悪いことやってんだよ。


 俺と一緒にいるのはいつもの連中。お嬢様を筆頭とする三馬鹿トリオさ。


「お嬢様、まずはどこにいきます?」

「セオリー通りなら馬の疲れていない今の内に乗馬よね。それで先生方が疲れてくる最後の方に剣術なんかを終わらせるの」

「もしゃもしゃ、みんな考えることは同じなのか騎兵訓練場に行列ができてるね」


 デブのいうとおり賢い二年生や三年生はセオリーに従い、何も考えてなさそうな一部の生徒が空いてるところで試験を受けている。もちろんどんな時でも高得点を出せる自信のある生徒の可能性もある。


「そのセオリーってレベルの低い連中のやるやつでしょう? 俺ら三人なら問題ないと思いますがね」

「そのセリフが許されるのはあんただけよ」


 お嬢様がいつになく自信のない発言だ。やっぱりホームレス生活の影響が残っているのだろうか?


「でも行列に並ぶのは面倒だし、空いているところから回るのもいいかもね」

「お嬢様が微笑みかければ人の海は割れ、臣下のごとく道を譲ってくださいますよ」

「ここぞという時に何の役にも立たない威光なんかで勘違いをしたくないの」


 お嬢様がずんずんと歩き始める。

 俺とデブは狐につままれたような顔で互いに顔を突き合わせる。


「何か悪いもんでも食ったのかな?」

「もしゃ。こないだの遺跡で色々と思うところがあったんだと思うよ、もしゃもしゃ」

「謙虚になったのか自信喪失による臆病風か、どちらにせよフォローが必要だろうな」

「フォロー?」

「こういう時ってのは決まって大ポカやらかすもんだ。普段と違うんだからな」

「なるほどね、失敗大王が言うとちがうね」

「うるせえ」


 お嬢様を追いかける。

 まずはパインツ先生のところだ。クラス担任なので先生の顔を立てて一番最初という選び方なのかもしれない。


 ここではハイランド流剣術の習熟度を見る試験が行われている。同時に複数人が試験を受けて型稽古をこなして優良化不可の四段階で評価されるらしい。


「評価の基準は?」

「基本的には正しい動きができているか。素早さ、正確さ、これらを保ちながら術理に沿った動きになっているかを評価の対象としている。もちろんやる気の有無も大事だぞ。わかっとるか、お前に一番足りないものはやる気だぞマクローエン」


「へいへい、やる気なら全身から溢れ出しておりまー」

「そういうところだぞ」


 俺ら三人で同時に試験を受ける。指示された型をなぞるだけの退屈な試験だ。たまにパインツ先生が戦斧をぶちこんでくるのでシールドバッシュで弾き返す等の変則性もある。


「お前は本当にバトルセンスだけはピカイチなんだよなあ……」

「そんな悔しそうに言わんでも」

「先生はやる気のある生徒の方が好きなんだけどなあ……」

「やる気なら溢れてますってー」

「口だけなんだよなあ。まあいい、三人とも優だ。ほれボードを出しなさい」


 パインツスタンプを捺してもらう。

 試験参加の生徒は評価ボードを渡されていて、試験を受ける度にこのボードに評価の印を捺してもらうのだ。優を意味するGFROTと先生の名前のある焼き印だ。

 最後にありがたい助言をいただいた。


「生徒側の小賢しい考えはともかくとして今の時間暇を持て余している先生がたは勇敢な生徒を歓迎している。そういう生徒には加点があったり評価が甘くなるのだ」


 時間帯によってどの試験に人気が集まろうが必ず全員を評価しなければいけない先生がたの本音は空いてるところにガンガン入ってなるべく早く試験を終わらせたいのだろう。

 だって夕方からダンパがあるからね。その準備のためにもなるべく早く終わってほしいはずだ。下手したら先生がたには昼や夕飯を食べる時間もないのかもしれない。


「先生がたも大変ですねえ」

「出席率や授業態度はともかくお前のそういうところは先生嬉しいぞ。そう思うならこの情報を広めてくれよ」

「知り合いに広めておきますよ」

「もちろんその知り合いにも広めるように言い含めてくれるよな?」

「怪しいマルチ詐欺の勧誘じゃねえんだから。善処はしますよ」


 どっかでウェルキンとかマリアに会ったら広めておいてやるか。頼んだぞーって言いながら手を振ってる先生がたが必死すぎる。


 さて次は……

 アーサー君を見つけた。教官を相手にひどい試合をしているところだ。


 教官の構えるタワーシールドをちから任せに剥ぎ取って投げ捨てるところまではいいんだが、なぜかタワーシールドにマウントポジションを取ってタワーシールドを殴り続けている。

 鉄製の盾に一発で穴が空く威力の拳で一心不乱にマウント殴りだ。放置されてる教官がぽかーんってしてるよ!


 だが仕方ない。アーサー君は眠っているのだ。眠りながら戦っているのだ。徹夜で読書したら仕方ないんだ……!


 マジの狂戦士モードに恐怖する教官がおそるおそるアーサー君の背後に近づいていき、刃を潰してある長剣を振り上げる。し…死ぬ気かな?


 教官が剣を振り下ろす。その刹那に影だけを残した超速反応でアーサー君が教官の背後に回り、首をコキっと一回転させた。死んだ!


 同僚である女性教官の悲鳴があがり、待機所に詰めていたアルテナ神官の方々が駆け寄っていくのである。


「もしゃ……アーサー君マジ強いよね」

「あれ寝てるのよね?」

「寝てる時は起きてる時より弱いけど容赦がないんである意味寝てる方が怖いんですよねえ」


 起きてる時のアーサー君なら打撲程度で済んだが、寝ている時のアーサー君に近づくの危険だ。最悪あんなふうに殺される。


 騒ぎが沈静化していく。どうやら死んでいなかったらしい。首の上下が逆さになっても死なないのだからレベルの高い騎士の肉体は怪物じみているな。知らんけど神経が強靭なんだろ。


 俺らもハイランド流剣術実戦の試験を受けてみる。

 タワーシールドをどっしり構えてすり足で近づいてくる女性教官の構えはスコーピオン。迂闊に近づけば鋭い突きをねじこんでくる危険な構えだ。とりあえず背後に回って蹴りで倒しておいたわ。優。

 デブはまっこうから打ち合った。盾で防いでレイピアで攻撃したのが盾で防がれてという正統派の戦いだ。惜しくも負けてしまったけど優。

 お嬢様は最初の突きで盾を貫通して教官の顔面の前で寸止め。決着。当然評価は優だ。


 試験を終えて次に行こうって頃にレリア先輩たちがやってきた。気になるな。天才的な純後衛魔導師のレリア先輩の剣術だ。気にならないわけがない。


「がんばってください!」

「まさか見ているつもりか? 面白いことなどせんぞ、自分のことに集中しとけ」


 とか言ってたレリア先輩であったが試験官の先生がビビっている。この態度で強いのがわかるな。

 試験官の先生の打ち込みに合わせて攻撃してきた腕を突きで迎撃するというえげつないカウンターで先生の剣を落として勝利するレリア先輩であった。スマートすぎて笑った。

 アルフォンス先輩たちも軽やかに勝っていく。


「当然の結果すぎて何の面白みもなかったっすね」

「ほぅ。―――ならば面白くしてやろう!」


 予想されてしかるべきレリア突きがきたので半身を開いて回避する。同時に先輩三人衆がデルタブレイドを放ってきたので一人につき一回顔を踏んでやって回避する。

 煽りも忘れないぜ!


「空気相手に何やってんスか!? もしかしてそれが全力でしたか!?」

「いいだろう。やるぞ、合体だ!」


 合体!?

 三人衆が腕を組み合わせてその腕に女帝が騎乗する。


「そっ、それは考古工学部最終奥義KIBASEN! 話には聞いていましたがまさか本気で最終奥義だったとは……」

「冗談でやってみたが意外と強いのだよ」


 最終奥義KIBASENと救世主の戦いは激闘を極めそうな予感がしていたがパインツ先生がガチで怒り始めたので解散となった。固定砲台に機動力をプラスして列車砲にするアイデアはいいと思うんだけどな。絵面がな。周囲の目もな。

 密かにアルフォンス先輩に憧れていたと思われる一年女子の失望の視線がな。痛いんだよ。


 気を取り直して試験に戻る。エステル先生の魔導戦実技は速射と精密射撃の二種類。

 速射は十秒以内に十の的に十射。十射中七発当たれば優。

 精密射撃は制限時間五分。一発のみ。三十メートル先の標的を破壊できれば優。破壊できずとも命中すれば良。命中しなくても魔法式に矛盾がなくきちんと発動して惜しい感じなら可のようだ。こういう甘いところが先生のいいところだよね。もとは子供相手の家庭教師だった人だしね。


 と思っていたんだが……

 上級生の放った魔法弾が命中しても標的がビクともしねえんだわ。


「ノゥ! 何だあの硬さ!?」

「手の抜きすぎよ。良ね」

「待ってください、もう一度やらせてください!」

「制限時間が五分の理由をどうして熟考しなかったの? 出題者の意図を読み取るのも評価項目の一つなの」


 上級生が悲しげに去っていった。

 ひでえ。


「あの標的の硬さってどういう基準なんですか?」

「オーラで強化した下級騎士程度を基準としているけど、実際はそれよりも低いわよ。だってこれだけの生徒を相手にしないといけないんですもの、クオリティは落とさざるを得ないの」


 可は甘いけど優の基準は厳しい。さすが魔導オタクだ。


「お嬢様、これ一見簡単な試験に見えて本気でいかないと優が取れないやつですよ」

「ええ、本気でいくわ」


 この後お嬢様が放ったカイザーフェニックスみたいな魔法が演習場の端っこの地形をえぐり取ったのである。出てきた途端にあちこちに熱波が吹き荒れて演習場を囲む林が燃え始めた時点で見えている結果だったな。

 先に避難していなかったら俺らもやばかったぜ。


 標的を焼き払ったお嬢様が拳を握り締めている。


「こんなものじゃ足りない。もっと強くならないと……」


 お嬢様はどこに行こうとしてるの? エストカント市?


 実技試験を順調にこなしていく。薬学研究棟で魔法薬の制作試験を終える頃に昼休みの鐘が鳴った。


「通常ならお昼休みなんですが本日は試験のみですので休みを入れる必要はないみたいですね」

「先に全部終わらせてのんびりご飯を食べるか、ご飯を食べて気力を充実させてから試験に挑むか。後者がいいなあ」

「でも今なら馬術試験が空いてるかもしれないわよ」


 悩ましいようなどうでもいいような相談をしつつ教室に向かう俺である。


「リリウス、どこに行くの?」

「こんなこともあろうかと思ってランチボックスを作っておいたのです」

「すごいすごい」

「リリウス君たまにやるよね!」

「俺はいつもやってるだろ」


 教室にいくと、そこには!

 俺の弁当箱を勝手に開いて食ってるマリアとナシェカの姿があった!


「それ俺のォ――――!?」

「やっべ!」

「逃げるよナシェカ!」


 二人がお弁当箱を抱えて窓から逃げていく。

 マジかよ、ドルジアの聖女だと思ってたらネコババ令嬢だったのかよ。


 そんなことがあり気を落としつつも馬術の試験を終えた頃になってリジーちゃんとエリンちゃんからお弁当のお礼を言われたのである。


「お前筋肉なのに料理もうまいとか本当に面白いよなー、また作ってくれよ」

「マジマジ。リリウス君お店出せるって。あ、ほんとに出したら行くから安くしてね」


 くっそ、怒るに怒れないな!

 女子から褒められると怒る気も失せるけどあの二人は後でおしおきだ。今日はカツサンドの気分だったのにおのれマリアめ……



◇◇◇◇◇◇



 お昼休みの三十分を犠牲にしたおかげで試験の全項目が終わった。

 全項目で優を取ったボードを手に歩いているとクロードが近寄ってきた。模範生徒会のみなさんもいる。


「調子はどうだい?」

「ほれ」

「これは見事な成績だ。返す返すも惜しいね」


 惜しいってのは生徒会に入らなかった件だな。


「俺の後釜ならもう決まったんだろ?」

「アーサーに頼んだよ。誠心誠意拝み倒して渋々引き受けてもらえたよ。一応名誉な役目なんだけどね」

「本当の名誉が何かを知っているやつならそうは思えないんだろ」

「至言だね。英雄らしいセリフではあるが誇りをもってこの役目を担う者としては受け入れがたいな」

「わりぃ、口が悪くてな」

「もう慣れてきたよ。じゃあダンパの打ち合わせといこうか。学食まで同行してくれ」


「このまま直でか?」

「今日は忙しい日なんだよ」


 肩をすくめて皮肉っぽい笑みを浮かべるクロードの様子から今日が特別って感じはしない。やはり生徒会は断って正解だな。色々と大変そうだ。


「ロザリア様は準備ができ次第お越し願いたい」

「特別な準備は必要かしら?」

「のんびりと湯あみでもしてから制服でお越し願えれば十分ですよ」


 クロードが地雷を踏んだ。どかーんっていった。 

 ショックにおののくお嬢様が二歩三歩と後退っている。


「やっぱりにおうの……?」

「いえ、そういうわけでは」


 クロードが困った様子で視線を寄こしてきた。なんでこんな反応なのかわかってない男の顔だ。


「いま臭い関連は禁句なんだよ」

「におうの?」

「お嬢様はいつだって良い香りですよ」

「半笑いじゃないの!」

「いやあの時は本当に雨の日の野良猫みたいな」

「やっぱりくさかったんじゃない! ばかー! ばかー!」


 お嬢様が走り去っていった。きっとお風呂にいったのだろう。

 本当に何があったんだ?っていう顔をしているクロード達には後で説明しておこう。


「デブはどうするよ」

「手伝いの手なら大歓迎だがどうだろうか?」

「遠慮させてください。これ以上働いたら痩せちゃいそうなんです」


 デブがお腹を叩いた。ぺちっていう鈍い音だ。どうやら本当に少しだけ痩せているようだ。


 ダンスパーティーの会場は学食だ。本日は営業していない学食は普段よりも豪華なカーテンと真っ白いテーブルクロスでいつもより上品に見える。いつもは体育会系の巣窟かってくらい混雑してるからな。


「マリアは?」

「試験が終わったら来てくれる手筈になっている。アーサーもだ」

「アーサー君ならさっき校舎のほうの芝生で寝てたけど……」

「起こしてくる。あぁ皆は先に手順の確認を!」


 クロードが走ってった。生徒会長は大変だな。

 三年のミルカ先輩が軽く段取りを説明してくれる。ダンパは十七時開始。生徒会はそれまでに料理の手配や楽団の案内を終える。演奏はフォルノークフィルの正規メンバーなので期待してもよさそうだ。


 会場してからは学食の入り口で受付をする。入場者にはネクタイに差す用のネクタイピンを渡す。現物を見せてもらったが髪に差してもよさそうだ。これが最後のイベントであるベストカップル賞の投票権になっているようだ。 


「ベストカップルに選ばれたカップルは必ず結ばれるというステキな伝説があるのよ」

「それはステキですね」

「でもその後けっこう別れているらしいわ」


 伝説とはいったい?


「場が盛り上がればいいのよ」

「そうそう、ダンパさえ盛り上がればいいのさ」

「生徒会に入るとイベントが素直に楽しめなくなりそうですね」


 このあと先輩がたからものすごい必死に生徒会のいいところをプッシュされるのだが内容は彼らの名誉のために伏せておく。

 サークル活動もそうだがどこも新入生勧誘が大変なようだ。


 ダンパ開場後の主な仕事は雇い入れた使用人の管理。今回はクロードの実家アレクシス侯爵家の帝都タウンハウスの使用人を連れて来ているらしい。

 争いが起きず、料理が無くならず、音楽が途切れない。これが良いダンスパーティーであると念押しされたぜ。それと辺りの見回りも教員と手分けしてやる。ダンスの勢いで盛り上がってその辺で盛り出すやつらを叱りつける役目だ。


 運営は三グループ作る。会場の管理をするグループ。会場の外を警備するグループ。最後は休憩してるグループ。これを交代で回す。生徒会だからってダンパに出られないわけじゃないと念押しされた。勧誘に必死すぎる。


「俺の後釜にはアーサー君がいるじゃないですかー」

「アーサー君にやる気がないから困ってるの」

「彼やる時はやりますよ。普段は昼間のランタンってくらい働かないだけで」

「普通に働いてくれるカワイイ後輩が欲しいの。お願いだから入会してよ~」

「たまにお手伝いにきますってば」

「ぐぬぬ……」


 ぐぬぬじゃねーよ。根性のある方々だな!

 まぁ生徒の代表だ。これくらいの根性がないと務まらないんだろ。


 けっこう時間が掛かったがクロードがアーサー君をひきずって戻ってきた。その後ろに続いて小銭の大好きな銀狼もいた。


 俺氏無言で指をファックの形に掲げる。やつも無言で右手の親指を下にする。

 自然に睨み合う俺らはマジで殺し合う五秒前だ。


「どうやら世界最強を決める日がきたみたいだな」

「いいだろう、この因縁に終止符を打とうじゃないか」

「何でいきなりやり合う空気を出してるんだよ」

「はいはい、男どうしでじゃれあってないで仕事仕事。クリストファー皇子殿下に置かれましてはご機嫌だいぶ悪そうに見えますがね、入会したからには仕事をしてもらわなければなりません」


「わかっている。クランプトン先輩の顔を立て今回は見逃してやる」

「逃げる気かよ」


 鼻で笑われた。


「相変わらずガキだな。相手をしてほしかったら金を積め」

「そのシステムはキャバクラなんよ」


「仕事を振ってくれ。悪いがそこのチンピラとは別の仕事にしてほしい」

「俺もだ。こんな高額賞金首と一緒に働けるか」

「ほぅ、キミの懸賞金も中々の額だと聞いたぞ?」

「800万ユーベルには負けるよ。てめえを殺した金で何を買おうか今から楽しみだぜ」

「キミでは無理だ。私の二百分の一の額の賞金首くん、キミの実力は二百分の一だということだ」

「その理屈ガバすぎて笑うわ。ちなみに俺の総資産はお前の賞金額の千倍を越えている」

「私はその十倍は軽くだ」

「おおそうかい、悪いがてめえの総資産なんざ――」


 言い返してやろうと思ったがやめておく。アホくせえ、こんな口喧嘩で手の内晒してどうするんだよって感じだ。


「総資産がどうした?」

「どれだけの金があろうがそいつがてめえの武力を支えていようがてめえの心臓は一個っきりだ。冥府に金は持っていけねえぞ」

「ならばゼロから成り上ってやるさ」

「そのセリフ死んでるやつのなんよ」


 最高に嫌そうな顔をしてから背を向ける。これ以上こいつの顔を見ていると殺したくなりそうだからだ。


 クリストファーの仕事は到着した管弦楽団を学院内に入れて控室まで案内し応接する。多少の御用聞きもするんだろうな。

 俺はダンパの応援に呼ばれた使用人の統率と仲裁。まぁ応援人員とはいえ新入りが入ると古参と揉めるんだわ。クロードも俺の筋肉の使い方を理解してきたな。


 厨房ではさっそく揉め事が起きている。侯爵家のサブシェフと学食のシェフが食材の置き方が悪いとか狭いとかで揉めている。だがこの揉め事の原因はそこじゃない、こいつのことが気に入らないというシンプルな縄張り感情だ。


 ギャーギャーうるさい厨房の床を踏む。激震する厨房の床に靴の形にめっこり凹みができたのである。俺を中心にして広がる床の亀裂にみんなの目が釘付けになってる。


「おう、てめえら」

「……はい」

「……何でしょうか?」

「くだらねえ争いはやめろ。クロード会長からも馬鹿の五人や六人は殺していいと言われている。―――丸焼きにして食っちまうぞ」


 使用人どもが無言でせっせと働き出した。よし、監視役の名目でここでサボりつつ摘まみ食いをしよう。


 生徒会の仕事ってのはこんな感じだ。

 複数の仕事を担当するのは上級生に任せて俺のようなお手伝いさんは一個の仕事をきっちりやり遂げれば十分なのさ。


 そしてダンパの幕が開く。

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